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紅い喰拓 GRAN YUMMY  作者: 嶽蝦夷うなぎ
・近朱必赤、見定めるは鉄の道の先
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33-4.灰の夢の影法師

 俺は男に見覚えはあるが、顔を覗き込んでも霞む記憶からは名前までは引き出せそうにない。

「…おや、起こしてしまったかな?」

男は俺の視線に気付いたのか、静かにそう呟く。

「いや、別にそういうわけじゃない。」

俺は首を横に振ると、男は少し間を置き、再び口を開いた。


「…どこか調子が何時ものに戻ってきたでござるな。」

「…なぁ、アンタ。今日?いや、昨日の朝からの事、教えてくれないか?」

静寂と何処とない肌寒さから、今が夜だと感じ、俺は知っているが覚えの無い男にそう尋ねる。

「何、例にしてピア殿の<予見>から始まり、拙者らはそれを解決に向かったというだけにござる。」

ピア、聞き覚えはある名、そうだ、突如少女が膝を着き、目を押さえ危険を訴えた事が始まり。


「…列車が止まって、俺達は原因の魔物を追う事になった。」

俺が記憶を手繰りながらに男へ話し始めると、男はただ静かに頷く。

列車への意図した妨害、その原因は白い体毛、巨躯を成した<猿鬼>、以前戦った<スーク鬼>とは比べ物にならない程の力を持った魔物だった。

「そうだ、それで確か、俺達はあの子を連れ出してまで…」

ヤツ、<巨白猿鬼>が難敵だったのは野生の象徴ともいうべき体格と敏捷性でなく<悪知恵>。


列車が足止めされた中、攻める退くを繰り返し、俺達を翻弄し続けた。

「復旧をさせる為に<大鉄道>側から正式な依頼が下り、拙者らはあの猿鬼の位置を特定できるよう、ピア殿の<予見>を頼りに向かったのでござる。」

ピア、そう、あの少女の名前だ。

だが、少女の<予見>を以ってしても<巨白猿鬼>が縄張りに仕組んだ罠を見破るには至れず、万能ではなかった。

既知となった出来事や対象も、いざ起きるとなると事を構えるタイミングは常に変動し、またその対象も常に一定ではない。

木々に張り巡らされた蔦や枝の結界、落ち葉や柔らかい土で偽装された窪み、上空から降ってくる硬い木の実や小石や土、それらに俺達は辛酸を舐めさせられた。


「そう、それで俺<だけ>がその場に残って…」

「然り、赤法師殿がピア殿から一対一になる状況とその転機となる<予見>を絞り引き出させ、ゴリアーデ殿には事後処理役を任せたにござる。」

未だ漠然とする記憶の中、確かに<巨白猿鬼>に俺の赤い刀身の剣が突き刺さり、その巨躯を地に伏せさせたのを思い出す。

そして、最後。

ヤツの罠が起動され、俺は土砂に埋もれる事になったのだ。

「…あの子に無理をさせてしまったな。」

「それはこちらからすれば赤法師殿もでござるぞ。」

男は爽やかに<呆れた>笑顔を向け、俺はこういったやり取りを以前にもした事があるなと感じ、ただ苦笑いを浮かべてまぶたを閉じた。


―――



また目を開き、上半身を僅かに上げると手拭いがポトリと落ちる。

隣の寝台はまだ灯りが点いており、そこには先の異国風貌の男はおらず、白い鱗の大蛇の尾がはみ出ていた。

目を擦りその尾を辿っていくと、そこには薄緑色の長い髪の女。

「どうかした?」

肘を膝のように折り曲げた自分の尾に当て、への字口をしては俺に目を向け、表情通りの不機嫌さを見せる。

「…いや、少し喉が渇いて。」

そう、少し咳き込みながら答えると女は「ふぅん。」と一言、下半身の尾で楕円を画いては俺の側へと寄っては手の吸い飲みを向けてきた。


無言で差し出された吸い飲みの先に口を付け、冷たい水が喉を潤す。

「…悪い。」

俺は口を離すと、再び寝台に横たわり、天井を眺める。

「…何よ。もう、戻りかかかってるじゃないの。」

彼女は先程よりも口を不機嫌に尖らせると、目を細め、俺の額に手拭いを押し当てた。

「だから、謝ってるだろ。」

「…そ、そういう事じゃないわよ。」

女は俺の一言で更なる不機嫌さが増したようで、プイと顔を背ける。

「…だから、悪いって。」

俺はもう一度謝ると、女は小さく息を一つ吐いた。



―――そういうときは、素直に<ありがとう>と言ってください。


「……え?」


俺の側、目の前には確かに<ネレイド>の女が寄り添っている。

しかし、目の前の女の長い髪色は薄緑色でもなく、瞳は琥珀の色でもなく下半身は美しい青色の鱗だ。


「…悪い。」


―――ダメですよ。そんな口癖になってしまっていては。


こちらを笑顔で振り向きながら、彼女は花畑の中を進んでいく。

波がかった長い髪が強い風になびき、散った花弁と共に舞う。

俺の全身は重く、両手を見ると重厚な小手、全身も鎧に包まれ、風を受ける感触からマントを羽織っているのも分かった。

俺は慣れぬ身形で彼女を必死に追い掛ける。



「…悪い。」


―――構いませんよ。海の底から彼方を担いだ時に比べたら!それに、言いましたよね?


