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紅い喰拓 GRAN YUMMY  作者: 嶽蝦夷うなぎ
・それは不死身の赤マント
16/232

5-1.満月が重なって

挿絵(By みてみん)

 外の人々の声、行き交う荷車、通りを賑わす音で目が覚めた。

日は既に高く真昼前だろうか、窓から入る突き刺さるような光がまぶた越しからでも感じとれる。

そういえば昨晩は景気良くお酒を文字通り浴びる様に飲んだのであった。

頭の中がぐるぐると今と昨日の記憶で掻き雑ぜられる中、突き刺さる光の棘に我慢できずかまぶたが開いてゆく。

残り酒のせいか視野と思考はピントが合わず僅かに開かれる視界は曇りガラスの様な世界が広がっていた。


「んー…、んー…」


何時も通りに手の中にかすかに感じる<塊>を胸元まで手繰りよせてはこねくり回す。

まだぼやけた世界しか映さない目の変わりに手の感覚が今をハッキリと伝えてきてくれる。


「…ンフフフ。」

わさわさとした毛髪の触感、就寝時にいつも抱きつくシャオリーの頭髪であろう。

彼女のブラシよりはやや柔らかくもこのハネ返りがありこそばゆい。

目覚める時この髪の毛をこねくり回すのが私の寝覚めの儀式であった。

だがもう朝は過ぎているのだろう、また彼女が不機嫌になってしまう前に早々に儀式を満足したら体を起こさねば。


「ミャー。」


そんな酒で霧の沼地と化した思考を練り上げてゆく最中、胸元で鳴き声があがると共にもぞもぞと何かがうごめきだした。


「あー?、ンー…?、なんだ…?」


そして次に鳴き声とは違う低い、聞きなれない声があがった。


はて、そういえば、酒に潰れた翌日の<朝>を迎える際、何時もは彼女に抱きつきながら起きていただろうか?

今が昼前ならば何時ものシャオリーならばとっくに起きているのではないだろうか?


そう、私は何時もシャオリーに<朝>起こされ同時に起床しているのだから。

と、すると私が抱き着いている<彼女>は一体?


