35-9.新生
繰り出される長金棒と曲剣の一撃が道中を遮る魔物達を蹴散らしていく。
「…フンッ!」
「ハッ!」
片や鈍く低い打撃音、片や鋭く高い斬撃音と共に、2人の男の進む後方には魔物、<単眼蜘蛛>の骸が幾つも転がっていた。
「…あ、ありがとうございますッ!」
その過程に助けられた街の住人は声を震わせ、感謝の言葉をかける。
「気を付けて早々に避難されるにござる。」
「…は、はいッ!ヒぃっ!」
しかし、住人の視線は2人へとは向いておらず、小さな悲鳴をあげると慌てて逃げ去ってしまった。
声を掛けた男、ソウシロウは住人の視線の先、街中心に集う4の影を見据える。
「流石にあんなものが目移りしててはオレ達に礼など素直に言えまい。」
もう1人、全身を白亜の鎧に包む大男、ゴリアーデはソウシロウと同じものを見上げ、大袈裟に肩を竦めて見せた。
その4つの影の正体、1つは崩れたこの街のシンボルであろう<塔>、次に街の混乱と同時、突如として現れた<無頭巨人>と<巨大飛行船>。
そして、残る1つ、これもまた突如として現れた<竜>の存在であった。
「…確かに、あのような物らが前触れも無く現れたら気が気で居られぬにござるな。」
剣を鞘に収め、帯を直すとソウシロウは声を潜め、大きく息を静かに吐く。
「それで、あの<竜>は赤マントの<竜>だと思うか?」
以前に赤マントの男、グランの<竜>となった姿を見たゴリアーデは自分よりも付き合いの長いソウシロウに意見を求める。
「…始めて<竜>と化した際、赤法師殿は<アレ>程の体格をもった<竜>ではござったが。」
2人は今は互いの打ち合いで沈黙した<無頭巨人>と<竜>を見上げ、その巨体に改めて息を飲む。
その時、<無頭巨人>が僅かに動く。
―――OOOooOOOッッ!!
続き、唸り声を上げ、全身に力を込め、膝を起こし再び戦闘の姿勢を見せるも、相対する<竜>は仮面の様な嘴と鬣の色が灰色に褪せたまま沈黙していた。
だが、<無頭巨人>はまだ調子が戻らぬ身体を<竜>に寄せ、攻撃を繰り出す。
巨大な拳は風切り音を立て、ソウシロウの居る位置にまで音が轟き、圧が頬をかすめると2人は互いに頷き合い止める足を塔へと向けて再び進み始めた。
―――ゴウウゥゥゥ…ンンン…
塔へと駆けながら、2つの巨大な影に意識を奪われていると、遂に<竜>が<無頭巨人>の拳で吹き飛ばされる。
それに対し<無頭巨人>は手を緩めず、追撃へと動きを見せた。
―――OOooッ!!
―――ゴゥ…ン…ゴゥン…!
―――OOoooOOOッッ!!
―――ゴウゥゥゥン…!ゴウゥゥゥン…!!
唸り声を上げては乗りかかり、何度とその倒れ込んだ<竜>へ拳を叩き込む。
「まずいのではないか!?」
「…それでも拙者らに出来る事は向かうのみにござる!」
だが、ソウシロウは首を横に振り、走る事を止めない。
止めたところで自分達がその身一つで巨体を相手する術がない事を理解し、何かしたいもどかしさが2人の胸中に渦巻いた。
…
―――Ogaッッ!?
