35-8.新生
天に向かって伸びる尾先、その先端には尾撃を受け宙に浮かぶ<無頭巨人>。
突如乱入してきた、<竜>の存在に<飛行艦>へと向かうフェイルロゥ一団と無力なまま取り残されたカルマン達はただ呆然とするしかなかった。
赤い仮面のような嘴の奥から覗き込まれているような視線を感じ、それを眺めるフェイルロゥは宙うぃ浮ぶ円盤台座の上で冷や汗を垂らす。
「…ゲウト、コレはお前の仕込みか?」
「い、いえ、私め、は<アレ>の事は存じません。」
フェイルロゥはゲウトを問い詰めるが、彼は眼鏡を直しながら平静を装う。
しかし、内心ではゲウトの胸の内は穏やかではなかった。
「い、如何なさいますか?」
「フハハッ!如何?あの巨体同士に対し、余らが何をできると?せいぜい暴れてもらえばいい、そちらの方が面白いではないか。」
「左様でございます…か…」
ゲウトの質問に対しフェイルロゥは楽しそうに笑いだし、上半身を手摺りに預け、その身を空へ投げ出す。
自分がコレまでに用意したもの、そこから得られるであろう対価、フェイルロゥへの忠心、忠義を示す行為を踏みにじられた事。
フェイルロゥが<竜>に童心を輝かせはしゃぐ姿を見てゲウトは嫉妬を燻らせた。
「<正体>は何だと思う?」
「し、正体にございますか?」
ゲウトはフェイルロゥの質問の意図が読めず、ただ聞き返す。
「それくらいは気になるであろう?偶然に現れたせよ、お前が態々用意した<怪物>を凌駕する存在が、<アレ>だ。」
フェイルロゥはゲウトの返答につまらなそうに答え、アゴで<竜>を指すとゲウトはただ眼鏡を直す。
「その<根幹>だよゲウト。<アレ>はお前の集めてきた<異能>だと思うか?それとも何か<魔導具>、<魔導器>の類か?」
「私めには検討も…」
ゲウトは主の問いに答えを窮し、顔を伏せる。
フェイルロゥはその態度を見て鼻で笑い、円盤台座の手すりに頬杖をついた。
「見ろ、あの<竜>はこうして浮かぶ<余>や姿を露見させた<飛行艦>に<興味>を見せておらん。」
フェイルロゥは円盤台座から見える<無頭巨人>と<竜>の攻防に目を向け、その戦いを傍観する。
「ならば、あの姿は迫る急遽、危機への<自衛>か?<ドラグネス>の<覚者>は<竜>の姿に成ると聞くが。しぃ~、かぁ~、しぃ~、だ。」
言葉を返せぬゲウトへフェイルロゥは煽るように言葉を続け、ただ黙ってゲウトは主の茶番に付き合うしかなかった。
「あの姿はまるで元来をヒトとするなら<ネレイド>、<ドラグネス>ではない。…余は<過ぎたる偶然>は<必然>が隠されてると思っておる。心当たりはないか?感じたものはないか?」
主の執拗な質問攻めにゲウトは内心焦りと怒りを募らせながら、どうにか主の問いに答えようと模索する。
「この余興の為に知謀を巡らせたお前だ、何かあるだろう?何でもよい、コレまで聞き捨てた報告からでも言ってみろ。」
主を失望させる訳にもいかず、ゲウトはただ苦悶し、模索するしかなかった。
「ひ、1つ、心当りがございます。」
「…申せ。」
ゲウトの絞り出した声に、フェイルロゥは嬉しそうに問い返す。
「…<パダハラム>。そちらの鉄仮面の御仁と同じ家名を持つ者に従う冒険者1名が下の<余り者>と接触を致しております。」
ゲウトは苦虫を噛み潰すかの如く、フェイルロゥに報告をした。
「ほう、名は?冒険者とその主の名はなんという。」
「冒険者の方は<不死身の赤マント>と一部に通っております。主のほうは…」
「…<ビルキース=パダハラム>。」
「さ、左様で、ご、ご存知でしたか…」
