38-2.虚と真
6人と1匹は車体前後の狭い座席へと乗り込み、その重量で車体は沈み、潰れるタイヤがそれらを支える。
カルマンはペダルを少し踏み込み、ハンドルを回すと車体はゆっくりと前進を始めていく。
「さて、それじゃあ、おじいちゃま、お世話になったわネ☆」
「忙しない連中じゃの。ま、達者での。」
黒い色眼鏡を額に上げ、カルマンは毛玉ドワーフに向き直り、軽く手を上げる。
―――ドゥルン…!
一行はそれぞれ、毛玉ドワーフへの別れの仕草を向ける中、車体の動力部から出る熱、音、振動が全体に伝わりだす。
「…ところで、おじいちゃん。私とアイツの似てた人ってどんな人だったの?」
最後、ラミーネは毛玉ドワーフに向き直り、グランに指を差してから尋ねた。
長い腕を伸ばし、僅かな額を指で掻きながら「ふぅむ。」と毛玉ドワーフは唸る。
そして、顔を上げるとラミーネではなく毛玉ドワーフの視線の先はグランであった。
ソウシロウは毛玉ドワーフがラミーネを抱えるグランを<陛下>と呟いたことを思い出し、小耳を傾ける。
「…何、遠い昔の知り合いじゃよ。少しビックリしただけじゃわい。」
ラミーネはグランに視線を向け、その横顔を見た。
その顔はほぼ赤い襟巻きに隠れ、短く雑草のような黒い髪だけが覗かせるのみ。
<コレ>に似るとはその人物も相当な変わり者だったのかしら、とラミーネは反応に困った表情で毛玉ドワーフへ向き直る。
だが、毛玉ドワーフはただ髭を擦っているが、心なしかその表情はどこか寂しそうでも嬉しそうでもあった。
―――ドゥルルン…!
「さぁ、旅の再開よォッ!」
カルマンは高らかに声を上げて、ペダルを踏むと、動力音から吹き上がる音は高鳴り、一行は坂道を下りだす。
毛玉ドワーフは片手を上げたまま髭を擦り続け、車体が勾配に合わせて徐々に速度を上げて行く様を見届けた。
…
「何で別れ際にあんな事を聞いたんだよ?」
「…んー?」
グランは坂道の横を通り過ぎる林を見据えながらラミーネに尋ねる。
「そりゃあ、私に似てるって言うなら必然的にその人も<ネレイド>って思うじゃない。」
ラミーネは迫っては過ぎる下り坂の地面を見ながら答えた。
「…ラミーネ様は同じ種族である方が気になりますの?」
そこにウィレミナが助手席から首を伸ばし、振り向きながらラミーネへと質問をぶつける。
「だって、大陸に居るネレイドなんてまず居ないもの。それに…」
「それに?」
ウィレミナはラミーネの次の言葉を待ち、少しの沈黙の後、ラミーネは唇を尖らせて口を開く。
「見間違うくらい似てるなら、もしかしたら、私の血縁者かも…って思っただけよ。」
「そういえば、ネレイド族はソウシロウちゃんの<ゴブリン>と同じで郷里からあまり出ない種族だったわネ。」
ハンドルを握り、カルマンも会話に混ざる。
「まぁ、拙者らは島国故、他所の国へ渡るのが単純に難しいだけではござるが…」
「それを言ったら、私達ネレイドも大差ないわよ。<ラの海>は<ヒノモト>より群島諸島の小さい島の<世界>だし…」
