34-1.未来と涙を賭してまで
これまでの土レンガによる舗装が占めていた街が多かった中、この<大鉄道>、その終着駅である街は石造りの割合が多い。
そして、駅から出て石畳の道を歩き、街の中でも指折りに外観が整った館を訪ねる。
「…通して頂けるかしら?」
私は自身の<冒険者手帳>の革表紙に付けられた金板の刻印を館の門兵に見せると、彼らは構えられた槍を下げ、頭を垂れると門が開かれた。
「どうぞ、お通りください。」
「ご苦労様です。」
薄翠色の長い髪を掻き上げ、胸を張り、堂々とした態度で私、<私達>は門を潜っていく。
「ほぉ、すごいものでござるな。これが<専属冒険者>の待遇の違いでござるか。」
私の後ろを歩く、異国風貌の剣士、ソウシロウが関心したかのようにそう呟き、私は自分でも自覚できる得意げな顔をして後ろを振り向いた。
「そうでしょう、そうでしょう。」
フフンと鼻を鳴らし、私は上向きだった胸をさらに反らせてみせる。
「ラミーネ様は見ず知らずの方でも身分が通せる努力をなされてきたのですね。」
「フッ、冒険者ですらないオレにはこの門すら通れないな。」
続いて青味がかった銀髪、給士服姿の女エルフのウィレミナ、全身を鎧兜に身を包む大男、ゴリアーデも私の冒険者手帳を覗き込んでは各々の感想を述べる。
「フフフ、褒めなさいな、称えなさいな。」
私は腰に手を当て、胸を張りながら一行にそう告げた。
「ラミーネお姉ちゃん、スゴイ人だったんですねっ!」
「gm~。」
両手に河グリフォンの幼体であるカワノスケを抱き、両耳を垂直にピンと立て、フォウッド族の小柄な旅装束の少女ピアは輝く視線を私に向けた。
「そうよ~、お姉ちゃんスッゴイのよ~。」
私はそう言いつつ、自分でもわかるくらいに顔を歪ませ、ピアの頭を撫でては頬ずる。
「…」
そして最後、赤い襟巻き、赤いマントに身を包み、トゲトゲした雑草のような黒髪の男。
両手で親指を立て、それを自分に向けては<私スゴイ>をアピールし反応無い彼に、詰め寄って行く。
「…くぁっ、むにゃむにゃ。」
だが、事もあろうか、この赤い男は露骨なあくびをしては、私の横を通り過ぎ、ずかずかとした足取りで正面の入り口へと向かう。
「どの様なご用件で?」
入り口にもまた2人、今度はローブの姿が目立つ門兵が立ちはだかり、その内の1人が男を止める。
「<不死身の赤マント>が<カルマン=オー>に会いに来た。…これで話が通じると伺っているが?」
男は赤い襟巻きを自身の首に巻き直しながら、門兵にそう告げて見せた。
「…グラン様ですね。伺っております、御連れの方々もどうぞ。」
門兵は手元の帳簿を捲りながらそう応えると、私達に道を譲る。
扉が開くと赤マントの男、グランはアゴで私達に中へ入るように促す。
「もう<手引き>はされてるんだぜ?態々別の手口で進入しなくてもいいだろ。」
玄関に差しかかる中、グランから嫌味を言われ、私はムッとしながらも彼の後に続く。
「だってぇ、折角<専属>になったのに、特権っていうの?仲間達と一緒じゃ<錬金術ギルド>の施設出入り自由が使えた事ないんだもの…」
自分の冒険者手帳を強引に彼の視界へ入るよう掲げる。
「へぇへぇ、そいつは余計な世話を焼いちまったね。お前さんが一刻も早く本来の仲間と合流出来るよう願ってるぜ。」
グランは横目に私を見ると、肩を竦めては嫌味を重ねて階段へと向かい、私は益々もって不機嫌となった。
私には本来、この一行とは違う共に<専属>となった仲間達が別に居る。
しかし、その仲間達は旅路の半ば、私の事故と言うか、不始末と言うか、とにかく<不測の事態>で離ればなれとなってしまった。
私の<専属>する先は大陸西部の錬金術師達が集う<錬金術ギルド>、その幹部達<錬金六席>の1人。
そして、それはこの目の前を歩く赤マントの男、彼が<専属>する<錬金術師・ビルキース=パダハラム>とは対立した関係でもある。
「それで赤法師殿、この屋敷の中の何処に向かっているのでござる?」
ソウシロウは迷い無く未知の屋内を進んで行くグランへと問い掛けた。
「さっき鍵を手渡されたから<ここに来い>って事じゃないのか?」
彼は振り返り、棒状のホルダーに付けられた鍵をちらつかせる。
「…まさか、罠…?」
「今更過ぎるだろ。例え俺達を罠にハメたとして、得られる物に何があるって言うんだよ。」
ウィレミナは不安気にそう呟き、グランに一蹴されると、彼女は頬に顔を当て、口を曲げた。
強いてあげるとすれば、それは私が今所持している高密度の<瘴気>の塊である<魔神の卵>。
元々はグラン達がこれから会いに向かう<カルマン=オー>宛てに<大鉄道>の荷物として預けられていたものだ。
だが、これは私達に運ばせなくも本来のルートの手続きを踏んでいれば自ずとカルマンの手へと渡っていた。
と、なればこの<卵>に価値があるのはグランの言う通り罠にかけるだけ無駄と言えるだろう。