フェイルロゥはゲウトの返答を予測し、彼の答えを遮った。
そして、眼下の戦いを見つめながら、手摺りに肘を突き拳を握るとニヤリと笑みを浮かべる。
「ふ、ふふふ、そうか、そうか、たまには些末な報告にも耳を傾ける必要もあるものだな。余を許せ、ゲウト。」
「…恐縮にございます。」
ゲウトは頭を下げ、フェイルロゥはその肩を叩きながら労う。
「あぁ、見ろヴァレンツ、お前の1人娘がどういうワケか<竜>を飼っておるそうだぞ。」
「Ahh~…Uoo…」
フェイルロゥは再び眼下の<竜>を眺めながら、鉄仮面の男の肩に腕を回す。
「自分の言った手前で恐れながら、ビルキースと<竜>との因果関係は確定が…」
「…ある。」
フェイルロゥは即答した。
ゲウトが驚き、顔を上げるのを他所にフェイルロゥは続ける。
「父と娘の<縁>が揃って居るのだぞ?あの<竜>は間違いなく、ヴァレンツの娘が仕込ませた<手札>よ、恐らく<お前達>へのな。」
ゲウトはただ押し黙るしかなく、フェイルロゥの洞察力、その思考に畏怖し、そして自分の浅慮を呪った。
「フフフ、ハハハ、なれば<偶然>、<必然>でなく、これは<運命>ではないか、心躍るではないか。そうであろう?」
フェイルロゥは鉄仮面の肩に手を回したまま、更に問い質す。
その口角を釣り上げ笑う姿に、ゲウトはただ言葉なく頷く他なかった。
「だ、が、<運命>というのは<相違>が付き物、今に衝突せぬというなれば、時では無いという事か。しかし、その糸端を余は触れておる、ふむ、さて、どうしたものだろうか。」
フェイルロゥは愉快そうにあごを擦りながら、考えを巡らし始める。
ゲウトはただ主の次の言葉を待つ他なかった。
「…そろそろ到着しますが?」
「うむ、そのままゆけ。」
その時、円盤台座の操縦を預かるゲウトの召使いが声を掛け、一切の視線を向けず、フェイルロゥは答える。
「これ以上の観戦はよろしいので?」
「構わぬ。本当に<運命>と呼べるものであれば、余はあの<竜>を再び見る事になろう。後は報告だけでよい。」
手摺りから肘を放すと共に愉悦の表情が抜け落ち、フェイルロゥは厳格な面持ちに戻り、そう答えた。
「…かしこまりました。」
ゲウトは胸をなで下ろすも、フェイルロゥの鋭い視線にただ深々と頭を下げる。
己が足元の下、余念を欠かさずに準備したこの<混乱>。
それをを突如に現れた<竜>が台無しにし、更には主の興味をも引いている。
ゲウトの心中は穏やかではなく、自身を支える手摺りに力が込められた。
それを見透かすかの如く、フェイルロゥはゲウトを見やりるとニヤリと笑みを浮かべる。
「…ゲウト、<計画>までには時間がある。それまでに余はあの<竜>の正体か、もしくはヴァレンツの娘を拝みたい。…用意してくれるな?」
「……仰せのままに。」
僅かな沈黙の後、ゲウトはただ返答し頭を下げた。
だが、顔を上げた際のその目には<敵意>を宿した鋭さが灯る。
「…頼んだぞ。」
<竜>だけではない、主である<自分>にすら怒りや嫉妬の負の感情が滾るゲウトに、フェイルロゥは顔を背けると喜色満面に顔を歪めた。
―――
―――OOOOooooッッッ!!
唸り声を何処からか鳴らし、<無頭巨人>は<竜>の頭部に拳を打ち込む。
しかし、<竜>はあえてその拳を受けると下半身を捻り、その勢いで尾の一撃を<無頭巨人>に放った。
拳を受けた瞬間、僅かに狙いがズレた尾撃は<無頭巨人>の脇腹を払い、怯ませる。
そして、再び両手を握り合わせると<無頭巨人>目掛け打ち込んだ。
―――ゴヴンッッ!!