頭の疑問が廻っている最中、<彼女>はもぞもぞと動きだし上半身を起こすと纏わり着いた私の半身を肩で払いのけだす。

私の上半身は<彼女>の動きに連なり起き上がり、間に挟まっていた異物は私の眼前に広がるシーツの上に転がり落ちた。


「猫。」

「ネコ。」


シーツの上には灰茶毛の猫が居た。

あぁ、そういえば昨晩この猫を追いかけて宿の部屋に帰ったんだっけ。

指で額を撫で異物の正体を確認し終え、そのまま起きる様に視線を上げるとそこにこちらを振り向いて居るのは<彼女>では無く…。


全く見知らぬそ知らぬ<赤い襟巻きを巻いた黒短髪の男>であった。

そして必然的に互いの目が合い自然と互いの疑問が口からこぼれる。


「誰?」

「ダレ?」


「ミャーォ。」


外の賑わいと風が窓から流れ込みカーテンが大きくたなびくと、

「「誰だー!?」」


曇りガラスの視界と思考はは瞬時に吹き飛び鮮明なものへと切り替わった。


「何だ?誰だ!?物取り?いや、ならなんで一緒に寝て居る?っていうか、え!?ネレイド!?」

「そっちこそ誰よ!女子の部屋に入ってきた上に同じベッドで寝るとか!」

「いや、いやいやいや、ここは俺が取った部屋だぞ!?アンタこそ何処からどうやって入って来れるんだよ!?」

男はベッドから離れるやすぐさま身構え、私はとっさにベッド上のブランケットを胸元に巻きつける。


「よらないで!ヘンタイ!シャオリー!シャオリー!居ないの!?ヘンタイ!ヘンタイが部屋に居るのよ!?」

「おい!」

声を上げると黙らせようとしたのか男は私の腕を掴みかかってくる。


「離してッ!」

私は男の腕を払うと反射的に半身をスナップさせ尾足は目の前の不審者の腹部へ叩きつけていた。

「イヤーッ!ヘンタイ!ゴウカン!オカサレル!」


「くそッ…」

尾撃を受けた不審者の男は苦悶の声を吐き後ろによろけると立てかけていた剣を手に取った。

そして両手に構えると再度こちらに取っ組みかかろうとした。

「コイツっ!」

「――――――!!」

戦慄が走る。

街中、屋内ではあるが緊急事態だ、思考は瞬時に冴え渡り目の前の<敵>を排除せんと私は即座に攻撃の為に印の初動を画く。


「ミャー。」


「「ミャー…?」」


そして男が動かんとするの瞬間、灰茶の猫は何時の間にか男の頭に登っておりその毛髪を舌でじゃれ遊びはじめていた。


プッ クックックックックッ…

私は男の剣幕な表情と放たれる殺気から掛け離れたその姿から思わず印を解き口元を塞ぎ笑いを堪える。


フッ フフフッ クッ…クックッ…

少しして男も頭の違和感と私の態度に気付いたのか剣を下げ収めると笑いをあげだした。


アッハッハッハッハ!!!


―――ハァー…

「って、いうか、酒くさッ!アンタ相当飲んで…」


そして一頻り笑ったせいか、ため息のせいか、腹底の酒気が込みあがり辺り一面を満たしていく。

笑い声と酒気で先程までの緊迫した空気はすっかりと塗りつぶされてしまっていた。


「あ、ヤバ…」


それらが呼び水となったのか腹底に在ったものまでが一気に込み上がりだす。


「ウッ…」

「おい、待て…」

熱い流動体は食道をチリチリと焦がしながら塞き止める事はできず喉元へ突き進んでいた。



「ン―…ンンー…」

「ちょっとーーーー!?」

男は両手に掴んでいた剣を放るととっさに私を担ぎ上げ掛けだした。

担がれ揺れる肉体と腹から流れだす酒気により視界は再びぼやけだし曇りだす。

この直後どうなったかはわからないが私は僅かの時間意識が飛んだのは確かだ。


「ミャー。」


―――


「ずびばぜんです…。」

再び気が付いた時、私は再びベッドに戻されておりただうな垂れていた。

そして枕越しに見える部屋模様に間取りはチェックインしたときの部屋とはまるで違うものと気が付いた。


「で、少しは気分は良くなったか?」

事態が落ち着いたと判断したのかしばらく腕を組み監視像の様に睨みを利かせていた赤襟巻きの男が取調べを切り出してきた。

先程は気が付かなかったが男は怪我をしているのか左腕には幅広の包帯がやや雑に巻かれている。


「無理…」

男の形相をチラリと伺うと枕に顔を埋めて今の受け入れがたい惨状、現実から目を背ける。

「ハァ…ホラよ、アンタ水筒を持ってないみたいだし、酔い覚ましじゃないがコレでも飲んで口の中でも濯いでおきな。」

男はこちらに液薬らしき小瓶をベッドの上へと放り投げてきた。


*****************************


?柑橘系のエード


*****************************


見慣れぬ小瓶の栓を抜き取ると柑橘系の爽やかな香りがふわりと鼻の奥へ流れ込んだ。

香りのせいか瓶は抵抗無く自然と口元へと運ばれ、一口と喉へ注がれていった。

(あ、結構好きかも…)


口は爽やかな香りで満たされ喉に絡み付いた先程の逆流はすっかり洗い流されていた。

二口、三口と飲んでしばらくするとその清涼感は腹へ、肺へ、喉、鼻から頭へと広がって行きはじけていく。

(ンーーー!結構じゃなくかなり好きかも!)


