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紅い喰拓 GRAN YUMMY  作者: 嶽蝦夷うなぎ
・近朱必赤、見定めるは鉄の道の先
152/231

32-1.幻に名を問う

 列車の外は草原が徐々にその色を変え、赤土の荒野が混ざり出す中を走り、時折に砂が風で舞い散る音を鳴らしていた。

「mm~…、mg~…」

そんな中、車両内は極めて静か、適当な高さの台座テーブルには河グリフォンの幼体が寝そべり、ゴムのような嘴からは時折寝息が漏れる。

「…コホンッ!」

乗客である一行はそれを中心にして適当な場所に腰掛けており、テーブルの側に立つ青味がかった銀髪、給士姿のエルフの女が咳払いをして皆の注目を集める。

そして、向かいの赤いマントと赤い襟巻きに身を包んだ黒髪の男へ視線を向け、人差し指を上に向けた。


「ど、ドロ、ドロドロドロ…」

「…グラン様。もっと景気良く鳴らしてくださいまし。」

「…こういうのやらせるならもっと事前に打ち合わせしような?」

エルフの女にグランと呼ばれた赤マントの男は耳を真っ赤にしてそっぽを向くが、エルフの女は咳払いを再びして催促する。

「…ドロロロロロロロロロ…」

「…発表致しますわ。」

口でドラムロールを真似て打ち出すグランを余所に、エルフの女が声を張ってテーブル脇の紙を手にし、グランへ向かって指で合図を送る。


「ジャ、ジャーン!」

「ヤムナーガンガールサラスティ…1票!グム…1票!カワノスケ…5票!よってこのコの名前は<カワノスケ>に決定ですわ!」

エルフの女は板紙の集計結果を見せながら高らかな宣言、各々は拍手を送るが、あからさまに不満そうな者が1人。

下半身が大蛇のような姿の<ネレイド>の女が眉間にしわを寄せ、口を尖らせ、尾先をうねらせながら拍手を繰り返す。

「…ご不満そうですわね、ラミーネ様。」

「…」

エルフの女はネレイドの女、ラミーネに尋ね、その言葉にラミーネは全面否定するかのよう黙り続けていたが、我慢が出来ず口を開く。


「あーったりまえじゃないッ!ヤムナーガンガールサラスティよ!ヤムナーガンガールサラスティ!!海と、湖と、河の水乙女を繋げた由緒正しきかつ私達には名乗れない名前よ!?」

