32-7.幻に名を問う
2人は突如、ピアの腕の中に居たカワノスケが喋りだし、互いに驚いた。
しかし、<水底狩人>達は羽音を鳴らし、再び木々の影から姿を現し襲い掛かる。
≪くそッ、まずはコイツ等が先か。≫
<赤い竜>と成ったグラン両手でピアとカワノスケを抱え、<水底狩人>から守ると同時に迎撃へと打って出た。
グランは尾をしならせ、伸ばし、<水底狩人>の1匹を叩き付けも、1匹を弾いたところで残る<水底狩人>がグランへと飛び掛かる。
――ブブッ……ブブブッブッ!
すぐに尾を引き戻し、自身の防御に回したが、<水底狩人>は鎌状の腕を伸ばし赤銅色の装甲をで引き裂いた。
「赤マントさん…ッ!」
≪グゥッ!何、手緩い手緩いッ!≫
体格差は圧倒的有利とはいえ、機動性と空中を自在に飛び回れるというアドバンテージは<水底狩人>が勝る。
<咆哮>で焼き払うのが手っ取り早いが少女の避難出来ねば巻き込む為にそれは出来ない。
≪確か、<協力>とかこぼしたな、何か<策>があるのか?≫
「…我をあの巨大な実に接触させて欲しい。そうすれば我の<同期>の力で動きを止められるはずだ。」
カワノスケは少女に抱えられながら、巨大な<風精灯>を嘴で指し示して答えた。
グランは<水底狩人>の攻撃をいなしながら、その案を受け入れる。
すると、こちらの狙いを悟ったのか、<水底狩人>の動きは更に素早くなり、徹底とした妨害を行う。
止まらぬ波状かつ不変則立体軌道から繰り出される攻撃に、グランは身体の傷を増やし、やがて動きを止めた。
≪埒があかんッ!こうなりゃ投げ飛ばすぞ、いいな!?≫
「已むえんな。」
グランは<水底狩人>の1匹が接近した瞬間を狙い、尾を振りかざして叩き付け、すかさず片腕でカワノスケを掴むと、<風精灯>に向かって腕を振り上げる。
だが、投げる姿勢の最中に<水底狩人>は振り上げた腕へと飛び掛かった。
≪しまったッ!≫
しかし、グランの腕には何も手にされておらず、ただ<水底狩人>の鋭い腕と牙が腕の装甲を軋ませただけ。
≪…なーんてなァッ!≫
その隙に尾を振り回し、下から上へ、先端に巻き付けていたカワノスケを巨大な<風精灯>へ投げ付けた。
身体を丸め、回転し、飛翔するカワノスケは後に身体を広げ<風精灯>に接触する。
それに気付いた<水底狩人>であったが、時既に遅し、羽音が空を響かせ出す前にカワノスケは<風精灯>と同化するように沈み始めた。
「gm~~~ウゥム~~~~ッッ!」
全身が翡翠の如く輝きだし、カワノスケの周囲には雷光が走る。
雷光は巨大な<風精灯>の表面に薄い紋様を描き、カワノスケは全身から放電し始めた。
次の瞬間、刹那、その光は当たり一面を包み込み、轟音と閃光は森全体へと広がる。
そして、光が収まりグランが視界を取り戻すと、そこには不可思議な光景が映し出された。
空中で動きが止まった3匹の<水底狩人>。
だが、時が停止したわけでなく、羽音、周囲に流れる風、木々の葉が擦れる音は耳に入る。
(な、何だ?何故、身体が動かない…?)
