34-4.未来と涙を賭してまで
円卓の端と端、グランの態度にカルマンとミカがこちらへ向き直り、火花が散りそうな視線のやり取りに私は息を飲み、彼らの言葉を待った。
「やァだぁもぉ~☆真面目になっちゃって!あ、もしかしてアタシ達から頼られるのが嬉しいのかしらァ~?」
「…」
だが、グランは沈黙し、その返答にカルマンは肩を竦めては姿勢を崩した。
「…肩の力を抜いて頂戴ナ、何も特別な事をさせるワケじゃないのよ。ソウシロウちゃん達と同じで警備に加わって欲しいだけ。」
「<そんな事>でいいのか?」
すると、カルマンはグランの言葉に少し驚きながらも、すぐにその口元を笑みで歪める。
「うん、うん、正確には<そんな事>しかできないというのが現状だね。」
ミカが溜息を1つ、そう返答をする。
グランは言葉を発せず、そのまま視線だけでその理由を尋ね、私も同様に混乱を示すとミカはもう一度溜息を吐く。
「<大鉄道>が使えない今、ボク達が短時間でこの街に訪れるには手段が限られてるんだ。そしてそれは他の六席も同じで<なければならない>。」
「…あ、そうか!<転移門>の制限。」
私はミカが言いたい事を察し、そう言葉にするとミカは頷き、カルマンも私の言葉に続くように口を開いた。
「アタシ達は組織としては殆ど丸腰の状態で今此処に居るってワケヨ☆」
「現地調達するにしても、それらの支払いと信用がボク達には無いって事だね。」
カルマンとミカはそう自分達の現状を語り、グランもようやく納得がいったのか椅子の背もたれに深く寄りかかる。
「…普通に陸路や空路を使えばいいだけじゃないのか?」
グランはそう、至極真っ当な意見を述べるが、カルマンは首を振る。
「赤マントちゃん、もし普通に皆でお食事をしましょうって誘いに、ガッチガチに<キメ>た仮面武闘会にでも行くような姿で現れたらどう思う?」
「引く。」
「そう、引くのヨ。マジで引くワ。」
カルマンの例え話に、グランは即答し、私もそんな状況を想像しては口元が引き攣る。
「余りに過度な護衛や物資が露見した場合、他の六席は解体の要求をするだろうね。」
「つまり、お色直しに時間を費やされるノ。でもォ、タイムはイズにマネー、特にアタシ達はネ☆解体が難を示した途端、対象を除いて議会をアタシなら進めてしまうワ。」
要するに、六席が揃って議会を行う際に出来うる限り身一つを互いに維持させ、信用を損ねないようにする必要があるという事だ。
「…なるほど、現地で顔と素行の割れたヤツを引き込むのは大きな利点か。だが、身内行事にそこまで警戒するかね?」
カルマンの言う事にグランは自分達の置かれた現状が理解でき、納得の姿勢をみせたが、疑いは残すようだった。
「直接関係の無いお前には<錬金六席>に関して余り口を出すワケにはいかないけど、ボク達は同志であると同時に競争相手でもあるんだ。」
「えぇ、それこそ蹴落とす為なら<暗殺>だって問わない前例すらあるワ。だからこそ、何時でも見知らぬ敵が気変わりする要素は作っておきたいの☆」
ミカが補足するように説明し、カルマンがその後に物騒な事を付け足す。
「おー、おー、やだやだ。つまり?俺の存在はただビルキースとの協力をちらつかせる為の方に価値があって、俺自身にはただの労働力としかねーって事かよ。」
そして、グランは露骨に悪態を吐くが、その反応にカルマンは席を立ち、グランへと歩み寄っては励ます様に肩を叩いた。
「無事に済んだらちゃんと報酬ははずむわヨ☆さ、行きましょ、少ない時間で覚えてもらう事一杯あるかラ。」
グランは竦めた肩でカルマンの手を払うと席を立つ。
