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紅い喰拓 GRAN YUMMY  作者: 嶽蝦夷うなぎ
・それは不死身の赤マント
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6-1.赤き炎と緑の刃

挿絵(By みてみん)

 今宵も宿場町の大衆酒場は様々な客、多様な料理、色鮮やかな酒が各々のテーブルに集い賑わっている。

その土地での生活を営む者達、外から流れてくる者達が分け隔てなく溢れ、店の中と外の通りのがやがやと賑わう音で掻き混ぜられていた。

そこに1人、周囲の住人達からは見慣れぬ身形、身細の男が店の中へとふらり敷居を跨ぎ足を踏み入れてくる。

羽織と旅装束の下にはローブやガウンの様なゆったりとした衣服、頭には丸笠を被りその顔はアゴ元まで見えない。

腰には長短二振りの緩やかな曲剣を帯び、全体的にかつ店内の客には見受けられない<おもむき>というものを感じる井出達である。

その男はテーブル席を一目見て自分の座る場所が無い事に諦めると、カウンターへ席が無いものかと笠をあげて目を幾度と滑らせていた。


そんな首を右往左往に振る珍客の姿を見兼ねてか否かまだカウンター席の幅に余裕ある2人の男が彼に対して声をかける。

「おう!アンちゃん!珍しいその格好、アンタぁ<ゴブリン>、<ヒノモト>の出かい?」

「おや、拙者達をご存知か?」

「ここいらでゴブリン族を見かけるのは珍しいだろうが大都に一度行けば今じゃ見慣れぬ種族なんてまず居ないってもんよ。まぁこの席で一杯どうよ、お近づきってヤツさ。おごるぜ。」

そう眼帯をした獅子面の<フェルパー>の男は、そのごわつく伸びたヒゲを撫でながら席を広げ空いた椅子を叩いて男を席へ誘導する。


「やや、コレはかたじけない、何軒も入れそうな店を回って脚がくたくたでしてな、お言葉に甘えさせて戴くでござる。」

「はは、その口調、ヒノモトはそういうの口回し流行っているのかい?」

「流行り言葉では無いのだが、如何せん何処の誰かと会うか分からぬ土地、礼を見せるのが拙者達の国、拙者達の立場の慣わしでござってな。皆々方には慣れぬ口調かも存ぜぬがどうかご容赦頂きたい。」

男は疲れた口元ながらキレのある笑い口を示すと笠の紐を緩めその顔をあらわにした。

一見では何処にでも居るヒューネスの優男の様だが、短くもツンと尖った耳に額には2本の突起、角が伺え明らかにその種族は違っていた。


「あぁ、知ってるよ、口聞きだけどね。その腰の2本の曲剣は<カタナ>、それでキミは<サブラヒ>ってヤツだね。」

隣で晩酌を交わしていた別の男も彼を間に招き入れると旅の労いの言葉をかけ彼に酒をなみなみと注いだカップを手渡す。

「おっと、これは良い香りのする酒でござるな。ありがたく馳走になるでござる。」

<サブラヒ>の男は手渡されたカップの口に鼻を近づけその香りを楽しむと少し、少しと酒を啜っていく。

その姿勢には何処か真摯でありそれを覗き込む2人も何処か背筋をピンと伸ばす。


***********************


大衆酒場の安価な葡萄酒


***********************


「コレはコレは、実に美味い。酒気が柔らかくて喉をすぐに通り抜けてしまうでござる。拙者の国では中々味わえないでござるな。気をつけないとあっと言う間にへべれけでござるな。」

