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紅い喰拓 GRAN YUMMY  作者: 嶽蝦夷うなぎ
・近朱必赤、見定めるは鉄の道の先
191/232

37-5.診えるが途、看えぬが先

 木々の間に生える短草は青々としているも、通り抜ける風は冷たく、肌寒さを感じさせる。

赤い襟巻き、赤いマントに全身を包む黒髪の男は露出する顔の肌に風を受け、鼻をすすり上げた。

「こりゃ、ここで一晩を明かすには本腰入れて薪集めしたほうがよさそうだ。」

そう指で鼻を擦り、男は後ろを振り返る。

「…」

後ろには白い大蛇のような下半身、長い薄翠色の髪の<ネレイド>の女。

口を僅かにへの字に曲げ、その女、ラミーネは赤マントの男、グランの後を辿りながら視線を送っていた。


とりあえず、機嫌が何かしら悪いとグランは察し、ラミーネの眼を見ないように足元に転がる枯れ木を1本拾い上げる。

「…」

「…さっきからなんなんだよ。」

己に不満があるのであれば、わざわざ行動を共にせずとも後に文句を言えばいい。

よっぽどに他人に聞かせたくない罵詈かつ雑言を溜め込んでいるのか。

グランは薪に成りそうな枯れ木を拾いつつ、顔は向けぬままにラミーネへと声をかける。



「…あ、ありがとう。生き返らせてくれて。」


―――ガシャッ!


