32-3.幻に名を問う
エリーデは送られてくる視線に戸惑っていた。
「…あ、アレ?でも<ヒューネス>ではありませんよね?」
ラミーネとソウシロウの視線を受けそれを目の前の赤いマントの男へと向けると、グランはただ赤い襟巻きから覗かせる鼻を弄りながら沈黙を守る。
「…あ、アレ?<ヒューネス>なんです…か?」
「…この聞き返し方、コレを無礼と受け止めるか否か、俺は今、ものすごく悩んでいる。」
眉間にシワを寄せるグランは、エリーデの疑問に答えず腕を組む。
「…まぁ、一見だけなら何かこう、<アンデッド>なヤツよね。グランって。」
「オイ。」
ラミーネは頬杖をつき、グランを鼻で笑う。
「…確かに、拙者の故郷では風に揺れる、垂れた柳が幽霊に見えると言うにござる。赤法師殿の衣服はそう思わせるでござるな。」
「まず実在してる。ヒトとして実体があるから。」
続き、ソウシロウが頷きながらグランの赤マントを見つめ、ラミーネの笑いが強まる。
「ですがグラン様って、そのマントを着ていませんと至極普通な方の印象でございますわね。」
「そもそもに俺は一介の冒険者に過ぎないんだが?剣を置き旅装束を脱いだら当然だよな?」
更にウィレミナが追い打ちをかけると、グランはウィレミナを睨みつけるが、彼女はそんなグランの目を笑みで見返す。
「でも、その、私を助けてくれたときは、怖かったですけど、カッコ良かったです…よ?」
「ピアちゃん…」
加え、ピアが言葉を足すと、グランの瞳は涙に濡れた。
「gm~。」
「…」
河グリフォンの幼体であるカワノスケはただピアの腕の中で鳴き声を上げるだけ。
「そういえばお前はオレに両腕を砕かれたのに、あの短い時間、自力で治したような口ぶりだったな。何か理屈があるのか?」
「…結局、一介の冒険者の一言では済まないのが俺の<身体>か。」
最後、ゴリアーデの兜越しの真摯な視線による質問にグランは頭を掻き、結局は参ったように頭を垂れた。
そして、左腕の金属の小手を脱ぎ、その下の幾つか楔が埋め込まれた漆黒の腕を露わにする。
「種族は<ウィザーク>だとよ。」
「おぉ、土地土地で見かける種族は様々ですが、怪腕、奇脚の<ウィザーク>!本当に居るものなのですね!」
エリーデはその腕を見ながら目を輝かせては、自分の腕と見比べながら感嘆の息を漏らす。
「その腕、オレ達、<ルゴーレム>と似ている様で違うな。それで、<ウィザーク>には再生能力でもあるのか?」
「あぁ、いや、それは俺個人のなんというかで…。まぁ、機会があれば話すよ。」
グランはゴリアーデの質問に歯切れ悪く応えつつ腕を戻し、その返答にゴリアーデはやや不満げに腕を組む。
「しかし、よくコイツがヒューネスじゃないって解ったわね。アナタ、他所で<ウィザーク>を見た事があるとか?」
「いいえ、全くありませんよ?」
ラミーネはエリーデへ疑問をぶつけるも、彼女からは即座に否定の返答がされ一行は揃って姿勢を崩した。
「アレぇ?でも、そう言われれば不思議。よく見れば確かに極々普通の一般ヒューネス男性っぽいのですね…」
「…アンタは俺の外見評をどうしたいんだ。」
左腕を覗き見たついでに再度グランの外見を感想として述べるエリーデに、グランは呆れ顔を浮かべる。
「あーーーッ!…そうです、そうですよ!<不死身の赤マント>!アナタ、<不死身の赤マント>ですよね!?」
そして、エリーデは突然、何かを思い出したかのようにグランの左腕掴む。
「…そう、大陸西部じゃそんな呼ばれ方もしていると聞き及んではおりますが?」
掴まれた腕を振り解き、グランはエリーデの問いを肯定する。
「エリーデ殿はその赤法師殿の通り名から、種族が違うと解ったのでござるか。」
ソウシロウが納得しては、エリーデも大きく頷く。
「これから向かう街の<空輸獣>を面倒見てくれる方から直接見た<不死身の赤マント>の話を伺っていて…」
