35-12.新生
2人の宣告の後、特にエフィムは顔を真っ青にさせ、その場に立ち尽くす。
「…カ、カルマン様、せめて理由を、貴方のお考えをっ!」
だが、迫るエフィムに対し、カルマンは前髪を弄るだけで答える素振りすら見せない。
「…」
しかし、赤マントの男からの爛々と灯る<熱い>視線に気付くと、観念したかの様に溜息をつき、口を開く。
「はー、アナタじゃこんな事を言う性格じゃないから、アタシから切り出すしかないと思ったのだけども…」
自分でも言い訳に聞こえる事を口にしながら、カルマンはエフィムの肩に手を乗せた。
「…いい?アタシはコレからお尋ね者になるワ。大陸西部への影響はまだ時間がかかるだろうけド、オー家に悪名がつけば、アナタの今後に大きく関わる事になるノ。」
「ですが…」
エフィムはそれでも納得が出来ないかの様に言葉を紡ごうとする。
「そこまでエフィムさんを突っ撥ねる必要があるのか?」
見かねているグランが眉間、視線に険しさを見せ、カルマンは余計に溜息を深くする。
「彼女はね、<聖女>候補者なノ。しかも素質に太鼓判が押されたネ。ただ、聖堂関係の上層は政治色も強いワ、実力だけって事にはいかないのヨ。」
カルマンは大きく溜息を吐きながら、グランへ視線を向ける事無く淡々と言葉を連ねた。
「け、ケ、<聖女>!?」
驚きの声があがり、一同は声の主へと視線が自然と集まる。
その声の主はラミーネの親友、シャオリーであり、付き合いの長いラミーネすら彼女の驚く声に驚きの表情を隠せない。
そして、シャオリーはいつの間にかエフィムとの距離を詰め、彼女の両手を強く握っていた。
「ま、ままま、まさか、<聖女>様だった、なんて。こ、光栄ですぅっ!」
目をキラキラと輝かせ、何度も喉を鳴らすシャオリーに、エフィムは頬を赤らめながら少し困った様子でシャオリーへ笑顔を返す。
「フフッ、その向けられる<憧れ>がアナタの本当のお仕事ヨ、エフィムちゃん。だから、アタシに巻き込まれてつまずいてちゃダメ。」
流れと空気が変わった事を見計らい、カルマンはエフィムの肩に再び手を置いて説得を試みる。
「残念だけどアタシはアナタの騎士役はここで卒業。大丈夫ぅ~、エフィムちゃんならき~っと周囲が次々と味方になってくれるわヨ!」
「…解りました。」
エフィムは目尻に少し涙を溜めながらも、カルマンへと凛々しい眼差しを向け頷く。
「あ、でもぉ、ご両親にはちゃんとアナタから理由を述べて謝ってもらえるかしラ?」
そして、調子よく注文を追加し、エフィムはそんな態度がいつものカルマンへだと苦笑いを浮かべた。
「…ミ、ミカちゃん!じゃ、じゃあ私もクビにされる何か相当の理由が!?」
次にラミーネが思い出したかのようにミカへ詰め寄る。
「あぁ、それは単純にこれから使う<転移門>にお前を加えられないからだよ。定員オーバー。」
「んががッ!?」
しかし、ラミーネの期待する反応は返ってくる事無く、ミカからの理由を聞かされたラミーネは石の様になった。
「だ、だからって!」
「あぁ、そういえば<酒>を持ち帰ってこれなかったね。じゃあ理由としては都合がいいや。」
「それは、今この状況では…」
「依頼主が依頼の結果に対し、冒険者の都合なんて聞いてくれると思うかい?」
クビの理由をその場で組み上げられ、ラミーネは言葉を失い、その場に崩れ落ちた。
「…ミカちゃん、<塔>に衛兵が集いつつある。」
「…わかった。」
その時、ミカの背後にアーカムが寄り、声をかける。
「シャオリー!」
「は、はひっ!?」
「行くよ。キミがラミーネと残るなら止めはしないが。」
名を呼ばれ、我に返るシャオリーへミカは鋭い視線と共に言葉を放つ。
その言葉にシャオリーは顔を左右に振り、親友の肩に手を置いた。
「…行って、シャオリー。ミカちゃんにはアナタが必要、私はどうやらここまでみたい…ぐふっ!」
「ラ、ラミーネ。」
縁起でもない演技をするラミーネに困惑するしかないシャオリーは、ミカへと恐る恐る視線を向ける。
「…グラン、彼女の面倒をみてくれないか?」
