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紅い喰拓 GRAN YUMMY  作者: 嶽蝦夷うなぎ
・それは不死身の赤マント
17/232

5-2.満月が重なって

 「いらっしゃいませ、ご利用を承ります。」

「最新の伝文受け取りと換金を。」

「ではこちらに記載と手帳、換金対象の提出をお願いします。」


「請け賜りました。後程お呼びしますのでお待ちください。」

受付の女性は男の冒険者手帳に判を押すと受け皿に置かれた袋と用紙と共にカウンター奥へと消えていく。


幸い外延の区画を繋ぐ門には検問がかかっておらず西区へと移動した私はたちはまず男の用事を済ませる事になった。

男の<用事>とは冒険者ギルドでの手続きの様で既に幾度もやった馴れた手で工程を済ませている。

「何をキョロキョロしてるんだ、アンタ。」

「いやぁ、私、この手の冒険者ギルドとか余り通わないから…」


「それにしても静かな場所ね…」

自分達以外にも若干名の冒険者達がギルド内には見受けられた。

依頼や注文を張り出す掲示板はもちろんギルド内の資料や地図を覗き込んだり立ち話などをしているが会話をしている者は何処か顔に緊張感や生真面目さがうかがえて普段自分がみかける互いに武勇やヘマ話を語り合う<ギルド>の賑やかな雰囲気ではなかった。


