32-2.幻に名を問う
2人の眼前、衝撃と共に現れ、車両屋根の上に居座るのは<幻獣種>と呼ばれる生物、<グリフォン>、<鷲獅子>。
「いけるでござるか?赤法師殿。」
「…待て。<野生>のかどうか確かめてからだ。」
「…<野生>の?」
<幻獣>とは言われては居るものの、<鷲獅子>の<ヒト社会>においての貢献度は高い。
それは<飛竜>と並び空輸の要であり、当然軍事的にも重要な役割を担い、一般的に目にするとすれば輸送用か戦闘用の<飼いならされた>個体となる。
グランは尾と翼に<所属>の印を見つけると、あえて腰の剣に手をかけては伏せて目を瞑る<鷲獅子>へと踏み出していく。
―――う、うわぁぁッ!スミマセン、スミマセン!それ以上は近づかないでぇ~~ッ!
突如、<鷲獅子>の背中から悲鳴のような鳴き声が上がり、グランは踏み出しかけた足を止める。
そして、もぞもぞと身体の羽毛が動き出すと、その中からグランと同じような姿、マントと襟巻きに身を包み、しいて特徴の比があるならばゴーグルを付けた人物が飛び出してきた。
「エ、エヘヘ、ど、どーも、どーも。驚かせてしまってすみません。」
後頭部を搔きながら、照れ臭そうに笑うのは深い青髪の後ろ髪がハネた若い女。
「…」
女はゴーグルをあげ、2人の正面を向き、姿勢を正し直立すると、両の手を身体の前で合わせて何度も頭を深々と下げる。
そして、顔を上げると眉尻を下げながら困った笑顔で口を開くも、目の前の赤いマントの男はただくすんだ赤い瞳をこちらへ向け、沈黙を保つばかり。
「あ、あははは~…。あのー何か返事を頂けますとぉ…」
女はもう一方、ソウシロウへと顔を向けて助けを求めるも、ソウシロウは表情ひとつ変えず黙って首を横に降るだけ。
「とはいえ、少しは温情を見せても良いのではござらぬか?」
「それを判断するのはこの列車の責任者。俺らが此処に立ってるのはあくまで自衛。下手に受け答えするなよ。」
「生真面目にござるなぁ…」
ソウシロウはとりあえず女へは笑顔だけ返すも、女はむしろ2人の表情が相反しているようにも見え、更に困った表情となっていた。
…
しばらくすると列車は一時の揺れの後に完全停止し、車両内に残った一行も様子を伺いに外へと出ていく。
そして、先頭、機関車両の方からは猛烈な土煙をあげ、この車両へと駆けて来る数人の姿があった。
「…これは俺の独り言だが、身の証を立てるものがあるなら今のうち用意しておけよ。」
グランは屋根上から巻き上がる土煙を目に、<鷲獅子>の背に乗ったままの女へとそう告げる。
―――
「ぜぇ、ぜぇ、へぇ、ふぅ、ひぃ…」
息を切らし、文字通りの血眼で走って来たのは機関車両から最後尾まで全力で走ってきた鉄道員の1人。
腕章と白髪髭のその見た目の年齢からして、この列車の<責任者>であろう事は一目瞭然であった。
残りの3人も白髪髭の鉄道員に着いて来るのがやっとで足を止めた途端、その場で腰を崩す。
「こちらでもお飲みになられてください。」
ウィレミナは白髪髭の鉄道員に水の入ったコップを差し出し、男は奪うようにそのコップを手にすると、中の水を一気に飲み干した。
「…一体全体、何が起きたというのだッ!何故この車両屋根の上に<グリフォン>が乗っておるッ!」
カップを返した早々に例も言わず、白髪髭の鉄道員はウィレミナを鬼の形相で睨みつけ、声を荒げる。
しかし、ウィレミナは涼しい顔で黙ってただ指を上へ向けると下を覗き込んだグランと白髪髭の鉄道員が目が合った。
「そうか、そうだった!キサマだ、キサマ!あんな<パス>なんぞ持ち出して金にならん車両を繋げさせた赤いマントのキサマだッ!今度は何をワシに押し付けるつもりだッ!」
好き放題言われるグランはソウシロウに目配せをすると、互いに肩をすくめる。
「ほら、責任者さんがご立腹だぞ。弁明の場くらい立ててやるから、降りろ。」
とりあえず、まだこのトラブルが話し合いで解決できる内だとグランは踏み、鷲獅子乗りの女に素直な投降を促す。
「このまま野生のグリフォンが屋根に止っただけとして目を瞑っていただくには~…」
「…いくわけないだろ。」
「目を瞑っても少々存在感がありすぎるにござるな。」
幸い、<鷲獅子>は大人しく目を瞑っているため、暴れ出す前に女の処遇が決まれば事は済む。
そして、女は観念したか、再び羽毛の中でもぞもぞと動き、<鷲獅子>の背から勢い良く飛び出すと派手に空中回転し、着地。
「わ、ワタシ、<クラスカート空送運輸>に所属で名前は<エリーデ=ライアラップ>と申します!」
着地のおりにその勢いが残ったのか、エリーデと名乗る女の敬礼に張った胸は<豊満>を示した揺れを見せる。
「そ、そしてこっちのグリフォンは<ベルダオル>って言います。」
名前を呼ばれたせいか<鷲獅子>は僅かに目を開け、首を動かしてエリーデを見るが特に命令が無いと解ると再び目を瞑じた。
「…」
「あ、あの~?」
「…あー。それは俺達でなく、下のヤツに言ってくれる?」
「さーっきから何をしとるんだ!ワシを無視するな!は、や、く、お、り、て、こ、い!!」
咳払いをしつつ、赤マントの男は指で屋根下で喉を枯らす白髪髭の鉄道員を指し示す。