「じゃ、悪いがこのポーチの中を改めさせてもらうぞ。」

「ハッ!!」

ちょっと機嫌が上向き担ったのを悟られたのか男は椅子をベッド傍まで持ってくると背もたれに寄りかかるようにして座る。

そいて男の手には腰に巻いていたはずの私のポーチがぶら下がっていた。

「な、何どさくさに紛れて女性の衣服を引っぺがすだなんて!ヘンタイ!」

「しとらんわ!枕元に置いてあったんだよ!」


「はぎゃっ!」

ポーチを取り返そうと身を乗り出そうするがポーチは取り合げ、いなされて、危うくベッドから滑り落ちそうになる。

「まったく、伸びたり縮んだり丸まったりと忙しいヤツだな。」


「でも、中身を見られるのは、イヤッ…。」

同性ならまだしもだが見ず知らずの初対面の異性に鞄の類の中身弄くりまわされ見られるだなんて途轍もなく恥ずかしいのが乙女心というもの。



取り上げられたポーチに再度身体を手を伸ばし抵抗するが…残り酒の気だるさをエードにより払われたと勘違いしただけで抵抗力は意識が無い中ですっかり失っており

「どうこう言える立場かッおのれは。」と、摘む指先を簡単に振りほどかれポーチはすっかり男の手中へと納まってしまった。


そして私はエードをちびちびと舐め、男の裁決を待つだけになってしまった。


―――


手鏡に櫛、化粧箱、塗り薬、etc…etc…

黒髪で赤襟巻きの男は無言でポーチから品を取り出しては指先で返し、ベッドに敷いた手拭いの上放る様に並べては改めて行く。


「とりあえず、物盗りじゃないようだ…が、簡易術具、そしてこれは触媒の類か…?ま、ネレイドの時点で同業者か。」


<同業者>、この男も冒険者らしい、確かに行商人にしては部屋に置いてある荷物は少なく旅行者にしては先の剣をはじめ物騒な成り立ちだ。

何よりその鮮血が常に滴るかの様なその赤い襟巻きは普通のヒトが伊達や酔狂でも常に巻いて居るようなモノにしては重圧な雰囲気を放っていた。


「…」

しばらくして男は溜め息も吐かず無言でこちらに何かを問いたげに視線を送り続けてきた。

そして目の前で出される品々を見て自分でも恥ずかしながら気付いたのだ、私の身の証を立てるものが何一つなかった。

「…」


「ミャー。」

猫はベッドの上であくびを挙げては丸くなっている。


「さて、アンタの体調がもう少し戻ったら詰所に行くか。」

空になったポーチを軽く振り中身が無い事を確認するとこちらへ放り投げてよこした。

「そ、それだけはご勘弁を~…」

ベッドから這う様に男に擦り付くと私は責めての御目溢しを願うしかできなかった。

「あぁもう、やめぃ、やめぃ!酒臭いわ!擦り寄るな!」


詰所に連れて行かれたら罪状は例え無いとするにしても身の証が無い以上きっと取り調べで半日以上は拘束を受けてしまう。

その間仲間とも連絡が取れなかった場合どうなるか、最悪見捨てられてしまう事だってありうる。

それだけは、それだけは避けなければならない。


「侵入に暴行、更に冒険者が身分証掲示不能、ね。これだけでも監禁拘束モノだな。」

「暴行は不可抗力で…。」

「だから、それだけの問題じゃないっつーの。」

口元の襟巻きで表情の細部は見取れないが男はその眉の角度と眉間から何か私を哀れみと諦めで見つめていた。


「じゃあ何か身の証を立てる方法があるとてでも?」

「自分の部屋に戻れば他の荷物の一式はあるし私の身元保証になる仲間も居るはずだから部屋に行ければ…。」

「部屋ってどこよ。」

「二○七号室。」

「ハァ、何号室だって?」

「だから、二○七号室。」

「…ここは二○五号室で以降の部屋番は無いが別の宿か?」

「…ここって<フラディージャ宿>でしょ!?酔ってたとはいえ入るときに看板は見た覚えがあるもの!」


「<フラディージャの宿>は間違いないな、<フラディージャの宿、南区館>の二○五号室だ。」

「南区?」

「復唱するか?」

「え…北区じゃなくて?」

「南区。」