「あぁ、アレか、アンタ酒場兼のギルドとかのそっちの常連者か。」

「普通冒険者ギルドって言ったら酒場の中じゃない?」

「酒場ねぇ、飯と人探し以外はどーも苦手なんだよなぁ、あそこ。」

「ふぅん…」

男は首をかしげピンと来ないという仕草をみせるが私にとってどちらかというとここは学校の図書館に近しく静寂を是とするような空間であった。

それは何処か他者を拒むまでもいかずとも距離を置き必要最低限の流れだけで営んでいる様がどこか寂しさを感じずには居られない。


「そうね~、なんかアナタって人付き合い苦手そうだし。」

「ほっとけ。」

何もせず時間が経過してしまうのが惜しいが待合の広間に並べてある長椅子に腰をかけ男の呼び出しが掛かるのを待つ事にした。


男は腰を下ろすとそのまま手に持っていた手帳を開きポーチからメモ束と鉛筆を取り出して紙に向かいはじめる。

おそらくは会計処理など予定の事務処理をしているのだろう。

複数人のパーティで活動している私達はもっぱら学問知識の高い仲間に半ば押し付けているのが常である。

一人身ながらの清算の手際に関心するがただ黙って待っているのは私にとってはとても退屈であった。


「ねぇ!そうだ、アナタへのお詫びになるかじゃないけど、私達のパーティに入らない?そうよ!それがいいわ!」

「…何だ、藪から棒に。」


「ふっふっふ。」

「だから何だよ急に、気味悪いな。」


「私達が中央区の権力者との謁見する事になったのは言ったわね。」

「あぁ、お説教スタイルで聞いた。」


「で、そのかいあって私達は<専属>先が決まりそうなの、<専属>よ!<専属の冒険者>!」

「何処に泥酔して他人の部屋に不法侵入する信用ならない<専属>が居るんだよ。」

その都度はいる余計な一言に私は眉をひそめたが話を続ける。


「もう、茶化さないでよ!」

「ふーん。<専属>ねぇ、そんなに嬉しいものなのか。」


「むー、何よその薄いリアクション。自慢しがいが無いじゃない。」

「ただの自慢だったのかよ。」


「まぁ新入りだと最初はパーティ内の権限は小さいかも知れないけど。」

「はぁ…」

「アナタ、剣を扱えるんでしょう?」

「まぁ伊達や酔狂で帯剣してるわけじゃないからな。」


「それにそうきっと魔法も結構イケるクチね!家系もあって私こういうのに見る目あるんだから!」

「まぁ基本一人だから手広くは扱える様にしてるが。」


「立ち回りの器用な事はリーダーのフレインができるけど、器用貧乏でも色々できるメンバーが居るのは心強いわ。どう?」

「……好き勝手言ってくれるね。」


「ま、誘ってくれて悪いんだがな、俺は既にその<専属>とやらでやってきてるんでね…他の連中とは長期に組めないんだよ。」

「はい?」


「いや、だから俺はもう定まった雇い主がいるの。」

男は手帳を持っていた掌をくるりと返し背表紙を見せる。

そこには専属先が決まった証の焼印が印されていた。


「えーっ!」


「ないないないない!やっぱ!ないないないない!」

「イチイチ騒ぐねアンタは。」


「普通<専属>を続けている様なら身形がいい装備になるでしょう?」

「そこかしこに魔法玉があしらわれた貴重な素材で作られた武器防具で身を包んで。」

「宿は常にスウィートルームで豪華な食事、芳香な花風呂に漬かって、マッサージを受けて、寝酒には極上の葡萄酒をたしなむ日々…。」

「それもう冒険者してないだろ。」


「それに比べてアナタ!」

「…おう。」

「髪はボサボサだし!、外見は赤一色でボロだし!、剣もなんだか骨董品みたいじゃない!」

「アンタは俺にケンカを売りに湧き出てきたのか。」


「じゃあ少しは身形に気合入れなさいよぉ。夜中にそんな姿でうろついて居たらアンデットだと思われるわよ。」

「生憎色々と各地を回らざるえないんだしコレでいいんだよ。派手な装飾や衣装にイチイチ修復や点検の時間かけてられん。」

男はこちらを実に不思議そうな目でみている。

<専属>なんてそう容易く就けるものではないのだ。

安定した収入はもちろんだが冒険者の間では<一種のステータス>と化しそれに不要な夢を抱いて無茶をする者も多い。


「あ…実はすごい借金抱えてるとか?」

「抱えていない。」


「…はずだ。」

だが<専属>のこの男は手帳とメモに目を通し言葉につまっていた。

金銭などに思ったほど余裕がないのだろうか?


「ところで何処の専属なの?」

「それをこれから同類同業者になるヤツに言ってどうすんだよ。」

「えー見せてよー。」

「えぇい、覗くな!」

私は冒険者手帳を取り上げようと押しかけるが男は手帳を遠ざけ当然抵抗する。


「ひっさつ!回り込み!」

「あ、おい!」

だが私は脚をうねらせては身体を一気に伸ばし男の反対に移ると遠ざけていた手帳を難なく取り上げた。


「えーと。ビルキース=パダハラム。」


「なぁーんだ、個人専属か、てっきり大手ギルドとかにでも属してると思ったのに。じゃあそんな儲からないのも当然かぁ。」

個人の専属も居ないわけではないただ個人の依頼はそれこそギルドに依頼を出せばいいのだ。

個人に専属するのはだいたい定期的に需要のあるものを納品し続けるいわば使いっパシリ。

そして当然定期的に仕事を回す分ギルドに依頼するよりも安く足元を見られてしまうののが定説だ。


「相手に酷い事言ってるぞアンタ。ったく一応は誰にも言うなよ。」

私が落胆したところを男は手帳を取り返し懐にしまいこんでしまった。


「…番でお待ちのグラン様~。お待ちのグラン様~。受付に要らしてください。」

「おっと、呼ばれたか。」

(グラン…)