「…ん?アンタ宛の<荷物>はどうするんだ?」
そして、私とカルマンを交互に指差すと、カルマンも私へ視線を投げた。
「それはもうここに着いた時点でミカちゃんの<領分>ネ。彼女に任せるワ☆」
カルマンの言葉にミカが頷くとグランは改めて肩を竦め、扉へ足を踏み出す。
「お前も大変だな、俺のボスも同類だが、こんな腹黒連中に囲まれて。さて、じゃあな。」
「…あ、ちょっ、ちょっと!!」
私は咄嗟にあっさりと別れようとするグランを引き留めようと声を掛けるが特に理由もなく、言葉が続かない。
「どうした?念願のお仲間のところに戻れたじゃないか。」
「それは、そうなんだけど…」
「…ピアちゃんとはこっちが時間を作ってやるから、後はお前が合わせられる努力をしてくれよ。それじゃあ<ミカ師匠>、コイツの事頼みますよホント。」
「うん、うん、やれやれ、まぁ、わかったよ。」
私の言葉が詰まってる間に私の身元は勝手に引き継ぎが成され、グランは背中を見せながら手を振って退室して行ってしまった。
…
「…」
「…本当に生意気な口の利き方になったね。」
扉が閉まるのを確認してしまうと、私は胸にもやもやを抱かせて再び席に着き、ミカは溜息交じりに私へそう呟く。
「ビルキースの下にはあの<セバス>が居ります。大方あやつから嫌味の述べ方でも学んだのでしょう。」
「まだ<セバス>に対抗意識があるのかい?ベルゼー。」
カルマンとグランが出て行くとベルゼー卿はミカの席へ茶を運びながら、そう言葉を掛け、ミカも茶を口にしながらそれに返す。
「ミカ様から魔法の手解きを受けておきながら、恐らくあの足の運び、セバスからなどに師事を受けてるかと思うと…」
「まぁいいじゃないか、ベルゼー。それにボクは魔法を使えるきっかけを与えただけだよ。」
ベルゼー郷はそうミカと会話をしつつ残る私達にも茶を振舞っていく。
「面白そうじゃないか、複数の師事、しかも魔法と武術を受けてどう成長するのか錬金術師としての視点としてね。」
「…お戯れを。」
そして、ベルゼー卿は私の前にも茶のカップを差し出し、私は少し恐縮して受け取った。
「…ねぇ、ミカちゃん、アイツの、昔のグランってどういうヤツだったの?」
カップの縁に口を付け、私はそうミカに尋ねてみる。
「気になるかい?」
「ま、まぁ、これまでに色々とはあったから…」
ミカは「そうだね。」と呟き、椅子に腰掛け直すと少し考え込むような様子を見せては口を開き直した。
…
ミカがグランと出会ったのは数年前、まだ彼女が<錬金六席>へ就任する以前だという。
今でも少女な彼女にとっては更には子供も子供な時期、彼女はベルゼー卿と共に乗合馬車で街を転々とする事が多かったそうだ。
「その道すがら、アイツは乗客として姿を見せたんだ。今でもベルゼーが即座にボクを庇ったから覚えているよ。」
「御恥ずかしい、力量を読めずあの形相だけで危機感を覚えてしまいまして。」
ベルゼー卿は過去の自分に辱しめをみせながらミカを何処か上機嫌をみせてカップに口を付けた。
そして、馬車を進めていた途中、土砂崩れに遭遇してしまったという。
馬車は丸ごと土砂に埋められてしまい、ミカはベルゼー卿に庇われた事で難を逃れたが当のベルゼー郷は深手を負ってしまった。
「そう、そして、<不死身の赤マント>がそこに居たんだ。」
土砂を被り、瓦礫片を身体に喰い込ませながら、黙々とグランは他の乗客らを土砂から掘り起こしていったという。
当事者が居なければ赤い瞳が爛々とし、黙々と土を掘るその様は全身が血で染まった<悪喰鬼>が屍骸を漁っているかのようだったと。
