35-11.新生
塔の入り口には<竜>の崩壊を見届け、脱出するカルマン達、それを救出に向かっていたソウシロウ達が揃っていた。
更に地下に軟禁されたミカの従者、ベルゼーとシャオリーも加わり、互い互いに様子を見渡し、ソウシロウはカルマン達に顔を向けて頷く。
<竜>の居た場所にはこの戦いを終わらせた残る2人の無事、それを確認するまで全員がまだ喜びを分かち合うには早いと理解していたのだ。
崩れた塔の壁面を頼りに、ソウシロウとゴリアーデは<竜>の下へと向かい、他もそれに続く。
塔周囲の遺跡群は<無頭巨人>との戦いで瓦礫が散乱しているも、遮蔽物の殆どが破壊され為に<竜>の居た場所まで障害は殆ど無い。
そして、瓦礫を潜り抜けた先、<竜>に近付く程に湯気を立て消滅して行く泥が目に入り、一行は2人を発見する事となった。
―――うぉぉぉん、お~ぃおぃぉぃぉぃ、お~ぃぉぃぉぃ…
広がる透明の泥の中央で少女を抱き、崩れた顔で泣き続ける長い薄翠色の髪の女、ラミーネ。
もう一方、男の方であるグランは天地逆さの状態で泥から両足を突き出していた。
…
一行はこの勝利を微塵も感じさせぬ2人を目を丸くさせ、呆然と見守る。
「ラ、ラミーネェ~~ッ!!」
だが、一行の中、シャオリーだけはすぐさま我に返り、音を立てて泥の中へと駆け寄っていく。
「ぶ、ぶぇぇぇ…、シャ、しゃおるぃぃ~~…」
駆けてくる親友に気付いたラミーネは泣きじゃくる酷い顔を隠しもせずに抱き、シャオリーもそれをそっと抱きしめた。
「もう大丈夫ですよ、ラミーネ。」
「うぇぇ…ひゃ、ひゃだか、ぜんぶみられたぁ、もうおよべにいげにゃいぇぇ…」
シャオリーはラミーネの背をポンポンと叩き、優しく語り掛ける。
一方でゴリアーデは埋まるグランの両足を手にして泥から引っこ抜き、ソウシロウがグランからマントを剥ぎ取るとラミーネの肩へと掛けた。
「…とりあえず、一旦アタシの借り館に向かいましょ?」
今後の状況をこの場で話せないと確信し、カルマンは肩を竦めてはミカに問い、ミカは溜息混じりに頷き返す。
―――
「…カルマン様っ!」
一行が2人を回収し、館に戻るとエフィムが驚きと喜びを混ぜ合わせた顔で出迎えた。
「エフィムちゃん、早速で悪いノだけど☆彼女に服を用意して貰えるかしラ?」
「…え?あ、は、はい、直ちに。こちらへ。」
何処かカルマンの言葉に違和感を憶えつつも、エフィムは赤いマントに身を包み酷い顔で今だすすり泣くラミーネを案内する。
「じゃあ、ボクもこっちへ。」
「…えぇ、なるべく手短にして頂戴ナ。」
エフィムに連れられるラミーネの後をミカとシャオリーは追い、カルマンは残る一行の視線を浴びて再び肩を竦めた。
「まぁ、皆様!無事にお戻りになられて!」
そこへ場の賑わいを聴きつけ、ウィレミナとアーカムが館の奥から現れ、一行を出迎える。
「温かいものをお持ち致しますわ。今料理をしておりますのでお待ちして頂ければ食事も…」
「あぁ、悪いのだけどアタシ達はこれから納屋の方に向かうワ。エフィムちゃんが戻ってきたら案内してあげて。」
ウィレミナの申し出を遮り、カルマンは館の外を親指で差し、他にもウィンクを1つして着いて来る様に促す。
そして、ソウシロウはピアをウィレミナへと預けると肩に手を置き、心配無いと頷き返した。
―――
衣装部屋に案内されたラミーネは先程までの酷い泣き顔から表情を一変させ、次々と服を見繕う。
「きゃーっ!やーッ!もう、天国ッ!コレとコレ?いや、アレとソレ?いや、やっぱり、コレッ!んーでもぉ…」
目を輝かせ、まるで着せ替え人形の感覚でラミーネは次々と服を出しては試着させ、隣のシャオリーを悩ませた。
「ラミーネッ!私達は冒険者なんですから、向いた服を選んでっ!」
「うぅ~、やだぁ、全部ほしいぃ~。シャオリーも一緒に着替えましょうよぉ~。」
選択から弾かれて行く服を綺麗に畳んではシャオリーはラミーネに注意するも、当人は服を両腕に抱かかえて駄々をこねる。
「…シャオリー、キミが選んでやれ。ラミーネ、ボクは色々聞きたい事があるんだが。」
呆れるミカがシャオリーへ助け舟を出し、彼女はその言葉に黙って頷く。
「えぇ~、何ならミカちゃんも一緒に…」
「…ボクはお前に聞きたい事があるんだが。」
