6-2.赤き炎と緑の刃
「アンタだよ!そこの赤いマントのア、ン、タ!」
門番の1人は声をあげ道を先行く男を呼び止める。
声は赤マントの男に届いたのか、確かに男は足を止めた。
だが、しばし周囲をキョロキョロと見回し、門番達へ振り返るも首を傾げ、男は再び足を進めだす。
「そこまで赤いのなんてアンタしかいねーだろ!!そもそもいま此処を通ってるのはアンタだけだろ!」
門番の突っ込みもむなしく、足を先へ先へと進ませる男に門番の2人は慌てて駆け抜けその進路を絶つ。
息をぜいぜいと切らしながら、赤マントの男の前に立ち塞がり、赤マントの男はその荒い呼吸に眉を潜めて足を止めた。
「はぁ…なんですか?そんなに慌てて。ここの通過って何か手続き必要でしたっけ?何かやっちゃいました?」
当の男は門番達の気など知る由も無く、姿勢を紗に構え、後頭部を掻き毟り、あくびを吐き、足を止められた事への不満を露骨に示す。
「い、いや、そうじゃないんだが。アンタ知らないのか、最近の事件だよ、事件。」
「はて、事件?」
―――
「―――はぁ、そんな事が。」
<連続赤マント襲撃事件>の概要を説明されるが、男は何ら表情を変えず門番達と相対していた。
まるで他人事、縁も所縁もさも無いかの如く、男はキョトンとしたままで門番達の顔は歪みが増す。
「本当に何も知らないのかい?まぁいいから、悪い事は言わないよ。迂回して別の道を通った方がアンタの身の為だよ。」
「いやぁ、この道を迂回すると遠回りもいい所…というより無いんで。無理です。」
「オイオイ、もう6人もやられているんだぜ?兄ちゃん止めときなって。」
「そんな事言われてもねぇ…」
門番達はこの男が先に進む事をどうにか思い留まってくれまいか、と説得を続けるがその手応えは一向に無かった。
「アンタ、自分のナリを見て、事件に巻き込まれないか考えないのかい?どっからどうみても赤いわ、マントに足が生えて歩いてるもんじゃないか。」
「じゃあ、このマントとそちらのでも交換しましょうよ。今の時間じゃ店も開いてはないでしょう?」
「こ、これは俺達に配給された装備だから勝手にどうこうはできねぇよ…」
赤マントの男は嫌味をこぼす。
それはこの2人に何処まで面倒を見させるか、そんな謀りを含むかの様に感じ、門番2人は自身の身につける装備を手で押さえ隠した。
「それにこっちも都合がありますからね。ま、通行規制が掛けられてるなら従いますけどね。」
「それはまぁ…なぁ…?」
「掛かってないし俺らが決められる事じゃねーけどよォ…」
門番2人は自分達の権限の弱さを突かれたじろぎだし、チラチラと互いの顔色を伺いだす。
同時にこの男に時間を割くべき事か2人は迷いが出始め、姿勢へと表情へとあらわになっていく。
「なら、このまま通らせて貰いますよ。お気遣いはありがたいですけどね、こっちも急いでいるので。」
「いや、でもな…」
「じゃ、失礼します!」
赤マントの男は門番の説得を断ち切り2人の判断が弱まったところへスッパリと掌で2人の間を掻い潜ると、軽くも鋭い別れの仕草をする。
そして何も気に留めなかったが如く、門をくぐった時の様にのしのしとずかずかと先へと進んで行った。
門番達は再び朝靄に紛れて行く赤いマントの背を眺め呆然とするだけであった。
「アーラララララ…」
「あそこまで<赤い>と今度は流石に生きてはられないかも知れないな…」
―――
陽が昇りだし、白く靄がかった空も晴れ抜け、薄青色に染まりだしている。
この赤いマントの男、<グラン>は宿場町を抜け、しばらくすると崖上の馬車道をはずれては、崖下の渓谷の川沿いを歩いていた。
更にしばらくして、道すがら崖の壁に生えた木の真下に立ち、グランは木を見上げた。
木には幾つかの実が成っており、鞘に納まった剣を抜き出し、その木を叩き揺さぶって行く。
1つ、2つ実が大きく揺れたのを確認すると、今度は強めに鞘尻を木に当てて実を落とし、それをマントを広げ受け止めた。