しばらくの間の後、グランは口元こそ襟巻きで隠れてはいるも、ラミーネのその一言に口を開け、手に取った枯れ木の束を地面へと落とす。

「な、何よ。」

「…い、いや、まぁ、まだ季節的に土地柄に雪は降る可能性はあるだろうが。」

額に手を当て、くすんだ赤い瞳孔はラミーネへと向き、点となる。

「お前さんに礼を言う文化があったんだな。」

「私そこまで常識知らずじゃないわよ!?」

顔を赤くしながらラミーネは吠え、その声にグランが呆れた様子で振り向くと再び口をへの字に曲げ視線を逸らす。

身体全身をもじもじ、くねくねと動かし、追加で何か言いたげであるも口を開こうとはしない。


赤いマントの男は小指で耳をほじりながら待つがラミーネはちらちらと視線が向くだけで、言葉が出ず。

グランは一息を吐くと、ラミーネを背にして枯れ木拾いを再開した。

「…何か反応あっても、いいんじゃないの?」

「アぁ?」

軽く苛立ちながら、グランは枯れ木拾いの手を止め振り向く。

ラミーネが感謝している事に何がしかの反応を求めているのは何処となく察せる。

これまでの身体の調子や無事で居られた事への<何か>が欲しいのだろう。


「…まぁ、運が良かったじゃないか。」

だが、男の言葉は素っ気無く、その一言に再びラミーネは顔を再び赤くし吠え猛る様子を見せた。

「なんだよ。<蘇生>なんてただでさえ<不確定>なものだぞ?」

「あ、アナタはそういう<身体>だからって…」

グランの<不死性>、<不死身>の肉体を何度と無く目にしてきたラミーネである。

しかし、生と死に関わる事には、ラミーネの常識とグランの常識に隔たりをみせた。


「…別に生死を軽んじてるワケじゃないぜ?俺も他の冒険者也が<蘇生>に失敗して遺体が炭化したり塵になった様を見てきてる。」

<蘇生>、不慮の事故等で肉体的な損傷で<生命>を呼び戻す手段。

一般的には聖堂協会内にて高位に就く聖職者達によって行われる<儀式秘術>。

されど、その成功率は決してではなく、失敗すれば遺体の劣化は進み、燃えカスのような<炭化>を経て、終には<塵>となる。

「…」

ラミーネも数々の<蘇生>の顛末を知らぬ筈は無い。

<蘇生>に失敗し、辛うじて炭化肉体が残る遺体を目の当たりにした冒険者達が心折れ、形在る内にと遺体を埋葬してしまう者も多い。

それだけ生を喜び合うよりも、<蘇生>には<失われる>事を残された者達は突きつけられ、恐れる方が強い。


グランの視点は生死の狭間を彷徨う者より、その周囲、関わり合いを濃く感じる者達、外からのものだった。

自分にも持っているはずの視点にラミーネは言葉を失い、一旦に息を呑みこみ吐き出す。

何より、その<蘇生>にすらあやかれず、死んだ親類を目にし、こうして自身が冒険者となったのだ。

「…ごめん、なさい。」

ラミーネは視線を下げ泳がせ、ただ、俯いてはポツリと小さく消え入りそうな声で謝罪を口にした。


「今度は謝るのかよ。」

フンと鼻を鳴らし、ラミーネの足元に枯れ木の束をわざとらしく音を鳴らし放り投げる。

「ま、礼を言うなら。ピアちゃんの中にいる<スピリア>にでも言うんだな。」

「…スピリアに?」

「<アレ>がお前の危機を結果的に察知し、結果的な<蘇生>を成立させた。」

「だから、<運>が良いと…?」

ラミーネは顔を上げ、グランを見るが、その表情は襟巻き越しからでも不満を見せていた。


「あぁ、生き返ったといってもスピリアの力を経由した未知の手段だぜ?今後何がどう響くのかわからん。俺は関わったがその事に一切責任を負うつもりは無いね。」

吐き捨てるように言い、グランはラミーネから背を向けるとまたも枯れ木拾いを始める。

「じゃあ、何で助けてくれたのよ。」

「全くだ。自分でも貧乏くじを進んで引く性分なのか、わからんぜまったく。」

腰をあげ、背を伸ばし赤い襟巻きをなびかせ、男は林の隙間遠くをただ見つめた。


「…その癖、自分から渇望し、動いた事には結果は伴わない。<不死身>が呆れるよ。」

眉間を歪ませ、グランは目を細める。

そこから滲み出る苛立ちが毛玉ドワーフの言うグランの<からっぽ>からのものであれば、自分の命はその<からっぽ>によって繋がれたのだ。

ラミーネは込み上げて来る気持ちに押され、男の背に手を回す。


―――


***********************


焼き春栗


***********************


「うふふ、調理場に居る者の特権ですわね。」

「ホーホー、ホッホッホー。美味じゃ、美味じゃのー。」

ウィレミナは毛玉ドワーフが奥へと持っていき姿を変えた<春栗>を口に入れ、満足気に笑みを浮かべる。

毛玉ドワーフ、それに少女のピアも共に栗を頬張り、笑顔を咲かせた。


「でも、いけませんわ。これだけでお腹が一杯になってしまいそう。」

頬張る口を手で押さえ、ウィレミナはいつの間にかボウルの中に山と成した<焼き春栗>眺めながら呟く。

「お爺さま、お菓子はお召しになられます?」

「ホホー?コレを菓子にできるんか。構わん、構わんぞ、不味かったら文句を言うだけじゃしの。」

ウィレミナの言葉を察し、毛玉ドワーフは髭をさすりながら頷き、ボウルを手渡す。

「あ、あのそれじゃあ、外の皆さんにも少し持っていっても…」

「ふふふ、そうですわね。お爺さまの釜で焼いた栗はこれだけでしょうから持っていってあげてくださいまし。」

ピアの申し出にウィレミナは微笑みかけ、ボウルの一部を少女へと分ける。

その時であった。


―――ドン!ドン!ドン!ドン!