他にも偶然として<魔神の卵>を手にしたのではあるが、私達が確保した事は知る由も無い。
「ピアちゃん、何か嫌なものは<感じる>かい?」
「…うぅん。今は、感じ、無いです。」
グランはピアに確認を取り、しばらく少女が目を瞑ってはそう答える。
ピアの持つ<異能>。
少女のこの<予見>はこれまでの間も<危機の到来>、いずれそれに成り得るものを示してきた。
罠の類いが仕掛けられていれば、彼女の目にはその後の危機的状況が映し出される信頼が私達にはできている。
「だとさ。とりあずの未来からもお墨が付いたぜ?」
グランがそう言うと、一同は頷いては再び歩き出していく。
館の中は外観に違わず、内装もとても綺麗に整っている。
それは以前、ウィレミナと出会う事となった館の内装にも近く、彼女も周りを見渡していた。
そして、私達は件の部屋の扉の前までたどり着く。
両開きの大きな扉で、この奥に私達の目的である<カルマン=オー>が待っているのだろう。
「…誰かさんの<異能>も確実に使えれば色々と手が事前に準備できてただろうけどな。」
またも嫌味を交え、グランは鍵を差し込む。
それは私の、<不測の事態>を引き起こすに相成った<異能>を指す事他ならない。
私には自身を<転移>させる能力がある。
ただ、それには条件があるようで、それは<泥酔>している時だけ。
過去にも酒に酔い潰れ、自分のベッドから離れた場所で目が覚めるという失態を何度か繰り返しているが<異能>かはまだ定かではない。
そして、それが多分、コイツ、グランとの最初の出会いのきっかけになった事ではあろう。
だが、<転移>そのものが出来るという自己認識を持てたのはウィレミナが住んでいた館での出来事を得た極最近だ。
それ以来、私は飲酒を控える事に成った。
<泥酔>からの<転移>が私自身望む場所へと転移出来るのか、もしくは同じ場所なのかを試す事が怖くて出来ない。
…
「…これ、元から開いているぞ。」
鍵とノブに違和感を覚えたグランは、扉をゆっくりと押し、その一言で全員に緊張が走る。
「本当に罠か?」
「如何致す?」
ゴリアーデとソウシロウはグランへと声を掛け、私達は身構えた。
「…」
グランは言葉を発せず、手信号でソウシロウと自分を指名し、扉の先を確認を提案。
何時の間にか何かあればこの2人が先行し、ゴリアーデが私達を守り、殿を務める事が決まっていた。
男3人が同時に頷くと、残る私達はただ身を緊張させ事態の行く末を待つ。
中にはまた扉が行く手を阻み、2人が静かに扉へと近づき扉を振れた。
―――はぁい、今、開けますから、その場でお待ちください。
「こ、この声は…?」
「ま、まさか、いや、でも…」
扉からは1人の女性の声が響き渡り、それを耳にした2人には何故か心当たりがあるようだった。
扉は軋みを上げながら開き、薄暗い扉と扉に光が差し込んだ先に佇む女性の姿、それを確認するとグラン達は安堵し肩を落とす。
結わえられた長い金髪、縁のくっきりとした眼鏡を鼻に乗せ、その奥の穏やかな瞳と眼差しが私達へと向けられていた。
だが、その出で立ちは紛れもなく<錬金術師>では無く、<聖職者>に類するものだ。
彼女はこの場に対し何処か不似合いで、何よりその<豊満>な胸が何故だか私を苛立たせる。
「これは、エフィム殿ではござらぬか!久しゅうにござるなぁ!」
「お久しぶりにございます、ソウシロウさん。<魔法都・レテシア>以来ですね。…そして、グランさんも。」
<エフィム>とソウシロウに呼ばれた女性は微笑みながら、歩み寄る。
「…あ、いえ、エフィムさんもお元気そうで。あの、服装が今までのと少し変わられましたね?」
「えぇ、とりあえず聖堂での修行と試練は終わりましたので。」
エフィムの笑顔に、赤マントの男グランは明らかに他の場面では見せない柔かい態度を取りそれがまた苛立たせていく。
「ナナリナさんの具合でしたら大分良くなりましたよ?私が街を発つ頃にはエイミとそれはもう仲睦まじくなっていて…」
「…そうでしたか。…そうか、よかった。」
私の知らない出来事、私の知らない人の名前、エフィムの話す言葉の中には、2人のかつての出来事や人物の名前が交じり合っていた。
彼女の口から出るその単語等に、心がざわつきだす。
「…あの、そちらのネレイドの方、もしかして、ラミーネさんですか?」
エフィムは不意に私へ顔を向けると、おずおずと訪ねてくる。
見知らぬ相手から自分の名前を出され、私はあえて動じまいとして反応せずに視線を逸らした。
しかし、彼女の瞳が改めてこちらを向くと、何か確信を得て頷く。
「エフィム殿、何故ラミーネ殿の事を?」
「ウフフ、先程までラミーネさんのお話を伺っていましたので。さぁ、どうぞ奥に、カルマン様もいずれ戻ってきますから。」
そうして、彼女は両扉を開ききると、私達を迎え入れる。