38-4.虚と真
長身痩躯の男、更にその細長い指先、細長い煙草の先端から煙が漂い、カルマンは昇っては消える煙を黒い色眼鏡越しに眺る。
「結果的に色々、アタシが<錬金六席>に就いてしまって、彼女を巻き込んでしまった事への後悔はあるわネ。」
グランの問いを肯定し、カルマンは煙草を口に咥え直すと深く吸い込む。
そして、カルマンの肺に煙が流れ、深呼吸と共にその紫煙が吐き出されて行く。
「ハイッ。アタシのお話はここまで、それよりもォ~。」
カルマンは指を再びパチンと鳴らすと言葉と共に指差す方向をグランへ向け迫った。
「皆様~、お茶の準備が整いましたわ。腰を下ろしてお寛ぎ下さいまし。」
最中、カルマンとグランが互いに見合っていると、ウィレミナの呼び声が車体に寄り掛かる4人へ声が掛かる。
グランはそれいいことにと一目散で敷物の上に座ると、他3人は肩を竦めて苦笑しては同じく敷物へ腰を下ろした。
簡易コンロの火が止まり、湯気昇るポットがウィレミナの両手に持たれ、4人の前へ置かれたカップにお湯が注がれる。
「アラぁ、いい香り。」
「あのドワーフのお爺様から頂いたものですわ。」
ウィレミナの淹れた茶の香りにカルマンが機嫌良く声を上げ、嗅ぎ慣れてない香りにグランは鼻をスンスンと動かす。
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木皮チップの茶と栗粉のクッキー
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「…甘く落ち着く香りでござるな。」
「これは嗅いだ事がある。燻製にも使う香木の樹皮のものか。」
ゴリアーデがカップから立ち昇る香りに感想を述べ、ソウシロウもそれに倣い手に取った茶の香りを嗅いだ後、口に含むと頷く。
「それで、皆様言っていた<花の家>とは何の事でございます?」
「ブーーーッッッ!」
そして、ウィレミナから発せられた質問にグランの喉、気管に茶が溢れ、激しく咳き込む。
「単的に言えばこんな赤マントちゃんにも相応に欲求があってどこぞでお世話になってた話ヨ。」
「だから、うぉぉぃッッ!」
そして、咳き込むグランはウィレミナを両手で指差し、その話題が場に相応しくない事をカルマンに訴える。
「まぁ…。でも、私、正直興味がありますわ。元の旦那様に仕えなければ有得た道でしょうから。それに…」
ウィレミナは頬に片手を宛がい、グランに視線を向け、その口元は微笑んでいた。
「それに?」
「…それに、それならば、あの時、私と身体を素直に重ねてくだされば良かったのにと思いまして。」
優雅な姿勢ながらも頬ほんのりと紅潮し、ウィレミナの告げた言葉にグランは目を大きく見開き絶句、周囲も冷ややかな視線をグランへと向ける。
「…赤マントちゃん、いえ、以後は赤いボロきれのクソ野郎と呼ぶべきかしラ?」
「…お前は女難の相ではなく、ただ女癖が悪いだけであったか。」
「…」
カルマンは冷たい視線のまま、ゴリアーデも呆れながらに呟き、ソウシロウはただ黙って茶を口に含む。
「だぁかァらッ!不可抗力なのッ!寧ろ俺がウィレミナにハメられた側なのっ!」
「<ハメた>ってそういう事でしょ?」
「グラン様ったら…」
「そういう<ハメ>じゃねぇよ!ゴリさんもコイツの<呪い>は直に見てるだろ!?」
血圧が上がり、赤面しグランが両手を振りながら2人に否定の訴えかけ、ウィレミナも口元に手を当ててはクスクスと笑う。
…
「ふぅ~ん、そんな事があったノ。」
「ご理解頂けましたでしょうか…」
グランはウィレミナと始めて出会った事、彼女の勤めていた館での出来事を掻い摘んで語る。
「うふふ、ごめんなさい。ピア様とラミーネ様もこの場におりませんので、私も少し意地悪をしすぎましたわ。」
「道理を弁える様で安心したぞ。」
「…へーへー、ご心配かけました。」
弁明の後、ウィレミナは申し訳無さそうに謝罪を述べ、ゴリアーデは改めて頷き、グランは呆れ後頭部をくしゃりと掻く。
