35-2.新生
あくる日の朝、グラン、ソウシロウ、戻ってきた全身を白亜の鎧に包んだ大男、ゴリアーデが加わる。
3人は館の先の一室に互いの顔を伺い、とりあえずの無事を労うと、弾んだ声の部屋の内の一角へと視線を向けた。
「ン~~ーッ☆今日の肌には別の色に合わせた方がノリがいいかしラ?」
そこには手鏡を覗き込みながら、何度となくクルクルと回転しては様々な角度でポーズを取るカルマンが鼻歌交じりで行っている。
「…カルマン様は何時も綺麗でいらっしゃいますよ。」
「フフン。アナタも今後は化粧の色々な事を覚えていかなきゃダメよ、エフィム?」
カルマンの化粧をエフィムが彼女の身だしなみを褒めると、カルマンは上機嫌に返した。
「向かう時間はよろしいのでござるか、カルマン殿?」
「そんなのはモチのロン☆アタシを誰だと思ってるのかしラ。」
ソウシロウの言葉にカルマンは手鏡とテーブルに広げていた化粧道具を纏めると、指を鳴らしてはポーズをきめて振り向く。
「<錬金術ギルド>のちょーおエラい、<錬金六席>の一席様でしたっけー?そんな方が化粧で遅刻をしていいんですかね。」
3人はカルマンの用事が済んだ事を確認すると彼に近づき、グランは皮肉で返し、ゴリアーデはカルマンに一礼をする。
「ダメね、赤マントちゃん。アタシは<錬金六席>、錬金術師の前にタダの<オトメ>、化粧や身なりを整えてナンボ、許される事なのヨ☆」
グランの一言に顔を軽く膨らませた後、前髪をかき上げながら全身を撫でながらにポーズをキメるカルマン。
「…ナニイッテンダコイツ。コレ、グーで行けば直るか?グーで。」
「赤法師殿、止すにござる。」
その様子に苦笑うソウシロウとエフィム。
「それで、オレ達は今日これからはどうすればいい?」
そして、ゴリアーデがカルマンに今後の行動方針を尋ねると、カルマンの顔付きが変わった。
しばらく両目を閉じ、何やら思案をするカルマン。
やがて、考えがまとまったのか片目を開くと3人へと視線を送る。
「そうね、今度は3人で昨晩の巡回ルートの見回り続けるのをお願いしようかしラ。」
「…3人、にでござるか?」
聞き返すソウシロウにカルマンは静かに頷き、真面目な視線を3人へと向けた。
「えぇ、3人でよ。他の者達も時間をずらして動かすワ。」
「随分と<総力戦>だな。昨晩は結局何も異常は見受けられなかったんだろ?」
カルマンの物言いにグランは側の椅子に肘を掛けては不敵に笑う。
その言葉にカルマンは頭を左右に振り、テーブル端に腰を掛けると鋭い視線を彼ら3人へと送った。
「…そうなるわネ。勝負は議会が終わる予定の今日の夕暮れまでと見ているワ。」
「「「…」」」
カルマンの言葉に3人が息を呑み互いに視線を交わすと、室内の緊張感が一気に高まった。
「それは今日の間に何か<起きる>という事ですか?」
エフィムの心配そうな問いにカルマンは何時もの笑い顔を含ませえた表情を見せる。
「<確実>ではなくてヨ。けども、何か<起こす>なら、アタシはどうするかを考えてみただけ。取り越し苦労ならそれに越したことはないわヨ☆」
カルマンの言葉にエフィムは静かに頷き、肩を落とす。
「確信得られない事に気苦労を積ませるもんだな、お偉いさんってのは。」
「えぇ、お陰で肌のケアも疎かにできないワ。でも肌でナメられたらそれこそお家の沽券に関わるもノ☆」
何時もの調子に戻るとグラン達は肩を竦め場の緊張感が少し和らいだ。
「それではせめて、貴方の考えだけでも聞かせてくれないか?その方がオレ達も多少は対応がつく。」
ゴリアーデの申し出にカルマンは再び両目を閉じて思慮を巡らせる。
「…アタシは今回何かを<起こす>ならこの街へ<混乱>を引き起こす。そう考えているワ。」
「以前に言った<暗殺>じゃないのか?それじゃあ<標的>が絞られて無さ過ぎるだろ。」
グランはカルマンの答えに否定的な言葉を返すも、ソウシロウとゴリアーデは沈黙する。
「<標的>は一席か二席の<失脚>、でもそれは恐らく絞られたモノではないワ。<目的>は<空席>を作る事。」
「別にそれは尚の事に<暗殺>でも済むのではないか?」
ゴリアーデの質問にカルマンは椅子に座ると手を組んでそこにアゴをのせて一息吐く。
「<空席>を埋める<選定>が変わってしまうのよ。事件、事故による<死亡>だと<錬金六席>預かり知らないところで席が<埋められて>しまうノ。」
「では、<失脚>の場合は如何様に。」
ソウシロウの問いにカルマンは長い溜息を吐いた。
「<失脚>の裁定は<錬金六席>の<議会>の上で行われるワ。更に席を埋めるのに各席で候補を意図して上げられるのヨ。」
