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紅い喰拓 GRAN YUMMY  作者: 嶽蝦夷うなぎ
・近朱必赤、見定めるは鉄の道の先
201/239

39-1.暴嵐の流星

 男は激痛に苛まれ、その場で前に屈み、苦痛でのた打ち始める。

「大丈夫ですか?今後ろの薬湯を持って…」

対面するこの里を仕切る老婆と隣の使いの女は男の様子に慌ててだす。

だが、男は右手を2人へ突き出すと制止をかける。

「だ、大丈夫、そもそも、俺に、薬だの回復の類の術は効かないもんでしてね…」

脂汗を流しながら男は2人に伝え、背中の縫い合わせた傷口に指を入れ、その縫い目を剥がす。


「イギギギッッ…!」

癒着した皮膚を剥ぎ、肉を縫い合わせている糸を引き抜くと、その傷口から再び血が滲み始める。

男の羽織は血で赤く滲みだすとみるみると染まっていった。

「…何だコレ?いや…<アレ>か。」

身体から抜き出され、男の指に摘まれた糸は張りがあり、しなやかな艶が照る。

それは以前の戦い、楽器と異能で勝負を挑んできた敵から奪った、あの楽器の糸であった。


「なるほど、確かに<赤い>。その見合う<赤>、他の皆様が<勇者殿>を<赤>と称するのが分かりますな。」

老婆は男の血で真紅に染まりきった羽織に目を細める。

「替えをお持ちします。」

「…それも、結構。俺の傷が治れば自ずと出血した血は回収か消滅して…おや?」

冷静を装っていたのか、やや男を見下し気味であった一部が緑の黒髪の女はおずおずと男の羽織を替えようとする。

しかし、男は羽織を掴んでは自身へと引き寄せ女の提案を拒むが、羽織が血に染まった以後の変化がない事に気付く。


「…と、いうか、アレ?俺のマントと長い襟巻きは…?」

盆には防具こそは無かったが、衣服とベルトにその備品一式に剣は揃っている。

腕の楔は一切に抜かれておらず、帯剣を許す辺りは不要に手を着けたとも思えない。

「いえ、彼方のマントは<元々>無かったように見受けられましたが。」

老婆の噛み合わない答えに首を傾げると男は自分の服をまさぐる。

だが、もっとも表面積の最も広い着衣が上下の服に隠れるはずもない。

一応に上着を持ち上げると背中には自身の傷と同じで場所に縫い合わせた跡が見受けられた。


そして、裏を返してみるとはらりと赤い小さなボロ布が男の膝に落ちる。

何処か馴染みある赤さと擦り切れたボロ布。

男がそれを手にするとボロ布は途端に反応し、血で染め上がった羽織へと吸い込まれた。

唖然とする3人へ更に追い討ちをかける様、男の羽織はもぞもぞと蠢く。

「おわわわッ!?」

すると、今度は包丁で果実の皮を剥くかの如く、血の羽織が裂け始め、赤く長い布が飛び出すと男の膝元へはらはら宙を舞って着地する。


3人は切り離され落ちた赤い布切れに目が釘付けとなり、男はその布を取り上げ、まじまじと覗く。

それは手触り、肌触りは今まで身に着けてきた赤い長い襟巻きその物。

男は自然と羽織を着付け直して盆にあったマント留めを付け、襟巻きを首に巻き付けると、それはまるで元々あったかの様に男の首元に収まった。

「…」

「…ア、アナタ様はもしかして、<不死身の赤マント>、グランさんなのですか?」

使いの女は急に畏まった口調になると、恐る恐る男の名と二つ名を口にした。


「なんだい?その、<不死身の赤マント>って?」

老婆は聞き覚えの無い二つ名に首を傾げ、男はあっと驚いた様子で、使いの女へ向く。

「大陸西部にそのような名が通った常に赤いマントに身を包んだ冒険者がいるそうなのです。なんでも、業火の中から生還したり、矢を幾重に受けても剣を振るうと。」

使いの女の説明を聞いていると男は段々と気恥ずかしさを覚え、鼻の頭を親指で掻いた。

「…他にも旅の遊女の間では怪しげな薬を勧めたがり、だが女を抱かずに朝を迎える竿無し玉無しの<たたず>の男と噂されます。」

「<たつ>わッ!あと竿も玉もちゃんとあるわッ!薬は商売で持たされてきただけだわッ!」

使いの女の言葉に男、グランは更に顔を紅くして反論する。


「…大ババ様、どう思われますか?」

「うぅ~む。確かに薬湯娘の3人に囲まれてあの反応じゃからのぉ~…」

老婆は使いの女の問いに、グランを品定めするかの様にジロジロと見ながら唸ると、気恥ずかしさを覚え、顔を紅くする。

「ならばやはり、ワタシめのような老いた女の肌の方がお好みでございましたか。照れてしまいますのぅ」

「いや、それはないので大丈夫です。本当に大丈夫です。」

老婆がはにかみながら身体をくねくねと動かすのを見て、グランは思わず真顔で答えた。


「…そうですか、残念ですのぅ。それでいて、時にえーっと、勇者…殿?」

「ナニがシカでの判断で<勇者>の<評>は下がるのですか。」

老婆はわざとらしく男に尋ね、男は呆れながらも仕方なく答える。

