35-4.新生
突如消え失せる視界が徐々に光を取り戻していく。
しかし、その光は部屋を薄暗く照らしていた円卓中心部にあった水晶球ではない。
部屋の壁、つまりは街の中心に聳え立って居た塔の厚く強固な壁が崩れ、そこから差し込んだ陽の光であった。
「…うっ、くッ。」
視野を取り戻しつつある者は慣れぬ強烈な光、その中には1人の男の影を見る。
男は目頭を押さえ、眼鏡を照らしゆっくり周囲見渡していた。
「…いやはや、私とした事が大失敗を致しました。皆様、申し訳ありません。」
男はそう言いながら光の先へ振り返ると、両手を広げては<失敗>とは思えぬ身振りでその先に見えるもの迎える。
「やはりこういったものは順序良くお披露目を致したかったのですがね。フッフフフ…」
部屋の隅へと吹き飛ばされていた<錬金六席>の内5人は、立ち上がりゲウトを睨み付け、視点を絞り崩れた壁を覗く。
―――OooooOOoo…
「…こ、これは。何じゃ?この、<バケモノ>は。」
光の先から覗かせたその存在は今居る<塔>と同等をなす巨大な白い人影。
それは見るからに<巨人>とも言えるが、肝心の<頭>が存在しない。
頭があるであろう首の断面部は口になっており、巨大な歯が不規則に動いては涎を床へ垂れ流す。
「私めが作り上げていた<人造魔物>と言った処でしょうか。とはいえご覧の通り、余りにお行儀が良くて静かなものですが。」
<無頭巨人>は塔に腕を乗せ、剥き出しの歯と口をこちらへ向けてはいるが、手も脚も出さずに只々静かに呼吸の唸りをあげていた。
「サハディー卿、卿が見せたいものは<それ>か?」
「いえいえ、<アレ>は手違いです。皆様に披露したいのはこの<筒>、まだ<サプライズ>にも成ってはおりませんよ。」
立ち上がりっては今にも身を乗り出しそうなアンドンはあくまでまだ冷静なゲウトに問い掛けるも、彼は肩を竦めながら首を横に振り、指先で眼鏡を直す。
「…ベルゼーッッ!来いっ!ベルゼーッ!!」
次に壁に手を着き立ち上がった、ミカは普段は出しもしない叫び声を上げ、従者の名を呼び付けた。
「おやおや、いけませんね。まだ議会の<最中>ですよ、アケアルダ卿?」
その行為にゲウトは袖口から掌ほどの小杖を取り出すと先ほど握っていた<筒>に向ける。
―――Gi?Gigigi…GiGi!!
「彼らを少し静かにさせなさい。以上余計な事はしないよう。」
「Gi…!!」
「GiGi…!!」
すると今度は何処からか一つ目に蜘蛛の様な脚を持つ異形の魔物が複数現れ、次にゲウトが杖をそれらに向けると魔物達は5人へと襲い掛かった。
「貴様ッ…!」
「イヤーッ!キモチ悪ぅ~~イ~~~☆」
次々と<召喚>された<単眼蜘蛛>はゲウトからの命令を受けると屋内を跳ね回りながら脚を広げ、5人を押し倒しては拘束していく。
「くそッ、ベルゼーが居れば…」
「こ、小僧!キサマは所詮<代理>じゃぞッ!こんな事をしてタダで済むと思っているのか!?」
数対に羽交い絞めにされながらミカは苦虫を噛んだ様な顔で呟き、スタイブはゲウトを罵倒する。
「あぁ、皆様方の従者はこの塔の地下に待機させて貰っています。…今の状況ですと、下手をすると生き埋めになっているかもしれませんね。」
しかし、それに対してもゲウトは外の<無頭巨人>を見ては只々微笑んで見せるだけであった。
―――Gi?Gigigi…
―――GigiGi?gi…
5人が拘束され、部屋は静かになったが依然として<召喚>は止まず、魔物の鳴き声は絶えない。
行き場の無くなった<単眼蜘蛛>達は崩れた壁から外へ外へと飛び出して行く。
「おや?おやおや。」
ゲウトは小杖を何度と<筒>へ向け、静止の確認が取れないと杖を掌の上で叩いては向けるを繰り返す。
