36-1.浮き足立つ旅路
春の風とその陽射しも何時の間にか次の季節へと傾きだし、昼にもなれば行く先を示す道標たる<大鉄道>のレールには陽炎がゆらめき立っていた。
「…」
奇怪な髪型、黒い色眼鏡をかけた長身痩躯の男カルマンは自らが乗る<自動車>、その運転席のハンドル上に足を組み、肘をついてだらしなく頬杖付く。
「ちょっとォ~男子ィ~、もうちょっと気合入れて押してくれなァ~い?」
後ろを振り向き、<自動車>の両端と後部で押している赤マントの男、異国風貌の剣士、白亜の全身鎧の大男へと声をかける。
しかし、その返事はなく、熱ばった風を時折受けながら3人はただ車体を前へ押し続けていた。
「…もうっ!元気なさすぎッ!ホラ、張り切っていきまショッ☆」
もう一度振り返り、カルマンは鼓舞するように声を掛けるがやはり返事はなく、3人は黙々と押し続ける。
「ほーら、オーエス☆」
「…オーエス。」
全身鎧の大男、ゴリアーデがカルマンに釣られ、その掛け声を復唱する。
「オーエス☆」
「…オーエス、にござる。」
結えた長髪を揺らし、異国風貌の剣士、ソウシロウもその整った顔立ちを歪ませ、その言葉に続く。
「オーエス☆」
「なら男のお前も押せや!」
最後にカルマンの近くの赤マントの男、グランが赤い瞳を爛々恐々と灯し、怒りを露わにして声を上げた。
…
「…それで、何でまた<大鉄道>を戻る道を選んだのでござる?」
一時呼吸を整えた後、継続して<大鉄道>のレールの上で車体を押しつつ、ソウシロウは運転席から最後尾に回ったゴリアーデと共に車体を押すカルマンに問う。
「…そりゃぁ追手を向かわせるのにも<判断>が必要になるからヨ。あの街は<大鉄道>だけが物資の道でなくとも大事な生命線の1つには変わりないわ。」
「…つまりこうしてのん気にできるのも、生命線を封じてまでオレ達を追う価値があの街にはないとみられたか?」
「…それでも<可能性>程度の話だろ。こんな事を悠長に続けてる暇があるのかね。主に俺達の体力的な意味で!」
カルマンの説明にゴリアーデが補足を添えると、赤マントの男は肩を竦めグランは不服そうに述べた。
…
「……と、とりあえず、人里近くまではこのままでござるか?」
「……そもそも、今が何処のどの辺りなんだよ。」
現状を嘆くソウシロウにグランが言い返す。
レールの周囲は草原が広がり林が点々とあるだけで、その景色は変わり映えしない。
「……お前が熱で倒れていた辺りは過ぎたな、赤マント。」
ゴリアーデが記憶を照らし合わせてグランに答え、一行の男3人はコレまでの経緯を思い返し、溜息を吐きながら周囲を眺めながら車体を押し続けた。
「では、以前にお会いした<グリフォンライダー>の方が居た街が最も近いのではないでしょうか?」
車体の助手席に座る青みがかった銀髪の給士で旅衣装姿の女エルフ、ウィレミナが押し手4人に塩梅を問う。
「…あぁ、えーっと確か名前は…」
「…確か、エリーデ殿にござる。」
徐々に疲労の色を浮かべ始め、グランが記憶を巡らせ、ソウシロウもまた同じような表情で答えた。
「…<グリフォンライダー>?」
「…ここら一帯の空輸を<グリフォン>で生業にしている街がある。その運び手と面識ができてな。」
既に視線が体力の限界を示すカルマン、それに対しゴリアーデはまだ余裕を見せながら簡単に説明する。
「…ねぇ~それより何処かで休憩しない?疲れてきちゃった。」
後部座席から尾脚が伸び、長い薄緑色の髪をした女ネレイド、ラミーネが上半身を起こしながら愚痴るように言う。
「…お前はそこに座り続けているだけだろうが。」
「陽射しも受け続けてると疲れるの。お肌の大敵よ、大敵!」