「…でも、それじゃあ赤いボロ布ちゃんは何だって<花の家>何か利用するのヨ?」
「評価戻して貰ってもいいです!?…<花の家>は何だ、まぁ、一応1人で街から街を渡り歩く際、利用せざる得ないんだよ…」
そして、カルマンからの疑問にグランはそのまま後頭部を掻きながら答え、他は続く言葉を待つ。
「大陸西部では基本街道沿いの野営はご法度だろ?」
「そうネ。往来は自由でも領土内の<野営旅券>を持っていなければ野営の火の煙を見つけられた時点で厳罰ものネ。」
グランは周囲に目配せした後、それにカルマンが補足を返す。
「しかし、拙者らにも馬車で一晩、二晩過ごす事がござったが?」
「それはもう馬車の運営に<野営旅券>が組み込まれてるの。だから護衛や乗客は馬車側に刃向かわない限り安全に野営ができるワケ。」
首を傾げるソウシロウにグランは腕組をしては説明をしては茶を口にする。
「では徒歩での旅中に日が暮れたら、その<野営旅券>を持つ<花の家>で夜晩を明かすという事か。だが、そんな都合よくあるものなのか?」
「街道中にはまず無いよ。街の門が閉まるとな、街から少し離れた場所に<家馬車>の一団が停泊しだすのさ。それを利用するのよ。」
続く、ゴリアーデの疑問にグランはただただ肩を竦めては頷いた。
「でも街の<遊廓>とはいかなくても安くはないでショ?赤マントちゃんのお財布で賄えるのかしら?」
「そこはな、俺のボス、<ビルキース>が融通をいくつの<家馬車>商人に利かせてたんだよ。俺は金銭だけでなくアイツに押し付けられた薬の発注書や試薬品で支払ってたの。」
カルマンの疑問にグランは頭を軽く掻いては答え、そしてカップを口元へ運び傾ける。
「そんなんで別に遊女達に相手してもらわなくても<花の家>で晩を明かす事ができたってワケだ。」
グランはまるで他が己に下した評価を急ぎ取違えたかのよう、呆れてそう続けた。
「アラ、なぁ~にヨ、結局アナタも実に商人らしい売込みに加担してるじゃないノ。」
「そこはビルキースに言ってくれよ。俺はただの使い走りなんだからさ。」
カルマンは小さく鼻を鳴らすと茶を口に含み、グランもクッキーを摘んでは口へと放り込む。
「そういば、かの農場の娘もビルキース殿から治療を受けたとそのお父上から伺ったにござるな。」
「…ナルホドネ。ビルキースは地元住民、特に交易路に連れ関わる者達の信頼が厚かったのネ。」
そして、ソウシロウからの何気ない話題にカルマンはかつての<錬金六席>での会議での合点がいったと頷く。
「…アラ!いけません、ポットのお湯が空ですわ。でも水から生成ですと時間が掛かってしまいます。」
話題に一段落が着いた程、ウィレミナはポットを手にそう声を上げる。
「別にまた水を生成すればいいじゃないか。」
グランは手近にあった水の晶石を手にするとウィレミナへと軽く放りよこす。
「お二人が戻ってきた際、それだけお待たせしてしまう事になりますわ。グラン様、お呼びになる序に時間を都合してきてくださいまし。」
「…何で俺が。」
軽く頬を膨らませ、ウィレミナはポットを胸に抱えてグランにお願いする。
グランはウィレミナの言葉に全く以って面倒臭げに大きく息を吐き出すも、先の評価が乗った周囲の視線に折れて立ち上がった。
「俺が紳士で礼節弁え、勤勉勤しむところを皆々様にお見せしますかね。」
何時もの嫌味を口上に身体を軽く解しつつ、グランは敷物から足を外らせ、ラミーネとピアが居るであろう方へと向く。
「オレも行こう。またあの席に詰め込まれるなら身体をもっと解しておかなければな。」
そして、ゴリアーデも軽く屈伸運動をするとグランの隣へ並んだ。
―――
「…ちょっと遠くへ行きすぎちゃったかしらね?」
ピアの散歩に付き添ったラミーネは後ろを振り返り、一応に冒険者手帳のコンパスで方角を確認する。
針はグランが居るであろう方向を指示すも僅かなぶれが有り、ラミーネは軽くため息を漏らす。
