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紅い喰拓 GRAN YUMMY  作者: 嶽蝦夷うなぎ
・それは不死身の赤マント
18/232

5-3.満月が重なって

 全身が宙を舞う、先程までの抱き抱えられ瓦礫と足場を飛び渡っていたものとは明らかに違う。

落下、そして重力という見えざる腕は空中だというのに突如現れ私の全身に絡みつき引きずり込んで行く。

私の視界は夕と夜の混ざり合う空から一面が白の世界へと塗りつぶされてしまった。

その直後に何かが崩れる音、叩き割れる音が鳴り響いていき、それらが静まり気が付くと私は剣を抱きかかえ石畳の上に転がっている状態だった。


「いっ、たぁい…もう!」

奇跡的なのかアレだけの高さから落ちて身体にはこれといった傷は無いが動かす度に打身であろう痛みが走る。

周囲は僅かな土煙が立ちパラパラと塵や瓦礫屑が舞っていた。


「…そうだ、グラン!」

倒れこんでいた場所の周りにはあの赤い姿はない。

グランの剣を抱き土埃が強く濃く舞い残る崩れた瓦礫跡へと向かっていく。

そして瓦礫まみれになった赤マントが仰向けに横たわっていた。


「グラン!、ねぇグラン!」

声をかけるが返答は無く静かなままだった、しかし肩を掴み揺さぶり起こすというわけにも行かない。

私は無傷だったとはいえ彼に同様の事が起きてるとは限らないのだ。

とにかく瓦礫から覗かせていた異形の腕を引き上げると手首を掴み脈をとり生存の確認をとろうする。

「え、脈が…ない…そんな…」

だが腕からには脈が一切感じられなかったその腕はまだ生暖かいものの人形の様に静かなものだった。

涙がポロポロとこぼれ、この唐突に幕引きに出来る事がみつからなかった。



「…本当に騒がしい忙しいヤツだな…」

「ふぇ…い、生きて…る!」

そんな人の気も知れずこの男は何時の間にか頭を持ち上げ眉をすくめてこちらを見つめていた。


「…なんだ?、どこか怪我したのか?」

「なんだ、じゃなくて、私じゃなくて、そっちのが重傷じゃないのよ!」

「重傷…?、あぁ、こりゃ派手にやられたな…」

グランは上半身を起こしその痛々しい全身に目を渡らせていく。

その際に大雑把に掃けたものの脇腹には木材の破片が貫き、石やレンガの瓦礫も所々に減り込んでいた。


「待ってて、今すぐ治療士を呼んでくるから。」

「…要らん。どうせ俺には効果がないからな。」

そう、まるで他人事かの様に纏わり着く瓦礫を払いながら患部をさらけ出してゆく。

「でも、このままじゃアナタの命に…」

「逆だ、逆。コレくらいじゃ<死ねない>んだよ。」

声に苦痛を漂わすも憎まれ口を挟むこの男は深い呼吸を繰り返し身体に減り込んだ木片に手をかけ引き抜こうとする。


「そんな事をしたら傷口が!!」

「イチイチ騒ぐなって…なに、まず異物さえ取り出せてれば…」

脇腹を貫く木片を握り締め身体を動かし抜き始めていく。

傷口は血を男の黒いも衣服もじわりじわりと滲ませ滴らせていった。

「くそ、痺れで力が入らん…」

姿勢と震える腕で苦悶の呻きをあげながら木片をずるりと抜き終え、次へ次へと他の突き刺さった瓦礫片を抜いては適当な所へ放り投げて行く。


「…こんな所か…痛みや痺れだけはどうにもならないのが欠点だな。」

「それより!せめて傷口の手当てくらいしなきゃ!」

「…それも要らん。」

グランは先程腹を貫いた木片を手に取ると私の眼前に突き出す。

それには一切の血の痕跡が見当たらないただの砕けた木材だった。