グランの指摘にラミーネは頬を膨らませて反論し、他もそろって肩を竦めた。
…
一行はレール沿いに接する林の木々を見つけると、手頃な木陰で休憩をとる。
ウィレミナ、ラミーネ、そして、上に伸びた長い耳が特徴的なフォウッドの少女ピアは敷物を敷き、携帯コンロで茶を沸かしながら身体を伸ばす。
「それで?この<棺桶>の容態はどうなんだよ。」
一方でグラン、ソウシロウ、ゴリアーデは車体周囲に寄り掛かり、周囲の警戒を兼ねてたまま休憩。
「ンー?ンーッ☆ン~?ナニかしらねェ?コレかしラ?アレなのかしラ?」
そして、カルマンは車体前方の外装を開き、中の<動力>となる露出された<魔導器>の点検を始めていた。
「…あの~、その尻の動きを何とかしてもらえます?」
工具を手に潜り込むような姿勢で上半身を動かし、その反動で尻を振り回すカルマンにグランは顔を歪ませて苦言を吐く。
「しょうがないじゃない!アタシだってこーゆーのは本職じゃないのヨ!」
カルマンは尻を振りながら上半身を起こし、グランの苦言に声を上げる。
「やれやれ、これじゃあトロッコ漕いでた頃の方が幾倍もマシってもんだぜ。」
「ふむ、困ったものでござるな。いっそ救援の狼煙でもあげてみるにござるか?」
再び揺れるカルマンの尻へグランが溜息に加えて愚痴ると、ソウシロウも苦笑と共に提案を冗談混じりに言う。
「ちょっとぉっ!そんな事して、余計なものを呼び寄せたらどうするのヨッ!」
「…ってもなぁ、せめて押す必要が無いくらいには機能してもらわないとよ。」
再びカルマンは車体から上半身を出すと、腕を振り上げて反対の意思を示すも、グランはそれすら鬱陶しそうに突っ撥ねた。
「…赤マントちゃんはこういうの少しは詳しくないの?」
「…ハァ?何で?俺が?」
不服を垂らしながら再び作業に戻るカルマンの問いにグランは素っ頓狂な声を上げる。
「ビルキースの下で働いていたんでしょう?何かこういったものに携わったりしてないノ?」
「俺はただの使いっ走りだぜ?そんなもの解るわけねーだろ。」
グランのその答えにカルマンは唸るように唸り、また車体前部へと尻を振り潜りだす。
尻の動きはあからさまに不機嫌でグランは手を広げ、大きく肩を竦め、ソウシロウとゴリアーデはそれに笑いを堪えて口許に手を当てていた。
「…そもそもどういう仕組みで動いてるんだよ。」
仕方なく子供に構うような口調でグランが動力を覗き込みながら問うとカルマンは顔を上げ、自信に満ちた表情で口を開く。
「<コレ>はね<トロイベン型機関魔導動力炉>と言ってね、中の真銀合金の触媒内で魔力を加速させ続け動力を得るの。」
「…もっと単純に述べて頂けますか?」
グランは間を入れず、呆れ口調で問い返すとカルマンは不満そうに口を尖らせる。
「特殊な<滑車>があって中に魔力の<鼠>が走って、その力を<動力>にしてる。…コレでいいかしラ?」
「おぉ、一気にわかりやすくなった!」
「…アナタ、アタシの事本当はバカにしてなーイ?」
半ば棒読みのグランの反応にカルマンは不満そうに再び口を尖らせた。
「であれば何が原因に動かないのでござる?」
ソウシロウがカルマンへと問うと、カルマンは首を傾げながら答える。
「<滑車>はドワーフ達の<真髄>とも言える技術であしらえたものヨ。だから、まず<壊れる>事が無いはずだワ。」
「なら<鼠>に問題があるという事か。」
更に首を大きく傾け、ゴリアーデの言葉にカルマンは眉間にしわを寄せだす。
「…ふぅん、そうネ、<鼠>が<滑車>を回してないとすると。」
「…中でずっこけたか、吹き飛ばされたか?」
「…まず、中に入れたかも怪しむところにござるな。」