「戻りましょ、ピア。これ以上離れたら流石にはぐれちゃうわ。」
「あ、うん、ラミーネお姉ちゃん。さ、カワノスケ、帰りましょ?」
ラミーネに促され、ピアは頷き返す。
ピアは勇往邁進するカワノスケを繋げた紐で引きつつ手元に戻そうとした。
「gmmッッ!」
「あっ!」
しかし、その紐を引く僅かな加減の際、カワノスケは速度を上げて振り解いてしまう。
「勝手に行っちゃダメだよ!カワノスケ!」
「g~m~~~ッ!」
そして、カワノスケはそのまま脇目もふらずに道無き草原を進んで行ってしまった。
ピアは慌てて草に姿を消してしまうカワノスケの鳴き声を追い、ラミーネも慌てて後を追う。
…
「gmmッ!」
「だ、ダメだよ、カワノスケ。勝手な事しちゃ…」
そのまま程なく進んだ辺りでカワノスケが今度はピアに自分の位置を示すかのように声を鳴き上げる。
少女は河グリフォンの幼体を抱き上げ、大きく息を吸って吐き、呼吸を整えた。
「こら~っ、戻るって言ったのにそれより遠くへ行っちゃだめでしょ!」
そこへラミーネが追い着く。
1人と1匹、幼く弱い存在の無事を確認し、ラミーネは安堵する。
だが、少女と幼体はラミーネの声に一度反応をするだけで、直ぐに別の方向へと顔を向けた。
「…どうかしたの?」
「うん…。アレ。」
ラミーネがピアの様子の変化に気付き、少女の視線を追い向けては目を見開いた。
それは2人の視線の先、草原の丘を下った先に在る1つの大きな岩。
その大きな岩の周囲には小さな岩が儀式的、規則的に配置されている。
「アレ、私、見た事あるの。私とお姉ちゃん、一部の里の人達と里から離れる前にここに来て…」
「まさか、アレって<転移門>…?」
ラミーネはピアの言葉にその大きな岩が<転移門>であると気付く。
そして、幾ら少女の里が遊牧的とはいえ、どうして帰路の過程が少女の記憶や知識に無いのかとラミーネは疑問に思った。
ラミーネは少女の両肩に手を置くと、半ば抱きしめる様に身体を近付ける。
この様な<転移門>を用い、行く宛てのわからぬ土地へ放り棄てる里が果たして本当に少女の<故郷>であるのだろうかと。
「…ラミーネお姉ちゃん?」
「ん?あぁ、<アレ>にはこれ以上近づいちゃダメよ。もし偶然、<転移>なんてされたら戻れなくなっちゃうわよ?」
ラミーネにおいて<転移>は自身が本来の専属パーティでなく、今の一行にいる事へのきっかけ。
だからだろうか、ラミーネは<転移門>を目にして、自身の過去と現在が交錯し、不安に駆り立てられた。
「う、うん。」
少女はそれを察したか、ラミーネに抱きつくよう委ねられ、<転移門>から距離を置く。
―――パリッ、バリリリリッッッ!!!
その時、大きな岩の周囲からは突如として雷光が蛇の様に走り回った。
場の空気が瞬時にして乾き、雷光が大きな岩と周囲の小岩を結ぶ様になる。
―――パリリッッ!
乾いた炸裂音と共に、中央の大きな岩が発光し、ラミーネはピアの頭を抱えてはその発光に目を瞑る。
―――…………!!!
周囲の草原に光と聞き取れぬが紛れも無い音が轟き渡り、光の明滅も止んだ頃、2人は恐る恐る目を開けた。
「ア、アナタはッ!」
大きな岩の側には1人の人物が立っており、岩の発光が治まると、人物の姿が形どられる。
その姿はピアと同じ頭上へと伸びる長い耳。
髪の色は儚げで積雪のように白く、逆に肌は健康的で絞られ引き締まった肉体を際立たせた褐色の女の姿。
ラミーネには確かに見覚えがあり、記憶通り、女の手には身の丈を超えるの大鎌が手にされていた。
「お姉…、ちゃん…?」
「ピ…ア…?ピア?いや、違う…違う、そうだ、もう、私の妹は…」
混濁する視界と記憶を整理しだした女は少しずつ言葉を発しながら大鎌を握っていく。
「そうだ。そう、私は、私が、お前を、お前を殺すんだッ!」
鎌が一回転すると女の両手に大鎌の柄が収まり、瞬時にしてドス黒い殺意がピアへと向けられた。