しかし、突如その巨体は弾かれるように<竜>から引き剝がされ、地響きと共に叩きつけられる。
色褪せた、<竜>の嘴と鬣は徐々に色付きはだし、嘴は輝く翡翠色、鬣と身体の一部は赤と黒が混じり合ったものへと変わった。
―――
「い、色が変わったわヨ☆ミカちゃん…!」
「…」
一方、塔から<無頭巨人>と対峙するラミーネの様子を眺めていたカルマンとミカ。
再び<目覚め>戦う意思を見せる<竜>の姿にカルマンは思わず身を乗り出し喜ぶも、ミカはただ違和感を持って静かにラミーネの戦う姿を見つめていた。
それもそのはず、先までの<竜>は威風堂々、静かながらに圧を放っていた姿勢なのに対し、今の<竜>は調子良く肩を揺らし、両拳で小刻みに空を斬りっている。
その動きは<締り>が無く、<芯>の通わぬもの、体術の使い手である側近のベルゼーの動きを普段から目にするミカからしてみれば、それは<付け焼き刃>のモノ。
それが、解ってしまう程の粗さが垣間見えてしまっていたのだ。
―――OOOOo……
立ち上がった<無頭巨人>は躊躇無く右拳を<竜>目掛け打ち込む。
それに合わせ、<竜>も腕を伸ばし応戦するも、こちらの拳はあっさりと受け止められる。
伸びきった身体は反撃、防御にも応する事はままならず、<無頭巨人>は<竜>の繰り出した腕を捕まえると、力いっぱい投げ飛ばした。
「…よ。」
「…よ。」
―――
「…よ。」
「…よ。」
―――弱い………ッッッ…!!
戦いを間近に見る4人は<竜>の余りに変貌した弱さに絶句する。
―――
「…んぎャん!?」
「弱いな。」
ラミーネの<竜>のあんまりな扱い方にスピリアは溜息を漏らした。
「し、仕方ないでしょ!?本来の私は接近とか、格闘なんてからっきしよっ!でも<竜>に成ったらなんかできると思うじゃないのッ!」
「先はあの<怪物>を弾き飛ばしたではないか。あの手、<魔の力>で戦えばいいだろう。」
スピリアはラミーネの弁解に少し呆れながら、先の<竜>の一撃が<無頭巨人>を吹き飛ばしていた事を伝える。
「<魔の力>…?そうか、そうね、<魔法>ならッ!」
その一言にラミーネはハッと目を見開き、大きく息を吸い込んだ。
「…今度は見てなさいよッ!エアルッ!」
意気揚々、ラミーネは風の<精>の名を告げ、魔法の詠唱を始める。
「…」
「どうした?」
しかし、ラミーネには違和感が走り、咄嗟に両手の掌を見た。
詠唱の始め、<精>へと繋がる呼び寄せの一言に、自身の身体を巡り流れる<魔力>を感じ取る事ができなかったのだ。
「…ア、アクルッ!!…だ、ダメ、これじゃ<魔法>が使えない。…何で!?」
次に水の<精>の名に変えても同様で、焦りと混乱にラミーネは頭を抱えた。
「守れ!攻撃がくるッ!」
<無頭巨人>が困惑するこちらの隙を逃すはずも無く、その巨体を捻じり、全身で圧し掛かってくる。
それを受け止めるべくラミーネは身構え、両腕でその圧を受け流そうと堪えた。
「魔法…魔法がダメなら…、<魔術>!?でも<魔術>で攻撃といったって…」
荒くなる呼吸を少しでも整え、ラミーネは<無頭巨人>の全身を受け流すが、その圧の先でがもう一度構えるのを見た。
「出来る事が確かならば試せ!猶予などないぞッ!」
「…呼吸を整えて、集中、頭の中で漂う<精>を掴んで捏ねる。学院で散々やってきた基礎よ、ラミーネ、ラゥ=ミーネ=リダ、私、集中しろッ!」
ラミーネはスピリアの言葉を受け、再び目を瞑り呼吸を整える。
身体を巡る<魔力>は感じずとも、頭の中のイメージを膨らませ、周囲に漂う<精>の隅々まで意識した。
…
その内に1つの思い出がラミーネの脳裏に映る。
それは親友であるシャオリーと共に学院に通っていた頃が浮かび上がった。
今となっては些細な魔術、水を作り出し、水瓶に納めるだけの、極簡単な事。
そんな魔術の練習に何度とシャオリーに水を被らせ、追い回されり、大泣きされ、何度と謝った記憶。
ラミーネは自然に笑みを浮かべ、息を「ふぅっ…」と大きく吐き、目を開けた。
―――ズバンッッッ!!
次の瞬間には水の塊が<無頭巨人>の胸部に直撃し、飛び散った水は即席の雨となって虹を画く。
―――OOoo…?OOOOOoooッッッ!!
<無頭巨人>は何をされたか理解できていなかったようだが反撃を行う事に迷いは見せずに襲い掛かる。
―――ズバンッッッ!!