衣服の滲んでいた血も何時の間にか乾き消え服の穴には傷口らしきものすら覗かせていない。


「どういうこと…?」

「血は俺の身体に回収されたか、霧散したかだな。傷はご覧の通り、どうしてかは俺にもわからんが。まぁこういう身体なんだよ。」

そうぼやき黒い髪をゆっくりとかき回しながら一通り木片を見渡し終えると後方へ放り捨てた。

そして私にやもやと様々な感情が湧き上がる呆れ、怒り、哀しみ、喜び、とても表情にならず、表現にも出来ず男の目を見据えるくらいしかできない。


「な、なんだよ。」

「アナタ…本当にヒューネスじゃないのね…」

「今の所他の連中で同じ芸当ができる<ヒト種>は見たことがないね。イテテテ…あぁ、そうだ、剣を返してくれないか。」

グランは私から受取った剣に寄り掛かり身体ふらつかせながらを起こし上げてゆく。

額や眉が強張った表情は気落ちし、その足には壁を飛び越える時の膂力は感じられず、姿勢にもどこか弱々しいものだった。


「モンスターでも無いのよね…?」

「ヒトとしての身の証を立てられる内はな、はは、考えてみればアンタを怪異と言えた義理じゃなかったな。」

「そ、そういうつもりじゃ…」

そんな事も見透かしたようにコレまで通り肩をすくめ小言の後に呆れた様な小さい溜め息を吐き出す。


「さて、のんびりもしてられないか、騒ぎになるのも厄介だから移動するぞ。」

赤いマントをはためかせて剣を杖代わりにフラフラと瓦礫を下っていく。

私はその後をゆっくりと追っていった。


―――


夕陽の光はすっかり赤身を帯びだしていた。

影は長く伸び家路に着かない子供たちのはしゃぐ声がまばらに響き渡る。

私達は表通りから離れた裏通りの小さな広場に踏み入っていた。

中央には噴水があり周囲の家屋前には人々が行き交い挨拶や談笑が成されている。


「…腹が減ったな。」

「あはは、私も。」

噴水の水を拝借しお互いに苦笑の顔を向け簡単な身だしなみを行いながら広場を見渡していく。

そこには幾つかの屋台が開かれており、何か手軽に頂けないかと私達は物色をはじめた。


「あ!ドラムケーキ!」

「お、車輪焼きじゃないか。」

「え?」

「は?」

見慣れた円形、焼きあがった小麦粉の匂いにつられてか一軒の屋台に並ぶ型焼きの菓子に目が止まる。

だが互いに見るものは同じハズなのに互いが知らぬ別の名で呼び始めた。


「ドラムケーキよね?」

「車輪焼きだな。」


「ドラムケーキ!」

「車輪焼き。」


「ド、ラ、ム、ケ、ェ、キ!」

「だから車輪焼きだっての!」


「もしもし、あの、お客さん!お客さん!!なんだか解りませんが落ち着いて!」

口論|(?)がエスカレートをしていく私達に店主がなだめに割って入って来る。


「「すいません。」」

「あの、それにうちの商品はお二人が言ってるものではなく<満月餅>って言いまして…」

「「満月餅…」」

「すみませんが、買っていただけるんで…?」

「「買います。」」

「へぇ、それでは…」

呼び名は店主が直に言っているのだからこの菓子は<満月餅>という決着で納得した。

まぁ前々からこの手の菓子は人によってその生活圏で呼称が違うものである。

ならば決定的に差を別けるものは何か、そう、それは中身の<あん>と言えよう。

その中でもどの土地にでも見受けられるスタンダードポピュラーなものといえば…


「やっぱり中身はゴマクリームよね!」

「中身はやはり蒸し赤豆だよなぁ。」

「え?」

「は?」


「ゴマクリームでしょ?」

「いや蒸し赤豆一択だろ。」


「ゴマクリーム。」

「蒸し赤豆だって。」


