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紅い喰拓 GRAN YUMMY  作者: 嶽蝦夷うなぎ
・近朱必赤、見定めるは鉄の道の先
178/232

35-10.新生

 警報が鳴り響き、艦内は突如大きな揺れに襲われる。

「やれやれ、椅子へ腰掛ける前に騒々しいな。」

<飛行艦>の艦橋に足を踏み入れたフェイルロゥは一番目立つ椅子へと腰掛けようとした矢先の振動に悪態をついた。

「何が起きた!」

ゲウトはこめかみに血管が浮き上がりながら、艦橋で計器を覗く召使いに声を荒らげる。

「艦が膨大な魔力を浴びているのを確認。霊波の属性は<水>、今は自動で結界が展開していますが…」

「くっ、発艦はできないかッ…」

自らも計器を覗くとゲウトは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、拳を艦橋の机に叩きつけた。


「ククク、攻撃、あの<竜>の仕業と見ていいか。ここでは外の様子が伺えぬのが残念だ。」

椅子へ腰掛けながら、フェイルロゥは現状を把握しつつ、高みの見物を決め込んでいる。

「ひ、ひぃぃ~、死にとうないッ!まだ死にとうないぃぃ~ッ!」

スタイブは床を這い、適当な場所に潜り込むと頭を抱えて丸まり、ガタガタと震えだす。

「…ゲウトよ、余をまだ死なせるなよ?」

「わ、解っております。ご安心を。」

ゲウトは最早、フェイルロゥの身を案ずる余裕など消え去り、ただ額から流れる汗を拭う事しか許されなかった。



艦内が以前大きく揺れ、ゲウトは何かに意を決したかのように立ち上がり、口を開く。

「C-23、F-14を使え、場所は大陸西部洋上のポイントで構わない。」

「…よろしいのですか?」

「聞き返すな。」

「…失礼しました。C-23、F-14、起動準備に入ります。」

召使いは艦橋内の操舵席に飛び移ると、桿の脇にある操作版のスイッチを次々と入れていく。

「何をするつもりだ?」

「緊急の<転移>を行います。本来でしたら、使う事無く離脱の予定でしたが…」

フェイルロゥは「ほう。」と興味深げにアゴをさすりつつ声を漏らす。


「構わないではないか、今がその<緊急>だ。」

「…そうではありますが。」

ゲウトはたじろぎつつ、フェイルロゥの読めぬ笑みに困惑し、それを誤魔化すように召使いに準備完了の報告を促した。

「…ゲウトよ。」

「な、何でございましょう?」

一呼吸置き、フェイルロゥは椅子に深く腰掛け直す。

その威圧感にゲウトの身体は震えが止まらず、額から流れ出す冷や汗が止まらないでいた。


「どうだ?こうしてヒトを<喰らう>のは?」

「…」

揺れる艦内でフェイルロゥはゲウトに目を細め、薄ら笑みで問いかけ、ゲウトは答えに迷う素振りを見せる。

「…よいよい、答えずとも。だが、我らの根は<商人>、大なり小なり、直接でなくともヒトの生き死を左右させておる。」

そして、返答を待たず、自分の話を続けていく。

