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紅い喰拓 GRAN YUMMY  作者: 嶽蝦夷うなぎ
・近朱必赤、見定めるは鉄の道の先
195/232

38-1.虚と真

 男はただただ<白い>世界で薄っすらと走る水平線を一人眺めていた。

音も無く、風も感じず、水平線がある事で自身に足があり、上下が存在する事、立っている事だけを実感できる。

「……こりゃ、とうとう本当に<死んで>しまったか?」

そして、背中に亀裂が走っている事がわかると、男は自嘲気味に笑いそう呟いた。


不思議と痛みも恐怖も無い。

全身はチリチリと焼き解れるように身体が崩れ、このまま水平線の向こうへ消えゆくのだろうと、そう男は悟った。

身体が<生きて>いるならば、こういった状態に陥ったとき自身は何度と<夢>を見ているからだ。

しかし、これはまどろむかつての記憶の断片でなく、消えかかる命は現実のものだと把握する。


―――…!…!


その時、後ろで自分を呼ぶ声を感じ取た。

だが、振り向いた時点でそれは<過去>からの声であり、<現在>のものではない。

男はもう一度、向かっていくであろう前の水平線を眺め、再び後ろを振り向く。



どうせこのまま消え朽ちるならば、<死の間際>とやらでも思い出して見ていこうじゃないかと。

男は振り返って腰を下ろし、胡坐を掻くと目を細めては反対側の水平線を覗いた。


~~~


朝靄がまだ残る早朝に一行は山小屋が並ぶ広間に集い、全員が1人の人物へと視線が向かう。

「ご老人、本当によろしいのでござるか?」

「あんまりしつこく尋ねると、ワシ、すねちゃってもいいんだぞい?」

尋ねるは異国剣士の風貌、額に2本を生やし、爽快な顔付きに長い髪を1本に束ねたゴブリン族の男、ソウシロウ。

それを聞く全身が毛玉のようなドワーフの老人は長い腕を髭の中から出し、髭を擦っては偏屈に答える。


「ははは、コレは失礼仕った。」

「そうよ、ソウシロウちゃん。あんまり余計な事は言わないノ。」

苦笑するソウシロウに長身痩躯、ハデな前髪に黒い色眼鏡を掛けた男、カルマンが口を挟む。

「…それで、<アレ>を直して欲しいのじゃな?」

「え、えぇ、でも大丈夫?工具とか一切持ってないみたいじゃなイ?」

毛玉ドワーフの言葉にカルマンは不安げに色眼鏡の片端を押さえて応えた。


<アレ>、カルマンの<自動車>へと、ひょいひょいと足を運ぶと毛玉ドワーフは車体の前へと着く。

「ん~?ちゃんと組まれとるなら、多少、歪んでいても必要無いワイ。」

そして、眼鏡を何度か掛け直し、車体を観察し終えると腕を伸ばす。

「…ナニをするつもりかしラ?」

「さぁてな?」

首を傾げてぼやくカルマンに隣の赤い襟巻き、赤いマントに身を包む黒髪の男、グランが素っ気なく答えた。

伸ばす手の指は中指を丸め、それを親指で押さえ込み、他指は掌側に回す。

その構えは所謂<デコピン>。

しかし、まさか、<デコピン>だけで何をどうにかできるとは、その場一行全員が思ってもいなかった。


―――カンッッ…!


細長い腕の細長い指がしなり、動力が収まる車体前方のフロントガードを弾いた。

だが、不思議とその弾いた音は周囲一帯を何処か<突き貫いて>響き一行は目を丸くする。

そして、毛玉ドワーフは自身で行った行為に満足しては腕を組んではうんうんと頷く。

「…ホレ、直ったぞい。」

互い互いの目を合わすと、一行は毛玉ドワーフへ向き直り、再び車体へと視線を移す。

車体の外見には何の変化も無い。