「ゴマクリ。」

「赤豆。」


「お客さん!!」

「「すいません!!!」」

「あのですね、うちのはこの芋あんしか入れてないです。」

「「芋あん。」」

具材の盆皿に乗った山吹色の芋あんを店主は取り出してこちらに見せてくる。

芋あんは夕陽にあたるとそれはそれは黄金の塊かの様に輝いてた。

「あの買っていただけないなら他所へ移って貰えませんか、言いたくは無いんですが、お二人さんちょっとその目立って…」

後ろを振り向くと幾人かの子供達、それらに付き添う大人が屋台より距離を置いてこちらを見ている。

異邦人の物珍しさ等もあるのだろうがその距離感からして私達がただの<邪魔者>に伺えた。


「「二つずつ下さい。」」


―――


*****************************


満月餅


*****************************


「そういやアンタが無一文だったの忘れてたわ。」

噴水周りのベンチに腰を掛け隣から聞こえるぼやきを無視し、私は早速この<満月餅>を口にほうばる。

「んふぃ~、おいひぃ~。」

ふかふかの生地にかぶりつくとねっとりとした芋あんが生地からはみ出て舌に絡みつく。

そして口を動かすたびに芋あんがほつれ溶け、その甘い香りは口の中にそして喉、鼻奥へと通りぬける。

飲み込めば最早呼吸器官は芋あんの甘美な香りに支配されていた。


「んん~ー!ンーー!」

私はバシバシと口を運ぶのが遅い赤マントの肩を叩き味の感想を催促させる。

「ほう、こいつは、このテの菓子はあんの甘さが強烈なのが多いのにほのかな甘さでくどくない。」

「ンンンー!ンン、ンんんー。ンンー!!」

噛み口を指差しこの芋あんの素晴しさを伝え様とするもあんは口の中舌の裏まで包んでおり声を出すに出せなかった。

「うん、何言ってるかわかんねーから、まず飲み込んで喋ろうな。あと飲み込んでから次を口に運ぼうな。」


口の中に滞留している芋あんを喉の奥へと運んでいく。

しかし舌の裏からかき上げると上顎の裏にそれをかき降ろすと舌の裏にと運ばれて行き中々喉の奥へとは行かない。

「ンンッ!?ンーんンン!!」

そして見事、喉に詰まった。

「ほれ、言わんこっちゃ無い。」

グランから蓋の開いた小瓶を一つ手渡され、即座に口の中へ流し込む。

中の液体は芋あんを呑み込みそして柑橘系の爽やかな香りがふわりと鼻の奥へ流れて来る、これは南の宿のとき飲んだものだ。


「はぁ~、あぶなかった。そういえばコレもおいしいわよね。コレなんて飲料なの?」

「なにって<ポーション>だが。」

「…はい?」

「俺の雇い主が作ってるポーションの在庫。毎度ダブついたものをだな、俺には効かないって言ってるのに持たせてくるんだよ。」

<ポーション>、冒険者からすれば言わずと知れた体力回復、滋養強壮の水薬だ。

確かに同じポーションといっても飲みやすさや風味に手を加えたものが無いわけではないのだが…

薬品である以上は多重の服用は余り勧められていない何より最近は<水薬中毒>なんてのが問題視されているくらいだ。


「んな顔するな。俺は水代わりに飲んでるし。冒険者は水薬なんてしょっちゅう飲んでるんだろ?大丈夫、大丈夫。」

「け、健常時に日に二本も飲んで大丈夫なのかしら…」

「あー、でも俺が知る披見体が効果のない俺だけだから何が起こるかわからないか。」

「もう、そういう怖い事言うのやめてよ!!」


プッ クックックックックッ…


先にどちらが笑いを吹き出したかはわからないが私達は何時の間にか互いを笑い合っていた。


―――