両端の2人は男が差し出した酒を気に入った事に気を良くして続けて酒を注ぐのであった。


「しかし、ご足労だね。ヒノモトから大陸の西方までには大分あるだろう?ここまでの道すがらに旅に馴れては居ないのかい?」

「それが拙者、この土地に来てまだ1週間と経っていないでござるよ。」

「おいおい、冗談だろ?船での移動だって大陸極東に行くには最速で2週間はかかるぜ。」

「ここに近い<転移門>がヒノモトと限定的に開通したのでござるよ。」

「へぇ、<転移門>が。」

「<転移門>事態は珍しくも無いが近くにヒノモトと繋がってる門があるなんて初耳だぜ。」

3人はすっかりと馴染み親しんだようで1つの小皿に盛られたつまみのナッツを突きあっては酒を進ませて行く。


「はは、だが、恥ずかしながら拙者らの国は外との交流に閉鎖的でござってな、今はまだ内から外のみの実質一方通行なのでござる。」

「なるほどねぇ、そりゃあ俺達が知る由もねーなぁ。」

「ところで、最近何か面白い話はござらぬか?これでも拙者、様々な外の見聞を国に伝える役目をもってるのでござってな。帰り道の中色々話を集めたいのでござる。」

「酒の肴で仕事ができるなんてそいつは大層な役目だねサブラヒさん。…しかし最近ねぇ。」

現地人の2人は首をかしげて何か無いかと思い浮かばそうとするが<彼>を超える話があるかと中々に思い当たらなかった。


それこそ大都周辺であればその人口密度と人々の行き交いから様々な風説には事欠かないであろう。

が、ここは所詮片田舎、痴話喧嘩の与太話なら内に外にと困らないが、外から流れてくる話というのは風化が進んだものばかり。

流れ込んで来れば誰もが口にするものだから、地元に根を張った者達は中々どうして鮮烈な話が浮ばないのである。

サブラヒの男は些細な話でも良かったのだろう、だが、この<異邦人>に何か見栄を切りたくなった2人は酒の回った頭で苦悩する。


そんな中、獅子面の男はカウンター奥の棚にある1つの赤い酒が目に入り、耳の右から左へ出て行った数々の噂話を1つ手繰り取った。

「お、そういやよ最近また<不死身の赤マント>が出たんだってよ。」

「ほう、不死身?コレは面白そうでござるな。是非聞かせて欲しいでござる。」


<不死身の赤マント>、獅子面の男はこの単語がかかる噂話を片っ端から酒に浸った頭から吐き出していった。

その名の通り赤いマントに更に長い襟巻きを纏った男。

冒険者ギルドの出入りの噂が多い事からおそらく冒険者なのは間違いないのだろう。

炎を纏い爆炎の中から姿を現したとか、見張りの尖塔から飛び降りては地面に人型の穴を空けたとか、重積の荷車に跳ね飛ばされたとか、回転機に押し潰されたがプレスされ排出されたマントが膨らみ元に戻った等々の噂が続く。


「――――それでよ。野盗崩れになった傭兵多勢を相手に腹を貫かれ、腕を裂かれる重傷を負っても何度でも立ち上がるって話よ。」

「俺が聞いた話だと落盤の下敷きになっておきながらひょっこり瓦礫の中から這い出てきてその場で体操をしたって聞くぜ。」

「ほうほう、実に興味深い、例え本当に不死身じゃないとしてもそうと思わせるその御技、是非ともこの眼で見てみたいものでござる。」


「して、その者の名前、わからぬでござるか?」

「<グラン>って言われては居るけど、なぁ?」

獅子面の男に投げ掛けられたもう1人の男は眉間を歪ませアゴを撫でて沈黙した。


「はて、何かその名に問題でも?拙者にはこちらの名前は珍しいものばかりでござる。」

「サブラヒさんも流石に極東の島国っつっても話は聞くだろう?かの中央大陸、いや世界その覇者にして覇王の<グランロード>よ。」

「それは聞き及んでいるでござる。かつての祖先もかの大戦には加わったと語り継がれてはいるでござる。」

今でこそ大陸極東の列島諸島で鎖国を敷いている<ヒノモト>ではあるが、彼らも盟約の調印に記され<ヒト>と認められた種族と国である。

しかし覇王時代が過ぎ去り、破滅の刻を迎え合わせて1000年。

長い年月は外との交流が弱まったかの国においては御伽噺の与太話にも相応しい。


「まぁ、ご大層な名前だからな、それにあやかって<グラン>なんて名前は中央大陸じゃ珍しくないのよ。何せその覇王が眠る大穴もあるからな。それに俺の爺さんだって少し捩ってグランザよ。」