「え…?はい?みなみ…?」


そういえばそうなのだ、そもそも仲間が同じ宿にいるならば先程の悶着で誰かが来ていてもいいはずだ。

当たり前の様に過していた時間から外れている事を私は失念していたと同時に最大の謎が浮かび上がった。


「えぇーーー!どうやったら区境の壁を越えて北区から南区の宿に入れるのよッ!」

「それを知りたいのはこっちじゃーーーーッ!!」


―――


この街はいわゆる、と、いうよりもまるで絵に描いたかのような円形を成す囲郭都市だ。

周辺は南北の丘に挟まれている程度で他周囲は見渡す限りの平野が広がっており街は中央を守る内壁とその周辺市街を守る外壁に囲まれ更に四方を壁で区切られている。

私は仲間達と街の北区に滞在し冒険者としての活動を日々を送っていたのだった。


そして…


「それで。」

「はい。」

今は見も知らぬ部屋で見も知らぬ男に尋問を受けていた。


「アンタは中央区のお偉いさん方に活動のお目通りが適った事に酒場で浮かれに浮かれて羽目外して。」

「はい。」

「いい気分で帰宅途中に猫を見つけて追い回し。」

「はい。」

「四区画を隔てる内壁を衛兵に見つからずに越えて。」

「はい。」

「自分の同じ系列の宿の看板が見えたから勘違いして俺の部屋へベッドへと潜り込んだと。」

「はい。」

男は椅子の背もたれに寄りかかりながら実に不機嫌そうな姿勢で尋問をしていく。

目元や眉間は平静、平坦なものだが口と喉元を覆う赤々しい襟巻きからどこか怒りを現してるかの様だった。


「アッハッハッハッハ!」

「イヤハハハハ…」


「いやー、ないわー。ありえないわー。」

男から渇いた笑いと共にまるで袋に溜め込まれた空気が吹き出るかのような溜め息が放たれる。


「あのなぁ、そもそもここ二階だぜ、二階。子供のしつけ話に出てくるような怪異の類かよアンタ。」

「ほら、それはちゃんとこの子が一緒に紛れ込んでるし嘘は吐いてないでしょ。」

猫を掲げ自分が実在する存在だと誇示する。


「ねー?」

「ニャー。」

そして灰茶の猫に同意を求めるも声を鳴らすだけで何も答えてくれない。それもそうだ。


「お願い、夕方までには仲間と合流しないといけない用事があるの!」

「…互いの方位を示すコンパスもなし、アンタの言う<仲間>との連絡手段になる様なものもなしか…」

男は部屋の出入り口を見て<閉扉の札>が解かれていない事を横目で確認しながら再度ため息を漏らしていた。


「で、中央区に連れて行けば仲間とは合流できるんだな?」

「えっ!?許してくれるの!?」

「違う、俺も外に用事があるからな貴重な時間を割いてる暇何て無いの。」

そう男は髪をかきむしりながら何か決心をしたかの様に席を立つと身支度を始めだす。


「ただ合流できたらそれ相応の迷惑料は付けて貰うからな。」

「うぅ、何よぉ、邪険にして!女の子がこんなに困っているのに!」

「アンタの酒乱で困ってるのは俺の方なんですけどねぇ!?」


「あーイカンイカン、こうやって居る間に時間だけが過ぎていく。」

男はまた食ってかかる姿勢を見せるが額をペチンと叩くとブツブツと呪文を唱えるかの様に身支度を再開しだしていた。

腰にサイズの異なり連なったポーチのベルトを巻き、先程構え持った剣をベルトに帯びる。

仲間がキャンプや酒場で休息を終えた時に目にする実に日常的な光景だ。

ただ男の帯剣は右腰、更には柄が上向きでなく下を向き、ポーチにもかぶせが上下が反転しているものが伺える。

その身成が整っていくとその姿は何処にでも居そうな<アシワレ>の男から何か異質さ何処か禍々しさすら感じるものとなっていた。


「おっとそうだ、ホラよアンタのポーチ。」

「はうちっ。」

そんな工程をぼんやりと猫を撫でながら見送っていると突如放り投げられたポーチを顔面でキャッチする。


「忘れ物なんかされたら適わないからな。ちゃんと仕舞って支度しろよ。」

「何よ、ポーチからは自分で全部出したくせに…」