そうして従業員から<グラン>と呼ばれた男は先程のカウンターへ向かっていった。


「あとこちらをどうぞ。」

「通話機?」

「あのー、俺は伝文を…」

「えぇ、ですので直接ご連絡をあげたいとご連絡先のお客様が。」

貨幣の袋と差し出されたのは通話機、立場ある役職や資産家達が使っている遠方と会話のできる<機械>だ。

酒場のギルドでもカウンター越しに従業員が業務として使っている様は見受けられるが一個人がこうして使う所は中々見られない。


「…はい、もしもし。」

グランは赤いマントからその手を伸ばし貨幣袋をしまい込むと受話器に向かって声をかけた。



『何時まで油を売っているんだ!!この大馬鹿モンがぁぁぁぁぁッッーー!!!』

少しの静寂の後、室内に怒号が受話器を当てたグランの反対側の耳から響き渡りその残響が周囲の者の耳をつんざく。

周囲もそれに驚いたのかいっせいに視線がこちらへと集まっていた。


「い、いきなりうるせーよ!他にもヒトが居るんだぞ!」

軽く怒鳴り返し周囲を見渡すとオホンと咳払いをして<グラン>はその場にしゃがみ込みボソボソと通話を行い出す。


「それで、何。いや、あー、うん。」

「だーかーらぁ、こっちも色々巻き込まれたりなんなりでな…」

「ハイ、あー、うん、それで、ハイ。」

「あー待て、メモを…。うん、もっかい。」

「わーかったって、わかりましたよ。ハイ、…ハイ。」

「ハイ、スイマセンッシタ、イゴキヲツケマッス。ハイ。スイマセン。ハーイ。」


そうしてやり取りを終えた通話機はチンッと軽い音を立て静かになった。


グランは宿で見せたときよりも激しく長い溜め息をそのまましゃがみ込んだ状態で吐いている。

流石に宿から見てきた小煩く何処か強気だった姿勢との落差に吹き出す笑いを抑えられなかった。

「プッ、クスクスクス…」

「わらうなよ!クソッ…」

あまりな姿に周囲に目を逸らすがカウンターの従業員も後ろを向いて笑いを堪えている。


「…まぁこれで用事もすんだから北区へとっとと行くぞ。」

「はぁい。」

「いいか、口外するんじゃないぞ。アンタもこれから専属ってのになるならな。」

「はぁい。」

グランは立ち上がると首もとの襟巻きを深くして顔をできるだけ見せないようにしている。

最初に顔を合わせた頃とは彼の印象はもはや塗り替えられ私はどこかににこやかに成っていた。


「あ、あのー、差し出がましいかもしれませんが。」

「「はい。」」

ギルドから発とうとする私達に先ほど笑いを堪えていた受付の従業員が声をかけてきた。


「西区から北区への門でしたらあと半刻もしない内に閉められてしまいますよ。」

「「…はい?」」

「…アレ?他の区には通達が行ってないのかしら?西、北区間の壁は崩落が見受けられた部分があるから夕刻前には閉じるって…」

「「…はい!?」」


―――


赤いマントの解れた裾が風になびかれゆらいでいる。

「壁の高さは三身半、は低いか…五身未満から四身弱って所かね。」

グランは額に手をかざし壁を見上げてはその高さを目測していた。

「はぁ~…」

一方の私は適当な段差に腰を下ろしここまでの急ぎ足でたどり着いた反動で溢れてくるその疲れを少しでも休めていた。


日は傾きだしており、その陽射はやや黄金色(こがねいろ)を帯びだし街の鐘はここに着く前に既に三つ鳴り終えている。

西と北の区を隔てる壁を唯一通すその門はすでに頑丈な鉄格子が降ろされていた。

堅牢さに自信があるのか門番すらも引き上げ人の気はすっかり去っており、足元を凪ぐ風と時折私たちと同じで道先に頭を抱え来た道を戻る人の様がまだ温かい空でありながらどこか冬初めを思い出すような寂しさがあった。