金属のような、木材のような鈍く不可思議な打ち合った音が響き、同時に<無頭巨人>は呻き声を上げる。
―――Oooo……OO…
だが、巨体には似合わぬ俊敏な動作で後退、距離を取るも、体幹が揺れ、膝を地に着けた。
「イ、イケるワ☆」
「やれッ!ラミーネ!トドメを刺すんだッ!」
何時床が崩れ出すか解らない壁が崩れた<塔>は見事な<特等席>となり、そこから巨大な怪物達の攻防を鑑賞していたカルマンは勢いのままに歓喜した。
…
しかし、<竜>が一撃を返してから動きは止まってしまう。
そればかりではない、両腕はだらりと脱力し、尾からも先までの戦闘の姿勢は消えてしまっていた。
幸い、まだ<無頭巨人>は立ち上がれずにいるも、<竜>はその好機を追する事ができないでいる。
更には赤い仮面の様な嘴の色は褪せだし、灰色へと変化していく。
「ど、どうしちゃったのヨ!?」
「ボクでもわかるかッ!」
不安ともどかしさでカルマンは隣のミカに掴みかかると左右に振っていた。
ミカも普段の気だるい雰囲気は鳴りを潜め、カルマンと共に<無頭巨人>と<竜>を交互にハラハラと見つめる。
―――
…
深い水の底から浮かび上がるよう、暗い空間の中、ネレイドの女が姿を現わす。
「…意識、魂がこの身体へと戻ったか。」
姿は見えないがまるで隣で囁くように男と女とわからない声がする。
「…ここは?私は家族を、街を、国を、捨てて、それから…海に浮かび続けて…うくッ」
何時の間にか周囲は浅瀬になっており、女は手を床に着き、上半身を起こすと頭に走る痛みに顔を歪ませる。
そして、女は自分の記憶の混濁に頭を抱えた。
―――ラミーネッッ!起きろッ、ラミーネッ!
「そう、私はラミーネ、ラゥ=ミーネ=リダ…、ラゥ=ミーネ=リダ…、ラミーネ…」
漠然と<外>から自分を呼ぶ声に反応し、女は名を確認するように口に出す。
だが、痛みと共にそれに呼応するように鋭い頭痛が走った。
「んぎッ!?そ、そうだ!私、そう、確か瓦礫に潰されて、でも何とか脱出して、そこから魔物みたいなのに囲まれて…アレ?死んだ?生きてる!?」
「…少しは<自分>が戻ってきたか?」
姿無き声は少し呆れた仕草の声でラミーネに安否を問う。
「アナタは…?いえ、その口ぶり、聞き覚えがあるわ!アナタ、ピアに取り憑くヤツね!」
「…我が母への侮辱でなければ我を何と言おうが構わぬ。」
周囲を何度と見渡し、ラミーネはその声の主に対し強く言葉を投げかける。
「…ちょっと待って!?何でピアの中に居るヤツが私の中に居るみたいになってるのよ!?」
「なるほど、これが<やれやれ>、というヤツか。」
声はラミーネの感情が右往左往する様を見て姿は持たずと鼻で笑い受け流してしまう。
「簡単に説明してやる。お前は死んだ。我らはその骸を見つけ、我が<同期>の力を軸にお前の身体を作り直してる最中だ。」
「…我ら?ピアが私を<蘇生>させているって事!?」
その質問をしたとき、この場、いや、ラミーネの身体に強烈な衝撃が走った。
「きゃあッ!?」
見えない力にまるで蹴り飛ばされたようにラミーネは悲鳴を上げ、その場に倒れ込む。
「流石に身体の修復と同時に行うには限界か。アイツにしてはよくやったものだ。」
「<アイツ>?ピア以外に誰かが戦っているというの!?」
ラミーネの質問に声は答えを返さなかったが、ラミーネは自身の左腕に赤い襟巻きが巻かれている事に気が付いた。
「まさか、グラン!?いや、でもどういう…?」
「うろたえるな、女。今、我らはあの赤き者の力で<竜>として一体と成っているのだ。だが、アイツはお前の身体を直すのに意識の殆どを持っていかれておる。」
「…<竜>?私が?」
両手をを見ると、ラミーネの目にはぼやけて自分の腕ではない怪物の腕が重なって映し出される。
「女、意識の主導権を取れ、いまこの身体を扱い、<眼前>の敵と戦えるのはお前しかおらぬ。」
声はラミーネを鼓舞し、意識を戦いに向けさせた。
ラミーネの次に目には<無頭巨人>が映し出され、更には奥の崩れた塔からはカルマンとミカの姿も確認できる。
「もし、私が何もしなかったら?」
「…愚問。お前は再び死ぬ。それどころか我が母も命を落とす事になるだろう。それだけは許さぬお前を呪う。」
声の返答に、ラミーネの心を不安が支配し始める。
しかし、歯を食いしばり、それを押しやると勇気を振り絞ては立ち上がり、<無頭巨人>を鋭く睨んだ。
「だったら!<お姉ちゃん>が守ってあげなきゃダメじゃないの!!」
左腕の赤い襟巻きを引き剥がしラミーネはそれを勢いよく首に巻いた。
―――