37-7.診えるが途、看えぬが先
赤い髪を振り回し、楽器の弦の弾け鳴らす。
激しいビートが木々の合間を吹く風がビリビリと共鳴し、2人へとその旋律を刻み込む。
―――GuWon…!
そして、感情を乗せ、弾き乱れていた弦の音は一変し、突如として紐状の<音>が楽器から放たれる。
<音>は強くしなり、投擲武器、投げ縄、ブーメランのように赤いマントの男、グランへと向かう。
グランは赤黒い血に染まる口元を歪め、剣の柄を両手で握るとやや腰を落とし構えた。
…
赤い剣が木漏れ日を反射し瞬く。
ただ、グランの両手で振りかぶった剣は空を切り沈黙が広がった。
それは余りに、余りにも<手応え>が無い。
「…?」
赤髪の男、テルィーも自分の放った<音>が空振りに終わり、僅かに首を捻る。
―――グゥーン、ゥ~ンン…ギャギャギャッ!
赤髪を再び揺らし、楽器を再び構え直し、テルィーは次なる<音>を弾き奏で、飛ばす。
―――GuWon…!
<音>を聞き取った赤マントの男はその瞬間、手の内で遊ばせていた赤い剣を握り締めた。
流石に手の内を晒しすぎたか、グランにはテルィーの<異能>の<音>を捉える事ができている。
その事に勘付いたテルィーは舌を打ち、グランは剣を構えては<音>の紐へと体を向け、再び赤く煌く剣を振りかぶった。
…
そして、またも剣が空を切る音が木霊し、辺りに沈黙が広がる。
テルィーは自分の放つ<音>の行方を追えず、変わらずに<手応え>は無い。
<無い>のならまだわかる。
だが、テルィー眼前の目標、赤マントの男の瞳は爛々と灯り、この空振りに動揺も躊躇も無く、確信、<手応え>を得ている様だった。
―――グゥングゥンッッ!ギャギャギャッ!
赤く煌く剣、赤く大きくなびくマント、爛々とする赤い瞳。
テルィーには視界に入る3つの<赤>に<自信>が篭って見える。
その事にテルィーは苛立ち、赤髪を上下に大きく揺らしながら再び弦を掻き鳴らした。
―――GWnGuWon…!
そして、赤マントの男は<音>を頼りに剣を振り切ると、またしても空振りに終わる。
再三の沈黙。
だが、空振りと沈黙を捉えている事でグランには<手応え>が確かにあり、その襟巻きで表情は見えないながらも伝わってくる。
「何なんだテメェはァーーーーッッ!?」
テルィーには不気味とも言える、その<自信>が余計に苛立たせた。
激昂するテルィーを見てグランは血塗れの口元を歪ませると、剣の柄の握りを緩めては手の内で回して遊ぶ。
―――Wonnnッ!
「…その<音>を待っていた!」
グランはマントを翻し、中から1つの<球体>を取り出した。
「…!?」
それは球状にしてはどうにもイガイガしており、石でもボールでもありはしない。
だが、テルィーにはその球状に、何か心当たりがあるようでもあった。
グランは軽く上に向かって球体を放ると両手で剣を握り締め、球体に向かって振りかぶる。
「…イグニ、<エクスプロード>。」
「…!!。しまっ…!」
…
――ドォオオォォォンンッッッッ!!
<音>が球体に<巻きつく>、その刹那。
球体に張られていた札がグランの魔力と魔法起動の一節を受け、閃光を放ち爆ぜた。
それだけではない。
球体、<春栗>は爆ぜ、その殻となるイガイガと瞬時に加熱された種実がその場の全員へと向けて飛び散る。
更にはそれだけではない。
先3つ、まさしく再三の空振りの正体、テルィーの別の<音>を受けた<春栗>が連鎖して爆ぜ、位置的にテルィーへと向けて飛び散る。
「ピィィィギャアァァァッッ!」
<春栗>の殻は鋭く無数の針矢となり、種実は高熱を帯びて飛礫と化す。
テルィーの<異能>は2つあった。
1つ対象を爆破させる<音>ではあるが、それは余り強いものでない。
しかし、2つ目の<音>、一時的に魔力を帯び、<巻きつく音>を組み合わせる事で、連鎖反応、対象を強力な爆破を見舞わせる。
そして、自身の演奏と混ぜ合わせる事で<異能>の正体を隠し、高揚感でより魔力を増大させる事ができた。
だが、テルィーは見事に自分の<異能>に色を付けされては反射され、その身に数多の破片を食い込ませる結果となる。
更に更に付け加え、それだけではない。
爆ぜた際に広がった靄を中から吹き飛ばし、赤く爛々と灯る、煌きと影がテルィーへと飛び掛った。
「うゎえぉぉおおおおァァッッッ!!」
叫びと思えぬ叫びを上げ、テルィーは突進する赤い影に向かって弦を弾く。
―――GWn、GWn、GuWonWWonnnッッ!
楽器の持つそれぞれの弦から<音>の紐が発射され、それぞれが赤い影、グランへと<巻きつく>。
そして、<巻きついた>と感じた瞬間、グランから閃光が放たれた。
―――ドォォオオオオォォォンッッッ!!
間もない内にまたも爆破音が轟く。
グランは白い煙を上げて後方に吹き飛び、緩やかな傾斜を爆破の勢いで転がり落ちた。
テルィーも爆破の衝撃を受けたが、鼻から垂れ流す血はこの連続した<異能>の使用、<切り札>の影響が大きい。
「…グラン!」
飛び出した赤マントの男が再び白い煙をあげて戻ってきた事にラミーネは声を上げる。
しかし、グランは仰向けに倒れたまま、ラミーネの呼びかけに応えない。
「…ふははは、これでェ、互いに<切り札>を出してしまったんじゃないカァ?」
決して万全というには程遠い状態のテルィーではあるも、立っている事に勝利を確信して高笑いする。
―――ギュゥゥゥン…ギュルギュルギュル…
「…<増幅>は無しだ、<爆破>だけでお前を削りきってやるッ!」
であるも、もはや顔色に猶予を残さず、しかしながらテルィーは事ある間には楽器を弾き鳴らす。
―――Pin…!