「ほっほっ、冗談じゃ、わかっておりますゆえ。彼方に<竜>への対峙、それを願い出るのは変わりませぬ。」

「…やっと話が戻ったか。それで、ピアちゃんに関わるんだな?」

老婆はようやく本題に戻れると、男は少し呼吸を深めにして、改めて姿勢を正す。


「お待ちください、大ババ様。」

しかし、使いの女が2人の会話に割って入る。

「まだ何かあるの!?」

「えぇ、ありますとも。」

女は髪の緑に染まる部分を指で弄り、老婆は使いの女の次の言葉を待つ。

「このままでは<勇者様>が<変態>に成り下がってしまいますっ!」

「言うに事欠いて、何を…!」

だが、女の言う通り、盆には服が乗ったままでグランは新生した赤いマントと襟巻きに半裸の身体を包むだけ。

「…確かにこいつぁ、変態…か…?」

胡坐をきって下着を覗かせ女に文句を言った姿勢に気付くグランは慌てて正座し、姿勢を正す。


「しかたありませんな。本当はここがワタシめの天幕なのですが、別の場所へ移りましょう。どうせなら、彼方のお連れも同席して頂こう。」

老婆は視線を使いの女に送ると、使いの女は頷き返し立ち上がる老婆に付き従う。

「私は<ノイエン>と申します。着替え終わったら私をお探しください。そこで大ババ様の願いを聞いていただけると。」

そういうと2人はグランの湯室として占拠されていた天幕から姿を消した。



グランはややバツ悪く頬を掻くと、マントを脱ぎ、盆の上の服に手を掛ける。

「…折角直して貰ったのに鎧はダメにしちまったな。」

上下の衣服に手足を通しながら男は背中の傷を追った際、駄目になったであろう防具の事を呟く。

すっかり軽くなってしまったポーチが連なるベルトを腰に巻き付ける。

鞘から剣を抜き、天幕内の僅かな灯りに赤い刀身を反射させると鞘口を鳴らした。


防具が無い分、身体は軽いが何処か落ち着かない。

一通りを身に付け、具合を確かめると天幕の入り口へと向かう。

湯気が入り口隙間から漏れる光を映し出し、外はまだ陽が明るいことを知らせていた。

指でもう一度着装を確かめては天幕の外に足を踏み出した。



天幕の外へ一歩踏み出すと、そこには十数台にも及ぶ家馬車と小さな天幕がいくつか連なっていた。

家馬車のどれもが側面の壁を開放しており、木箱が所狭しと並んでいる。

その様子はまるで人形を飾る開く模型の家が如し、屋内の営みを何も隔てられず映し出す。

茶を嗜む老夫婦、机上を散らかして遊戯盤に興じる者達、洗濯を片付けている女。

部外者からの視線がある事など気にも留めず、里の住人は思い思いに過ごしている。

種族は<フォウッド>のみ、女はこれまで見てきた通り、男は人並みの体格のまるで<直立した兎>の様な姿形だ。


男女共に上に伸びる長い耳を揺らし、里の中を歩き回っている。

「見慣れた要素だらけなのに何だか不思議な気分だ。」

住人種族、家馬車、天幕、草原、個々のどれもがグランにとって見知った物ばかり。

しかし、それらが一斉に集ったこの里には見知らぬ土地としての印象が付きまとう。

その違和感に男は浮わつきを覚えながら、辺りをキョロキョロと伺う。

すると、里の住人としては似つかわしくない人影の一行が目に留まった。


「おぉ、赤法師殿!流石に今回は…いや、今回も、肝を冷やしたでござるよ。」

この地でありながらも、異国風貌の剣士、額に2本の角をみせ、長い髪を結えた爽やかな男。

「ソウシロウ。」

グランが男の名を口にすると、男はさらに爽やかな笑顔を向け、歩み寄ってくる。

「本当に<不死身>だな。オレがお前の両腕を砕いた時など、大した事ではなかったかに思えてくる。」

次に全身を鎧で包んだ大柄、大男がソウシロウの後ろに立つ。

「ゴリさん。いや、普通に両腕は砕かれるものじゃないぞ…」

「ゴリアーデ様、グラン様の無謀は今に始まったことではございませんわ。それより、背中の傷は塞がりました?」

続いて、容姿端麗、給士姿で旅装束青みがかった銀髪のエルフの女がグランの目に映った。

「背中の傷はお前さんが縫い付けてくれたのか?ウィレミナ。」

女はウィレミナ、スカートの両端を摘み上げ、少々嫌味ったらしくグランに挨拶をする。


「…」

そして、最後に長い薄翠色の髪、白い鱗の大蛇の様な下半身をしたネレイドの女がグランを無言で睨む。

「gm~。」

彼女の両腕には鳥とも獣ともつかない、河グリフォンの幼体が抱かれ、グランを見つめていた。

「何だよラミーネ、そんな顔をして。ともかく、無事だったみたいだな。あの後は何も覚えていないんだが…」

グランは半ば呆れ気味に、しかして安堵し普段は中々にとらない柔らかい面立ちでラミーネを出迎える。


―――パンッッ…


だが、その直後、ラミーネの白く長い下半身が伸び、彼女の顔がグランへと迫った刹那。

乾いた音が鳴るとグランは頬を押さえ、地面へと尻餅をついていた。


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