34-6.未来と涙を賭してまで
赤髪の少女は驚愕の表情を浮かべて後ずさりする。
私は私で<転移>を扱えた事に驚きと喜びがあるも、目の前の悪ガキ共に対してへの怒りや焦りで、それどころでは無かった。
複雑な感情での混乱を悟られまいと、私は少女を見下し、すぐさまに腰の大扇に手を伸ばすと2人の頭部へと振り下ろす。
―――パンッ!パーーーンッッ!
「あげっ!?」
「びゃうッ!?」
軽快な音を鳴らして打ち付けられた大扇に2人はその場で尻餅をつく。
「いったぁ~い!」
「ひっでぇ!暴力反対ッ!」
自分勝手な不満を言葉と視線の両方に込め、少年と少女は私を睨みつける。
しかし、私は鼻を大きく鳴らして腕を組み、2人を威圧的に見下ろす。
「吊るされたのも十分な暴力だし、何より私は窃盗も受けておりますッ!」
床に落とされたバスケットを拾い上げ、酒瓶に異常が起きてない事に安堵した。
「さぁ、このまま出るとこに出てもらってもいいのだけどぉ…?」
私は言葉の勢いを強め、2人に詰め寄り襟首を掴む。
「ま、待ってくれよ!ウチには腹を空かせたチビ達が!?」
「お願いッ!許して!私達まだ子供よ!?」
見え透いた言葉を並べ、2人は許しを乞う。
「…」
だが、この2人が子供でこの様な悪事に手を染め食い扶持を得ているのは間違いは無いだろう。
私は長い溜息を吐いた後、2人の服から手を放した。
そして、金貨を1枚取り出すと2人の前に差し出す。
「…な、なんだよ。」
「アナタ達を雇うわ。」
「金貨1枚って、私達に何をさせるつもりなの…?」
「ただの<雑用>よ、<雑用>。だからこれは報酬ではないわ。私に支払うお金がある証明。」
私は金貨を仕舞い込み、腰を落として2人の視線を合わせる。
「じゃあ、幾ら払ってくれるんだよ…」
私の言葉を信用した2人はおずおずと手を伸ばし、私が金貨を更に差し出すとその手は引っ込む。
「金貨の価値半分くらいなら、欲しい物を代わりに買ってあげます。」
「えー、ケチ~…」
「ケ、ケチじゃないわよ!金貨1枚を日常品で使い切るなんて大変よ!?」
私の気前の悪さに少女は不満げな声を漏らし、私は怒鳴り返す。
しかし、2人は考え込むように腕を組みながら、しばらく互いに目配せをし合っていた。
「どう?別に嫌ならそのままお尻を向けて逃げてもいいわよ?追うけど。」
「わーったよ!本当に、金貨の半分は出してくれるんだよな?」
少年の一言に私は頷き、2人は溜息を吐いては立ち上がる。
「えぇ、約束する。だから、しばらく何が必要か終わるまでにちゃんと考えなさい。」
そして、私も腰を上げ、2人の頭を掻き回すように撫でると、2人は嫌そうに頭を振っては私を見上げた。
―――
「うわーッ、すっげー!<魔方陣>!ホンモノだッ!」
「えーっ、気味が悪くない?」
自身の目的の場所へ2人を案内すると、少年は廃屋の床に描かれた魔方陣へ、逆に少女は足を踏み入れないように近づく。
「ホラホラ、お仕事よ、お仕事!」
私は手を叩き、2人の背中を押しては、魔方陣の中に入らせる。
「そ、それで何するの?まさか…生贄じゃないでしょうね?」
「そーんなわけがないでしょう?」
少女が足元を気味悪がっては、慌てて私の方へと振り返ると、私は雑巾に特殊な洗剤をふりかけては絞り、2人に差し出す。
「<コレ>で床の陣を消して欲しいの。」
「えーッ!?本当に<雑用>かよーっ。」
「だから、そう言ったでしょ!?ホラ!やるの?やらないの?」
私が急かすと2人は渋々雑巾を受け取り、床の<魔方陣>を拭き始め、私はその様子をニコニコと眺めた。
…
2人は思いのほか真面目に床を綺麗にし、私はその働きぶりを感心しながら見守った。