真剣に本来の仕組みと原理で考えるカルマンを別に、グランとソウシロウは比喩的な例えで遊ぶ。
「いえ、そうヨぉ。<鼠>を保護する<檻>、保護領域の形成のタイミングに問題あるかもしれないワ。」
その言葉にカルマンはハッとし、己の掌に拳を打ってみせる。
「…つまり、晶石クラッチ部の切り替えが<滑車>に上手く噛み合ってないって事ネ!それなら、アレをこーして、コレを…」
そして、工具を握り締め、再びカルマンは車体の中へと潜り込む。
「…どゆこと?」
「…拙者に聞かれても。察するに原理よりその絡繰仕掛けに問題があったと思うにござるが。」
その様を見てソウシロウは大まかな概要は把握できつつも、カルマンの言葉には意味が理解できずに首を傾げた。
…
しばらく工具の金属音やカルマンの独り言が尻の動きに合わせ聞こえていたが、やがてその作業は終わりを迎える。
すると、カルマンが軽やかに車体から尻を突き上げ上半身を起し、そのままの身のこなしで上機嫌に運転席と座った。
「さぁ!レッツトゥギャザーヨ!」
ハンドルを握り、ペダルを力強く踏み込み、他の一行は<自動車>の行く末を見守った。
―――ドゥルン…
―――ドゥルルルン…
―――ドゥルルルルル…
小さいながらも力強い音が車体前部より響く。
「せ、成功ヨ~☆キャーッヤッタワ~~~☆」
そして、カルマンは目の端に涙を浮かべてハンドルを何度も叩きながら喜びを露わにした。
「ホーラ☆ちょっとどいた、どいた。もっと加速してみるんだから危ないわヨ☆」
上機嫌が増すカルマンは車体周囲に居る3人を手で払いながらレバーを更に奥へと押し込む。
―――ドッ…ドッ…ドッ…ドッ…
「さぁ、行くわヨ<タナティウコフィン・ⅩⅢ>!オマエの鼓動を風に乗せて頂戴ッ!」
動力機関は更に力強く唸りを上げ、カルマンはアクセルペダルを更に強く踏み込んだ。
―――ドッ…!ドッ!…!ドッ…!…ドッ…!
―――スン…
…
「…」
ハンドルに額を付け、カルマンはそのまま項垂れては、涙をその頬に伝わらせた。
「ア~んモぉ~、どうやったら直るのヨォ~~~ッ!!」
「…そろそろ、休憩も十分だろう?」
「…やはり押すしか無いでござるな。準備はよろしいか赤法師殿?」
おいおいと泣くカルマンを他所に、ゴリアーデとソウシロウは再び<自動車>の端に立つと車体に手を掛ける。
「…」
しかし、グランはしゃがみ込み、動力のある車体前方を覗き込む。
「こういうのって、叩いた方が案外直るんじゃね。」
そういうとグランは立ち上がり、黙って身体を構え、捻り、その勢いを乗せて車体へと蹴りを放つ。
―――ドゴンッ!
車体が蹴りを受けた音とは違い、動力機関から破裂音が辺りに響き、<自動車>が大きく揺れる。
―――ドゥッ…!ドゥッ…!ドゥッ…!…ドゥッ…!
そして、先程とは違う動力からの力強い駆動音が蘇った。
カルマンはその音に目を輝かせ、3人に向き直ると爽やかな笑顔で親指を立て、3人は再び車体から距離を取る。
「さぁ、今度こそ、今度こそヨッ!鼓動を風に乗せるワッ!」
そう叫び、再びペダルに力を加え、動力にその思いと力を伝えた。
―――ドゥッ…!ドゥッ!…!ドゥッ…!…ドゥッ…!
―――ドゥッッッ…!
…
…
―――ブシャャャャーーーーーッッッ!!
だが、車体は加速することなく、その勢いは動力機関部の上辺にある排孔から凄まじい勢い虹色の煙を噴き上げる事となった。
「…」
「…狼煙が、…あがったな。」
「…そのようで、…ござるな。」
一行は呆然と立ち昇る煙を見上げ、煙が風に乗り出すと視線をグランへと向ける。
グランは集まる視線に困った顔を浮かべ、腕組みして首を捻り唸っていた。
「…テヘッ☆」
「じゃないわヨッッ!!」