カルマンに補足するソウシロウの言葉にラミーネは肩を竦ませた。
だが、話をそこで区切るには、ラミーネの表情はどこか名残惜しそうであり、周囲の視線を伺っている。
「…私達の<世界>は<役割>が家系で決まってて、その縛りに強いられ生きなきゃいけないのよ。」
「でも、お言葉かもしれませんが、ラミーネ様は今こうして皆様と旅に出ておられるではありませんか。」
ウィレミナはラミーネの現状とその表情に疑問を感じ、口を挟む。
坂道は下り終え、一行は<鷲獅子>によって運ばれてきた地点に再び戻ってきた。
「まぁ、それは、そうなんだけど…。もし、同じ道、<役割>を外れた者同士だってなら知ってみたいじゃない…」
ウィレミナの言葉にラミーネは何かを言いかけてから言葉を濁し、周囲へと視線を向ける。
この場から見える地平線はそれまでと違って短草が広がり、かつての荒々と露出した地面は遠い先。
「ハァ~~、ったく、何年冒険者やってんだよ。おまけに一応は<専属>だろ?こんな商売に身を費やしておいて、今更、自分とは違う何かの<前例>を気にする事か?」
グランはラミーネが何を気にしているのかを察したか、昨晩の残りを頬張りながらラミーネに呆れた。
ラミーネはグランの言葉に少しムッとし、口を尖らせては厳しい視線を放つ。
「グランこそ、どうなのよ!自分と似通った人が居るって聞いて、気にならないの!?」
「なるかよ、なりようが無いだろ。」
その問いにグランは鼻で笑うよう即答し、漂いだす険悪な雰囲気にカルマンは目的地へのメモを覗きながらゆっくりとペダルを踏む。
「それは…、アナタのような身体なんて確かに居ようは…」
「身体の問題じゃないがね。これまでに叩き込まれ、辿ってきたものが違うってんだ。例えそいつが四六時中、隣に居ようと俺が得たものに似ようはないね。」
ラミーネの言葉に被せてグランは言い切り、そのまま座席の背を預けては目を遠くへ移す。
「ここに居る連中そうだろ?種族の比だけでなく身体の問題でなく、今更もしも自分に普通の家族が~、人生が~とか、なんて考える奴がいるのかよ?」
グランは横目でラミーネに視線を移すと、一行を見渡し、ラミーネへ向き直った。
「赤法師殿、言葉をもう少し…」
「…だから、冒険者として評価の大台には乗ってんだ。後は自信と覚悟を持ってしゃんとするだけでいいだろっての。」
ソウシロウが何か言いかけるのを遮り、グランは「フンッ!」と鼻を鳴らし、ラミーネに向き直る。
「…え、それっ、て。」
「グラン様…もしかして褒めていますの?」
「赤法師殿が他人を褒めるなぞ、また雲が荒れそうにござるな…?」
「お前にも人並の情があったのだな、赤マント。」
「ちょっとォ、赤マントちゃん。このタイヤはそこまで悪路に適してないのヨ?」
「アンタら普段、俺をどう見てるの!?」
ラミーネは目を丸くし、ウィレミナはグランの真意を測りかねるが、他は茶化し、グランは思わず叫ぶ。
そして、一行はグランを除き、笑い声が上がり、カルマンは機嫌良くペダルを踏んではハンドルを回した。
―――ドゥルン…!