「…多少なら<預かって>もいいですけどね。いくら師でも尻拭いはごめんですよ。」
呆れるミカはグランへラミーネを託すが、その返事は素っ気ない。
「しょうがない、冒険者手帳の専属はそのままにしておくよ。」
「ミ、ミカちゃん…」
「ただ、戻る気があるならカルマンの側を離れない事だね、お前への連絡手段が途絶える。」
ミカの温情にラミーネは涙を浮かべて強く頷いた。
「だけど、戻って来る際には何かしら<手土産>を用意してきなよ。自堕落者を居座らせる席はないからね。」
最後にミカから厳しい一言を向けられ、ラミーネはシャオリーと抱き合い、しばしの別れに互いを惜しんだ。
そして、ミカ、シャオリー、ベルゼー、アーカム、一行はそのまま納屋から外へ出て姿を消す。
…
「で、アンタはどうするんだよ?」
広くなった納屋の中、グランはがカルマンに問いかける。
「アラ☆アタシの事が心配?」
「報酬を払え、<報酬>を。こっちは他人の苦難に情を浮かべれば腹が膨れる体質じゃないんだよ。」
そもそもがグランとソウシロウにとって、ここまでの旅は途中から<道草>となったのが実情。
「金銭はともかく、少なくともこの街から問題なく出る為の手立ては欲しい所にござるな?」
流石のソウシロウも窮地に問われる状況にカルマンへ苦言を述べた。
「もぅ、いけずな殿方らネ!…でも、大丈夫、そういう手立てもちゃんと用意してあるワ☆」
カルマンは自分の腰を下ろしていた大きな荷から飛び降り、そこに掛かっていた布に手を伸ばす。
「さぁ、特と御覧なさいナ!」
勢いよく布が取り払われ、現れたのは四隅に車輪のついた大型の<棺桶>ような物体。
後部と思われる場所には椅子が備え付けられているが、グラン達には一見して何の道具かは見当が付かない。
「ナニコレ。」
カルマン以外の全員が首を傾げ、グランは率直な疑問を口にした。
「<自動車>ヨ!じーどーうーしゃ!魔導動力機関を積んだ荷車!超~~~小型化した鉄道先頭列車みたいなものヨッ!!」
カルマンはその<自動車>を叩きながら、舌を熱して説明する。
しかし、その説明では他から首を傾げられ、カルマンは仕方なくハンドルやレバーが取り付けられた座席へと飛び移った。
…
―――ドドドド、ドゥルン…ドゥルン…!
カルマンが何やら細工をし始めると<棺桶>の端から覗かせていたパイプ口から蒸気が勢い良く漏れ、<自動車>の動力機関と思しき音が響き出す。
「お、おぉ~~ッ!」
「な、何だか解らぬでござるが、この振動と音、煙からは何やら胸に沸きあがるものを感じるにござるっ!」
グランとソウシロウが<自動車>の起動を目の当たりにして興奮を見せる中、ラミーネとエフィムはますます首を傾げだしていた。
「ともかく、<コレ>で<大鉄道>に沿って街を離れるわヨ!」
自信に満ちたカルマンの声とそれに呼応する<自動車>の動力機関にグランとソウシロウは顔を合わせ頷く。
「…ウィレミナさんを呼んできます!」
事態は既に動いてるのだとエフィムは察し、小走りで館へと駆け出した。
「…それで、アンタ自身は行く宛はあるのか?」
「そうねぇ、一応はアタシの下で働く者達の<錬金術ギルド>の運営が止まる事はないと思うケド。」
座席の中から<自動車>の調整をしながら、カルマンはグランの問いに答える。
「随分と手回しが良いのでござるな。」
「オホホ、違うわヨ、単に予定が詰まってるだけ。現場の指揮なんてとっくにアタシの手から離れてるワ。」
ソウシロウの指摘にも、カルマンは高笑いで返す。
しかし、表情には何処か陰りが見えた。
「よしッ、決めたワ!しばらくは赤マントちゃんに同行しておこうかしラ。」
だが、カルマンはその陰りを振り払う様に明るく振る舞う。
「おいおい。」
「…フム、まぁよいのではござらぬか?何かしら足がなければ一度戻るのも一苦労にござる。」
グランは難色を示すが、ソウシロウがカルマンの同行、特に<自動車>を扱える利点に賛成する。
「ね、姉ちゃん!ラミーネ姉ちゃんッ!!」
そこに、息を切らせながら、1人の少年が納屋へと飛び込んで来るとラミーネの名を叫ぶ。