「ねぇ、ところであのジャンプはどうやったの?」

「ん、あぁ、アレか。」

私は手で残る一つの満月餅を少しずつちぎっては口の中へほうばっていく。

赤マントの方は既に二つを食べ終えたようで手には丸められた包み紙が軽く握られていた。


「この街に訪れる前にな、アレは大道芸か何かだったのか、足で<フォース>を放つヤツを見てさ。」

「フォースって掌からちょっとした衝撃をだせるくらいの魔法よね?他の箇所からもだせるものなの?」

「タネはわからんけどね、で、前から思ってたのよ。自分も足の<孔>を増やせば足で放てるようになるんじゃ無いかってね。」

「それが、外壁の上でやってた<細工>ってヤツ…?」

「あぁ、そいつ跳躍の時に利用してできたってワケだな。まぁ<足フォース>を咄嗟の判断で使うにはまだまだ鍛錬と改良の余地があるな。」

どんな生物も魔力を取り込み体内の魔力を吐き出すその流入出を行う全身にあるとする微細な穴を<孔>と呼ぶ。

その中でも掌は魔力の肺とも言われる部位で多くの<魔法>と称される技術はこの掌からの<孔>で放たれているというのが一般見解だ。


「本当にぶっつけ本番だったのね。最初に失敗したら二人とも真っ逆様じゃないの。」

「だから<三節強化の札>を剣に貼り付けてアンタに持たせたんだよ。賭けなのは変わりないがね。結構値打ちモノだったんだぜ?」

「見ず知らずの女にそんな高価なモノをありがとうございますぅ~。」

「ま、札は拾い物だから気にするな。さて、そうしてここままで身体を張ってみたわけだ。アンタにはきっちり帰り着いてもらわないとな。」

だが今、五つ目の鐘が鳴り響きまだ空は夕陽の色を残しているものの街灯が灯りだしていた。

「………うん。」

約束の夕刻はこの広場に踏み入れた時点でもう過ぎているだろう。

宿に戻ったとして仲間は居るのだろうか、例え居たとしても私に居場所はあるのだろうか。

過去にも失敗が無い訳ではないリーダーのフレインは物腰こそ柔らかいが評価や判断は厳しい方だ。

どこかでケジメが着けるだろう、しかしその先の恐怖が壁の上でした決心を揺さぶり鈍らせる。

「ねぇ、それでわがままが過ぎるかもしれないけど、もし…」


もしもその先に別の道があるのならば…


「ラ、ラミーネ!?」

突如、聞き覚えのある声が頭上から響き私の名前を呼んでいた。

「ラミーネ!、そんな所にいたんですか!?」

向かってやや右に見える段差から見覚えのある女性が頭の帽子を押さえ手すりから身を乗り出している。

柔らかそうでいてハネた髪の毛にそれに合わせたかのようなピンとした耳。

それでいて緩い鼻筋の仲間の女性のトロル。

「シャオリー!」

「むこうに、ラミーネから向かって真直ぐの通路に階段がありますッ!まずそっちに向かってください!」

彼女は合流地点を誘導するととたとたと駆けて行った。

「う、うん!わかった!…あ、えっと…」

仲間との突然の再会に喜ぶものの果たさなければならない義理が向かう事に中途する。

「いい、行ってきな。俺は体の痺れが残っていて動き回れたものじゃない。」

だがグランはこちらを向くと幾度もみせた呆れた感じに肩をすくませそう答えた。

「ごめんね、ちゃんとリーダーに会わせるから!」

「あぁ、<満月餅>の代金も頼むぜ。」

「もぅ、わかったわよ!」


―――


「ラミーネ!」

「うえぇん!シャオリー!」

私はシャオリーに早速飛び掛るかのように抱きつき今日の分の儀式を簡潔に済ませる。

「あはは、よかった、無事で…今日は一体何処に行っていたんですか?」

「目が覚めたら南区の同名の別宿に居て…」