万事休す、四面楚歌、八方塞り、飛竜尾断。

仲間のシャオリーとの会話から教わったそんな窮地に陥った時の言葉が脳裏を過ぎる。


「あ、あの猫があんなところに…」

目の前を遮り、そして聳え立つ障害をぼんやりと見上げているとそこには南門に向かう際に別れた灰茶色の猫が城門の壁の上を歩いていた。

猫はこちらへは気付く事も無く、壁の上をのん気な歩みで中央区側へと渡っていく。


「はぁ…猫はいいわね。区分けの壁なんて気にせず自由に行き来できるんだから。」

「それをアンタが言う。」

「私だってどうやって来れたのか覚えてないんだからしょうがないでしょ…」

だが実際私はこの目の前の壁では無いかもしれないが壁を渡って反対側の区まで越えてきたのだ。

しかも北と東西を区切る壁、そしてそこから南区の壁と二つの壁を。


「私、中央を囲む壁の上でも渡ってきたのかしら…」

「はは、そしたらますますここの警備はザルかアンタは人気を掻い潜る怪異そのものだな。」

私はジロリとこの何かといじわるな小言を挟む赤マントを睨むがグランは肩をすくめ軽い溜め息を付く。


「だが、フム、壁の上に猫か。」

グランは猫が渡っていく様をまじまじと見つめながらなにやら首を傾げる。


「…いや、方法が全く無いわけじゃ無さそうだな。」

そして区分けの壁沿いの道へしばらく目を移すと赤いマントを翻し歩き始めだした。


―――


「ねぇ、何処へ行くのよ。」

「あの猫が壁を登れそうな場所だよ。」

赤いマントを棚引かせ男はこちらを向く事もせず、壁沿いの道をズカズカと進んでいく。

道は何時の間にか薄暗くなっており眼前には右手の壁よりも更に高い外壁の影に呑み込まれていた。


「猫の跳躍力と爪の登攀だけじゃどう考えても壁の上まで登れないからな、何かしら<足場>があると思ったんだが…」

「そんな事言ってもう外壁間近じゃないの。」

「着くまでのこっちの壁にそういうのがあったら儲けモノだったんだがな。まぁそう都合はいかなかったか。」

これまでの道を振り返り壁際の通路に目を運ぶと資材や荷箱が壁に添って疎らに積まれている。

路地裏として見慣れた光景ではあるのがどれもが積まれていてもせいぜい<壁の足元>程度であった。


「じゃあ行き止まりじゃないの…」

「だから、<区分けの壁>じゃなく<外壁の方>が本命だっての。」

「どっちも壁じゃない。何が違うのよ。」

「まずな、外壁ってのは都市規模になると壁の幅が広がっていって物資を防衛地点に流す為に補給路が設けられてるもんでな…」

「あーっと、そういうのいいんで、本当にそういうのいいですから。」

壁講釈を垂れようとする赤マントに手を掲げ<待った>の静止する。

男というものはどうしてこう<じゅうこうかん>のあるモノになると誰も彼もとクチが回るのか。

グランはやや残念そうに首を傾けるとマントから腕を伸ばし壁に指差し示す。


「まぁ、そんな訳でどこかに搬入口があるはず……お、あったな。」

区分け壁と外壁の接点を指差してからなぞる様に壁をの何かを指を追っていく。

外壁に杭が縦一線に打ちつけられている明らかな<段差>があり杭の行列を追って視線を延ばしていくと行列の抜けた部分がある。

その下には積荷が幾つか詰まれ簡易的な階段が作り上げられていた。


―――


「しかしずさんなこって。登るのには梯子かクレーンでも用意するだけなんだがなぁ、それとも俺達みたいな<先客>でもいたのか。」

搬入口へ先に登ったグランは私の腕を引き上げながら何やらぼやく。

「…ところで何で猫が外壁側から登ったってなるのよ、中央側の壁かもしれないじゃないの。」

「外壁が街の<内側>だからだよ、態々外からの侵入を防ぐモノに登って侵入してくださいなんて場所を作らないだろう?」

グランの腕や搬入口の壁に手をかけ積荷から伸びた体を壁の上へと這い上げる。

「猫だけが通れる道じゃなくて、俺達も通れる道で考えないとな。」

「はぁ、本当にどうやって私こっちまで来れたんだろう…」


私が呼吸を整え終えたと感じるとグランは再びズカズカと足を進めて行く。

この男のやけに迷いの無い行動に焦りと苛立ちを感じるも追っていくしか私に道はない。


「壁の中って空洞だったんだ…、てっきり全部石が積まれてるもんだと。」

「まぁ中には砂や土で固めている壁もあるにはあるがな。まぁそこまでいくと石垣になって…」

「だからそういうのいいですから。本当に。」

壁の中は案外広い。

赤マントは壁の横穴を見つけるやその中へと入って行き、先に中を見渡していた。

入り口からの奥行きそれほどでは無く頭上には所々足場とそれに登る階段がかけられているものの高い空間ががらんとしている。

隙間窓から漏れる僅かな光がなければいきなり夜の闇に放り投げられたかのような静けさだった。


