37-8.診えるが途、看えぬが先
閃光、爆風、その熱波が漂う周囲の冷たい風を吹き飛ばしていく。
木っ端が吹き飛び、焦げる匂いが鼻を掠め、ラミーネはグランのなびくマントの後ろで身を屈めていた。
そして、閃光と熱波が止み、自分の前で壁となって立つ赤マントの男がその場を離れたのを感じ、ラミーネは恐る恐る目を開く。
視界には消え行く残り火に照らされた景色が映り込み、赤マントの男を捕らえる。
「…フン、でかい口を叩くだけあって死んでないか。」
赤い剣を天に掲げ、グランは所々が焦げて倒れているテルィーを見て呟いた。
白目を向くテルィーの体は動く事が無く、グランはそれを確認すると掲げた剣を振り下ろす。
「…!」
ラミーネはグランのその動きに小さく息を飲む。
―――ビィンッッッ………
赤い一閃が放たれると、あの炎撃を受けても白く美しいままの弦が楽器から切り離され、鈍い音を立てて地面へと落ちた。
ラミーネが見上げるとグランの赤い瞳が今度は自分を見つめており、思わず身を固める。
だが、赤く爛々と灯っていた瞳はいつものくすんだ色へと戻り、ラミーネへ安堵するように溜息をゆっくりと吐き出す。
「…立てよ。こんな所さっさとおさらばと行こうぜ。」
そして、グランは剣を鞘に納めてラミーネへ近づき腕を伸ばすが、彼女からの応答は来ない。
「…手が痛くて掴めない。」
グランが首を傾げていると、ラミーネは掌をグランの目の前に掲げる。
<春栗>を素手で掴み、グランの脇に放り投げていたのはラミーネであった。
彼女の白い肌はイガイガの先端を幾度と掴んだせいで赤ばみ、血が今にも滴りそうである。
「じゃあ、肩を貸してやるよ。腕を回すなら…」
自分が提案した上でのラミーネの負傷。
故に、グランは溜息を己に向けて吐きつつ、ラミーネに肩を貸そうとした。
だが、ラミーネは首を横に振り、今度は大蛇のような下半身、その<脚>の先端を捻っては見せ付ける。
本来は艶やかな白い鱗がこれまた掌と同様に赤ばんでいた。
テルィーの放つ<音>に対抗すべく、手数を稼ぐ為、両手のみならず、グランはラミーネに脚も使うように指示していたのだ。
両目の端に涙を浮かべ、ラミーネはグランの策に相応の傷を以て応じたという事を示す。
グランは一旦彼女から目を逸らし溜息を再び吐くも、先と同様に責任を自覚した上であった。
「じゃあ、担いでやるから…」
「荷袋みたいに、肩で担がれるのは嫌っ。」
身体を屈め、グランがラミーネの脚へ手を添えようとした時、口をへの字に曲げては、そう言葉を発する。
「…」
流石に調子に乗り出してきたラミーネにグランは表情を歪ませるも、しぶしぶと彼女の背中と脚に手を回しては抱き抱えた。
ラミーネはグランの肩に腕を回し機嫌を上々とすると、しっかりとその身を委ねる。
―――赤法師殿ーーーっ!