「それが、頭の隅に残っていた…。といったところか。」
ゴリアーデがエリーデの話から推測すると、彼女はまた大きく頷いて返した。
「通り名を呼ぶ方に心当たりはございますの?」
「あるワケねーでしょうに。冒険者家業なんて何処の誰から何て指差されるか解ったもんじゃありませんよ。」
ウィレミナが尋ねるものの、グランはかぶりを振りつつ答える。
「…ねぇ、興味ない?」
「…フム、どうせ街に着いても時間を持て余すだけなれば、その御仁と言葉交わしてみたいものでござるな。」
ラミーネの言葉に、ソウシロウも顎に手を当てては興味を示し、他もそれに同意の色を見せ、グランはただ溜息を吐き出した。
―――
そして、列車が停車した後、一行はエリーデの案内で<空輸停>の獣舎へと赴く。
結局、グランは白髪髭の鉄道員からエリーデの今回の騒動に対する謝罪と賠償に値する念書を受け取るようにと促され、渋々と同行をする。
「わぁ、大きい!モフモフッ!」
「gm~。」
ピアとカワノスケは先頭を行くエリーデの<鷲獅子>の背に乗り、その毛並みを堪能していた。
「ピア、いいなぁ、いいなぁ、私もグリフォン乗りたいッ!」
「…お前さんは嘴に咥えられたほうが様になるんじゃないか?」
「なッ!?私が猛禽類に食べられる蛇みたいな言い方じゃないの!」
「フン、人をアンデッド呼ばわりした仕返しだ。」
ピアがはしゃぐ様子につい羨むラミーネを、グランは鼻で笑い、ラミーネは拳を握りながら歯軋りをする。
「気乗りしてない割には着いてくるのだな。あの白髪髭の話もソウシロウかウィレミナが居れば十分だろうに。」
「見えない所で自分の事を好き勝手に話されるとなりますとね。どんな風にお褒め頂いてるのか耳に入れたくなるってもんですよ。」
グランはゴリアーデの指摘に肩を竦めては、息を吐く。
そうこうしては一行は街の外延部をぐるりと周り進んで行くと、やがて街壁の外郭が見え始め、エリーデが指差す先には幾つかの建屋が目に入りだす。
「…以前訪れた牧場みたいな様で、雰囲気が大分違うわね。」
「そりゃ、逃げられたら、飛んで行かれちまうからな。」
<空輸停>の獣舎はどれも大きく重々しい鳥籠が並んでおり、馬や陸鳥が泊まって休むような雰囲気とは正反対の、頑強な造りであった。
一行はそんな中をエリーデに先導されるままに施設内を進み、建屋の入り口で止まる。
「あぁ、エリーデさん!お早い戻りですね!」
そこには頭部の外殻が艶やかで、若いデレムの青年が箒を手にしていた。
エリーデに気付くと頭部2本の触覚をピンと立ては小走りに向かう。
「早い?…早いかぁ。あははは…まぁ、そうだよねェ。」
「…?」
その青年の一言にエリーデは苦笑いを溢し頭を掻くと、青年は不思議そうに首を傾げ、更に一行を不思議そうに覗いた。
「あのー、こちらの方々は…?」
「ちょーっとボスに相談とかお話がしたい方々というか私が迷惑…いや、お世話になたっというか…」
エリーデは青年の問いにどう伝えればいいかわからず、指をクルクルと回しながら時間を稼ぐ。
一行も青年に見られては居心地悪そうに目線を逸らしており、青年は戸惑いながらもエリーデの困り顔を見続ける。
「あぁ、ほら!それにすごい偶然なの!ボスが前に話していた赤マント!<不死身の赤マント>と出会ったのよ!」
そして、エリーデはどうにか場の空気を変えようと思いついた事を述べては、青年は再び一行に目を向けて<赤>を探す。
「…お、御噂はかねがね!何でも<ワイバーン>の<咆哮>や噛み付く牙にも耐えたとか!…あ、僕の名前は<ラーシェン>といいます。」
ラーシェンと名乗った青年は、一行の中の<赤>であるグランに気付くと慌てて自己紹介をすると握手を求めて手を伸ばす。
「…ど、どーも。」
グランは襟巻きを直すと控えめにその手を握り返し、その慣れない様にラミーネとウィレミナはクスクスと笑う。
「お名前を伺っても?」
