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紅い喰拓 GRAN YUMMY  作者: 嶽蝦夷うなぎ
・近朱必赤、見定めるは鉄の道の先
187/232

37-1.診えるが途、看えぬが先

 大翼が空を裂き、荒野と草原の混じる地のパノラマは視界に飛び込んできては後方へと抜けていく。

「イヤッホーッ☆地面の跳ねっ返りを感じないで疾走できるだなんてサイコーネ☆」

今は利きもしないハンドルを握り、利きもしないペダルを何度と踏み込みながら奇抜な髪で長身痩躯の男、カルマンは上機嫌に声を上げる。

確かにこの低空ながら翔るの空の旅は簡単には味わえられない爽快なものだった。

しかし、その反面に一行の空気は重なる疲労もあってか、浴びる疾風は高揚するものでなく、休息を得るものとなっていた。


カルマンは周囲の反応の悪さに口を尖らすと、座席に背を預け、黒い色眼鏡腰に地平線を見据える。

すると、視界の中にこの車体を牽引する<グリフォン>、2匹の<鷲獅子>が高度を下げ、着地の態勢に入ろうとするのが伺えた。


―――ゴスンッ…!


降下の反動でか宙に半ば吊り下げられていた車体が地面に触れ、大きく揺れる。

その衝撃で一行は瞬時に緊張感が走ると即座に身構えた。


「す、すみません!下りなくても大丈夫です!」

着陸が済むと、<鷲獅子>の騎手である頭部が外殻に覆われた種族、<デレム族>の青年ラーシェンが飛び降りて一行に向かって慌てて謝罪する。

そのラーシェンの姿を見て、一行も緊張を解き、内1人の赤いマントの男は安堵の溜息を洩らした。

「周囲を見る限り、到着って感じじゃないが?」

「ど、どうも天候が急変するみたいで…」

ラーシェンの言葉に全員が軽く首を捻る。

目的地への到着では無いにせよ、その<天候>の急変というものに察しがつかない。


見渡せる全域において雲は遥か遠く、そのどれもが小さく、雨雲には到底見えなかった。

「ともかく、雨宿りはウチらが準備しますから!大丈夫、大丈夫。」

もう1人の騎手、青い後ろ髪が跳ね返った女、エリーデも2匹の<鷲獅子>を連れながら車体に寄り、ラーシェンの肩をポンと叩く。

一行の頭上には更に大きな疑問符が左右に揺れながら浮かばせていた。


2人はそんな一行達をさておき、手綱で<鷲獅子>に指示を出す。

<鷲獅子>は翼を大きく広げ対面し合うと車体を囲み、互いの首を伸ばして組み合う。

あっという間に簡易の天幕が車体を包み、見上げる天は青空から白い羽毛で覆い尽くされた。

「ほぇ~…」

意外な手際の良さに薄翠色の長い髪を搔きあげ、大蛇のような下半身を狭い座席内でうねらせ、<ネレイド>のラミーネは全貌を伺いながら感嘆の声を洩らす。

そして、ラーシェンとエリーデは車体脇に膝をかけて身体を委ね、あとは訪れるであろう雨雲を待つ。


―――ゴロゴロゴロ…


少しすると天から地鳴りの様な音が響き始め、風に湿り気が乗り始める。


―――ザシャーーーンッッッ!


次の瞬間、天と地を裂くように稲妻が閃き、雷光が眼前を白く染め上げた。

視界が戻ると晴天は暗雲に変わり、青い空は地平の彼方に僅か残す程度となっている。

ラーシェンとエリーデは急ぎ手綱を引き、翼を閉じて天幕の隙間をできる限り無くす。


―――ザザザッ…ザアァァアァァァァァァ…


すると、今度は天幕に雨音が叩きつけられ始めた。

隙間からは雨水が吹き込み、車体座席に水が入らぬよう、各自は適当に手受けで雨を凌ぎ始める。

地面もみるみると水が浸りだし、一行はこのままこの場が雨で満たされるのではと内心に不安を抱いた。


―――ザザザザ、シャーーーンッッッ!