その時、ソウシロウの声がグランの耳に届き、声の方向へと目を向けた。
木々の間から駆けてくる毛玉のドワーフを背に乗せた、なんとも珍妙な出で立ち。
ラミーネはそんな姿に少しばかり吹き出して、2人に向かって手を振る。
先ほどまでの泣きべそは何処へやら。
だが、グランはそんなラミーネの変わり身に少々呆れつつも彼女を抱え直し、ソウシロウ達の元へと向かった。
…
「いやはや、ご無事で何より。」
「…別に俺はそこまで無事じゃないんですけどね。」
グランの焦げた跡が残る赤い装束をソウシロウはまじまじと見つめつつそう言い、グランは苦い顔でそう答える。
「…ふぅーむむ。」
「…あの、何か?」
ソウシロウが再会を喜ぶ中、背中の毛玉のドワーフは何度と眼鏡をずらし戻しを繰り返し、グランをじろじろと見つめていた。
「ところでおンし、名は?」
「グランよ。」
「お前が答えるのかよ。…まぁ、俺の雇い主が勝手に名付けた名ですがね。それが何か?」
毛玉のドワーフの問いに腕の中のラミーネが即答し、グランは呆れて言い返す。
「…いや、ワシの知る者におンしらが重なってしまっての。」
眉間を指で摘み、毛玉のドワーフは2人に答えると眼鏡を戻す。
グランは意図が読めず、ソウシロウへ視線を送るもソウシロウは首を横に振るだけ。
「ところで、何で2人は血相抱えて迎えに来てくれたの?」
話が詰まる中、ラミーネは2人にそう尋ね、ソウシロウはその言葉にハッとする。
「そうでござった!お二人とも、このままでは遭難しかかっていたのでござるよ!」
ソウシロウはラミーネにそう答えると、対面する2人は首を大きく傾げた。
「コンパスの針にござる!拙者のはピア殿が持つ赤法師殿の針に反応してもラミーネ殿のものには反応しないでござる。」
懐から<冒険者手帳>を取り出し、ソウシロウは説明をする。
そして、付属したコンパスを向けて覗かせるも、針は微動として反応せず。
慌ててラミーネがグランに手帳を取り出させては確認すると2人は顔を青ざめた。
「は…あはは…」
「どうも、お騒がせしました…」
謝罪するグランとラミーネにソウシロウは苦笑いを返す。
「ともかく、無事とわかれば戻るにござる。」
「…しかし、骨折り損だな。俺はこの通りだし、お前も両手が塞がってるんじゃ。」
グランは互いに人を抱え、自分達が集めたものを持ち帰れない事に肩を落とした。
「何、ワシが散歩の時にでも拾っておくワイ。暖をとりたければワシの小屋で寝ればよいしの。」
「…」
急に毛玉ドワーフの態度が軟化した事へ、グランとラミーネは顔を互いに見合わせる。
その事を察し、毛玉ドワーフはソウシロウの背中の上で白目を向くテルィーを指差した。
「それに、おンしらはアやツを成敗してくれたからの。相応に礼はするわい。」
「…どゆこと?」
毛玉ドワーフの言葉に2人はまたも首を同時に傾げる。
「ま、それは道中説明するにござる。このご老人のお陰で帰る先は見えても、このままでは足元が見えなくなるでござるよ。」
そう、困り顔にソウシロウは言うと、一行はともかくと帰路へと着いた。
―――
「おぉ、戻ったか。」
「うむ、皆が無事…とは若干言い難いでござるが戻ってきたでござるよ。」
小屋の前に戻ると、ゴリアーデが一行を見つけ、声を上げる。
「…それよりゴリさん何やってんの?」
「あ、あぁコレか。暇だったのでつい、剣闘士の頃を思い出して鍛錬も兼ねて、な…」
ゴリアーデは声を上げた後も自然と柱軸から生えた棒を手にし、それを押し回していた。
「ご老人、<アレ>は何にござる?」
「…わからん。この小屋に最初からあった。」
ソウシロウの問いに毛玉ドワーフは腕を組み、首を横に振る。
「闘技場ではコレに似たものを良く回して運営の手伝いや油絞りをして小銭を稼いでいたものだ。」
そして、ゴリアーデは一通り懐かしむと手を止めた。
「ラミーネお姉ちゃん!!」
直後、小屋のドアが開くと少女がラミーネを視界に捉え駆け寄ってくる。