「流石に暗いか。」

マントの中からするりと剣を引き抜くとその先端に札を貼りぼそりと短い詠唱を行う。

「ラー、イグニ…」

札に刻まれた魔法が起動し輝きを放つと赤いマントの持つ赤い剣は松明へと成り代わった。

「へぇ赤い石晶剣…!<魔剣>かぁ…。なによー、少しは専属らしいところあるじゃない。」

「アンタの専属のラインは特殊な武具保有の有無かよ。」

そう言いながらグランは明かりを帯びたその赤い剣で周囲を再度見渡しはじめる。


「でもなんで剣に<明かり札>なんて貼って使うの?魔導具用のランタンとかあるでしょ。」

「ン?…札に魔力を送れればそれでいいんじゃないか?余分な物を持ち歩かないのはそれはそれで楽だろ。」

「う、う~ん…そうかなぁ…」

自身も短い期間だが単独で活動していた経験もあるしパーティを組まない冒険者を知らないわけではない。

ただやはりどうにもこの赤マントは私が知る冒険者達とは行動やモノへの扱いに何かが<ズレ>ている感じだ。


「って!今度は何で壁の中を進んでるのよ!」

「あのまま進んでも区分け壁は乗り越えられないだろうからな。」

確かに搬入口に乗り上げた高さは区分け壁のせいぜい半分も満たない高さではあった。

赤マントは赤い剣を左に右にと指し示し行き先に障害が無いか確認をしだす。


「先は繋がってる様だし、風も流れ込んで来ている。同じ様な出入り口があるはずだろうから、まぁ、大丈夫だろ。」

「いくら何でも行き当たりばったりが過ぎないかなぁ…」

「区分けの壁なんて距離からすれば目と鼻の先、外壁の中からすればちょっと歩けば越えられるぜ?」

「まぁそうだけどさぁ…」


―――


「もぅ、結局壁の上まで登る事になったじゃないの!」

「ふぅ、壁が巨大だとそれの支え壁も巨大なんだなぁ。勉強になった。」

外壁内から北区への出口へは簡単にはたどり着かなかった。

外壁内を進んでいるとそれを支える壁に行く手を阻まれ、次に上の足場へ登り先を進もうとした。

しかし足場一つ一つは壁全てを渡れるほど長いものでなく壁の足場を渡り渡っていくと遂には壁の最上部へと出てしまっていた。


「何がちょっと歩けば越えられるよ!」

「いやぁ、面目ない、俺の見識不足だ。だがコレで障害物に悩まされる事はもう無いな。」

「この街<一番高い場所>まで来たんだからあったら困るわよ…」

一番高い場所、正確に言うなら一番高い立てる場所だ。

壁は通路に向かって左右沿いにまだ存在し外を覗くには身を乗りあげる必要があるほどにまだ高さが残ってる。

だがその閉鎖感は地上の街の通りで見上げたものよりも窮屈なものだった。


「どうした?」

ぼんやりと上空を眺める空の色は更に黄金色を強め日が沈みだしている事を示している。

「何でもない、先に進みましょ。早く降りる場所を見つけないと。」

時間は迫っている、けどもう焦る必要は無いのだ後は外壁を降りるだけ。

後から仲間達からこっ酷く怒られるだろうけどそれは自分のせいだし仕方の無い事だ。

とにかく宿に戻り仲間と再会、それさえできれば今日一日の事なんて後で笑い話に出来るような日々にきっと戻れる。

そう、きっと、きっと…


私は先に伸びる通路を只管に進む、だがその時ビュウと強い音を立てて風が<吹き上がった>。

前方から吹きつけられた風ではない、足元、更にその下から吹き上げられた風に足を止める。

「そんな…」

そしてそこからの通路、足場は無く、先に見えるのは割けた足場、更に先は崩れた壁とが目に入った。

「…」


―――


裂け崩れた外壁の隙間を通る風が音を立てて通り抜けていく。

私の中の何かがポキリと折れて私はその場に座り込んでいた。

「あはは…もういいや、ごめんね、もう、諦める。」

「諦めたとして、アンタはこれからどうする、仲間が迎えに着てくれるのか?」

「それは…考えてない。」

「まぁ後に合流するとしてもそれまでの間どうするんだ。」

「それも…考えてない。」

「アンタも行き当たりばったりが過ぎるな。」


「…事情は知らんが、そのパーティにそこまでして着いていかなきゃいけないのか?」

「ネレイドが陸の上で生活するには手段が少ないのよ。アナタみたいにヒューネスで専属で運が良いのとは違うの。」

故郷の<ラの海>と陸との交易はあたったが海沿いの国ですらネレイドのコミューンは殆どが形成されて居ない。

私達がこちらで暮らすには色々と足掛りが

「今の私にはあの場所が居場所で唯一生活を送れるところなの…」


「<ヒューネス>に運が良いか…」

男はポツリとつぶやいて眉と肩をひそめると包帯を雑に巻きつけた左腕をマントから出す。

そして右手でそれをむんずと掴み包帯を引き剥がしてゆく。

風になびく包帯がめくれてゆきその中から覗いていた黒い指先は徐々に広り何時しか黒い腕となっていった。