そして、再び雷光が轟音を鳴らす。

強烈な光は隙間から入り込むだけでも目が眩んでしまう程強烈なものであった。

しかし、その轟音の後、雨の音は切り剥がしたかのように止み、雷光も鳴りも静まる。

ラーシェンは天幕となる翼の隙間から空を見上げるが、もはや雨の影すら見当たない青い空であった。


「…晴れた。」

先の雨が事実であった事はまだら模様に広がる水溜りが物語っている。

一行はその様を見て、猛烈ではあったものの、ただの通り雨であったのだと理解した。

しかし、ラミーネ、赤マントの男、耳が上に伸びた<フォウッド族>の少女は天を見上げたまま釘付けとなっている。

「赤法師殿?」

異国風貌、長い髪を結えた剣士のソウシロウが赤マントの男へ呼びかけ、男は我に返り、視線を戻す。


「あ、あぁ…いや、何かに見られた?いや、<睨み>付けられたみたいな感じを受けてな…」

後頭部の黒髪をくしゃりと掻き、男はくすんだ赤い瞳で再び天を見上げ、何度と瞬きをする。

「…ラミーネ様もピア様もそのように?」

青みがかった銀髪の<エルフ>、ウィレミナはソウシロウと同様、2人にも呼びかける。

何かに心を囚われたかのようにただ呆然としていた2人も声を聞くと我に返り、互いに目を合わせたのちに小さく頷く。

一行は不思議な現象に首を傾げながらも、雨が上がった事を確認する為に車体から降り立ち、周囲を見渡した。


「もしかしたら、<風の古龍>が通り過ぎたのかもしれませんね。」

周囲の様子を見て回っていたラーシェンが各々身体を伸ばし、軽くほぐす一行にそう伝える。

「お前はここの土地勘などがあるのか?」

「いえ、僕もそこまでは、何分ここまで来るのは今回が初めてでして…」

全身が白亜の鎧の大男、ゴリアーデがラーシェンに尋ねると、彼は口に手を当てて小さく唸った。

「ハイ、ハーイ!私は何度も来るだけ来てまーす!」

「…彼女の事は無視してください。」

手をピンと伸ばし、元気よく挙手するエリーデにラーシェンはぼそりと言う。


「しかし、先の雨を予測といい、拙者らには無い知見をお持ちでござるよ。」

「あはは、そんな大層なものじゃないですよ。」

照れ臭そうに触角を動かし、ラーシェンは後頭部に手を当てる。

「風読みは空輸をする上で必須なのもありますが、それ以上に彼らの羽毛の立て方や仕草は天候を予報するのに重要なんですよ。」

<鷲獅子>の2匹は濡れた羽毛の水を飛ばすが如く、強く羽ばたき、大きく伸びをした。

その飛び散る水をカルマンはモロに受けてしまい、ずぶ濡れになる。


「<風の古龍>というのはどういったものですの?」

「詳しくはないのですが、かつてこの土地を守護していた<古龍>が居て、ここら一帯に突然の風や雨が降るのは<古龍>の軌跡といわれています。」

ウィレミナの疑問にラーシェンは淡々と答えた。

「ふむ、空の<龍脈>をそうとでも呼ぶのでござるかな?」

「さてな、<ハンス>でも居れば何か講釈を垂れてくれたかもしれないが。」

ソウシロウはあごに手を添え頷きながら考え、グランは肩を竦めては首を傾げた。


「ここ一帯の風土記の類ならピアちゃん、彼女の方が詳しいのではないでしょうか?」

ラーシェンが少女の方を向くと少女の耳はピンと立ち上がり、驚いた顔をみせる。

一行も少女へと視線が移り、少女は緊張から口をもごもごとさせる。

「あ、あの、ごめんなさい。大ババ様ならきっと色々教えてくれるんですけど、私にはその…」

そして、絞り出す声からは徐々にしおれ、視線も地面へと落ちてしまう。

「くぉら!そういうプレッシャーの掛け方、よくないわよ!」

そこにラミーネがピアの肩を寄せながら、視線を向ける全員に食って掛かり、ピアへと更に顔を近づける。


「そういう事は思い出せた時に話してくれればいいからね~?…ねっ!」

少女を甘やかす様な物言いでラミーネはピアの頭を優しく撫で、厳しい視線を放つ。

「す、すみません。そういうワケではなかったのですが…。ご、ごめんね、ピアちゃん。」

その圧と迫力からラーシェンはたじろぎ、思わず後ずさりした。

他もバツ悪そうに視線を泳がせ外し、各々は<自動車>の座席へと座り始める。

「…」

しかし、赤マントの男はただ単にそっけなく少女から視線を外しただけでピアはその仕草に落ち込み、気付くラーシェンは困ってしまう。


―――フム。<古の龍>か、確かに今後、我らに関わりがあるかもしれぬ。


その時、一行からは発せられる事ない声が一行の頭に響く。

「…ス、スピリア!?」

ピアは聞き覚えのある声にそれが何処から発せられたか探す。

「…ここです、我が母よ。また貴方に従う獣の肉体を再び借りているのです。」

声は少女が常に抱きかかえている、<河グリフォン>の幼体、カワノスケからヒトの言葉が発せられていた。

カワノスケを持ち上げるとピアは向かい合わせ、視線を重ねる。


「あぁ、我が母、再びこうして話が出来て嬉しく思います。」

カワノスケは澄んだ目で見据え、少女もそれに対し笑顔で答えた。

「アナタね。あの時、私がグランとで<竜>と成ってたとき、語りかけ続けていたのは。」

ラミーネが声の口調に覚えを感じ、カワノスケに宿る<何か>へと語りかける。

「フム、確か、器をある者にはこういうとき<息災>だったかとでも聞くのか。」

なんとも傲慢に満ちた口調のこの幼体、その中の<スピリア>に一行は目を丸くしてしまう。

「…それで?何が俺達に関わりがあるんだ?」

赤マントの男、グランは一行の反応を見るとマントを翻し、視線を遮る様に割り込んでスピリアへと質問を投げた。


「以前にも言ったであろう、<竜>が関わるとき母の力、未来が見えなくなると。」

スピリアは愛らしい顔を向け、淡々と答る。


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