その後にウィレミナ、カルマンも続き、3人は一行の無事を喜んだ。
「ピア様は2人が帰ってくるのが<視えた>そうで、先程からそわそわとしてましたのよ。」
ウィレミナはピアの両肩にそっと手を添え、ラミーネを抱えるグランとソウシロウに微笑みかけた。
少女はラミーネに跳び付きたかったのか、しかしながらグランの両腕に抱かれる様をみて心配そうに2人を見つめる。
「あはは、ただいま。大丈夫、大丈夫、ちょっとケガをしただけ…いっつぅ~~~ッ!」
ピアに気丈な態度をとり、安心させようとするも、傷に風が染みたのかラミーネは痛みの声を上げた。
「まぁ、大変。すぐに皆様でお夕飯に致して温まりましょう?」
ウィレミナは毛玉ドワーフへ視線を送り、そう促す。
そして、毛玉ドワーフは黙って髭を何度か擦り、ウィレミナに頷くと一行は小屋へと入って行く。
…
それぞれがテーブルを囲み、ピアが各人に食器を配り終えると、一行は手を合わせる。
「それではこうして、大人数での食卓を囲める事に感謝して…」
最後に料理を運んできたウィレミナが席につくと、皆を見回しては祈る姿勢を見せた。
それに合わせ、他の者達も自身にある習慣にでは無いにせよ、手を合わせ始める。
「うふふ、では、月並みに、天の陽と双子月と精霊達へ感謝と祈りを捧げて…」
ウィレミナは微笑みながら目を閉じると、他の面々もそれに倣う。
…
「さぁ、お召し上がりくださいな!」
しばしの沈黙の後、ウィレミナは目を開けて大きく口を開いた。
その言葉に弾かれたように面々は顔を上げ、カバーで覆われていた料理へと視線を向ける。
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栗のホールパイ
栗のペースト
炒り栗
栗のポタージュ
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現れたのは栗、栗、栗の栗尽くし。
独特の火を通した甘さと芳醇な香ばしさが鼻をくすぐり、思わず全員の喉が生唾を飲む。
「ほほぉ~、これは見事にござるな。」
「ソウシロウ様から伺った<くりきんとん>を真似てみましたの。」
ソウシロウが栗のペーストをまじまじと見つめてはそう言い、ウィレミナが照れ笑いを浮かべる。
「アラ、おじいちゃまッ!1人でそんなに欲張ったらアタシ達の分が無いじゃないノ!!」
「んふー、大丈夫じゃ、コレはホレ、台所にまだあるぞい。」
毛玉ドワーフはホールパイの内一皿を自分の手前に持っていくと行儀悪く手掴みで口に放り込んだ。
その姿にカルマンは取り返そうとするも、細い手を髭の中から伸ばした毛玉ドワーフにかわされる。
「…お姉ちゃん食べないの?」
一方で、皿に配られた料理にただヨダレを垂らし、手を付けようとしないラミーネに隣に座るピアは声を掛けた。
少女の言う様に、彼女の皿の料理は盛り分けられた時のままで手をつけていない。
「…手が痛いままで食べられないの。あんなにがんばってイガイガ栗を手掴みしたのにぃ。」
するとラミーネの表情はすぐさまに泣き顔へと変わる。
少女はそんな様を見て、スプーンで剥かれた炒り栗を掬うとラミーネの口元に差し出した。
その行為にラミーネは喜びに目を輝かせ、口を開けると炒り栗を頬張る。
そして、頬を膨らませては味わい飲み込むと幸せそうに笑い、ピアと頬を合わせ抱き合った。
それらの様子を伺いながら、赤マントの男は片肘をつき、カットされたホールパイをフォークで口に運んでいた。
何だか1人だけが無用な死線を潜り抜けただけではないのか。
糸口は掴めたものの、そもそもにあの毛玉ドワーフが本当に自分達へ協力的になるのか。
だが、まぁ、と、グランは先の激戦で断ち切り、拾った弦を指先で弄びながら考える。
今こうして揃って食事をしている事は紛れもなく事実であり、口の中に広がる味は得難いものであると。