私も我に帰りブツブツと呪文を唱えるが如く男に出されたポーチの中身をしまい込んで行く。


後は最低限の身成だ。

化粧水で顔を拭き、櫛で髪を簡単にとく、そして腰布のシワを出来るだけ伸ばす。

満足いくものでは無いが冒険者という立場がら多少は目を瞑って…


「って、えぇ!?ちょ、ちょっと、こんな格好で私を昼間の通りに出歩かせるの!?」

「その姿でここまで来たのはアンタの方なんだが。」

「えー、背中と肩の素肌を晒して歩けだなんて…」

「その長い髪で目立たないだろ…」

「そういう問題じゃ無い!!」

今の私の胸元は下地はあるものの布切れ一枚を巻いているだけである。


「…全く、どこまでも世話の焼ける…」

外衣を纏いすっかり赤一色になった男は自身の背嚢を弄りだしそこから衣服を一着引っ張り出してきた。

「ホレ、行商人から押し付けられた男物の袖着だが無いよりいいだろ。」

「んー、シワ着いてるし、なんか可愛くない…」

折りたたまれてはいたものの詰め込まれていたのかその上着はよれてシワが走っていた。


「なら囚人服でも着るかコノヤロー。いいから着ろ!」

「はうちっ。」

衣服の吟味をしている隙に再び顔面で投げ寄越されたものを受け取ってしまった。


男物の上着に袖を通して一捻り考えを巡らせる。

そして長い袖と丈を捲り上げ、丈を捻って前で結ぶ。

港町で女性海兵の姿を思い出しそれに習ってみた。

「どう?これなら少しは可愛く見えるでしょ?」


腰をくねらせポーズをとって男へと見せ付けるも。

「何がどう違うんだ…」

「全然違うでしょ!」

「………じゃ、先にフロントに降りてますから。あ、逃げたとわかったら即衛兵に知らせるからな。」

そう男は眉ひとつも動かさず部屋を出て行ってしまった。


「ちょっと!もう!そっちなんて頭以外赤一色のくせに!」


―――


「アーン、本当にドコなのよぉ、ここぉ?。」

<赤いの>が外出手続きをしている間一足先に宿を出てふと人々が行き交う通りに目を移す。


長く滞在しているとはいえ生活の拠点では無い区の外観など全くというほど見覚えがあるわけも無い。

ただ視界に嫌でも入り込む街を囲む見慣れた壁がまだ街に居続けている証となっていた。

今にでも仲間の所へ這い駆けて行きたい所だが仕方なく暇潰しに通りを行き交う人々を眺め男の到着を待つ事にした。


目に入る住人達の大半はヒューネスまぁこれはいまやどの土地でも見かけない方が珍しいだろう。

続いてエルフ、ドワーフ、コボルド、ドラグネス…陸内ではお馴染みの<アシワレ>の種族達が見受けられた。

(ま、沿岸の街でもないし大陸の西方部に同族なんてそうそう居るわけ無いかぁ。)


物珍しさに寄って来る者は居なないものの、たまに通りがけの者が目をこちらへジロジロと何度か向ける視線が伝わってくる。

覇王の時代が終わり五百年余りとはいえ自分の種族(ネレイド)が如何にまだ時代に馴染めて居ないかを痛感する。

私達はまだ世界からすれば古き時代から閉じこもっていただけの歴史の浅い種族なのだと。


「何か珍しい物でも見つけたのか?」

猫の額を撫でながら軽く溜め息を付いたとき<赤いの>が手続きを終えたようで後ろから声をかけてきた。

「いーえ、別に。」

有触れた<ヒューネス>らしきその男に自身を皮肉られた様な見透かされた気がして突っぱね返す。

「まったく、アンタとの騒ぎで女将さんに怒られちまったよ。」


「…なんだよ?」

「な、なんでもないわよ!早く行きましょ!」

そして恥ずかしさは男の素っ気無さのせいで男への怒りへと変わった。

「やれやれ、それはこっちの台詞だっての。」


―――


通りを添って進んでいくと右と左の両端に街を取り囲む高い幕壁が視界に入りこむ。

左手には外と街とを遮る壁が、右手には自分の向かう今の場所と中央区と外壁よりやや低い遮る壁があり、建物はまるで岩に張り付く苔の様に幕壁に沿いながら密接して建てられている。