それから適当な集落へ逃れて滞在し、ミカはベルゼー卿の回復を待ったのだと口にした。
「でも助けられた乗客も御者もベルゼーすらも、アイツには感謝はしなかった。」
「何せ余りにも不気味な男でしたので。」
オホンと喉を鳴らし、ベルゼー卿は自分に非の無い事を示す。
「…そんな方がどうやったらミカちゃんの弟子に?」
「ボクが暇潰しに魔術の修行を行っていたら、たまに訪れてはこちらを黙って観察さらに真似する様になったんだ。」
当時のグランはアーカムに匹敵するほど寡黙であったそうだが、視線の先は余りに素直で意思を汲むのは容易かったとミカはシャオリーの疑問に答える。
確かに口を開く機会さえあれば嫌味と皮肉しか吐かない男で、それ以外に口を開いたり、率先して舌を回して雑談をするような事は少なかったに思う。
しかし、視線の運びは私の知るそれであった。
真っ直ぐで貫くような視線、その意思が強く出るほど瞳が赤く爛々と灯らせ、更に足を踏み出せばずかずかと場と時を顧みない姿勢は思い当たる。
「…それで、何でいきなり雷撃を喰らわせるようになったの?」
「浮かせた魔力を互いに投げ返す、大陸西部じゃポピュラーで単純な修行方法だよ。まぁボクの場合は少し<精>が強すぎたみたいだね。」
無気力ながら、自信満々かつ何処かズレた少女の回答に私は思わず苦笑する。
以後はその繰り返しでベルゼー卿と道の回復の見通しが立つと最後に魔法の<契約>を勝手に押し付け別れたのだという。
グランは最後まで寡黙であったそうだが、今の彼にはちゃんとミカの記憶と関係が残っていた。
「…」
昔話を聞いて、私の脳裏には初志である<あの時>の故郷から逃げ出す決意をした<水平線>が過ぎる。
「まぁ、アイツとはこんなところかな。」
「う、うん、ありがとう、ミカちゃん。」
そして、ミカは話を締め括り、私は軽く感謝の言葉を口にすると少女の顔付きがその瞬間から変った。
その時、私は自分が<裁判>にかけられてる立場だという事を思い出し、背筋に冷たい物が走る。
「ど、どど、どうぞ、僭越ながら、私が皆が逸れた間の内、回収した<魔神の卵>です…」
私はそれを察知すると、慌てながらも、例え仲間と逸れたとして専属で雇われてる<役目>としての成果物を円卓に差し出す。
それをベルゼー卿が手にするトレイの上へ、続いてミカちゃんの手元へと受け渡されて行き、シャオリーはこちらを心配の眼差しを向けている。
「…どうでしょうか?」
「…うん、うん、そうだね。1人でやったとしては上出来だね。」
ミカちゃんは私が持ち運びできるようにした状態の<魔神の卵>を頷いては検分し、評してくれて、私はその評価に胸を撫で下ろした。
「さて、じゃあボクからラミーネに1つ贈り物をあげよう。」
そう、ミカは指を鳴らして言うと、ベルゼー卿が1本の小さいボトル酒を手にして私の正面に置く。
「こ、コレは…」
私にはその酒のラベルに見覚えだけはある。
黒地に金の縁と文字があしらわれたいかにも<高級>を推し出された酒。
「ティティ・ビ・ンタリカナ!」
その色は黄金、発泡し、美しい白黄色に泡が踊るといわれている名酒。
私の反応にミカはいつもの無表情ながら、目の奥は何か嬉しそうにしていた。
―――ゴクリ…
思わず喉が大きく鳴り、酒を禁じた身であれば、評判を思い返すだけで唾液が口内に充満する。
「こ、これをわたふぃに?」
「何なら、この場で飲むかい?」
ミカがそう言うとベルゼー卿はグラスとコルク抜きを手早く酒の前に置く。
私は思わずコクコクと頭を縦に振り、封ラベルに手を伸ばし指を掻けた。
「…でもね、一口でも飲んだらキミはクビだ。」
「……ふぁッ!?」