「そうそうオレの親戚の叔母ちゃんもグラネーデだった。種族が二分して争っていたっていうあの時代でのオレ達ヒューネスの連中ですら名付けるぐらいに珍しくもないね。」

「流石に今じゃ新たに名付ける人は少ないそうだが、名を継がせたりするヤツもまだ居るし、名前頭の単語としては珍しくは…ねぇなぁ。」

サブラヒの男はアゴに手を当て首を傾げその名に何が問題なのかいまいち掴めていない様であった。


「要するにだ、<グラン>なんて名乗っていても敬称なのか本名なのかわからねーのよ。」

「はぁはぁ、成程、成程、その<グラン>、拙者らの国の<太郎>に相応しいでござるな。」

「タロー?」

「拙者の国には<太郎>とつく英雄、豪傑の逸話の数々があるのでござるよ。双方のご親類と同じ様ゲンを担ぎによく名付けられるでござる。」

「へぇ、どこの国にも似たようなものはあるものなんだね。」


「拙者の国で言い現すならその井出達からさしずめ赤法師の赤太郎でござるな。」

「アカホーシのアカタロー。」

「はは、いいなそれ、呼びやすい!」

「ふむ、帰郷までの旅は赤法師殿の軌跡でも辿って記してみるでござるかな。旅の楽しみができたでござる。」

「よーし、何だか景気がよくなった。見知らぬアカタローに乾杯だぜ!」

男3人は眉唾の塊に感謝を上げて祝杯を合わせた。


「――――ふぅん、<不死身の赤マント>ねぇ…。」


―――


「なぁ、アレ聞いてるか?」

「あぁ、この先の街道での<連続赤マント襲撃事件>か。昨日で6件目だってな。」

朝靄がかかり、薄暗い、日中は暖かくとも風が吹き衣服の隙間に入り込んだものなら身震いをする、そんな時刻である。

2人の門番はその退屈でありながら身と心を削る早朝の職務を紛らわせる為に雑談をし始めた。


「幸い蘇生や治癒で助かって死者にはなってないそうだが、物騒なもんだぜ。」

「しかし、なんで<赤マント>なんだ?」

「さぁなぁ?赤いものでも見たら興奮するんじゃないか?」

「ははは、なんだそりゃ、祭事牛かよ。だが被害者は刃物で襲われてるって話だぜ、流石に牛じゃあないだろ。」

「共通点が<赤マント>ってだけで全てが襲われてるワケじゃないそうだしなぁ。」


2人は最近の近場で起きている事件を話題にあげては時間を潰す。

近くの事件でありながら、彼らが真相への探求に乗り出さないのは危険であり管轄が違う為だ。

彼らにとって、自身に直接危険が及ばない事に関しては、とても忠実で実直でありそれが長生きの秘訣である。

しかし、何かと刺激が欲っしてしまうのもまた人生。

ましてや対岸の火事をより最前で拝めるのならば、出歯亀など抑えられようか。


「だったらよォ、<赤さ>で襲うとかか?」

「ソイツはどんだけ<赤>が憎いんだよ。トドメをきっちり刺さなかったのは<赤さ>が足りなかったからってか?」

話に興が乗り始め門番達の職務がはかどり出す。

やれ赤いマントが王族の目印だとか財宝の在り処を示す地図になるのだとか眉唾をでっち上げていく。

そんな中、朝靄の奥から赤い人影がゆらゆらと門番達の目の前に現れてきた。

それは何処かゆったりとしたものだが、のしのし、ずかずかと足を運びその肩は風を切り、まるで邪魔立てするものを跳ね返す強引さがあった。


「どもーっス…」

赤い襟巻きに裾がボロボロにほつれた赤いマントをなびかせて男が1人、粗雑な挨拶を放ち門番たちの間を通り過ぎていく。

門番達はその通行人の返事として兜を軽く上げる挨拶をし、立ち行く赤いマントの背を覗き込む様に見送ると、男が自分らの怠慢を聞き取れなさそうな距離で再び談笑をはじめた。

「こんな朝早くから発つ旅人も居るんだねぇ。」

「商人でも無さそうだしハンターかね?今の時期目立った獲物が居るとも思えないが。」

再び朝靄にゆらゆらと紛れて行く赤いマントを覗き彼らの職務は続いていく。


「しかし<赤さ>で襲うならアレくらい<赤い>ならわからなくもねーな。」

「そうそう アレくらい見た目が全身<赤いマント>だったら色だけで狙うには間違いないな。」

「赤い、マントね。」

「そう赤い、ね。」


門番は互いの顔を見合わせる。

それは対岸の火事ではなく火中の炎が目の前を通り過ぎたのだと感じたからだ。

例え怠慢な態度で職務をこなしていようとも、目の前の者に死と危険が待ち構えているとするならば、それ素通りさられるほど彼らには悪心と度胸が備わっていなかった。


「…って、うおおーーーいッッ!!ちょっと!ちょっと待ったアンタ!!スターーップ!」

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