街の道幅も余裕があり天井は無く青い空が広がっているとはいえその覆いかぶさるような圧迫感はまるで洞窟の中に居るかのようであった。


この壁がなければきっと街に入る最中見受けられた左手からは小高い丘から下る平原へのパノラマが一望できるのであろう。

今の最悪な気分の状況にせめて故郷の海とは行かないまでも何か広々としたものを眺めたい気分だ。


そんな事を想い拭けっては腕の中でゴロゴロとしている猫を撫でては道中の気分を紛らわせていたのだが。


「ところで、その猫は何時まで持ち続けていくつもりだ。」

「ミャー。」

しばらく双方無言のまま南門まで移動してる最中あの小煩い赤い男が後から口を開く。


「あ、えーっと、仲間と合流するまで…はダメ?」

「ダメです。」

即答であった。


「それに首輪あるだろ、その猫飼い主が居るぞ?」

灰茶の長い毛をめくると濃く青い首輪が覗き出す。

それに考えてみれば半日近く私はこのコに餌も与えず拘束させているのだ。


「うー。」

「…」

赤い男は立ち止まると身体をやや射にし腕を組むとただ無言でこちらが手放すのを待つ構えであった。

きっと口を開いても口論、今の私の立場からは強い主張はできないし、している時間もない。


「うー。」

しぶしぶとこのささやかな癒しを手放す。

腕を広げると猫はぴょんと路地に飛び移り、すぐさま別の路地奥へと駆けて行き、少しこちらを見た後再び駆けだしてすっかりと見えなくなっていった。


「うーー。」

「変な顔でこっちを見るな。いいから、中央区に繋がる南門に行くぞ。」

あぁ、精霊よ古に居たという神々よ東方においでなす如来様でもいい、私にご慈悲を。孤独からお救いください。


―――


「はぁ、通れない。」

「な、何でも今は賓客を迎えているから各門での出入りを制限しているんだって…」

街の入り口と中央区を真直ぐ繋ぐ南門の大通りは外延の通りに比べ行き交う荷馬車や人々で賑わいが増している。

赤い男は自分の問題と用事では無いからと私だけに交通の是非を確かめに行かせ通り沿いの適当な段差に腰を下ろしていた。


「ほら、私、手帳も無いから、身分示せないし、ここは証文を持った物資の搬入とその関係者だけで…その…」

南門は普段北区でみていた中央への警備とはやや厳しくなっており検問の効率化と警備の強化からか衛兵の人数が増されている様子だ。


「よし!」

私の話を聞きしばらく男は黙っていると突如膝をパン!とキレのある音を立て迷いなく立ち上がった。

「あの門番達に詰所へ案内してもらおう!!」

「ダメーッ!」

「知らん、これ以上は面倒は見切れん。後は自分でどうにかしてくれ。」

「同業者のよしみで助けてえぇー。」

「だからやめぃ!纏わり付くな!目立つから!」

私は無我夢中で男に組み付いて押さえつける。

ここで北区に戻るアテを手放したらきっと仲間の下には戻れないそんな不安で一杯になっていた。


「いや、ホントやめて下さい、変な視線受けてるんで衛兵がチラ見してますんでホントお願いします。」


男は人目を避けるためか私を引き釣り裏路地に入り適当な段差で腰を下ろしていた。

「お願いします。何でもは出来ませんけど。何でもしますからお願いします。」

私は適当な所で引き剥がされ男に向かって出来る限りの謝罪と嘆願の姿勢を見せる。

「何か矛盾してるな、というよりその姿勢何、ヒノモトでいうDOGEZA!?」

「…」

「うん、あの、いつ人目が着くのかわからんのでホント普通にしていてくれます?」

男は私に手をかけ起きあがるように促すと再び段差に腰を下ろしだす。


「ったく、わかったよ外延の通りを通って回って北区まで行けばいいんだろ。」

「…ホント?」

「あぁ、本当ですとも。」

「衛兵に言わない?」

「俺の視界に入ってる内はな。」

「今の私じゃなんにも対価とか払えないよ。」

「しいて言うならこれ以上時間を使わせない事だな。」


「だからまず俺の用事も済ませてくれよ。というか巻きつくな。泣くな。」

私はただ<救いの兆し>に感謝してすがるしかなかった。

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