もたつき、足を取られ、勢いを止められず、俺は彼女に覆い被さるよう倒れこんでしまった。

しかし、髪に花弁をいくつも絡ませながら、楽しそうに彼女は笑う。



「…悪い。」


―――いいんです。でも、私、こそ、ごめんなさい、彼方に、<役目>を押し付け…


俺が身体を起こすと右手には剣が握られており、その刀身は血で染まっている。

彼女の瞳は既に光なく、胸元の傷口からは血と共に命が止め処なく流れ出ていく。

急いで彼女を抱き上げ、俺は名を呼び続けていた。


―――■■■ッッ!


―――ありがとう。最後、まで、その名で、呼んで、くれて。



***********************


■■の■臓


***********************



#@#&&!?&&#@#



気が付くと、俺は上半身を起こし、毛布の端を両手で握り、全身から滝の様に汗を流していた。

額から落ちた手拭いは寝台の水桶に浸されているのに気付き、それを絞って顔を拭く。


「…赤マントさん?」

小さな足音が床を鳴らし、少女が俺の居る寝台を覗き込んだ。

「…お、おはようでいいのかな?…ピア…ちゃん。」

「はいっ!」

俺の言葉に少女の垂れ下がった耳がピンと上向きになる。

ピアは両膝を折り、寝台に居座る俺と目線を同じくした。


「あの、ウィレミナさんから、赤マントさんにって。」

「gm~。」

少女は両手に抱く河グリフォンの幼体のカワノスケの背中から何かを取り出し、それを俺に差し出した。

それは俺の普段から身に着ける赤い襟巻きで、洗濯が済んだのかとても触り心地が良い。

「わる、…いや、ありがとう。」

俺は手を伸ばし、少女の頭に触れると彼女の髪を丁寧に撫で、礼を述べた。


「それと、がんばったな、ピアちゃん。」

そして、今回の出来事について、俺は労いの言葉を掛けると、瞬時にピアの顔は赤らみ、口を歪ませながら視線を外し、カワノスケで顔を覆う。

「は、恥ずかしいですっ!そそそ、そんな、そんなの!」

そのまま立ち上がり様に俺の手は弾かれ、少女は背中を向けてしまう。

「…そ、それじゃあ、皆さんはもう車両の外で待っていますから。赤マントさんの荷物は隣の寝台に置いてありますからっ!」

「gm~~。」

そう、少女は声高に言うとカワノスケを強く抱き、そのまま車両から出て行ってしまった。

俺はその背中をただ見送ると、柄にも無い事をしてしまったかと後頭部をくしゃりと掻いては息を吐く。


―――パンッッ!


両手で頬を引っ叩くと、俺は寝台から立ち上がり身支度を整え始めた。


脚甲、小手を通し、板金鎧を何時もの手順で装備していく。

ポーチの並んだベルト、剣帯を腰に、剣の収まる鞘を右腰に、赤いマントを一度強くはためかせて羽織ると留め金を付ける。

そして、肩、腰を回し、肘、膝を曲げては具合を確かめ、最後に赤い襟巻きを勢いつけて首に巻き、仕上げた。


「…よっしゃッ!」

髪全体を掻き回した後に軽く脇を締め気合を入れ、俺は車両を後にしては客車の外へと向かい出る。



<終着駅>、本来ならば半ばで降りたはずの<大鉄道>の旅も結局は最後まで乗るハメとなってしまった。

車両を降りると春も半ばに入るというのに寒さが肌を刺す中、先に下車した一行が客車の前で佇んでいる。


「調子は如何にござるか、赤法師殿。」

異国風貌、額に2本の角の優男の剣士、<ゴブリン>の<サブラヒ>、ソウシロウが声を掛け相も変わらず爽やかな顔を向け来た。

「まったく、だらしないわね。グランは何時もならこういう事に一番口煩い癖にッ!」

薄緑色の長い髪を掻きあげ、<ネレイド>のラミーネはまるで呆れたと言わんばかりの表情をソウシロウに見せつける。

「ふふっ、でもグラン様の体調が無事回復なされてよかったですわ。」

給士服を纏う、青味がかった銀髪、耳の長い<エルフ>のウィレミナは頬に手を宛て、洗濯した俺のマントと襟巻きの仕上がりを満足気に確認していた。

「お前は<不死身>であっても<無敵>ではないのだ。少しはこれを機に周囲との連携を改めたらどうだ?赤マントよ。」

白亜の全身金属鎧に包まれた<ルゴーレム>の大男、ゴリアーデは腕組みし、鼻を鳴らして俺に苦言する。

「…」

<フォウッド>の少女ピアは片方の耳が垂れ下がり、カワノスケを抱いたまま、ただこちらを眺めていた。


「…すまなかった。今回は世話になったよ。」

俺はとりあえずの頭を下げ、一行に礼を言う。


―――はぁ~~~~~~~~…


「<いつもの>にござるなぁ。」

「やっぱり、<いつもの>ね。」

「<いつもの>に戻ってしまわれましたね。」

「…お前はいつもこうなのか?」

「…」

一同、溜息の後それぞれが好き勝手に感想を述べると、俺が頭を上げる頃には先へと進でいた。


「…」

俺は眉毛を歪ませてくしゃり、後頭部の髪を掻き毟る。

冷たい風が吹き抜け、マントと襟巻きをたなびかせると、陽射しの強いレール後方へ駆けてく。


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