37-2.診えるが途、看えぬが先
一行の困惑した様子を感じ取ると、スピリアは一呼吸置き、言葉を続けた。
「どうも、波動の<波>が強くなったとき、我とこの獣は結びつき、こうして表に出れるようだな…」
<スピリア>が宿った<河グリフォン>の幼体であるカワノスケは持ち上げる少女の両手の中で周囲を見渡す。
「…それで?わざわざ出てきたのは何故だ?」
そして、スピリアの正体を知らず驚きをみせる一部の中、既知であるグランは眉を歪ませスピリアへと更に問いを投げかけた。
「それは<目>を通し、我が母の姿を見る他あるまい。」
カワノスケの言葉にグランの眉は更に歪む。
「…冗談だ。いや、冗談ではないが、フム。」
少女の顔を見て、スピリアはグランに、次に一行を見る。
「…しょうがないわね。私が<この子>の説明しておくから。」
そう言って、ラミーネはグランの肩をはたくと一行をまとめ、少女から距離を置くように誘導した。
…
「あ、あの、スピリア…?」
地平線から地平線へ、その澄んだ空と流れる雲をスピリアは眺めている。
「すみません、我が母よ。どうにも<言葉>というのは不慣れなもので。ですが、我はその<言葉>で貴方に知らせたかった。」
「…<竜>が関わると、<先が見えない>だったか?つまりは俺がまたピアちゃんを巻き込んで<竜>に変身すると?」
少女を横目にグランは赤い襟巻きを風になびかせ、言葉に詰まるままだったスピリアに質問を続けだす。
「…それはわからぬ。だが、この<竜の予感>とでも言うべきか。それは赤き者、お前よりも我が母に強く関わりが先の雲に感じたのだ。」
愛らしい形状でスピリアはグランへと視線を合わせ、重いその答えをとりあえずとして返した。
スピリアの言葉に心当たりが無いか、グランは少女の顔を伺うも、ピアは首を横に振る。
「ご、ごめんなさい。」
「キミが謝らなくてもいい。唐突に口を開き出したのはそいつだ、そいつ。」
しょげる少女の顔にバツを悪くしつつもグランはスピリアに食って掛かった。
「それじゃあ何か?さっきの雨雲は正体が本当に<竜>でピアちゃんを食いに来たでも言うのか?」
「…」
スピリアはグランの言葉に沈黙し、その反応にグランは更に苛立ちを募らせる。
「…黙るなよ。冗談にならなくなっちまうだろ。」
「すみません、我が母よ。しかし、貴方を不安がらせる為ではないのです。」
少女を宥めるように、スピリアは優しく言葉を紡ぐ。
「…ですが、我に見えているならば、貴方にも見えているはずです。これは、そう、<試練>とでも言うのでしょうか。立ちはだかる<壁>、それが待ち構えてる。」
幼体の瞳には本来の愛らしく無垢なものではなく、真摯な輝きが灯りピアは思わず息の呑む。
「ですが、この我、<スピリア>だけは何が起き、何に転じようと貴方の味方である。貴方は絶対1人にはならない、そう言いたいのです。」
「ケッ。…それだと今度は<竜>に成れる俺がピアちゃんの敵に回るみたいな言い草になるだろうが。」
少女を更に気遣うスピリアにグランは皮肉をぶつけるも幼体の瞳は反応は示さないでいた。
「…だからこそ、赤き者よ、お前もこの場で我が母に誓って欲しい。」
「何を勝手に…」
だが、グランが一方的なスピリアに文句を付け加えようとしたところ、様子に変化が現れる。
「gm…?gmm~。」
スピリアは既にその獣の幼体、カワノスケへと戻っており、グランの方へ一時、視線を向けると再びピアへと向き直し首を傾げた。
「あ、あンの野郎…」
去り際の態度にグランは拳を握り締めるも、怒りを向ける存在はとうに居ない。
そして、少女から送られる視線にグランは気付く。
…
少女はスピリアの言葉にグランが応えてくれるのか、不安げな面持ちをしていた。
そして、グランは顔を下げ深く息を吐き出しながら後頭部をくしゃりと掻く。
「…まいったな。」
スピリアを皮肉った自分ではあるも、いざ己が同じ立場になると吐息を出す術しか見出せないでいる。
「…」
「…」
ついぞ、グランは頬を掻きながら視線から逃げてしまう。
少女を気に掛かけてはいるも、スピリアの言う様に最後まで<味方>でいるという確信も根拠もない。
未来の予期できぬ<竜>の訪れる時、少女の隣に居れるとは限らない。
ましてや彼女は郷に<還る>身で自分は<流浪>、別れは絶対的なものであった。
「まだ話の途中?一応、<スピリア>だっけ?…については説明しておいたけど。」
そこにラミーネがグランの背中から一行を連れ戻してながら声をかける。
「gm~。」
「あぁ、も、もしかして、もう戻っちゃいました!?少しでも話をしてみたかった…」
次に喋らなくなった<河グリフォン>の姿にラーシェンは肩を落とした。
「あ、ゴ、ゴメン。何だか<あの声>はキミにとって大変な事だと聞かされたばかりなのに…」
即座に謝るラーシェンにピアはカワノスケを抱き直し、首を左右に振る。
―――ポカンッ!