―――ドゥンッ!!
「きゃあッ!」
弦が小さく弾かれるとその瞬間にグランの近くで閃光と爆発が引き起こされ、ラミーネは思わず目を覆った。
だが、爆風と光はグランの気付けに一役買う。
意識が戻ったグランは揺さぶられる視界の中、立ち上がり、剣の柄を手にする。
「…ラ、ミーネぇッ!」
くすんだ瞳は徐々に赤く灯り、それはラミーネへと向く。
ラミーネは形相、それだけじゃない、全身から血を滴らせるグランに一瞬、体を竦める。
だが、ラミーネは目を閉じつつも俯き、目を開くとその赤く輝く瞳を見据えた。
―――ギャギャギャッ…!
「さぁ!覚悟してもらおうカァッ!」
テルィーは音を弾き鳴らし、自身を鼓舞しつつ一歩一歩とグラン達へ近づく。
―――Pin、Pinッ!
そして、弦の端を弾き、<異能>を飛ばす。
しかし、精度の程は無く、グランとラミーネの近くの短草と土を爆ぜさせていく。
「…いくわよっ!」
「おうともよッ!」
赤いマントと薄翠の長い髪が爆風と木々間の風を受け、はためいた。
「…そのテはもう通じねぇよォッ!無視だッ!ムシッ!」
剣を振りかぶるグランの脇、その宙を舞う<春栗>を見てテルィーは叫ぶ。
「…グライ、<アースシールド>ッ!」
だが、次の瞬間、テルィーの表情が歪んだ。
宙を舞う<春栗>は1つ、2つとではなく、<無数>。
そして、グランの剣の腹に張られた札が輝くと魔法盾が展開され、まるで巨大な<扇>の様相をみせる。
―――Pin、Pin、Pinッ!
グランの策をテルィーはすぐさまに把握した。
<扇>で無数の<春栗>をテルィーへ打ち払おうという算段だろう。
弦の端を素早く弾き、テルィーはそれらの迎撃し、放たれた<春栗>は落とされていく。
「…!!」
しかし、下手な迎撃は迂闊であった事をテルィーは悟った。
<春栗>の破片は進路上を飛び散り<撒く>事となる。
足先のイガイガを察知すると、テルィーの脳裏にはそのトゲの痛さが過ぎ、思わず後ずさった。
「そ、それデェッ!オレを足止めしたつもりかァ!?別にオレここからこのまま弦を…」
テルィーは冷や汗を垂らし、<爆破>の<音>を弾き鳴らそうとする。
「…ふー、アンタ、強敵だったぜ。何せこんなに<札>を使っちまったからな…」
だが、その行動、身を少しでも引かせた事にグランは肩で溜息をつきつつ腕を伸ばし、剣を構えた。
テルィーが赤マントの言葉に思わず、飛び散った<春栗>へと目を向ける。
そこには砕け散った殻と実以外にいくつか<札>とその切れ端が散っており、テルィーは意味に気付くと、顔を青ざめた。
「…エアル、<ショックネルフ>ッ!」
ラミーネが地面に手を付け叫ぶと、テルィーは足元に散りばめられたイガイガから慌てて飛び退く。
しかし、それよりも早く、ラミーネの放った魔力の雷撃は地面を、<札>を辿ってテルィーへと駆け抜ける。
「ギャビビビビッッ!!」
雷撃に全身を痺れさせ、テルィーは白目を剥く。
「…おかげで自腹の経費が嵩むってェーーーーのッッ!」
続け、グランは手にした<春栗>を再び宙へと放り、めいっぱいに脇を締めた。
「イグニ、フル、ハス、イル!<ファイヤーボール>ッッ!!」
<春栗>へ向かって剣を振りかぶり、グランが吼え叫ぶ。
赤い剣はグランの詠唱を乗せ、輝き煌くと、それを触れた<春栗>へと燃え移る。
「自分の技を真似られ、くたばりやがれッ!」
グランは向かう魔法の火炎弾に親指を突き上げ、着弾を確認すると悪態を乗せて振り下ろした。
―――
―――ドォォォオオォォンンッッッ!!!
駆けてからの3度目の轟音は空気を震わせ、一心に足を運ぶソウシロウをも止めた。
そして、木々の間から煙がうっすらと流れていくのが伺える。
「近いぞぃ、はようせぇ。」
背に乗る毛玉のドワーフはソウシロウの結えた長い髪をぐいぐいと引っ張った。
その反応にソウシロウは顔を歪ませるも、足場を確認し一息を整えると、またも走り出す。
「赤法師殿ーーーっ!」
ソウシロウが叫ぶと、煙の元、焼けた匂いと木々の間から人影が視界に飛び込んでくる。
そして、その人影は声の方、ソウシロウへとゆっくりと向く。
「…おぉ、息災でござったか、赤法師殿!」
グランの両手に抱きかかえられたラミーネがソウシロウに手を振り、声を上げていた。
…
「へ、陛下…」
ソウシロウが駆け寄ろうとした最中、毛玉のドワーフはグランとラミーネの姿を目の当たりにし、思わず呟く。
その言葉と先ほどまで背中でやんちゃの限りを尽くして毛玉ドワーフの言葉と姿勢。
思わず、ソウシロウはつい首を傾げ、足を止めた。
―――