だが、カルマンには何処か<直った>という確信が奇妙な程にあった。


カルマンは軽く身震し終えると即座に運転席へと乗り込み、一行が見守る中でアクセルを目一杯踏み込んだ。


―――ドゥルンッ!!


昨日までうんともすんともしなかった車体は大きく動力音を吹き上げ、鼓動を初める。

「う、動いたワ…!?」

嬉しさと摩訶不思議、半々の感情にカルマンは車内で声を上げた。

「…し、試運転してきてもいいかしラ?」

「好きにせぇ、どうなってもワシはそれには以上の事はできんからの。」

カルマンの言葉に毛玉ドワーフは手をヒラヒラと振って答える。

ハンドルを握り直し、色眼鏡を掛け直すと、カルマンは舌なめずりをしながらペダルを踏み込んだ。


――ドゥルンッ!ドゥルンッ!ドゥルンッッ!!


独特の駆動音が車体から鳴り、カルマンは何度もペダルを踏み込んでは歓喜の声をあげた。

「ちょーぉぉ~~~っと下りて、戻ってくるわヨっ!」

そういって意気揚々、カルマンは坂を下って行く。

「…いっちゃったわ。」

「よっぽど嬉しかったのでしょうね。」

舞い上がる土煙を見て、長い薄翠色の髪、下半身が白い鱗の大蛇のようなネレイド族の女、ラミーネ。

そして、青みがかった銀髪、耳が長く尖るエルフの女、ウィレミナが共に首を傾げては呆れた。


「ふぅむ。赤い空っぽの。」

「何です?って俺は昨日、名前教えましたよね…?」

カルマンがその場から姿を消すと、毛玉ドワーフはグランを呼び、手招きをする。

グランが名前を呼ばれなかった事、更に敬称で返事をしてしまった事に顔をひきつらせるも、毛玉ドワーフへと歩み寄った。

すると、毛玉ドワーフはグランの眼前にて<デコピン>の構えを取る。


―――コンッッ…!


グランは身構えるも既に指先は放たれ、グランの身体を射抜く。

小突いた音は先と同じく、周囲一帯を響かせる。


「…これ、は…!?」

「おンし、随分とめちゃくちゃな旅をしてるみたいだからの。餞別じゃ。」

赤いマント、その下の鎧を手で弄りながら、グランは驚きの声を上げた。

戦いを重ね、痛みが蓄積した筈の鎧は完全に欠け落ちた部品を除けば新品とはいわずとも、それこそ修繕したかのよう。

髭を弄り、毛玉ドワーフはグランを見据え、グランもまた驚きの視線を返す。


「…まさか、指だけで<イデア>ってヤツを操れるってのか?」

「ほぅ、浅学を齧っとるか。おンしの知り合いに相当な鍛冶師か錬金術師、賢者でもおるンかの。ふぉふぉっ。」

そう言って、毛玉ドワーフは初めてグランの質問に対して髭を擦りながら上向きに笑い声を放つ。

「じゃが、<操る>事などワシにはできんよ。ワシがしているのはあくまで<目覚め>させてやる事じゃ。」

指で空を何度も弾く毛玉ドワーフはグランの問いに続けて答える。


「<イデア>…確か、あらゆる物の<個>、<己>を発したものと伺っておりますわ。」

「え~?でも、それだけで、物が直ったりするものぉ?材料とかどうしても必要じゃない?」

ウィレミナが毛玉ドワーフの言葉に補足すると、ラミーネが疑問の声を上げる。

「<世は既に万物で満たされている>。誰が言った言葉だったかのぉ。」

指で上を指し、髭を弄りながら毛玉ドワーフは記憶を辿り、一行達は皆首を傾げた。


「…言葉の皆目がつかんな。」

「極端までに言ってしまえばな、ワシらは<有>と<無>が幾重にも織り重なった存在に過ぎんという事じゃ。」

全身が鎧姿の大男、ゴリアーデの一言に毛玉ドワーフは一息吐いて頷く。

「大鎧のおンし、<ルゴーレム>であるならば、<イデア>の恩寵はおンしがその身で最も理解しとるはずじゃがな。」

