36-2.浮き足立つ旅路
林が点ずる平原の中を走るレール。
その一点からもくもくと立ち昇る虹色の<狼煙>は徐々に薄れ、やがて完全に消え去る。
一行は木陰にて腰を下ろし、休憩がてらその光景を見届けていた。
「…よしッ!このまま捨てるか、この<自動車>!」
「アナタにそんな決定権あるワケないじゃないのッ!」
煙を出し終えて静かになった<自動車>へと近づき、グランは手で車体を叩きながら前向きな言葉を口にし、カルマンはその提案に怒りの表情を見せ突っ込みを入れる。
「しかし、このまま<アレ>を押し続けるというのものな。」
「一応に<逃避行>となれば、身は軽くするに越したことはござるな。」
だが、現状はカルマンの所有物で進展もない事にゴリアーデもソウシロウも若干の疲労を感じ苦言を述べ、流石のカルマンも押し黙った。
…
―――バサッ!
一行が顔を突き合わせ悩んでいると、熱を含んだ風とは違う音が頭上より聞こえ、雲とは違う影が通り抜ける。
音の方に視線を上げると、その影は既に無く、ただ上空からの突き刺さる視線だけが感じられた。
男3人は自然と自分の得物を手で掴み、カルマンと女3人は身を寄せ合って、その影の消えた空を見つめる。
―――バサッ!
「gm~?」
ピアの胸元に抱かれている<河グリフォン>のカワノスケが鳴き声を上げると、再びに音と影が上空へと現れ、一行は息を呑む。
次の瞬間、上空から風が吹き付けられ、砂が巻き上げられるてはその目を覆われた。
軽く目を閉じた一行が再びに目を開いたとき、<自動車>の前方には大型の<獣>か<鳥>の影がレールの上に鎮座する。
それは<グリフォン>。
幻獣種でもカワノスケとは違い、立派な獅子の半身を持った巨大鷲。
カルマンを除く他一行が<大鉄道>の旅の最中に見た<鷲獅子>が姿を現し、翼を広げたままレール上で一行を見据えていた。
「あぁっ!やっぱり皆さんだ!」
翼の奥から若い声がすると、<鷲獅子>は翼を閉じながらまぶたを閉じながら首を下げる。
「お久しぶりです。といっても、まだあれからひと月と経っていませんが。」
現れたのは外殻に覆われ触覚を生やした頭部の見覚えある<デレム族>の青年<ラーシェン>。
「ラーシェンくんっ!」
「gm~。」
ピアは笑顔で手を振り、カワノスケも嬉しそうに鳴いて応え、それに対し青年は笑顔を向ける。
「久しいでござるな。そちらは変り無いようで何よりにござる。」
互いに名と顔を知る者と判るや、一行は武器を収め、青年の側へと歩んでいく。
「そっちはどうかしたのですか?存じているとは思いますが、ここは<大鉄道>のど真ん中ですよ?」
ラーシェンはある程度を状況から察した上で、一行に問いかけると一行は互いに顔を見合わせる。
「…終着駅の街での噂は聞いた事があるか?」
「え、えぇ、まぁ。巨大な怪物が現れ暴れたとか、巨大な空飛ぶ軍艦に襲撃を受けたとか信じられない噂なら早足の行商人が…」
ゴリアーデの問いにラーシェンは戸惑いながら答えると、一行は再び互いに顔を見合わせた。
「それは全部、だいたいが本当で、その首謀者がコイツ。」
「えぇッ!?」
グランはカルマンを指差しラーシェンは驚きの声を上げる。
「ちょ、ちょっとぉ、やめて頂戴ナ!それを言ったらアナタだって<竜>として暴れたでしょう?」
「え、ええぇッ!?」
「まずはちゃんと成り行きを説明するでござるよ2人とも。」
取り乱すラーシェンにソウシロウは間に入り、説明を始める。
―――かくがくしかじか…
仔細には触れず、あくまで大雑把に一行の身の上をラーシェンへ告げ、青年は驚きの表情を隠せないながらもなんとか話を飲み込もうとしていた。
「れ、<錬金六席>の壊滅ですか…。噂にしか聞かない方々が、まさか本当にいらっしゃったとは…」
「ま、そーゆー流れでアタシ達は街を脱出してとりあえずできる限りに西へ戻ってきたワケなノ。」
その元は<錬金六席>の一席を勤めていた男、カルマンが哀愁混じる溜息をつき、ラーシェンは半ば混乱の中カルマンの話に聞き入る。
「…あの、それでしたら是非その情報を<トゥルパ>さんにも伝えて頂けないでしょうか?僕も協力は致しますので!」
そして、少しの思慮をした後、青年は意を決して一行にそう頼んだ。
しかし、一行は互いに顔を見合わせるがその表情は芳しくはない。
「…いやぁ、大変ありがたい申し出なのでござるが。」
「…そうだなー、たんに俺達を街まで運んで貰えるってのなら確かに助かるんだがなー。」
「…フム、流石の<グリフォン>を用いたとしてもな…」
男3人それぞれが口を開くとその視線は動かなくなった<自動車>へと向けられ、ラーシェンはその視線を追い、3人が何を言いたいかを察した。
「やっぱ、この場で捨てようぜ~<アレ>。」
「今のオレ達は場を移り続ける事に意味があるからな。」
「折角の好意と好機、逃すには惜しいでござるが。」
3人の視線は次にカルマンへと集まり、最終的な判断を煽る。
「ちょーっとぉ!ちょーっと、ちょっと、ちょっと!ダメよ、ダメ、ダメ!ダメに決まってるじゃないノーーッ!」
視線を受けたカルマンは<自動車>へと縋り付き、全身で庇う様に覆いかぶさって抗議の声を上げた。