その瞬間、ラーシェンの頭上にエリーデの拳骨が落ちた。
「あはは、ゴメンね~。普段は真面目でも、やーっぱり男なのか伝説めいた事を目にするとすぐ周りが見えなくなるから。」
「い、いきなり拳骨は止めてくださいよっ。それはそっちも似たような点はあるじゃないかっ。」
ラーシェンは叩かれた頭を抑え、エリーデに抗議をする。
「…俺はキミの前で<砂鮫>に腕を食いつかれたり、タライを頭に何度と受けたり、グリフォンの足の下敷きになってるんだが。」
「…!?あ、あぁっ!」
ピアとは違い、自分の<不死身>に対しここまで反応の無かった事にグランは意趣返しとして言い返し、ラーシェンは思い返しては声をあげた。
「す、すみません。その、<不死身>は何と言うか異名的なものかと…」
「…まぁいいか。それより、あの車体、地面に着いちまったけど、もう一度浮かせられるのか?」
だが、グランはここぞとばかり、再出発の確認をするかのようにラーシェンを<自動車>へと促しながら向かう。
「…」
「ピア、大丈夫?」
気遣うラミーネにピアはカワノスケを強く抱きしめ、赤いマントの背を見送る。
「…アレは、逃げてるわネ。」
「…逃げてるに、ござるなァ。」
カルマンは色眼鏡をずらしながらグランの背を目で追い、ソウシロウもその横で同じ視線で追う。
―――
以後の空の旅は何も問題が起きぬまま過ぎる。
一行はとりあえずの目的地、動かなくなった<自動車>に手を加えられると紹介を受けた<ドワーフ>の住むという場所付近へと降り立った。
「…それでは、僕達はここまでですね。」
<鷲獅子>と<自動車>を繋ぐロープを解き、それら纏め終えるとラーシェンとエリーデは一行と対面する。
「世話になったな。」
ゴリアーデはラーシェンの終始誠実な働きに礼を述べ、面と向かって褒められる事に彼は触覚を左右に揺らす。
「い、いえ、こちらこそ、貴重な体験を…。皆さんと会わなければ僕はここまで飛ぶ事はありませんでしたから。」
ラーシェンは両手を前に出すと首を左右に振り、照れを誤魔化していた。
周囲はこれまでと違い、丘に、木々と茂り、上空からでは降りる事が難しくあった。
出来るだけ近く、適度に広い場所へと着陸すると一行は森に向かって視線を送る。
「じゃあ、また街の近くに寄る事があればご贔屓に!」
そう、エリーデが<鷲獅子>を軽く叩いて合図すると、その両翼が大きく広がる。
そして、2人は各々に騎乗すると2体の<鷲獅子>は翼から地面へと風巻き起こした。
「ピアちゃん!…月並み過ぎるけど、がんばってね!」
ラーシェンは最後に少女へ手を振りながら声を上げ、少女が頷くと風が舞い、大きな翼は羽ばたかせて<鷲獅子>は上空へと一気に飛翔する。
2匹はすっかり上空へと飛び上がり、軽くその場で旋回をした後に地平線へと向かっていく。
「…?何だよ?」
「…いーえ、何でもないワ☆」
「…本当に何でもないにござるな。」
ただ素直な言葉を投げただけのラーシェンの後、グランはやけに視線を向けてくるカルマンとソウシロウへ、苛立ちながら睨みつける。
一行は傾き出した陽と飛び去る<鷲獅子>を背にし、木々の隙間へと足を踏み込んだ。
「ところで<自動車>はこのままにしておきますの?」
「「「…あ。」」」
―――
「…幸い、<エーテル浮き>の効果が残ってる様でよかったでござるな。」
「あの場で適当に擬装して置いておけばよかったんじゃないのか?」
「…持って行かなきゃ修理の診断すらしてもらえないじゃないノヨ!」
浮いた<自動車>の車体をロープで牽引しながら森を進む。
「ほらーっ!後ろが前以上に浮いてる、浮いてるっ!」
「まぁ、これはこれで苦労はあるが、押し続けていたよりはマシだろう。」
ロープで車体の浮遊を調整し、落ち葉と枝を踏み、足取り悪く目的の場所へと向かう一行。
やがて、森の木々が掃け、ちょっとした広場に出る。
そこには小屋が数件並び、どれもが住居というよりは倉庫や作業場といったような小屋である。
だが、煙突のある小屋からは煙がうっすらと立ち昇り、人の気配を感じさせていた。
小屋の前で一行は牽引された<自動車>を数本ロープで停めると、小屋へと近寄り、ドアを叩く。
すると、「ホ~イ。」と気の抜けた反応する声が返ってくるとギシギシと床板が軋む音が近づいた。
―――ガチャリ…
「…ホ~イホイ。迷い人かね?それとも山賊かね?」
扉が開かれると、そこには鼻と眼鏡以外は毛玉のようなドワーフが姿を現す。