けたたましく、強くドアが叩かれる音。

ウィレミナはその音に身構え、扉に向かって声を投げかける。

「…どうかなさいまして?」

「ご老人に会わせてほしいにござる!」

返ってきたのはソウシロウの声。

しかし、いつもの飄々とした雰囲気はなく、声音は切羽詰まった様子であった。


ドアを開けるとソウシロウ、カルマンが血相をかえて押し入って来る。

「…ご老人は!?」

「何じゃ、何じゃ、騒々しいのぅ。」

ソウシロウは小屋に足を踏み入れると即座に視線を巡らせる。

そして、毛玉ドワーフの姿を捉えると、息を呑み込んだ。


「ご老人!貴殿は<魔力>だか<気>の類を見て取れるのではござらぬか!?」

「…だとして、それが何じゃ?」

質問に毛玉ドワーフの言葉は重く鋭いものとなる。

「ピアちゃん?アナタなにか嫌な<予感>とかはしてなイ?」

続き、カルマンの問いがピアへと向けられるが、少女は首を横に振り否定する。

「話がみえませんわ。落ち着いてくださいな。」

ソウシロウとカルマンは顔を見合わせてとりあえずの深呼吸をした。


「…赤法師殿とラミーネ殿が戻ってくる気配がないのでござる。」

「でも、それはピア様が預かってるグラン様の<手帳>で大丈夫な筈ではなくて?」

呼吸を整えたソウシロウはとりあえずの現状をウィレミナに告げる。

だが、それではソウシロウがこうして毛玉ドワーフを訪ねてくる理由にはならない。

「それが、ソウシロウちゃんの手帳の針は赤マントちゃんのは向いてもラミーネちゃんのは向かないそうなのヨ。」

「そ、それじゃあ、赤マントさんとラミーネお姉ちゃんは…」

帰還の手掛かりである<冒険者手帳>、その中に付属される<コンパス>が正しく機能していない。

それはこの場の誰しもが2人は<遭難>した事を疑わせ、ピアは口元に手を当てた。


「で、でもピア様の<予見>には何も感じとれなかったのでしょう?」

動揺が隠せないウィレミナに、ピアはこくりと頷く。

「しかし、<竜>が関わるとその<予見>は見えなくなる…。確かそうのようでござったな?ピア殿。」

ソウシロウの続く言葉にピアは目を伏せ頷く。

「まだ、ここに来る前に遭遇したみたいな<竜>に関与するものと鉢合わせしないとも限らないワ。」

「…確か、ラミーネ様の説明によるとピア様の中に棲む存在、<スピリア>様でしたか。その方に呼び掛けてみては?」

ウィレミナが問うもピアは首を横に振るった。


「…それで?おンしの言う目がワシに備わってたとして、どうしたいのじゃ?」

「…赤法師殿、あの赤い井出達の男の跡を少しでも追ってみて欲しいのでござる。」

毛玉ドワーフはその問いに目を伏せ、髭を擦り、しばらくの間の後、口を開く。

「…仕方がないのぅ。気掛かりな事もある、手伝ってやるとするかの。」

そして、大きく息を吸う観念したように、息を吐いた。


「それで、気掛かりというのは…?」

「ふぅム、実はのうここ数日おンしらとは別に厄介な客がいての…」

毛玉ドワーフはまた息を吐く。


―――


「…何だ?酒でも隠し飲んでいたのか?」

ラミーネに背中から抱きつかれ、グランは呆れて呟く。

「…」

しかし、ラミーネは返答せず、背中の感触からして何処か泣いているかに感じ取れた。

「オイ、離れろよ。」

「…」

ラミーネは答えない。ただ、抱きつきその身を僅かに震わせるだけである。

グランは小さく舌打ちをし、そのままでいる。



「…離れてくれないと枯れ木を集められないのだがな。」

「…」

ラミーネはただ、グランの服を強く握り、その身を預けたままでいる。


―――…


「あのな、このままだと日が暮れて…」

「…」


―――…~~


「…いや、いい、<動くなよ>、ラミーネ。」

「…?」


―――……~~♪


グランの耳には林の中を通る風共に、楽器の弦が弾く音色が聞こえていた。


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