だが、ラミーネの駄々を遮り睨むミカにラミーネは身震いし、シャオリーから服を受け取って大人しく試着室へと入り始めた。
…
そして、しばらくの間、ミカがラミーネに試練を与え、コレまでに何が起ったのかをラミーネから聞き出す。
ラミーネは新たな衣服を身に着けながら、記憶を辿り、ミカとシャオリーに説明を始める。
試練の最中に2人の少年、少女に出会った事、その2人と僅かに時間を共にした際、先の混乱に巻き込まれた事。
「ね、ねぇッアナタっ!アーカムが子供を4人この館に連れて来なかった!?」
自分が死の直前まで語ると記憶がはっきりしたのか、ラミーネは試着室のカーテンを勢いよく開くと掴みかかる勢いでエフィムへと問い質す。
「だ、大丈夫。あの子達なら無事、この館で保護しています。後でお連れ会せますね。」
エフィムはラミーネの剣幕に驚きつつも、笑顔で答え、ラミーネは安堵して床にヘタリ込む。
「…アレ?私、何でアーカムがあの子達を連れてきたって知ってるの…?」
そして、ラミーネは首を傾げながら、その疑問を口にしていた。
「それで、あの赤いバカ弟子と合流して<竜>に成ったのか。」
「え、あー、いやぁ、そこら辺は記憶が曖昧で何せ…」
「何せ?」
「わ、私、その間に死んじゃってたみたいで…」
<死>という言葉を聞く今度はシャオリーがラミーネの両肩を掴み激しく揺らし始める。
「ラミーネッ!貴女って人は、また、そうやって、無茶を…」
「シャオリー、ご、ごめん、でもこうして生き返れたから…。ごめんって…、泣かないでよ…」
シャオリーの涙にラミーネは顔を曇らせ、2人は互いに抱きしめ合い、再会を喜び合った。
「…うん、まぁ、いいか、それよりボクが聞きたいのはその先、あの<水の壁>の事だ。」
「まぁいい!?私が生き返ったり、<竜>に成ったりとかが<まぁいい>!?」
ミカの何処か投げやりな言葉にラミーネは声を荒げる。
「うん、うん、そこはボクが魔術、魔法の天才でも、出来はしない<領分>だと解っているからいいんだ。」
「じゃあ、何で<水の壁>は…」
しかし、ミカが何を言いたいのか分からず、ラミーネはただ眉間に皺を刻む事しか出来なかった。
「簡単だよ、ボク程度になれば魔力の流れやそれを<編む>様を見聞き、感じ取る事ができるからだ。」
とても<簡単>とは思えぬミカの説明にラミーネは目を丸くし、シャオリーは言葉も出せずに呆然とする。
「ラミーネ、お前が使ったものは<魔導>、<真聖>、<霊巫>、<万理>のいずれの体系にも属さない<魔法>。<秘術>というものだ。」
「…<秘術>?」
ミカの説明にラミーネは首を傾げてオウム返しし、シャオリーはそれすら理解できずに瞬きを繰り返した。
「平たく言うと<大魔法>。」
「「大、魔、法…」」
ミカの補足に2人は声を揃えて呟き、ラミーネとシャオリーは益々目を丸くさせる。
「現にあの<水の壁>はアレだけの規模で街に一切被害を出していません。あの御業は<奇跡>と言っても過言ではありませんね。」
「わーっ!わーっ!単語を増やさないでッ!頭の中で整理がいかなくなるからッ!」
更にはエフィムまで加わり、ラミーネは頭を両手で抱えて叫び、シャオリーはその光景に笑い出す。
「…ともかくだ。お前にはその<大魔法>を使う<資格>を何処かで得ているんだ。思い当たるところを聞かせて欲しい。」
「<資格>を得た状況を断言して聞かないのね…」
「ボクはお前がそこまで要領が良いと思ってないからね。」
「んがっ。」
歳下のミカの口の悪さにラミーネは顔を引きつかせるが、その言い回しは何だかんだでグランの師である事を匂わせていた。
そして、ラミーネは<大海嘯>を放った時、その<詠唱>を何処で覚えたか記憶の紐を辿って行く。
「んー、私がまだ本当に小さかった頃、おばあちゃんが相手してくれていたの。その時色々な話をしてくれて…、それが…<大魔法>へのきっかけ?」
ラミーネは自信無さげにだが、確かに辿り着いた記憶を口にする。
おぼろげな記憶、でも、まだ家族や自分の知る世界に希望の持てた頃の記憶。
だが、徐々に記憶の旅路は現代へと戻り出し、<姉>の記憶にぶつかるとラミーネの表情には影ができる。
「…シャオリー、どう思う?」