「それは味方を増やせるそちら側にも有利な話ではないのか?」
カルマンの言い分にゴリアーデは不利な要素を感じず、疑問を呈す。
「今、アタシはミカちゃんともう1人が手を組んでる最中。つまり<六席>の半数を担ってるワ、例えランダムで<失脚>を狙っても味方を減らすだけヨ。」
「…内情をペラペラと語るもんだな。」
するとカルマンは彼の問いに首を横に振っては椅子に座り直し、ゴリアーデへと向け、そこへグランは皮肉めいた事を口走る。
「えぇ、そこは赤マントちゃん。アナタが居るから良しとしてるからネ☆」
「…?」
カルマンの言葉に、グランは首を傾げ、残り2人も互いに顔を見合わす。
「<空席>が出来た場合、強く候補に上がってくるのは恐らく<ビルキース=パダハラム>だからヨ。」
「はぁッ!?何でまた、そもそもアイツはアンタ達と対立してるんだろ?いや、それにそうなるなら、<協力>を願うアンタにとってはご都合じゃねーか!?」
カルマンの補足にグランが素っ頓狂な声を上げる。
そこにエフィムがカルマンの前にカップとポットを差し出し、カルマンは自分の手で茶を淹れては口にした。
「…そう、<協力>して欲しいのはこの<大陸中央部>での<競争相手>としてよ。そして、<錬金六席>への加担を拒んで欲しいノ。」
「意味が解らん…」
矛盾する答えにグランは頭を掻き、椅子の背もたれに体を預けると天井を仰ぐ。
「カルマン殿はこの地での<独占>を遭えて望んでいない、という事にござるか。」
「…この地は<商売>で潤すにはまだまだ住人達の豊かさが足りていないワ。豊かなのは一部の権力者、それこそ<独占>なんてしたら簡単に干乾びちゃうわヨ。」
ソウシロウの言葉にカルマンは一息吐くと、カップをテーブルに置き、口に手を当ててはお手上げの仕草を取る。
「じゃあ何で、その仮に<独占派>は俺のボスを担ぐつもりになるんだ?」
「それはアナタのボスがこの地で顔が<利く>からよ。<独占派>が取り込みたいのは当人でなく彼女が築いた<信頼>なノ。」
カルマンの答えにグランは眉間に皺を寄せ、言葉を選ぶ。
「この地で商売したいのは<錬金術ギルド>内では合致してるんだろ?いいんじゃないか、俺のボスが居なくても、豊かになるまでアンタ達が<サービス>すれば。」
「…その<ツケ>、誰が払う事に成ると思う?」
「…うっ。」
皮肉を発した時点でグランはその脆弱性の存在に気付き、バツが悪そうにカルマンから視線を逸らす。
それはつまり、<錬金術ギルド>の本山、大陸西部の経済域を揺るがす事となる。
商人ではないグランではあるが、冒険者暮らしによる物価の変動に苦しめられた事が無い訳ではない。
「そして、今の<錬金術ギルド>には<サービス>できる台所事情を適えられないって事ネ。」
カルマンは茶を啜り、優雅微笑む。
「…わかったよ、アンタが見る<敵>の像は。んで、事が起きるとして、誰が<失脚の候補>にあがりそうなんだ?」
カルマンはカップを皿に戻すと一瞬沈黙し、再び目を閉じて考え込む。
「<物流>の大半を担ってる一席があるの。<大鉄道>への被害、それにこの街で議会を開けるように口通ししてきたのもその一席。顔を泥塗れにするのなら<彼>なんだけど…」
「何やら迷いが見受けられるでござるな。」
カルマンは小さく息を吐き、再び考え込む。
「…彼、<独占派>なのよネ。そして、今の立場から身を犠牲にするとは思えないワ。」
―――ジリリリリリッッ!!
カルマンの言葉が一瞬の静寂をもたらした後、ベルの騒音が部屋を駆け回りだした。
「アラヤダ!とうとう時間一杯になっちゃったじゃないノ☆」
カルマンは椅子から飛び上がるとその長身痩躯を伸ばし、エフィムにカップを返しては、3人は目配せをする。
「おい、具体的な要素がまだ纏まってないぞ。」
「そうねぇ、とりあえずヒト同士の荒事や事故を目にしたら、武装集団でも無い限り<介入>は止めて、街の自警と線引きは守って頂戴。」
身だしなみをテキパキと確認するとカルマンは黒い色眼鏡を館の外へと向かいだす。
「…お気をつけて、カルマン様。」
「心配ないわヨ☆何も起きなければ同僚と口喧嘩してくるだけですもノ。」
そして、エフィムが見送りの言葉を掛けるとカルマンは返事と共に彼女の頬へ軽く口付けをする。
「なーーー!?なななな、何、エ、エフィムさんに、な、何やってんだアンターッ!?」
それを目の当たりにしたグランは驚きのあまり目を丸くし、口をパクパクとさせた。
「…アラ、言ってなかったかしら?エフィムはアタシの<婚約者>よ?」
「ふ、ふぃあん…」
顔面蒼白となるグランに対し、エフィムは顔を赤く染め、俯いた。