―――
「…どうも、お騒がせしました…」
エリーデは白髪髭の鉄道員に深々と頭を下げ、対する白髪髭の鉄道員はエリーデに手渡された手帳を覗き込みながら水を飲んでいる。
一通り目を通し、「ありがとう。」と空のグラスをウィレミナに返し一息いれると今度はエリーデを睨み付ける。
「…それで、キサマの口ぶりだとこのグリフォンは運送業務の中、風を掴み乗れなくなり、この車両の屋根に落ちてきたという事になるが?」
「いやぁ、御恥ずかしい話、帰り道に調子に乗って近道に<旋風郡>を抜けようとしましたが失敗しまして…。アハハ~…」
「フン。仕事中に遊んで怪我どころか、商売道具を傷めるとは、プロ意識が欠落しておるな。」
「返す言葉もございません…」
エリーデの言い分に辛辣な評価を浴びせ、白髪髭の鉄道員は鼻息を鳴らしながら手帳を投げ返し、背を向けると<鷲獅子>乗る車両の屋根へと目を向ける。
屋根からは<鷲獅子>の尻尾がはみ出し、時折大きく揺れ動くのを見た白髪髭の鉄道員は手で顔を覆った。
「…そのまま、この屋根の上で大人しくはさせていられるな?それなら<空輸停>のある次の駅までは乗せておいてやる。」
「<空輸停>?」
「馬車停みたいなもんだよ。空を移動するものは街じゃ特定の場所でのみ離着陸が基本的に許されてるの。…ってこのまま<アレ>を乗せたままにするのかよ!?」
ソウシロウの疑問に答えるグランだが、鉄道員の思わぬ発言につい聞き返す。
「移動させるのも場所を工面するのも面倒だ。キサマ達はタダで乗せてやってるんだそれくらいの協力はしてみせろ。ついでにその女もお前の客人扱いにすれば料金は取らん。」
白髪髭の鉄道員はゴリアーデの方に目を向けてはそう告げる。
「だからってなぁ…」
「まぁまぁまぁまぁ、グラン様、次の駅まではあとは僅か、ここはひとつ穏便になさいません?」
面倒そうにするグランをウィレミナがくすくすと笑いながら宥め、グランも頭を搔きながらは溜息を吐く。
―――
一行はエリーデを車両内へと招き入れると、簡単な自己紹介を済ます。
「グランさん、ソウシロウさん、ラミーネさん、ウィレミナさん、ゴリアーデさんにピアちゃん。そして…」
指差しながら名前と顔、特徴を暗記していくエリーデだが、その指はピアの胸元に止まった。
「…カワノスケェ~~~~!」
そして、河グリフォンの幼体であるカワノスケに目を輝かせ抱きかかえると、その豊満な胸元を押し付ける。
「gm~~~…」
「はぁ、しゅごい、柔らかい嘴に水掻き、愛らしい丸いフォルム、それでいて短い体毛のもふもふっ、まさしく幻獣、まさに奇跡、これこそ<神>の賜物~~ッ!」
そして、エリーデはカワノスケの頬を何度も擦り合わせ、恍惚とした表情で息を漏らした。
その声と表情にカワノスケも引き気味となり、嫌々と体をよじりだすがエリーデはさらにきつく抱きかかえる。
「…調子に乗りすぎだ。」
見かねたグランがエリーデの頭を小突くと、カワノスケはようやく解放され、ピアの腕の中へと戻る。
「アテッ!?…すみません。」
痛みを手でさすりながら、エリーデは改めて一礼をした。
「エリーデ様は所謂<グリフォンライダー>という者でございますの?」
ウィレミナが茶のカップを手渡しながらエリーデに質問すると、彼女は恥ずかしながら後頭部を掻く。
エリーデのマントと襟巻きの下は思ったよりも薄着で、肌を覗かせる四肢は細身ながらも鍛えられ引き締まっているのが伺えた。
「いやぁ、これでもまだ勤めて2年程度の新人でして。」
頬を赤くし照れ笑いをするエリーデではあるが、その身から滲み出る雰囲気は訓練期間を含めても長く積んできた者特有の安定感が感じられた。
「…ふむ。だが、エリーデ殿は勤めの以前も大分あのグリフォンとやらを乗り回していたようにござるな。」
「えぇ、あの子、ベルダオブは卵の頃からの付き合いでして、今の仕事も一緒に空を飛び回るついでといいますか…」
「そんな軽い気持ちだから<旋風郡>何かに突っ込んでいけるのか。後先考えないでいい身分だぜ全く。」
「こらっ、グラン。」
まだ根に持っているグランの悪態をラミーネが窘めると、エリーデは前のめりになり両の掌を合わせ申し訳無さそうな上目遣いでグランを見る。
「す、すみません。ワタシもベルダオブも昔から挑戦者…魂?で生きてきましたから。毎回新しい事に挑戦してみたくなって。」
グランはそれ以上何も言葉を発しないも、視線一切向けない事にエリーデは苦笑いでそれを受け止めた。
「し、しかし、アレですね。皆さんのパーティは何と言うかそのバラエティ豊かというか、珍しいですね!」
エリーデが話題を逸らすと、皆もそれに反応し視線が集まる。
「まぁ、<ネレイド>の私が言うのも何だけど本当、種族がバラバラよね。」
ラミーネは一行は各々の姿に目を配りながらも、その一言に頷いて同意する。
「あ、いえ、その、それだけじゃなくて。ワタシと同じ<ヒューネス>が<誰も居ない>というのが大変珍しいと…」
その一言にラミーネとソウシロウは目を丸くし、エリーデをまじまじと見つめた。
「…エリーデ殿は解るのでござるか?」
「え?な、何がでしょう!?」