なればと<水底狩人>に<赤い竜>は爪を立て、腕を振るおうとするも、その身体は石像が如く、微動だにしない。
―――急ぎ行った故、<同期>の規模を絞れなかった。我にどうしたいか、イメージを送れ、さすればその通りに我が動かす。
グランの脳裏にカワノスケの声が響き、それに反応し彼は頭の中で<水底狩人>をどう倒したいかと念じた。
1匹目は爪が赤い一閃を画き、両断。
2匹目は両足で全体重を乗せ、圧壊。
3匹目は尻尾を伸ばしその先端で貫通。
<水底狩人>を屠るイメージをカワノスケへと送り、僅かな間の後、<水底狩人>は順に粉砕されていった。
…
≪はぁっ、はぁっ、はぁっ…ふぅッ!≫
<水底狩人>の殲滅後、グランは自由に呼吸できる事を確認し、息を荒げながらカワノスケの張り付いた<風精灯>へと近づく。
既に巨大な<風精灯>は発光も徐々に弱まり、頭頂部から崩れだし、肥大化したカワノスケもそれに合わせ、元の大きさへと戻りだす。
そして、腕の中でピアがカワノスケへ手を伸ばしている事を察し、グランはカワノスケを<風精灯>から引き剥がすと少女の手へと渡した。
「…」
「…」
ただ少女はカワノスケ、いや、その中に居るであろう別の<何か>をただ見つめ、そしてカワノスケは少女に見つめられ、ただ沈黙する。
「アナタは誰…?」
「…我が母よ、こうして初めて互い<目>を通してお伺いする。…ですが、残念ながら、その答えを、言葉を交わすには時が不足しているようです。」
少女は<何か>へ問いかけ、<何か>はそれにただ答えるが少女は首を横に振る。
「…ううん。違うのアナタのお名前は…、何?」
「ナマエ…、我に<名>という概念はございません。」
「じゃあ、私が決めてもいい?」
「それは、我にを<名付け>するという認識でよろしいか?」
少女は頷き、カワノスケは沈黙し、グランも少女が向ける視線に頷いた。
…
「…アナタの名前は<スピリタ>。春の夜に輝く双子星の1つ。」
少女はカワノスケ、<スピリタ>に名前を告げると、沈黙し、そして嘴を少女へ向ける。
「<スピリタ>…我の名…、おぉ、我が母よ、我が母よ…、だが、もう、我はアナタの中へと再び眠ってしまう…」
「…うん。また今度、ゆっくりお話しよう。」
<スピリタ>の言葉に少女は頷き、その身体を抱き抱き締めた。
「…gm~?」
「…おやすみなさい。」
するとカワノスケの身体は徐々に輪郭をぼやかせ、本来の大きさにすっかりと戻ってしまう。
グランは少女の様子を見て、彼女は既にスピリタの存在と彼女の姉の関係性を理解しているのではと考えていた。
それは、つまり、本来彼女だった肉体の事も。
≪…ピアちゃん。≫
つい、少女に向かって声を掛け、答えを聞き出してしまいそうになるが、グランは口を閉ざす。
「どこか痛いのですか、赤マントさん?…お顔が、怖いです。」
≪顔が怖い!?…って、今は竜の姿なんだ、怖くてあたりまえだ。≫
ピアの指摘にグランは慌てて顔を手で擦るが、その事で彼女の微笑んだ顔が見えた事に気付き、男は少し照れた。
≪…戻ろうか。≫
「うん!」
―――
足鳴りと共に赤い巨影が茂みの奥から現れ、ゴリアーデ、ラミーネ、ウィレミナは身構える。
「待つにござる。」
だが、ソウシロウがそれを制し、赤い影は歩み出た。
「…無事で何よりでござる、赤法師殿。」
≪無事なものか、散々だったぜ。≫
赤い仮面状の嘴から聞こえる声とその口調に一行はその竜がグランである事を察し。
そして、腕の中の少女を降ろすとラミーネは一気に身体を伸ばし、少女を抱き締める。
少女は苦しそうにもがいたがラミーネは構わず抱き続けた。
「…もう!もうッ!…ダメじゃないの!このッ、心配させてェっ!」
本来なら喉の中で溜まっていたであろう罵詈雑言を避けて、ラミーネは少女を抱き締める力を弱め、涙ぐみながらその頭を何度も撫でる。
「ごめんなさい、ラミーネお姉ちゃん…。でも、まだ、く、苦しいよ…」
「gyum~~~…」
一行は無事生還した少女の様子を微笑ましく眺めるも、竜となったもう1人にもまた目を向けた。
すると、<赤い竜>、グランの身体が光を帯びて散りだし、竜の身体が消えると同時に赤いマントと赤い襟巻きを纏った男が現れる。
「ほ、本当にグラン様でしたの…」
「…お前は本当に何者なんだ?」
「知ってるから言える事と、知らないから言い様のない事と、色々あって簡単に説明できない事なのは理解してくれよ。」