「…」

ゴリアーデは胸に手を宛て、この肉体に確かに埋め込まれている<核>とその記憶から形成する四肢や臓腑である事を思い自覚する。


「んで、赤い空っぽの。おンしもじゃ、<心臓>が無いのであれば尚更におンしは<イデア>の作用によって肉体を保っとると思って良い。」

「…ま、肝に銘じてはおいときますよ。その<イデア>様が大きく左右される回復魔法が俺には効かんのですがね。」

赤いマント、直った小札鎧を小突きつつ、グランは黒髪の後頭部を掻く。

「うむ、ま、気を強く保っておれば問題はなかろう。特異な身体だけは自覚しておく事じゃ。」

「…ところで、ご老人。よければ1つ頼みたい事があるにござる。」

最中、ソウシロウは姿勢を正すと、毛玉ドワーフへと向き直り、深々と頭を下げる。

毛玉ドワーフはその見事な姿勢に無言となり、髭を擦ってはソウシロウを注視した。


ソウシロウは長い布袋を取り出し、その口紐を解き、中から1本の剣、<カタナ>を鞘ごと引き抜く。

「…折れとるの。」

「…左様。これをこの場で、直す事は適わぬでござろうか。」

刃を抜かずとも、毛玉ドワーフは中の刀身が折れていると見て取ると、ソウシロウは頷いた。

しかし、毛玉ドワーフは顔を横に振り、髭を触る。

「ふぅむ。そうじゃのぉ、そうじゃのぉ~…」

「…」

掴んだ親指で袋の上から鞘を探るように擦り、毛玉ドワーフは俯き加減でブツブツと呟く。

そして、ソウシロウは綺麗に腰を曲げたまま首だけを上げては返答を待つ。


「断面に残るものを取り払い、形<だけ>は元に戻せるかの。」

「…<カタナ>として、武器としては戻せぬでござらぬか?」

毛玉ドワーフの言葉にソウシロウは更に詰め寄り、毛玉ドワーフはますます髭を擦る。

「ふぅ~む、ちゃんとしたこの武器の鍛冶師に見せるべきだと思うがの。それでもかの?」

「…」

ソウシロウの表情は変わらず、ただ真っ直ぐに毛玉ドワーフを見据えている。

その眼には生半可な返答では決して引かぬという覚悟があった。


暫くして、毛玉ドワーフは長く息を吐くとソウシロウから視線を逸らす。

「せいぜい1撃じゃ。2撃と刃を当てればこの剣は粉々になり同じものとして修復もできんぞい?」

「承知。お願い致す…!」

毛玉ドワーフの返答にソウシロウは力強く頷くと、更に深く頭を下げた。

流石の毛玉ドワーフも頭を掻き、何時までも上がらぬ頭に早速修復を試みる。


―――コンッッ…!


―――コンッッ…!


間を置いて2発、指先を刃の納まる鞘に当て弾いた。

1発目に小突いたとき、手の中の鞘がしばらく震え出し、2発目を小突くとそれは静かになる。

毛玉ドワーフは眼鏡を掛け直すとソウシロウへと鞘を差し出した。


両手で受け取り、姿勢を起こすと、ソウシロウは目の前の鞘を見据え、ゴクリと喉を鳴らす。

そして、恐る恐る柄を手にし、鞘から刃を抜く。

「お、おぉ…」

そこにはソウシロウ以外はグランだけが知るかつての<カタナ>が姿形を現し、ソウシロウは感嘆の声を漏らした。

「触れるでないぞ。ただでさえ繊細な状態じゃからの。」

「しょ、承知。」

再び見た刃の輝きに少し我を忘れていたソウシロウは毛玉ドワーフの声で我に返る。

そして、呼吸を整え鞘へと刃を納め、再び姿勢を正すと、毛玉ドワーフへと深く頭を下げる。


「キャッホ~~~カイチョ~~~☆さぁ、皆!旅を急ぐとしまショ!!」

その時、カルマンが手を大きく振りながら坂を上り戻ってくると一行の注目を集めた。


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