「私達が通っていた<シン>の魔術院では詠唱を行う<大陸西部>の様な術式は全く…。それに高度の<術>は<宮廷>に抱えて頂けなければいけないので…」
シャオリーの答えに納得を見せながらも、ミカは眉間の皺を深くしては首を傾げていた。
「…ふぅん、そうか。<学>で得るというより、やはり<秘術>は<大精霊>、いや、<極大精霊>との<契約>関係があるとみるべきかな。」
ミカは考えをまとめつつ独り言を呟き、シャオリーはそれに対し不思議そうに首を傾げる。
「それより、ミカちゃん。あのカルマンって人と今後について話があるんじゃないの?」
「…ふむ、そうだね。お前が着替えに夢中になってたら、呆れてすっかり忘れるところだったよ。」
着衣を整え終わると途端にはしゃぐのを止めたラミーネに対し、ミカ杖の石突を鳴らしてはしれっと釘を刺す。
その言葉にラミーネは叱られた子供の様にしゅんと項垂れ、シャオリーとエフィムは互いに苦笑いを交し合った。
―――
「……と、言うわけで、<錬金術ギルド>の<錬金六席>は事実上<解散>する事となったワ☆」
納屋内に集まった他一行、内部中央に鎮座する大きな布を被せた<荷>にカルマンは座り、これまでの経緯を語る。
「唐突過ぎる。」
「事前兆候もないでござるし。」
「現実味が余りにありませんな。」
「こんなの<想定外>と言う他、無いじゃないノ!」
その経緯の説明にグラン、ソウシロウ、ベルゼーは次々と辛辣な感想を口にし、カルマンは口を尖らせては不満気に腕を組む。
「要するに、アンタ達のお仲間がジュージナンタラ?」
「…<十都親王>にござる。」
「で、<それ>に付け加えて<覇王・グランロード>の看板をぶら下げたヤツに寝返って、この街を混乱に貶めたと。」
「ものすごく、掻い摘んで言うわねェ…。まぁ、その通りだけド。」
話からこの騒動の起因、要因が何なのかグランは問い直し、カルマンはあの壮絶な一時が簡単に表された事へ溜息混じりに肯定する。
「それで、<十都親王>というのは何であって何が問題なのだ?」
ゴリアーデは聞き慣れぬ単語に首を傾げ、カルマンへと顔を向けた。
―――<十都親王>、それは<覇王>の都、<覇業霊都・グランロード>を中心とした各10都を統治した王達を指す言葉だよ。
声の方を一行が向くと開いた納屋の扉から人影が3つ、ラミーネ、エフィム、シャオリーが姿を現す。
そして、石突を鳴らし子供の影、ミカが気だるそうに納屋へと続いて入ってくる。
「…ミカ様。」
「すまないねベルゼー、今回はかなり厄介な事になった。」
疲れを見せながら、ミカは自分の最も信頼を寄せるベルゼーへと軽く手を挙げ、挨拶を交し合う。
「…エフィムさんっ!あ、ありがとうございます。俺のマントを!」
その中でグランはラミーネに剥ぎ取られた自身のマントをエフィムが持っている事を知ると嬉しそうに礼を言い近付き、エフィムは微笑み手渡す。
それを見るラミーネは少し頬を膨らました。
「…それでミカ師匠、その連中は混乱を起こすだけ起こして、偉そうな事だけ言って帰ったんです?」
「うん、うん、まぁ、そうなるね。<宣言>はこの街や世間ではなくあくまで<ボク達に>だけだ。」
赤いマントを羽織直しながら、グランはミカに疑問をぶつける。
「…つまり、どういう事になるでござる?」
「…この騒動の<首謀者>は暫定的に<アタシ達>って事になるの。つまり、この場に居る全員、更に<竜>は特に目を付けられるでしょうネ。」
ミカの言葉にソウシロウは首を傾げ、カルマンは答えた。
「…なる?」
「…ほど?」
そして、<竜>という単語にグランとラミーネは互い顔を合わせ、ますます首を傾げる。
…
「「な、なんだってーーーーッ!?」」
2人の驚く声が重なり響く。
「そこで、ラミーネ、お前に言う事がある。」
「エフィムちゃん、アタシはアナタに言わなきゃいけない事があるわ。」
だが、響く声に動ずる事無く、ミカとカルマンは真剣な眼差しを向け、それぞれの先の言葉を口にする。
「な、何!?」
「な、何でしょう?」
そして、こちら対する2人は動揺残る中、一言に身構え、2人の口と視線に息を飲み込んだ。
「やはり、お前はクビだ。」
「エフィム=アルー。オー家はアナタとの婚約を破棄します。」