黒髪の後頭部をくしゃりと掻いて、グランは言い淀んだ。
「…もう一度、変身しなさいよ。」
「はぁッ!?」
ラミーネの呟きに、グランは素っ頓狂な声を上げた。
「そんな奥の手を使っておいて私達にちゃんと見せないとかずるいじゃないのよぉッ!」
「…ちゃんと見せないなら尚の事奥の手では?」
ピアの抱擁を解き、ラミーネは次にグランへ向かって何度となく拳を振る。
「まぁまぁまぁ。しかし、残念でござるな。その様子だと収穫は得られなかったにみえるが…」
<赤い竜>となって快勝を得られたらのであれば、あの巨大な<風精灯>もしくは<水底狩人>の亡骸を持ち帰ってくる。
だが、グランはただ少女を抱え戻ってきただけ、さぞ徒労を踏んだのだとソウシロウはラミーネとグラン間に割り込みながら労いの言葉をかけた。
しかし、グランは顔を俯かせながら首を横に振る。
「さてな、ま、依頼主様がお喜びになるか解らんが、手応えあるものは手にしてきたぜ?」
そう言って、竜の姿で尾があった方を向いてにやけた。
―――
「…こ、これは<ウンズ・オム・フュダー>の<卵鞘>じゃねーかッ!」
一行は全員の無事が取れるとエリーデの元に戻り、早速とばかり<空輸停>で待つトゥルパへと報告する。
「まぁ、これは一部だけ切り取ったにすぎないが。」
「いや、大手柄だぜ、これは。事前に察知し駆除をしておかなきゃ今後の<風精灯>を採集が大事になるところだ。」
トゥルパはその卵鞘から危機感と同時、今後の運営の安寧を得た事への複雑な表情をみせた。
そして、約束通りに報酬となるだけの額が入った袋を取り出し、一行へと支払う。
「へっ、毎度どうも。」
「…あぁ、そうだ、以前にあの森林帯で変なものを見つけたものがあるんだ。ついでに何か心当たりがないか視てくれねーか?」
そのままトゥルパは席を立ったついでに部屋の隅を漁り出した。
そして、1つの正方形の箱を持って席へと戻ると、その箱をテーブルに置く。
「これなんだけどよ、真っ黒で瘴気の塊とは思ったんだが、にしてはあんまりにつるっとしてて、何だか親近感があってな…」
「こ、これは…」
トゥルパが箱をあけると中から出てきたのは言葉通り、漆黒の宝石に見紛う如し物体。
「ま、<魔神の卵>じゃないのぉッーーー!ワーっ!わーッ!こここ、こんな野晒しにしたらダメーッ!」
非常に小さいとはいえ、ラミーネは既知の超危険物質と悟ると慌てて箱を手にし、部屋を出て行く。
「…な、なんだぁ?」
「あー、実はかくがくがしかじかで、なにがしが…」
目を点にするトゥルパ、ソウシロウは苦笑を浮かべながらその経緯を説明した。
―――
「<コレ>はこちらで処分させて頂きます!」
「わかった、わかった。そんな危険…まぁ本当に瘴気の塊だと解れば手元におかねーよ。」
一行は<大鉄道>の駅へと戻り、再び出発の準備を整える。
ラミーネは<魔神の卵>に処置を施し、トゥルパから取り上げるようにそれを抱え込んだ。
「しかし、刺激はエリーデのヤツで足りてるが退屈な土地には変わりねぇからな、客が来てくれるのは助かったぜ、ありがとよ。」
「報酬がよければまた、また尋ねに来ますがね。」
憎まれ口が減らない赤マントの男にトゥルパは苦笑を他の一行へと見せて肩を竦めた。
「やれやれ、ナナリナとお前のボスのビルキース、2人の女の尻を追ってたら余裕もなくなるか?…ま、じゃあ達者でなッ!」
「…ビルキース!?…なんでアンタが!?」
グランは自身の雇い主が知られている事に去り行くトゥルパへ弁明を求めようと引き止めとする。
だが、まず自分が<不死身の赤マント>、更には<ウィザーク>だと当てたのがトゥルパだとするなら、その推察力には空輸を通し、様々な情報を扱ったうえだと合点がいく。
振り向き様に悪戯っぽく笑い、頭を光らせ後にするトゥルパをグランはとりあえず黙って見送った。
そして、一行は車両に戻った矢先、各々適当に横になり、そのまま深い眠りにつく。
―――
翌朝、地平線から差し込む陽の中を飛ぶ2頭の<鷲獅子>が列車に並び空を駆けている。
ピアがそれに気が付くと、車両の窓を開け、身を乗り出してそれを覗いた。
<鷲獅子>の背には見覚えのある影が2人、少女が向かって大きく手を振ると2人の影も手を振り返す。
互いの挨拶が済むと<鷲獅子>は大きく羽ばたき進路を変え、朝日の中へと消えていく。
その光景と列車の切る風は少女に寂しさと同時に何処か希望を映していた。