「…ジャック!」
ラミーネも顔を向けると即座に少年の名を叫び、少年は駆け寄ってくる。
「お姉ーちゃんッ!」
続いてもう1人、見知らぬ少女も現れ、少年と同様ラミーネへと抱きついた。
「…よかった無事で、よかったぁ。」
少年、少女は泣きじゃくりながら互いの無事に安堵し、喜びを分かち合い、他もその姿に頬を緩めた。
「…二人共、ありがとう、でも、ごめんね。私、すぐにここから旅立たなきゃ。」
2人の頭を撫でながら、ラミーネは再び別れを惜しむ。
「ラミーネお姉ちゃん…」
更に続き、目を覚ましたピアが納屋に入ると、彼女もまたラミーネに飛びつく。
現れた少女をただ黙って優しく抱く姿に少年と少女は何処か特別感を抱いている事を察し、少し寂しい顔をしながらエフィムへの側と向かう。
「うへへ、えへへへ、今日の私、何だかすっごいモテモテ。」
「ケッ、まったく元気が極端で忙しない女だな、お前さんは。」
数々の抱擁を受けた為か、ラミーネはだらしなく顔をにやけさせ、グランはその顔に嫌味を吐く。
「あ、赤マントの兄ちゃんも、あ、ありがとう!その、ラミーネ姉ちゃんを助けてくれて…」
予想外の方向からの感謝にグランは目を丸くし、視線をはずして鼻の頭を掻いた。
「オホホホ、ごめんなさいね。この赤いお兄ーさんは人一倍の照れ屋さんだから。」
「ち、ちがわいなッ!」
カルマンの茶化しにグランは声を荒らげ、そのやり取りに少年と少女は笑い合う。
「…さぁさぁ、乗って頂戴!もうのんびりしてる時間は残ってないわヨ!」
<自動車>から煙を吹かし、カルマンが声を一行に掛けるとグラン達は手探り気味に空いた座席へと詰めて行く。
「エフィム…さん。その子達の事、頼んでもいい…?」
「えぇ、お任せください。ラミーネさんはこの街の<救世主>みたいなものです、私も負けずと尽力させてもらいます。」
グランが言えばさぞ特大の皮肉であっただろうが、エフィムから返されるその言葉は余りに誠実でラミーネは顔を赤くする。
「…お待ちになってください~~い。」
最後にウィレミナが大きなバスケットを抱えると助手席へと滑る様に乗り込み、脱出の準備が完成した。
「カルマン様、これは本来、今日のお夕食だったものですわ。ちゃんと召し上がってくださいましね。」
ウィレミナはバスケットを開き、その中の料理を1つ取り出すとカルマンへと差し出す。
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艶やか赤身のクレープ巻き
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「最高品質の肉もこうなってしまうと屋台料理と変わらないわねェ…」
ウィレミナから差し出された料理は、屋台で売られる様な簡単な小麦生地に肉を巻いた料理であった。
「…それにしても、窮屈ね。」
後部座席にはラミーネ、グラン、ゴリアーデ、ソウシロウの4人が詰め座り、前方にもピアとウィレミナの2人、カルマンは運転席でハンドルを握る。
「gmッ!」
更に河グリフォンのカワノスケがその隙間を自由に動いては顔を覗かせていた。
「…」
カルマンはクレープ巻きを口の中に詰め込むと、黒い色眼鏡を掛け、レバーを動かし、足元のペダルを何度と踏み入れる。
―――ドゥルン…ドゥルン…、ドゥルルルルルル…
<自動車>全体が小刻みに揺れる程、動力機関の振動は更に増し、車体から煙があがった。
「…じゃあね、エフィムちゃん。また会いましョ☆」
そして、一行、一同は別れを告げ、次にカルマンはペダルを力強く踏みつける。
―――グォォンッッ!
瞬時に納屋の中は煙で満たされ、<自動車>は姿を消す。
エフィム達は納屋から飛び出すと、そこには街の外へ向かう煙の軌跡と微かな駆動音が耳に入るだけだった。
…
「オホホホホ、さぁさぁ、大脱走劇の始まりヨッ!皆しっかりと車体にしがみ付いて頂戴ッ!」
「なーんで、他人を巻き込んだ張本人がイキイキと仕切ってんだかなァ…」
「gm~。」