「これはこれは、<召喚>が止まらないみたいですね。困りました、やはり<魔導具>では<異能>に対し刺激を与えられても機能の掌握はできないようです。」
「…ゲウトちゃん、いや、ゲウト=サハディー。アナタ、<ワザと>やっているわネ。」
カルマンの問い掛けにゲウトは杖先を弄り、眼鏡を直しては笑みを見せた。
―――随分と騒がしいだけで、段取り通りには進んでいないようだなゲウト。
突然、歪んだ扉の隙間からはこの場に聞いた事の無い男の声が響く。
「申し訳ございません<閣下>。何分、私は<代理>で<若輩者>。故にどうかご容赦を。」
ゲウトは扉に一礼すると杖を取り出しては向ける。
すると、命令を受けた<単眼蜘蛛>は扉へと集まっていき、歪んだ扉をこじ開けだす。
「GiGi…!」
「Gigigigi…」
扉は倒れ込むように開かれ、埃が舞い、そこには2人の人影が立っていた。
その内の1人、<閣下>と呼ばれた男はそう呼ばれるだけの格好、豪華でありながら古く威厳を積み重ねた法衣に身を包み、その姿をゲウトは確認すると深々と一礼する。
「…」
そして、もう1人は鉄仮面で顔を覆い、ただ黙して隣の男の進む後を付いて歩く。
<閣下>と呼ばれた男は白髪混じりの髪とヒゲを持ちながらも体格には恵まれており、鋭い眼孔で5人を見据えた。
「フム、まぁ、いいだろう。進めろ、ゲウト。」
「閣下の寛大なお心、感謝します。」
ゲウトは<閣下>に再び一礼し、男は崩れた壁へと向かって進む。
「……お、お、お、思い出したぞッ!お前は<フェイルロゥ>!かつての<錬金六席>、<ハサラヴ=ハーン=フェイルロゥ>ではないか!?」
スタイブの驚きに男は足を止め、ゆっくりと振り返る。
「誰かと思えば、<老犬>か。未だその程度の<席>にしがみ着いているとはな。」
「わ、若造がッ!<錬金術ギルド>にすら居場所を無くしたヤツが今になって復讐でもしに来たか!?」
拘束されたまま、スタイブは歯を食いしばり目を血走らせながら吠える。
しかし、それにフェイルロゥと呼ばれた男は肩を竦め嘲笑した。
「フッ。フフフ、ハハッ、復讐。そうか、<復讐>か。確かに、そうかもしれんな。」
そして、そのまま歩き出し崩れる壁の前に立つとゆっくりと振り返る。
「ゲウト、彼の仮面を。」
「御意に。」
ゲウトは鉄仮面の男の後ろに立ち、鉄仮面を外す。
卵を割るかの様に仮面は左右に開き、長い髪が垂れ、その頭部が露わとなった。
「おぉ、友よ、すまない。君の顔をこんな場で晒してしまう事となって。そうだ、<復讐>。それがあるとすれば君しか居まい。」
鉄仮面の男の頭を優しく撫で、フェイルロゥは抱き寄せると長い髪を梳く様に撫でながら顔を見せるようにする。
「…」
その顔にスタイブは目を見開き言葉を失い、もう1人、アンドンも同様であったが、静かに涙を流した。
「…そんな、そんな、貴方は、貴方は、パ、パダハラム…。ヴァレンツ=パダハラム卿…その様なお姿に…」
「パダハラム!?つまり、彼は…」
アンドンが口にした名前に反応し、カルマンはもう一度その顔を食い入る様に見つめる。
「見たまえ、ヴァレンツ。君をあの様な目に合わせた<錬金六席>も今や何も知らない若造共とあの老い耄れ犬だけだ。」
「Uuu、Ahaaa…」
フェイルロゥは抱き寄せた男の耳元で囁くと彼は小さく唸り声を上げだす。
「…だが、もう案ずるな、<錬金六席>、いや、<錬金術ギルド>は今日が崩壊の始まりとなるのだ、お前は余と共に来ればよい、友よ。」
「ば、馬鹿な、馬鹿な!そいつは死んだはずだッ!20年前、確かに!そう、20年前<お前達3人>は<錬金六席>から席を追われたではないかッ!」