そして、<魔方陣>が拭き終わると、2人は綺麗になった床を見て満足そうに額の汗を腕で拭う。
「お、終わったぞ。コレでいいのか?」
「えぇ、十分!さ、次に行きましょ!」
「まだあるのぉ!?」
「誰もここだけなんて言ってないわよ?でも大丈夫、次が最後だから。」
不満を見せる2人ではあるも、黙って静かにしてる辺りは素直な様で私は2人を従え、次なる目的地へと足を運んだ。
―――
「…疲れたァ~。」
「帰ったらベッドに飛び込みたい…」
2人は路地上の適当な段差で肩を寄せ合い、ぐったりと腰を落としている。
「ホラ、約束した通り!」
私はたっぷりと紙袋に詰まった<報酬>を両脇に抱え、それぞれを少年と少女へと突きつけた。
「す、すっげぇ…。これなら本当に1ヶ月は食うに困らねぇや。」
「…本当に、本当にいいの?コレ。」
<報酬>を手に、目にして、2人の顔色がみるみる変わると、私は少女の不安に大きく頷く。
「これくらいなら金貨の半分にもなってないわよ!…まぁ、駆け出しの冒険者が初依頼で受け取るにはちょっと多いかな…?」
そして、2人の頭をわしわしと撫でては、私は言葉を続けた。
「あ、ありがとう。蛇の…じゃ、ないや、えーっとあの…」
「な、名前を…聞いても…いい、ですか?」
少年と少女は照れ臭そうに、おどおどとしながら私に名を問う。
何だか初対面の時が嘘のようなその初々しさに、私は吹き出しては2人の前に屈んだ。
「ラミーネ。私の名前はラミーネよ。」
そして、少し気取ったポーズをとりながら、2人に自身の名を私は名乗った。
「オ、オレはジャック!な、なぁ、ラミーネねえちゃん!」
「アタシはマイラ。お姉さん、良かったらウチに寄っていかない?チビ達の顔も見て欲しいの。」
2人は抱えた<報酬>でいっぱいいっぱいに成りながらも、それぞれの自己紹介を行い、私を彼らの家へと誘う。
私を<姉>と慕いだす2人の言葉に私は少し照れ臭くなりながらも、気分の良さに私は頷いて見せた。
―――
「…え?ここは…」
ジャックとマイラに誘われ、足を踏み入れたのは街の中央に聳え立つあのずんぐりとした塔が頭上、眼前を圧する場所であった。
「あー、あのデカい塔?アレだけは何か街の偉そうな連中が使ってるけどよ、心配ないって。見回りするヤツなんて全然ッ来ないから!」
「元々この街は古い遺跡を利用して作られたんだって。あの塔だけは今も綺麗に残ってるけど周りはこの通りよ。」
まさしく灯台下暗しとでも言うべきか、塔の中には見回りの兵士はおろか、人の気配そのものがなく、荒れた壁と自由に延びた木々に面食らう。
そのまま2人の案内は続き、私達は塔の正門、正反対の位置にある小さな扉から塔へと入ると階段を下っていく。
更なる小さな扉を開き、中へと案内される。
「おーい、チビ共~帰ったぞ~。」
ジャックが扉を開くと、2人の視線の先には簡易なテーブルと棚だけがあり、小さな椅子が4脚用意されていた。
その椅子の上で2人、子供、が幼児が寝息を立てている。
1人は<コボルド族>の子供で見た目だけでは男の子か女の子かはわからない程の幼さ。
もう1人は<デレム族>の女の子ではあるが、頭の触覚は欠け、背中の翅も破れていて、とても健康な様子には見えない。
「おーい、起きろよ、お客さんだぞ。」
ジャックが揺さぶっては2人を身体を起こそうとするも、私はジャックの手を止める。
「ご、ごめんなねえちゃん。この2人も喜んでお礼を言いわせたかったんだけど…」
「…いいのよ別に。それより、折角だから紙袋の中見て頂戴、」
マイラが幼児2人を篭のベッドに寝かせると、ジャックは私に促され紙袋を覗く。