「此度のお前の<細工>、一体どれだけのヒトを<喰らう>事となったか、考えてみる事だ。」

言葉を受け、ゲウトは眼鏡を静かに指で直す。

「…まさか、余が今になって<命の尊さ>を説いているとは思っておらんよな?」

石突きで揺れる艦橋の床を突き、フェイルロゥは変わらず、頭を抱えて震え続けるスタイブに目を移すと溜息を吐く。


「あの<老犬>を少しは存じているな?」

ゲウトは<錬金六席>ではなく、<商人>としてのスタイブの評を記憶から呼び起こし、フェイルロゥの問いに頷きで返す。

「あやつはヒトを<喰らう>身におきながら、事、都合が悪くなれば現実を誤魔化す為、あぁして怯え、怒り、泣きつく。…実に嘆かわしい。」

スタイブの商売における手腕は実に強引で<悪徳>を体現したような男ではあるが、狙った利益の為には手段を選ばない点に関しては評価している。

「<喰らう>、つまりは<強者>。お前が余の側に居るのであれば今後あの様な姿は僅かでも晒せまいぞ。」

しかし、その強引さからこぼれた<粗>は後の事業で度々問題を生じ、<錬金六席>だった頃も他の<六席>から疎まれていた。


「…胆に銘じておきます。御心遣い感謝します閣下。」

「…フフ、小言が過ぎたな。余も老いた証拠よ。」

ゲウトの返答、それよりも落ち着きを取り戻した顔に満足し、フェイルロゥは笑いながら椅子に座り直す。

「C-23、F-14共に<異能>の正常展開を確認。<転移>の準備完了。」

召使いの準備が整った報告に、ゲウトは頷きで返す。

「結界維持のまま、空間離脱始め!そのまま<転移>まで維持せよ!」

そして、ゲウトの号令で艦橋内の明かりが消えた。


―――


<竜>から放たれた水の壁は街一帯を容赦なく包み込む。

「…こ、これは、一体?」

「無事…なのか?」

ヒトの身程度、容易く呑み込む高くて厚い水の壁。

だが、中は一切の激流を感じられず、息が苦しいわけでもない。

そして、一時の水中を全身を受けた後、気が付くと周囲は僅かに水が残ったまるで大雨の跡のような景色となっていた。


ソウシロウとゴリアーデは塔へと向いながら、度々襲い来る<単眼蜘蛛>を撃退していた最中の事。

水を受け、水が去り、次に目に写ったのは身体を砕かれ、塵へと還る相対していた<単眼蜘蛛>の姿だった。

その状況に動揺しつつも、更には自分達が受けた<水>は衣服等を一切濡らしていない事に気付き、2人は更に驚きを隠せない。


―――


「…い、生きて、るワッ!?アタシ達、無事ね!生きてるわヨ、ミカちゃんッ!」

「…うん、うん、ボクだけがキミの腕に絞め殺されそうだから離れてくれないか。」

一方でカルマンとミカも同じくしてアンドンも水の壁に包まれ、身を削がれる覚悟をしていたにも拘らず無傷である事に驚いていた。

カルマンの腕の中で絞めつけに苦しむミカは、そのカルマンを強引に引き剥がして脱出する。

彼女は何かこの事象に心当たりがあるのか、不思議と動揺はしていなかった。


―――スガァンッッ!