…
「まぁ、でも少しは解るぜ。周囲との種族比が違うと今後が不安になるのもさ。」
「グラン…。少しは私の事、気にしてくれていたの?」
グランは頬杖をつき、ラミーネから視線を逸らして呟く。
だが、その言葉にラミーネは身を乗り出すようにして尋ねる。
「あぁ、飯とか、寝床の塩梅とか、特に用の済ませ方とくれば…」
そこまで言いかけると、ラミーネは怒った表情になり、グランの顔面には何処にあったか<春栗>の1つが減り込んだ。
…
<自動車>の駆動音、車輪と地面が擦れる音が車体、その内に揺れては響き、景色は段々と変わり始めていく。
荒野も小さな丘も疎らな林の木々も今は後方の彼方へと去り、眼前に広がりだすのは緩やかな丘陵とその草原。
時折に野生動物の群れとすれ違い、水場を求める渡り鳥の隊列が上空で交差し、穏やかな時間と共に過ぎて去る。
「そういえば、ピア様の故郷というのはどの様に在るのでございます?」
ウィレミナは自身の半ば膝上に座る、縦に伸びる長い耳が風を捉え、揺れる<フォウッド>の少女、ピアへと、ふと尋ねた。
「gmッ!」
その更に膝の上に鎮座する身体は四足獣に柔らかい嘴を持つ<河グリフォン>の幼体、カワノスケが喉を鳴らす。
「え、えーと。しばらく滞在する場所が決まると、何台もの<家馬車>と大きな丸いテントが並べられるんです。」
カワノスケを撫でながら、ピアはウィレミナの問いに答えると、ふと覗き見る様に視線を移す。
青い空と広がる大草原を目にして、少女は故郷の姿を語るが、それに適う光景はまだ現していない。
「…<家馬車>、でござるか?」
「ソウシロウちゃん達は<大鉄道>の上客車両を暫く使っていたのでしょう?アレの小さいものと考えればイイわヨ。」
メモだけを頼りにカルマンは道なき道を迷い無くペダルを踏み続けてはソウシロウに答えた。
「では、馬車停に並ぶ馬車のように、その<家馬車>が幾つもあるのですわね。うふふふ、どんな光景か楽しみですわ。」
ニコニコとウィレミナはピアの頭を撫でながら微笑みかけ、続きを促す。
「は、はい多分。季節によって場所も、並べ方も変わってしまうので私の覚えている姿になるワケじゃないですけど…」
そうして、ピアはウィレミナに促されるままに故郷の話を続けた。
…
「…随分と静かだな、赤マント。お前はこのテの話に調子良く講釈を挟むと思ったが。」
もじもじとウィレミナの質問に答えるピアの合間にゴリアーデはただ黙って聞いているグランの姿に違和感を覚え、声をかける。
「んー?まぁ、別に大陸西部だからって<家馬車>を引いたキャラバンが珍しいワケじゃないからな。」
グランは頬杖をつき、耳の穴を掻きつつ、ただ景色を眺めながら答えを返す。
「そうだったのでござるか?拙者はさっぱり見た事が無いでござるよ。」
「そりゃー、季節も今頃、もっと内陸で大きめの街道が通ってる場所に限るからな。お前さんが俺と回ってた土地は殆どが<商人ギルド>の縄張り。」
ソウシロウが<家馬車>を大陸西部の旅の中、見た事が無い事に疑問を口にすると、グランは簡単に解説をする。
「ま、それと、街道は馬車移動が殆どだったしな。徒歩巡りだと、キャラバンとはいかずも結構、商売してる<家馬車>と遭遇するもんなんだよ。」
「ほぅ、例えばどんな商売がされていたのだ?」
どうもゴリアーデの興味の琴線に触れたらしく、グランへと続けざまに質問が飛ぶ。
「1つとして、鍛冶屋があるわネ。」
「そうそう、といっても日常雑貨と蹄鉄交換の大掛かりじゃない金モノだけどな。主な客は街道馬車の馬車同士。」
グランが腕を組み、頭の中を探っていると、カルマンが割って入る。
「あと、<魔女の館>ってのがあるわヨ。」
「こっちはその場での野草や霊薬の調合、取引を行う馬車だな、遠征中の冒険者に利用者が多いらしい。俺は薬に縁がないが。」
そして、カルマンがそのまま誘導するように次の<家馬車>の商売を語り、グランが続ける。
「後はそうネ~<花の家>かしらネ。」
「そうそう平たく言えば宿屋なんだが、その実は…ってオイッ!」
そのままグランが言いかけ、カルマンに調子を乗せられることに気が付くと、そこで言葉を断つ。
「…花がどうかしたの?」
しかし、<花>という単語に引っ掛かったか、女同士、会話に花を咲かせていた3人はグランの顔を覗き込み、ただ尋だす。
「あ、あ~?なーんか、車体の揺れで腰と尻が痛くなってきちゃったなァ~、休憩が必要じゃないかなァ~~?」
その圧に押されながらもグランは何とか取り繕う言葉を探しながら呟いた。