スタイブはフェイルロゥと男の関わり、そして死んだはずのパダハラムが今此処に居る事へ声を荒立てる。
「…そう、彼はビルキースの父君だ。あの方とは子供の頃から交流を持ち、俺も当時、葬儀に参列したからよく覚えている。」
「じゃあ、彼は所謂<ゾンビ>っていうの?もう1人は<屍霊術師>か何か?」
「…」
カルマンは推測を投げかけるが、アンドンは答える事はなく、眉間にシワを寄せ只々2人を見つめ続けた。
「…それで、<アレ>は動くのだろうな?」
「はい、直に動くかと存じます。」
<無頭巨人>を見据え、フェイルロゥはゲウトに問い掛けると彼は微笑み答える。
「ならば良しとしよう。余は貴様の策に乗ったのだ、ゲウト。過程はよい、礼節もよい、だが、成果に関しては期待を裏切ってくれるなよ?」
「閣下の寛大な心にお答えする様、このゲウト、尽力いたします。」
フェイルロゥはゲウトの肩に手を置くと鉄仮面の男、パダハラムに向き直る。
そして、髪を梳き、頬を撫でると彼は再び微笑んでパダハラムへ鉄仮面を被り直した。
「儂を…!儂を無視するなッ、若造ッ!」
怒りに身を任せ、スタイブは叫び声をあげる。
「…まったく。変わらぬ、変わらぬな<老犬>。それに…」
フェイルロゥはスタイブに向き直り、それから残りを見下すと、鉄仮面のパダハラムを見やる。
「フム。黄泉路の手向けと言うヤツか。そこの老い耄れに余の名を定められるのも癪だな。」
「…閣下。」
杖の石突を鳴らし、5人の前に一歩踏み出すフェイルロゥにゲウトが止めようとするも視線で制された。
「改めて名乗ろう。余の名はハサラヴ=ハーン=フェイルロゥ。だが、それは20年前の名よ。」
そして、フェイルロゥは5人へ杖を突き付け、高らかに声を上げる。
「今の余は<ハサラヴ=ハーン=フェイルロゥ=リグ=グランロード>!!<十都新皇>が一を継承し、かの<覇王>に最も近い者也ッ!」
その名乗りは塔内に響き渡り、5人の耳へと届く。
しかし、5人はただ呆然とするしかなかった。
それは余りにも現実離れした内容であり、理解の範疇を逸脱していたからだ。
「グ、<グランロード>!?いいのかしら?称号として<ソレ>を名乗るのなら、験担ぎに名の一部を肖るのとはワケが違うわよ?」
カルマンの問いにフェイルロゥは高笑いを見せる。
「ハハハッ、そうであろう、実にだ、まったくだ!」
だが、彼は一頻り笑い終えると再び5人へ向き直った。
「確か、この5人の中、<錬金六席>の実態を探っている者が居ると聞いたが?」
その問いにゲウトの視線はアンドンとカルマン、そしてミカへ向かう。
「結構、結構。地位に甘んずる事無く、研鑽し、見えぬモノを暴こうとするその姿勢、余は評価しよう。だが…」
フェイルロゥは杖を地面へ突き刺すとゆっくり息を吐く。
―――手緩い。
ぼそりとつぶやかれる言葉、覗く眼光は鋭く、まるで5人の心臓を視線で射抜くかの様に見据えられた。
そして、フェイルロゥは踵を返すと<無頭巨人>へ向き直る。
「余の耳に、何も届いておらぬ。他の<十都新皇>の口からも我らの地位が脅かされる者達だと危機感を覚えさせぬッッ!」
フェイルロゥの怒りは<無頭巨人>へ向けられ、その身から魔力が迸る。
「些末ッ!些末ッ!些末ッ!実にィッ、些末であるッ!!貴様達の行動は野良犬が家々の角に小便撒き散らすのと同程度よッッ!!」
<無頭巨人>の全身が光を帯び、震え出し、部屋全体が軋む音が鳴りだした。
「…閣下。」
「ウム。」
ゲウトに手渡された小杖を掴むと、フェイルロゥは5人に向かってその小杖を振り下ろす。
―――Ooooooo… ooo… OOOOOOOoooッッ!!
<無頭巨人>からの光が収まるとそして、その巨体は動き出し、塔へと襲い掛かった。
―――