「…南区ですか…相変わらずお酒を飲むととんでもない場所に居ますね…。」

「ご、ごめんね心配かけて。」


私達は互いに昨日の夜からこれまでの経過を掻い摘んで伝え合う。

シャオリーがいまだこの時間に中央区へと向かってないのは警戒と検問が敷かれ時間に猶予が出来たからだそうだ。

「ですが時間が無いのは事実です。今ならまだ間に合いますから急ぎましょう。」

「ねぇ、少し時間を貰っていい?お礼をしなきゃいけない人が居るの!」

「ちょ、ちょっと、ラミーネ!」

シャオリーの腕を掴み、彼女を先程の広場に踏み入れると噴水のベンチに項垂れて腰掛けていたはずの赤い男は既に姿は無くなっていた。

「―――…もう!人にはアレだけ言っておいて勝手に自分から居なくなるなんて!」


「ラミーネ!?今になって何処行くんですか?」

「あの赤い馬鹿を探しに行くのよ!」


その時目の前に巨大な影が現れた。

頭部脇から前方に生える太い角、広い肩幅、太い四肢、まるで筋肉の鎧に包まれたサテュロスの巨漢、仲間のダッカだ。

ダッカは角先を指で舐めながら私を見下ろすと、その奥へと視線を移す。

「おぉ、見つかったようだのシャオリー。まったく相変わらず世話のかかるヤツよのラミーネ。」

「ダッカさん!ラミーネを止めてください!」

私は目を移した隙にダッカの脇を抜け進もうとするもあっさりと肩に手を乗せられ制止されてしまった。

「なんじゃラミーネ、お前今更どこに行こうというのだ。フレインが待っておるぞ。」

「でも…」

「そうですよ、お世話になった人は申し訳ないですけどこちらには時間がもうありません。ここに居ないのでしたら残念ですが早く戻りましょう?」

「でも…でも…」

「話がみえんが、制限時間じゃラミーネ。時間が無いとするならそれはお前の自業自得じゃ。」

ダッカは掌で私の肩を押しのけ、その些細な力に私は後ずさってしまう。

「…」

噴水へ振り向いてもあの赤い姿は何処にもない。

私は仲間の提案に頷きその場を後にし元居た宿への帰路に着いた。


―――


「……結局用があるのはフレインだけで私達は別室で待ちぼうけじゃない。」

「賓客として招かれただけでも良いではないか、見てみい、美味い酒に美味い飯、根無し草には十分な待遇じゃい。」

私達は各々礼装に身を整えると中央区のとある屋敷に赴いたがリーダーのフレインのみ恐らく要人の待つであろう屋敷奥へと私達は別室にへと案内されてしまう。

天井は高く、煌びやか調度品、窓は大きく、奥行きのある部屋には持て成しの料理が並べられ私達はしばらくの間ここでくつろぐ様にと<閉じ込められて>しまった。

ダッカは早々に目の前に並ぶ料理と酒を次々と手にとっては口の中に放り込みだし。

シャオリーもしばらく腰を下ろし喉を潤すと慎ましく料理に手を付けていく。

残る仲間のラーカムはグラス一つを手にしただけで相も変わらず腕を組み壁を背にし寄りかかっている。


「それに実際フレインしか用はあるまいよ。要人からすればワシらはアイツの器量を判断する一材料にすぎんわ。」

「そうですね、時間に間に合っただけでも良しとしないと。」

「…それだけだと何か納得が行かないんですけどぉ。」

「甘いぞラミーネ。このテの連中に何時までに何を揃えてくるかというのは厳しくみられるものよ。特にワシらの様なならず者にはな。」

私はここまでの道のりと緊張の空回りからテーブルに頬杖をつき空のグラスを回す。


「うははは、どうした、アレだけの醜態を晒しては流石にもう酒は飲めんか!」

「うるさい!」