「いやヨーッ!<ハーデース・デストロヤー・オメガ>~~!!アナタをこんな場所にさらして鉄屑にしてしまうなんてーッ!」
「…前に呼んだ時の名前と違くないか?」
「…思い入れがあるのか無いのかさっぱりね。」
おんおんと涙を流しながら<自動車>に頬ずりするカルマンの姿に一行は呆然と立ち尽くし、ラーシェンも一行と一緒になってその光景を呆然と見る。
「よろしかったら、その乗り物の動力となる<魔導器>を僕が拝見させて貰っても?」
「ラーシェン様は<自動車>をご存知なのですか?」
何か見兼ねてか、ラーシェンは一つの提案をするとウィレミナは当たり前の疑問を口にし、驚いた表情で一行は青年に視線をむけた。
「えぇ、まぁ、トゥルパさんが来る前のウチは色々手広くやりすぎようとしてしまって…」
返答にはっきりしない所があるものの、男3人は頷き、ゴリアーデは<自動車>に張り付くカルマンを引き剥がす。
そして、グランとソウシロウはお手並み拝見といわんばかりにラーシェンと<自動車>へ道を手で開ける。
カルマンはそんな2人を恨めしそうに睨むが、一行は知らぬふりをし、ラーシェンは苦笑いを浮かべながら<自動車>を間近で眺めた。
「あぁ、やっぱりだ。コレを取り外して…」
ラーシェンはしゃがみ込んで車体に手を潜り込ませる。
手が車体から引き抜かれた時には球状の物体が納められていたシリンダーがその手に2つ掴まれていた。
作業はわずかな時間、特に怪奇な音もしなかった事に手際の良さを一行は感じ取る。
「グランさんは<魔術>をお使いに?」
「…<魔法>は使うが<魔術>に関しては少し自信がないな。」
しかし、そうはいうがグランは赤い球のシリンダーをラーシェンから受け取り、シリンダーの装飾に施された刻印を眺めていた。
「はい、はーいっ!もう1つも<魔術>が必要なんでしょ?私にやらせて!」
ラーシェンが残る1つのシリンダーを手に一行へ目を配っているとラミーネが手を上げ、自分がやると申し出る。
手渡されたのは青い球のシリンダーでラミーネはそれを見てにやにやとほくそ笑む。
「…大丈夫かよ。」
「少なくとも、この中じゃ一番の専門家なんだから任せなさい!」
その顔へ不安気に問いかけるグランにラミーネは胸を張り、手にしたシリンダー内を上下する球を眺めた。
「…専門家?」
「…専門家。」
「「仮にもそこの<錬金術師>は!?」」
手に収まったものを眺め、何かに気付くと2人はカルマンへと顔を向ける。
「オ、オホホホ、アタシは<火>、<地>、<水>、<風>の<物質系>の<精>の操作は苦手なノ。2人にお任せするワ☆」
カルマンは目を反らしながら乾いた笑いを上げ、ラミーネとグランの溜息が漏れた。
「うわっ、<錬金術師>とは思えない発言。」
「ご大層な肩書きが泣くね。…それで、何をどうすればいいんだ?」
気を取り直し、グランはラーシェンに向き直り問う。
「触ると先端部の材質に違いがあると思いますが、そこに触れてゆっくりと<精>を送っていただければ大丈夫です。」
「…それだけ?」
「はい、でもゆっくりとでお願いしますよ。中の球が光って、手を離しても反応が残っていれば成功です。」
軽く首を傾けながら、「ふぅん。」とラーシェンの指示に納得したグランは手に持つシリンダーの先端を指の腹で触る。
すると、球は淡く輝き、指先から伝わる感触が変わっていった。
シリンダーは2つとも、中の球と同じ輝きへと変わると指を放し、それをラーシェンに返す。
「…どうかしましたか?」
「いや、何か似たような事を以前にもやった気がして。」
グランは黒い髪をくしゃりと掻き、記憶の隅に引っかかるものを感じながらシリンダーから手を離す。
「<精>の相互送受信は様々に応用しているのヨ。赤マントちゃんなら冒険者として触れてきてるはずじゃないかしラ?」
カルマンはシリンダーを見つつ、そう何処か得意げにグランに答える。
「何もできない専門家様にそう言われると説得力が半端ねぇわ。」
肩を竦め返すグランの皮肉、それを受け流すかのようにカルマンは黒い色眼鏡を掛け口笛を吹いた。
…
「さて、作動させてみてください。<動かす>だけならできるはずですよ。」
ラーシェンが手際のいい手付きでシリンダーを戻すと、一行は全員揃って<自動車>へと視線をむける。
カルマンは少し緊張感をはらんだ面持ちでゆっくりと<自動車>のへ歩み寄り、恐る恐ると手を伸ばす。
そして、運転席のドアを開き乗り込み、ハンドル掴んだカルマンはゴクリと息を呑んだ。
―――ブォン…
車体の排気管が唸りを上げると、一行は自然と手を叩き、賛辞を送る。
黒い色眼鏡の下、微かに涙を浮かべたカルマンは軽く手を上げてそれに応え、気構えと姿勢を正してはペダルに足を掛けた。
「さぁ、<ノワール・イン・ザ・ベッド>!今度こそアナタの鼓動を風に乗せて頂ッ戴ッ!」
カルマンはペダルを踏み込み、<自動車>は煙を上げて前進する。
―――ブォォォン…
…
…
…
「全ッ然ッ、進まないじゃないのヨッ!」
「ですから、<動かす>だけで<加速>は保障してませんよ…」
カルマンの叫びにラーシェンは困惑して答えると、一行は揃って首を傾げては肩をすくめた。