中の食料や日用雑貨をテーブルに並べ出すと、2人は目を輝かせては喜びの声を上げた。
最後に出てきたのはパリパリの白いシャツと吊りズボンとスカート。
「い、いいの?」
「いいも何も、アナタ達の<報酬>で私が勝手に付け加えたのよ。受け取って頂戴。私の<脚>がこれだから合うかは解らないけど…」
マイラは服を手に取り胸に抱きしめ、ジャックは目を輝かせては私を見上げる。
「…ありがとう。」
その言葉に私は一気に照れ臭くなり、2人の頭を撫で、誤魔化した。
「じゃ、私はこれで失礼するわ、2人とも元気でね。その服は大人にナメられない時用にでも着なさいな。」
自分の長い髪を払い、私は2人に手を振って扉へと向かう。
しかし、それをジャックが前に出て阻止した。
「ね、ねえちゃん!オレ達の師匠、先生に成ってくれよ!」
「いいッ!?」
私はジャックの申し出に目を丸くし、2人を交互に見る。
「…お姉さんはどうして良くしてくれるの?」
「ん~…私も故郷を捨てた身だけど、流れ着いた先の大人達に良くして貰ったってだけだから…」
私はシャオリー、そしてその両親と村の皆の事を思い出しながら、頬を指で掻く。
「それに、私は今仕事の途中なの!そして、アナタ達をただ良くしたのでなく<仕事>をさせただけ!」
腰に手をあて、もう一方の手で2人を指差すと叱咤の言葉を述べる。
「だから、これは私が<良く>したのではなくて、アナタ達が頑張った事なのよ。」
「…ねえちゃん。」
生意気な顔しか見せてこなかったジャックがべそをかくような顔に私は思わず吹き出しては、彼の頭をくしゃくしゃに撫で回す。
そして、マイラも私に抱きついてきたのを受け止めると、2人の頭を撫でた。
…
「じゃッ!」
「…お仕事がんばって。」
簡潔な別れの挨拶をして私は扉を開け、マイラが小さく手を振る。
「もしクビになったらオレ達の先生になってくれよ、ラミーネねえちゃん!」
「コラ~!縁起でもない事、言うな!」
ジャックの言葉に私は笑って扉を閉め、階段を上りだした。
塔に入るちいさな入り口からは一筋の月光が差し込み、階段を照らす。
その道は何だか、今の私の自信と気分を表わしている様で、私はクスリと笑い階段を上り続ける。
…
―――ズン…!
突如、地鳴りが響くと光は消え、当然に光が示す道も消えた。
直後、私の背筋、首には感じたくない気配が纏わり付いてくる。
ピアの<予見>とは違う、冒険者として得た<勘>。
―――<死>。
…
―――ズズン…
「…ジャック!マイラッ!」
落ちる土埃が<勘>を現実のものへと変え、私は振り返り、急ぎ階段を下り、急ぐ。
道すがらに酒瓶の口を壁に叩きつけ、強引に栓を取ると中身を口へと流し込んだ。
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? 酒 ?
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味なんて感じていられない。
私は酒精をできるだけ身体に取り込むと再び出て行った扉を開け、勢いよく飛び込む。
「ねえちゃん!?」
当然驚く2人ではあったが、私はただ両手を広げジャックとマイラを抱きしめる。
「ど、どうしたの?」
「2人とも逃げるわよ!」
混乱する2人だが躊躇している時間なんてない。
目を閉じ、私は<転移>の可能性に集中する。
…2人?
いや、ここにはもう…2人。
「…あ。」
奥で寝る子供に気がついた時、私の目と耳は機能を失った。
…
…
…あぁ、チクショウ、チクショウ…
私の旅が、冒険は、ここで…ここで…