今日という結末を迎え今日一日の出来事に対しこんな事ならば、こんな事ならばと<もしも>の想いともやもやが募る。

それともコレも一時のもので時間が経てば笑い飛ばせる日々のひとつに過ぎないのだろうか。


「それで、お前の世話を焼いた酔狂者の冒険者はどんなヤツなんじゃ。」

「な、何よ急に、私の赤っ恥を酒の肴にでもしたいっていうの。」

ダッカは並ぶ酒を次々に注いでは一口で胃袋に流し込み気に入るものがないか吟味している。

「フレインが戻ってくるまでは暇だからのぉ。それにお主は迷惑をかけた仲間に説明する義務があるだろ?」

「別にフレインが居る時でいいじゃん…」

「そういう<報告>はシャオリーに任せておけ、お前じゃまとまる話もまとまらんわ。」

そう聞いてシャオリーはこちらに苦笑を浮かべる。

彼女も少なくとも興味、いや彼女の場合はそういった<役割>もかねているせいもあるだろう。

二人は私の口から何を聞けるか少なからず期待の視線を向けている。


「名前がグラン…としかわかってない。」

だがどこから話せばいいのかと私はとりあえずの切り口として彼の名をだす。

「グラン、おおかた覇王にあやかった名前か、ありふれておるのぅ。しかしネレイドがその名に助けられるとは皮肉な話じゃの。」

私達ネレイドには仇敵とも語られる<覇王・グランロード>の名であるが、私、私達の世代、更に陸での時間を過ごせばそんな意識など失せていた。

そもそも陸では様々な種族でこの名を見受けられるのだ、古い名を名乗らなくなったネレイドすら下手をすると名乗っている事だってあり得るだろう。


「で?他は。」

「でって…それ以上は何というか…」

「かーッ!お前さんは本当に情報収集が下手だのぉ!色々とあるだろうよ。そやつの見た目、使う武器や技、種族、口調、お前が見た事全部いうてみい。」

「い、いきなりそう言われてもねぇっ!」

「まぁまぁ、今日一日を順から追ってその方の印象を教えてください。」

そうシャオリーに促され私は一日の初めからあの赤マント像を思い返す。


宿での事、南門での事、黒髪でハネっ毛の事、マントに襟巻きも携える魔剣も赤い事。

そして合間合間に言われた小言、小言、小言。

「なんじゃ、ほとんどそ奴の愚痴ではないか。」

「…あとはあげるなら個人専属で、種族は…多分ヒューネス…かな…」

ただ、外壁の上、そこから降り立つ経緯、不死性の体質と種族は口に出せなかった。

それに関しては自分から、他人が口にできるものでは無いのだろうと。


「カカッ、<個人専属>!面白そうな単語がでてきたじゃないか!誰だその雇い主は。聞く限りの風体では余り期待はできぬが。」

「ビルキース。ビルキース=パダハラムだったかな?」

「「パダハラム!?」」

手帳で覗いたあの名前を思い浮かべながら口からこぼした途端、私達以外に誰も居ない静かな部屋がより静かに空気が張り詰める。


「え、何?何?」

「そういうのは冗談や間違いで軽々しく言えるものじゃないぞ、ラミーネ。それは確証あって言ってる事なのか?」

「それは、アイツの手帳を覗いたときに書いてあったし、何かギルドで通話機なんか使ってたし。」

二人の表情からは何かしゃんとしたものが伺え、まるで興味のなさそうだったラーカムの視線も何処か鋭い。


「ほ、ほら、この<ポーション>!の空瓶だけど。これが売れ残りで押し付けられたものだとかは言ってたけど…」

疑惑の目を向けて二人はこちらに寄ってくるとダッカは空瓶を取り上げシャオリーははみ出た付箋だらけの手帳を取り出す。


「ふむ、以前大都に寄った時は見た事が無いの、だが製造の元と品の両証紋はあるな。わかるかシャオリー。」