薄黄色で楕円状の実は2つとも縦にパックリと割れ、鼻を近づけるとそこから甘い香りがふわりと浮ぶ。
実に虫が集った跡も無く、皮は艶やか、熟れ始めの獲れたてを手にした男は満足気な笑みを気味悪いながらも浮べる。
鼻歌雑じりに腰から細いへらを取り出すと、実の割れ目に差込んでは中の果肉を幾つかに分けていき、それを穿っては口に運んでいく。
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バナケビの実
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果肉は熟成の差が交じり合っていた。
それを舌で解すと甘くドロドロとした部分と締まった身が口の中に広がっていき、果肉が喉に流れ込むと舌の上に残った種をぺっぺっと吹き飛ばす。
男にとっては何度も行き交い飽き飽きしたこの道を潤わせる些細な至福であった。
果実の出来を堪能し終えると止めていた足を進ませ、残る実を食べ歩きながら先へと進む。
そして宿場町の門番達が言う<連続赤マント襲撃事件>を思い出していた。
そう、何度も行き交った道なのだ、大抵の危険、遭遇する障害は予測が付く。
しかし、折角の受けた忠告、頭の隅で新たな危険となるのか男は舌で実の種を転がしながら思慮を運ぶ。
襲いかかって来る存在を想定し、何処から獲物である自分を襲ってくるのか。
話を聞く限りは魔物、モンスターの類ではなく<ヒト>、つまりは物取り、強盗か、辻斬りの類であろう。
さて、人の往来は崖上の馬車道が主流だ、現にこの崖下である沢には釣り人や木や岩の採集を行う人影すら見当たらない。
つまり、崖下では標的の目算が立たないのだ、待ち伏せている価値は無いといっていいだろう。
「問題無いな、ヨシ。」
グランは地図を開いて自分の大まかな位置を指差して確認した。
だが仮にも地の利を活かして崖上から襲撃するとして、この崖下を襲うなら射撃か魔法を扱ってくるだろう。
が、しかし、相手は刃を使って襲い掛かってくる話で魔法や射撃の話は一切出てこなかった。
「フム、ヨシ。」
崖上に指をさしその距離と高さを測る。
崖は高く、垂直に近く、その肌面は粗い。とても策や準備無しで滑り降りれるものでもないだろう。
では崖下から奇襲して来るするなら何処からか、前も後ろも見通しの良い沢である、多少の蛇行から崖沿いに身を隠す事はできるかもしれない。
襲い掛かるとするならば正面から乗り出さざる得ない地形、なら崖上から飛び降りるか地面や岩の下、水中に潜み続けるしか無いといえる。
「ヨシ。」
グランは指差し確認に何か興が乗り出したのか拳法家の様な構えで道の前後を確認していた。
「さて、俺が<赤い>と言うだけでこの悪条件から襲ってくるのならばそいつはよっぽど馬鹿か角を刃物にした逃げ出した祭事牛だな。」
そんな者が居る事をグランは少しでも心配した自分に軽く笑い、再び先へ進もうと足を踏み出す。
ごつごつと沢の岩肌に足を踏み着け、川のせせらぎと木の枝葉がかすれる音が続き、時折だが鳥の鳴き声が渓谷を木霊する。
周囲には依然として誰の気配も無く、とても退屈でとても平和な時間が過ぎていく。
先ほどの実は既に二つ食べ終え、グランは先の見える道筋の退屈さに少々飽きが回っていた。
頭の中では沢を渡りきり、先の集落で休憩をしている自分の像が想い浮かんでいる。
だが、変化の無い道はまだ続く、日の高さからしておそらく半分程しか進んでいないだろう。
厄介ごとは避け、安全で確実な道を模索し、辿り着いたのがこの道なのだが、風景もすっかり見慣れ、大きな変化も起きた事が無い。
一種の現実と理想の乖離にグランは少しでも先ほどの想定した<馬鹿>でも見掛けられないかと願ってしまい、自身に苦笑する。
「おい!そこの赤いマント!お前だ、お前!止まれ!!」
―――そして、そんな馬鹿が現れた。