「さて、よしんば俺が<ヒューネス>だったとして。この腕である限りは俺は呪いの忌み子か、謎の奇病の持ち主ってところか。」

異質な腕の質感は一目で小手や手袋の様な被せ物とは思えず、更に<何か>杭か鋲の様なものが幾つかか埋め込まれている。


「その腕…アナタ、ヒューネスじゃないの。」

「<ウィザーク>だとよ、ま、俺自身が判断したワケでもないし、俺は日常に困らなければ何だっていいんだが。」

異形と化した四肢の一部、眼球と外皮にも異質性が更には個体個体での特異な能力を有するといわれている種族。

その発祥は今だに謎であり、そもそも希少な彼らがどうやって産まれてきたのか彼ら自身が知らないのだ。

ウィザークとはこれらを共通点としただけに過ぎず生物として同種なのかもわかっていない。

彼らが<ヒト>として扱われているのは覇王時代の記された種族としての名が盟約の調印に残されてるだけであった。


「でも、ま、こうして間違えられて偽装できるだけアンタよりマシか、運がいいと言えば良いかもしれんな。」

「…嫌味言わないでよ。」

そうグランは剥き身にした腕をこちらに向けて眉間をひそめる。


「さて…聞き方が悪かったな。」


「アンタはどうしたいんだ?」

その一言を発するやグランの表情、その瞳からは真っ直ぐで真剣な面持ちへと成っていた。


「……仲間のところに帰りたい。」

「素直でよろしい。ま、こっちも約束した手前だ、できる限りやってみますか。」

そうしてぐずる私の頭をポンとはたたく。


グランは私の返答の後、腕に埋め込まれているもの抜き取ると身を屈めだす。

「…何をするの?」

「何、ここを越える為の細工よ。」

その<細工>を終えたのか立ち上がると帯剣したベルトを外しており剣の腹に明かり札とは別らしき札を貼り付ける。

そして外したベルトと剥ぎ取った包帯を共に剣に撒きつけるとそれを私に押し付け。

「あらよっと。」、とグランは何の尋ねる言葉も無くまるで荷物の様に私を抱き上げた。

「…」

「ヨシ!じゃあ、参りますか。」

「ちょっと!戻るなら自分で移動できるわよ!」

「まぁ、いいから、まぁ大人しくしてろ。」

私を降ろす様子の無いまま赤マントは来た道を戻っていく。


「…それで今度はどうするの…」

「どうするって、飛ぶんだよ。」

「飛ぶってどこからどうやって…」

「そりゃぁ、もちろんここからダッシュ&ジャンプで。」

「ここから…、…ダッシュ…?、ジャンプで!?」

先ほど登ってきた入り口に向かうのかと思いきや、しばらくしてグランはその方向をくるりと反転させる。

そしてズカズカとここに訪れる際の歩みで崩れた通路へと迷い無く向かって行った。


「え?でも、ちょっと、ねぇ!?ぶっつけ本番!?」

「…」

男は何も言い返さない、その二本の足を力強く踏み込んでいき、踏み込むほど更に強くそして加速していく。

「ちょっと!ちょっと!ごめんなさい!ごめんなさい!なし!なし!やっぱなしーーーーーー!!」

私は剣を強く抱き締め恐怖に目を閉じた、グランの腕と身体を通して跳躍、着地が伝わる。


赤いマントの風を受け止めたなびく音、着地の衝撃、足場をかける音が繰り返される。

それが三度続き四度目の地面の感触が消える、またも風が私達に被さり空中の独特な静寂、緊張感が包み込む。

しかし今度はすぐさまに着地する衝撃は訪れなかった。

長い跳躍、その最中まぶた越しに夕陽の陽射しが差し込んできて、つい連れられて私は目をそっと開いていた。


目の前は揺らめく夕陽が映り、その刹那に吹き付ける風が私の髪を掴み放り投げだす。

風の向かう先へ振り向くと昼の時間が終わり暗がりにかかる滅紫の東の空、下には夕陽を浴びて黄金色に輝く円形の街があった。

それはまるで夜の空浮ぶ月の上を駆けるかのような光景が広がっている。

「…」

私はかつて見た、焦がれたあの故郷での空と海を別ける果ての境界線の先を思い出しその光景に重ねていた。


ドスン!


思いに更ける最中、再びグランの腕を通って足場の感触が伝わり何かが圧し割れる鈍く乾く音が響く。

だがそれはとても不安定で私、いや、グランの身体は姿勢を崩したのか揺れていた。

「…い!…おい!」

「ひぁッ!?」

「体を戻せ!いいから体を前のめりに…」

「え!?、え?ど、どうやっ…」

だが私に唐突かつ正確に姿勢を制御できるものでもなかった。

私の混乱する動きはグランの腕の中で暴れまわる事になりより姿勢を崩してゆく。


「しまっ…!」

ストンと半身分ほど地面の感触が消える。


私達は…落ちた。


「くッ…、グライ、ハス、ルフス!<アースシールド>!!」

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