「証紋は見た限りパダハラム商会のものに間違いありませんね。ただ元はともかく品となると解るのは今まで見た物と比べてとしか…」

何時もの様に口を一切開かず壁に寄りかかっていたラーカムが何時の間にかこちらのそばに立っていた。

シャオリーから薬瓶を手で催促しソレを受取るとなめ回すかのように掌で検分をはじめそして首を横に振るった。


「ラーカムも知らぬか、つまりコイツぁ一般、下流には一切出回っていない代物か一からの模造品か…だがお遊びでやるには手間がかかりすぎてるのぉ。」

「だからそれとパダハラムって人がなんだって言うのよ?」

「本当に知らんのかまったく、これだからおのぼりのネレイドは。」

「種族や出自は関係ないでしょ!」


「パダハラムって言ったらな、その家一門で錬金術ギルドの大棚と並べられる錬金術の名門じゃい。」

「今の所大陸の西部から中央で錬金術ギルドを通さず薬品関連を市場流通できるのはパダハラム商会くらいのものですね。」

「そしてその<赤マント>の話が本当ならば<パダハラムのビルキース>といったら現女当主に相違ないだろう。」

「えーっと、つまり………大物…なの?」

「うん、つまりは大物…ですね。」

「大物中も大物じゃ。」

ダッカはその大きな手で顔を多いため息を吐くと再度酒の並ぶ所へ足を向けていく。


「お前、呪術の触媒の仕入れ等をやっているんじゃないのか?一番疎くてどうするんじゃ。」

「錬金術、<四門魔法>の内の<万理の系統>と私の扱う<霊巫の系統>は対極なのよ?触媒を扱うとしても種類も違うし、専門外でわかるわけないじゃない。」

「残り二門、<魔導>と<真聖>の対極を準修士級まで修めておるのがお主の隣にいるんだがのぉ?呪術オタクで世間にうといだけではないのか?」

ダッカは責め立てるように私を問い詰めだす。


「ダッカさん!それ以上ラミーネをいじめたら流石に怒りますよ!?」

ダッカに見兼ねてかシャオリーが突如激高し私を庇い立てた。

普段はおとなしく何処かふわふわした彼女だが怒ると背筋に恐怖が走る程だ。

巨漢のダッカも顔色を悪くし彼女から目線を外す。


「おっといかんいかん、シャオリーを怒らせたら今後の酒代が減らされてしまうわ。カカッ、ワシも酒が過ぎたか、すまんなラミーネ、言い過ぎたわい。」

「気にしないでラミーネ。もう!ダッカさんはなんでいつもそう仲間を煽りたがるんですか!?」

「いいわよ、別に、本当のことだし…」

実際シャオリーは何故冒険者なんてやっているのかわからなくなるくらい秀才で優秀だ。

私にはフレインと同じ眩しい様な存在だが彼女が居たからこそ私はここに居続けられている気もしている。


「しかし<パダハラム商会>ではなく何故個人の<ビルキース=パダハラム>当人で契約をしているのでしょうね。」

「さてな、おいそれと知れぬ事情があっても不思議ではあるまい?何せ<パダハラム商会>は<錬金術ギルドの六連合>と対立しておるしの。」

「そこまでの人物なら冒険者ギルドなんて仲介せずとも個人同士で契約を結べばいいと思いますが。」

「秘密裏に動かすのではなくあえてその<赤マント>を小間使いにし何らかの注意を向けていると?ふぅむ、狙いが読めんな。」

二人は少しの間を置き平静さを取り戻すと先ほどの話題を続けだしていく。

明日にはどうなっているかわからないのが冒険者というのが生業だ。

だからこそこういった<特殊な事例>というのは解析や考察が捗るのだろう。


「何やら盛り上がってるね。」

「あ、フレイン!」

二人が話題を続け盛り上がっている中、部屋の扉が開きリーダーのフレインが使用人に連れられて入ってくる。