「…<赤マント>でいい。」
「も~、照れるんじゃないわよ~、<グラン>。」
ラーシェンの追求にグランは無愛想な態度を取ると、ラミーネが後ろから肘を小突いて茶々を入れる。
そして、<グラン>という単語を聞いた途端、ラーシェンは目を輝かせた。
だが、グランは掌をラーシェンの目の前に突き出し、彼の期待を遮る。
「悪いが<グランロード>に所縁があるようなものを持ってたりするワケじゃないぜ?」
「あ、そ、そう…ですよね。冒険者の方の様でしたから、つ、つい勝手に期待してしまって。…すみません。」
触覚が垂れ下がり、大きな瞳も陰りみえは、ラーシェンは肩を落とした。
その間に<鷲獅子>から飛び降り、胸を大きく揺らしながら着地するエリーデは手綱をそんなラーシェンへ差し出す。
「それより、この子を繋げに行って貰っていい?私はボスにちょ~っと言い訳しにいかないと…」
「言い訳?もしかして、また無茶したんですか!?あぁッ酷い!ベルの毛並みがボロボロだぁッ!せめて配達の荷は無事だったんですよね!?」
エリーデの申し出に、ラーシェンは彼女の後ろに居る<鷲獅子>の状態を目の当たりにして大声をあげる。
「無茶したのは全部終わった帰りだから…アハハハ…」
「…もう~。おいで、ベル。僕がまた、くまなくブラッシングして毛繕いしてあげるからね。」
エリーデの言い訳も空しく、ラーシェンは手綱を取るとはエリーデの<鷲獅子>を手馴れた様子で引いていく。
「あ、あの私はどう降りたらいいですかっ?」
まだ<鷲獅子>の背に残っていたピアが地に足をつけようと戸惑いを見せるがラーシェンはにこやかに応対する。
そして、<鷲獅子>を撫でて伏せさせると、その背からピアを下ろす。
「あ、ありがとうございます。」
「gm~。」
「今日は珍しいお客さんが大勢で僕も嬉しいよ。」
表情こそはその頭部を覆う外殻で解りにくいものの、ラーシェンはピアに微笑みかけ、カワノスケを撫でるとその場を後にしていった。
「よい青年にござるな。ところで、赤法師殿は何故にラーシェン殿が<グランロード>、<覇王>について何か期待していると思われたのでござるか?」
ソウシロウはラーシェンと<鷲獅子>が連れそう背中を見つめながら、グランへと尋ねる。
「フフン!それはね、<デレム族>って種族自体が<グランロード>によって救済を受けた為に今でも恩義と尊敬の念を持って忠誠を誓っているからよ!」
その疑問にはラミーネが横から入り込み、得意げに鼻を鳴らす。
「拙者ら<ゴブリン>には余り馴染無いでござるが、<覇王>の影響とはそれ程まで大層なモノなのでござるな。」
「どうだかな、多くは残った<覇王時代>の遺産が目当てじゃないか?」
感心したように頷くソウシロウだが、グランはそっけなく言葉で返答する。
「それに、そこに居る<ネレイド>は勢力として対立していた<ヒューネス>でないのに、<グランロード>を種族で未だ目の仇にしてるそうだぜ?」
更にグランは意地悪くラミーネを見ながら答え、その返答を聞いたラミーネはバツが悪そうに目線を逸らした。
「ですが、こうして私達、色々な種族が共存できているのも<覇王時代>があったこそだからですわ。」
ウィレミナは周囲の面々、そしてラミーネを見ては穏やかに微笑む。
「じゃあ、俺も覇王様に素敵な名前を一部頂戴までしてこの世界に居られる事に感謝でもしておきますか。…一部にご不満ではあらせられるでしょうが。」
グランはあえてラミーネに背を向けて変わらずの嫌味を放ちつつ、建屋の入り口に手を掛ける。
「わ、私がアナタに突っ掛かるのは<グラン>なんて名前じゃなくて、アナタのその性格よ!せ、い、か、く!」
(((意図して突っ掛かっていた自覚は在ったんだ…)))
ラミーネの反論にピアを除く残り3人は内心そんな事を思っては顔を合わせ、当のグランはカラカラと背中で笑いながらドアを開き<空輸停>の奥へ踏み込んだ。