そこに轟音が鳴り響き、2人が先まで視線を向けていたものを思い出させる。

晴れつつある霧靄の中、それを引き裂き、<竜>は<無頭巨人>にトドメの尾撃を振り下ろしていた。

尾撃を受けた<無頭巨人>は地に減り込み、最後の嘆きを吼える。


―――OooOO…


力なく沈み、全身にヒビが入ると<無頭巨人>は再起する事無く、身体の端から塵となって崩れていく。



沈黙の中舞う塵。

そして、<竜>が虹を背負った事でこの戦いの決着が着いた。


「ヤァ~ッタワァ~ッ!勝利も勝利っ!大・勝・利ヨ☆」

その佇む<竜>へ、カルマンは興奮を抑えきれずに飛びあがる。

「…アらん?でもアタシ達、何に勝ったのかしラ?」

「…ボク達は巻き込まれただけだよ、カルマン。ゲウトの仕組んだ罠にとりあえずは<生き延びた>だけだ。」

だが、カルマンはすぐさま冷静に戻り、ミカは指摘し肩を落とす。

「そうだな。その<当事者>達は既にこの場には居ない、<勝利>とは言い難いだろう。」

アンドンが2人の背後から天を見上げながら呟き2人も視線先を追う。

上空には<飛行艦>の姿も影もなく、青天の陽射しが降り注ぐだけだった。


―――ズズン…


今度は低い音が周囲に響き、3人が視線を<竜>へと戻すと<勝利>の余韻は消え去り始める。

<竜>の全身は再び色褪せ、灰色と化し、次々と身体が欠け始めていた。

「<アレ>が赤マントちゃんとアナタの部下なら2人の無事を確認しなきゃ☆」

カルマンは部屋の出口に顔向け、ミカもそれに続く。

「……俺はここに残る。そして、2人はそのままこの街を出ろ。」

しかし、アンドンはその場を動かず、出口に背をむけてカルマン達に告げる。

「…どういうつもりだい?」

「この<騒動>、ここの住人達、領主は誰が<首謀者>だと思う?」

ミカの問いに、アンドンは質問に質問で返し、2人は押し黙る。

そう、街からすれば<首謀者>は自分達<錬金六席>に他ならず、一時とはいえ姿を見せた<飛行艦>の存在は、自分達のモノだと自白するに等しい。


「このままだと<錬金術ギルド>と<大陸中央部>での衝突は避けられない。誰かが時間を稼がねば。幸い俺は部下を連れてきてはいない。」

アンドンは2人に背を向けたまま、独り言のように話を続ける。

「…いいの?ババを引くにしてもアナタ、処刑の可能性だって十分にあるのヨ?」

「フッ、俺は一応に<錬金六席>で各地の交渉を勤めてきたんだぞ?味方が一切居ないというワケじゃないさ。」

カルマンは心配そうに問いかけるが、アンドンは軽く笑い飛ばし、2人に向き直る。

「…」

「そんな顔をするな、ミカ。お前達だって頼りにしはしているぞ?」

ミカの頭をガシガシと撫で、アンドンは2人に笑顔を見せる。


「こんな時だけ子供みたいに呼ぶな、扱うな。」

「お前は頭が回り過ぎるからな。こんな時だからこそだ。」

ミカはアンドンの手を払い、睨み付けるが彼の笑顔に嘘偽りはなく、逆に自分の方が気恥ずかしくなってしまう。

カルマンは2人の様子を見て、仕方ないと軽く溜息を吐き、出口へと向う。

「…わかったわ。でも、アタシ達に過度な期待はしちゃダメヨ?」

「あぁ、期待している。」

ニヤリと笑顔を交わし、カルマンとミカはアンドンを後に塔を去っていく。

そして、静かになった塔に1人残されたアンドンは崩れていく<竜>をただ見続けていた。


―――



「…ぷはっ!?」

崩れる<竜>の身体は半透明状の泥となり、その中で目覚めたラミーネはすぐさま這い上がると泥の中から顔を出した。

「…本当に、生きて、る…?」

何一つ傷の無い腕、掌、指先をまじまじと見つめ、それを陽にかざし、<竜>の身体では無く、己自身である事を確認する。



「…そ、そうだ!ピア!」

それと同時に頭の中で聞こえなくなったスピリアの声、その宿主である少女の事を思い出しては周囲を見渡す。

だが、少女の姿は何処にも見当たらず、ラミーネは悲壮に顔を歪め、泥の中へと再び潜る。

「…」

直接では無いが頭に響く微かな声にラミーネは泥の中を泳いで探し、小さな人影を泥の中で見つけ抱かかえ、少女を引き上げた。

気は失っているも、少女の顔に傷や疲労の気配は無く、ラミーネは一度死んだ自身を余所に少女を抱きしめ喜んだ。


―――ゴボッ、ゴボゴボッ…


しかし、その喜びは束の間。

ラミーネの耳は何かが蠢く音を捉え、その付近の泥が盛り上がると、赤い影が浮上しだした。


「…あい、あむ!すと、ろぉんぐッ!」

泥から這い出してきた赤い影はそう叫ぶと纏った泥を弾き飛ばし、ラミーネの目の前に姿を現す。

その正体は赤い襟巻き、赤いマントに身を包む、黒髪雑草頭の目を赤く爛々と灯す、女の良く知る<不死身>の男。

「…グランっ!」

ラミーネは少女を抱いて男に駆け寄った。


「…ったく。ちゃんと生き返ったか?」

泥を拭いつつ、男は嫌味ったらしい第一声を吐き出すも、自分の名前が呼ばれた事、少女が抱かかえられている事に安堵する。

「…うん。」

女は顔に涙を浮かび上がらせ、男は肩を竦めてそれを拭い、次に女の薄翠色の長い髪に纏う泥を拭いながら身体の無事を確認した。



「…あ。」

その時、男の身体と視線がピタリと止まり、ラミーネは何事かと首を傾げ、すぐに男の視線を追う。

それは一糸纏わぬ女の身体で2人はもう一度視線を合わせた後、再び視線を下へと降ろした。



「…に、に、に、ニぎゃあああアぁぁァァッッ!?」

再び沈黙が流れた後、ラミーネの顔は真っ赤に染まる。

「INOCHI、NO、ONJIN…!?」

そして、瞬間の後にラミーネの尾脚が振り上がり、それは見事にアゴを捉え、男は宙を舞った。


―――


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