「おぉ、どうじゃ、首尾は?」

「あぁ、要人の機嫌は上々だよ。」

どうやら彼だけの用件は無事に終わったらしく衣服の喉元を緩め緊張する顔つきを解いていた。

そして仲間たちの顔を見渡すと何時もの砕けた笑顔を見せてくれる。


「すまない。本当なら皆ともちゃんと引き合わせるべきなんだが…」

「なーに、顔を立てるのはお主一人で十分じゃろ。他はシャオリー以外は問題児ばかりじゃからな。会わせた途端にクビが飛びかねんわ!」

ダッカは首を刎ねる仕草をしながら大きく笑い飛ばす。

それを見てフレインとシャオリーは顔を合わせて苦笑した。


「これは?」

フレインは早速テーブルに置かれた見慣れぬ空瓶を手にし疑問を投げかける。

「ラミーネが戻って来る時、世話になった方から貰ったものらしくて…」

「…それがパダハラムに縁ある人物だと?」

「ほう、ソレだけでわかるか。流石に察しがいいなフレイン。」

そして仲間達はすっかり見知らぬ<謎の赤マントとその雇い主>の話題に一色になり一番間近で当人をみていたはずの私は話題の輪から弾かれてしまった。

三人の会話の内容はどうも小難しく、まるで手品やイカサマの種を解析しているかの様な話が続く。


「もぅ、私だけ話から取り残されてるんですけど。アイツが一体なんなのよ。」

私は誰が見てもいないであろうが不貞腐れた顔を思いっきり出してテーブルのグラスを手に取る。

適当に飲料を注ぎ一気に飲み干すと窓際のソファーに腰を落とし行儀悪く仰け反りながら窓を覗く。

窓越しに見える二つあるはずの月が今夜はあの<満月>の様な大月一つだけが空に浮んでいた。


―――


「ふぇっくし!」

宿の部屋に戻った瞬間に強烈なくしゃみが飛びだし全身がその衝撃でビリビリと響く。

部屋は出かける前の陽の明るさなど微塵もなく薄暗く入り口の自動で灯る僅かなものと窓から入り込む街灯の明かりだけだ。


「やれやれ、今日は疲れたな…一日中歩き回って自分の事は殆ど何もしてないぞ…」

身震いでくしゃみの痺れを払い、腰周りのモノを身からはがしはてベッド脇の棚に無造作に放置すると腰の回転で自分自身をベッドへ投げ込む。

そしてただぼんやりと宿の天井を眺めているとベットへ沈み流れる身体の疲労が今日一日の出来事を振り返えさせてくる。

そのまま眠りにつこうとするや身体とベットの間に異物を感じ取り、手を弄って取り出すとどう見ても自分のものでは無い女物の髪櫛が下敷きとなっていた。

「ったく、アイツ結局忘れ物をしやがったな。」


カーテン越しの僅かな光を櫛を傾ける角度で受けて見定めると櫛に掘られた名前が浮びだした。

「…ラゥ=ミーネ=リダ…あぁだから<ラミーネ>か。」

<ネレイド>はその役割と血族を名前に残す古い風習があると聞いた事がある。

彼らの故郷は今でも覇王時代以前の風習が色強く残り、名を付けられたときには生涯の役割や先の事までが定められるのだという。

<ラミーネ>の時折見せるどこか濃霧をみつめている様な顔に感じたのはこの古い風習等に囚われていただろうか。


「…俺が考える事じゃないな。」

腕を伸ばしベッド脇の棚へコトリと櫛を避けるとそのままの大の字の姿勢で目を瞑る。

再びベットへ沈み込んでいくと共に今日一日の喜怒哀楽の激しい飽きない<アイツ>の顔が思い浮びほほが緩んでしまった。


「けどまぁ、退屈な一日ではなかったか。」

窓から吹きこぼれる夜風が心地よく身体へと染み渡っていった。

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