だが、別の水塊が行く手を阻み、再び押し返した。
何時の間にか<竜>の周囲には複数の水塊が作り出され、円を画きながら<竜>を守ると同時に<無頭巨人>への迎撃を備えている。
―――ズバンッッッ!!
<竜>がその下半身を捻らせ、<無頭巨人>に近付くだけで水塊が容赦なく襲う。
―――ズバンッッッッ!!
<無頭巨人>が拳を振り上げ、踏み込むだけで水塊がそれを阻む。
―――ズバンッッッッッ!!!!
ラミーネが手を振り下ろし、攻撃の意を示しただけで<無頭巨人>に水塊が叩き付けられた。
―――Oo!?OOOoooッッ…
手数を圧倒され、形勢を一気に逆転された<無頭巨人>は幾度と打撃と衝撃を受けて膝を着き動けなくなる。
その様子にラミーネは大きく深呼吸して答えた。
「…私って本当にバカね。こんなデカブツに気を取られ過ぎていたわ。」
「どうした、攻撃の手を休める必要性はないはずだが?」
ラミーネはスピリアの問いに首を振る。
「<アレ>はもう、<倒す>だけならついでに出来る事よ。本来倒すべき敵は…」
足元の混乱に塗れた街を眺めながら、ラミーネは決意を固めていた。
「まず倒さなきゃいけないのはあの目ん玉蜘蛛、そして、それの親玉…ッ!」
自分を死に追いやった<単眼蜘蛛>を次なる標的とし、更にその黒幕を塔の上空に座する<飛行艦>と定め、ラミーネは戦場を見定る。
「しかし、小さき魔物共は下のあちらこちら、無数に散らばって居るのだぞ?この身体では余計な被害を出すだけではないか?」
しかし、スピリアはラミーネの気負いを心配し警告するも、その不安をラミーネは大きく首を横に振り否定した。
「…出来るわ。今の私、いえ、グランの<力>があればそれが出来る。出来る事をやれたからこそ、確信が持てるの。」
彼女の意思は固く強い、何よりその視線、<視る>事に力強さを感じたスピリアは言葉を止める。
「…ありがとう。そして、グラン、力を貸して、アナタの<心臓>に繋がっている今だから、今こそ挑戦し、なし得られる事なの。」
ラミーネは首に巻いた赤い襟巻きを握り締め、本来なら一体と成し今は表に現れないグランに協力を仰ぐ。
すると、赤い襟巻きが爛々と輝き、ラミーネをその赤い光で包み込んだ。
「さぁて、あの高みの見物気取ってる悪党共の鼻っ柱を圧し折ってやりましょうッ!」
その光がグランの何時もの皮肉と嫌味と同時に<同意>を伝えているとラミーネは感じ取り、笑みを浮かべて腕を振り上げた。
―――我が声に応えよッ!<水>の名を受けし、原初の刻からたゆたう者達よ!
<竜>の内なるラミーネの声に呼応し、周囲の水塊が徐々に柱となって周囲を囲み出す。
―――我が望むは奔流、我が渇望は深淵、我は汝らを束ねる王の声!
―――天地を継ぐ海の柱よ、我が意志に応えよ!
―――集いし唸れ!集いし奔れ!汝らが海を駆る様を思い出せ!汝らが水の顎で在る事を示らしめよ!
―――屠る邪気を呑み込み、母の元へと還せ!常世の生を守り、母の恵みと慈悲を与えよ!
続く詠唱に呼応し、円を画く水塊の柱の動きは激しさを増し、螺旋を描き始める。
―――今、海の深淵より引き出し、最も月の道に沿いし大いなる波の力を解き放つ!
―――怒涛の力を以て、我が敵を打ち砕き、荒れ狂う海にて侵しゆく者を飲み込め!
―――海の名に於いて、水を一つに束ね、全てを呑む波をここに創り出さん!
更に水の柱が大きく広がるにつれ<竜>の姿を完全に隠し、遂には水の壁と成ってうねり始めていく。
―――我は汝らを束ねる王の声!<水>の名を受け集い参じた者達よ!我の令を聞き届けたならば応えをみせよ!
最後の一節をラミーネは高らかに叫び、一呼吸置くと静かに目を開く。
―――<大海嘯>…!!
そして、うねる水の壁は広がり、街の全てを呑み込んだ。
―――