「…単純になげーよ。」

グランがぼそりと呟くと、即座にラミーネが険しい形相を向け、グランは目を背ける。

「そもそも、何で5票なのよ!グラン、ソウシロウ、ゴリアーデ、ウィレミナ、ピアに私、計6名で1人分多いじゃないの!」

各自の顔を指差しながら、ラミーネは指折り数えて5という数字にケチをつけだす。

「それは投票をする前に決めた通り、ピア様だけが2票分をご投票できるからですわ。」

エルフの女はラミーネに説明をするが、彼女の眉間には更にしわが深く刻まれる。

その横ではピアが申し訳なさそうに耳を垂らして縮こまっていた。


「カワノスケ…。ダメかな?ラミーネお姉ちゃん…」

ピアと呼ばれた長い耳が縦に伸びる<フォウッド>の少女はおずおずと尋ねると、ラミーネは渋い表情になる。

しかし、ピアがラミーネの表情を見て肩を落とし始めると、ラミーネは1つ咳払いをしてからピアに向き直り、彼女の両肩を掴むと優しげな笑みを浮かべた。

「な、なぁ~に言ってるのよ!ピアが決めたなら例え私が候補に挙げた名前が1番でもカワノスケに決まりよぉ~~!」

そして、そのままピアの頬に頬擦りを始める。

「…ったく、自分から多数決持ちかけておいてコレだぜ。」

その様子を呆れた表情で見つめるグランだが、ピアはくすぐったそうに笑みを浮かべ、その様子を見る他もテーブルを囲んで微笑ましい空気に包まれていく。


「これからもよろしくね。カワノスケ。」

「gm~?」

ピアは一頻りラミーネとの抱擁を終えると今度は河グリフォンの幼体を抱き上げ、その頭を撫でる。

「…ところで、お前達は確かこのまま終着駅まで行くつもりだったか?」

ゴリアーデと呼ばれた全身鎧の大男が皆の表情を見回し、この催しが終わりを迎えたと感じると少女の側に立ち、カワノスケをなでながらふとそんな事を問う。

「…終着駅?」

「…うっ!」

そのゴリアーデの質問の意味が解らなかったピアは首を傾げ、グランは言葉を詰まらせ、残る1人、ソウシロウと呼ばれた異国風貌の剣士も困った顔を見せた。



次の瞬間、グランとソウシロウは床に頭をこすりつけ、謝罪の姿勢を取っていた。


土下座である。

グランの方はただみっともなく頭を擦りつけているに過ぎないが、ソウシロウのその凛とした姿勢による土下座は見る者全てに、厳かで美しく気品に満ちた謝罪の意思を感じさせた。

だが、何故2人がいきなり土下座をし始めたのか解らず、困惑する者が1人。

無論それはピアである。

「すまぬでござる、ピア殿。本来はピア殿の帰郷に付き合う筈だったでござるが、已む得ぬ事情が出来てしまったにござる。」

「…悪い。このままピアちゃんの行く場所に向かうとキミがかえって危険な目に合うかもしれなくて、キミが寝ていた間に本来下車する駅はもう過ぎてしまったんだ。」

2人は顔を上げぬまま、ピアにそう告げると、少女は更に困惑した表情となった。


「か、顔を上げてください2人共。そもそもが私の我侭なのですから。それに、再び集落が移動するのは初夏頃ですから…。ま、まだ、大丈夫です。」

グランとソウシロウは顔を上げ、少女が2人を微塵とも責める様子の無い事を知ると、ようやく安心した表情へと変わって立ち上がる。

「…悪いな、ピアちゃん。せめてキミに選ばせる道筋は立てるべきだったのに。」

「いいんです。」

ピアは微笑みながら首を横に振ると、皆の顔を見渡していく。

「それより、皆さんと一緒にまだまだ旅が続けられるなら、私はそっちの方が嬉しいですから。」

少女が返す笑顔は太陽のように眩しく、暖かく、そして優しかった。



「アナタが素直に謝るだなんて、今日、明日にでも雪が降るのかしら?」

ラミーネはグランにからかうように笑みを見せて言う。

「…そういうお前こそどうなんだ。制御不能だった<転移>ができるようになったんだろ?さっさと仲間のところへ戻らないのか?」

だが、グランはラミーネにそう言い返し、嫌味と笑みを見せた途端、ラミーネの眉がピクリと動き、表情からは鋭い目付きでグランを睨み付けた。

「…アナタ、今、私にピアを置いていって消えろって言うの!?」

今にもグランの首元を絞めに行くかのよう、ラミーネはグランの胸倉を掴む。


「お、オイ。そもそも、お前は文字通り急に湧いて出てきた…」

ラミーネを止める為に言い掛けたグランだが、彼女の瞳の奥が怒りよりも悲しみで満たされている事に気付くと、言葉を詰まらせる。

「…悪かった、何も言わんよ。だが、お前さんがその間、本当に帰るべき場所が無くなっても知らないからな。」

赤い襟巻きを掴む腕が少し緩まると、グランはすかさずラミーネの腕を払っては距離を空けた。

「…」

だが、ラミーネは何も言葉をせず、振り返りざまに睨みむとただ黙って車両の簡易カーテンの奥へと消えて行く。


「…何なんだよ、まったく。今日は本当に何か降って来るんじゃないか?」

「今回は熱が入って余計な事を口走らなかったラミーネ殿のが大人にござるな。」

ソウシロウは呆れ気味笑みを見せながら、ラミーネが閉めたカーテンの方を見つめる。

「へいへい、俺が悪うござんしたよ。しかし、アイツだってこのまま俺達と同行ってワケにも…」

グランは肩を竦めた後、後頭部の黒髪をくしゃりと掻きながら車両内をなんとなく見回しぼやく、その時であった。



―――ドゴォォォォォン!!


突如、車両が大きく揺れ、その衝撃で一行は大きく姿勢を崩し、床に倒れ込んでしまう。

天井からは埃が降り注ぎ、床はギシギシと軋み音を上げる。

奇襲か急襲か、ともかく、グラン、ソウシロウ、ピアはこの襲来に既知感を覚えていた。

それは、この列車の旅が始まった直後に経験をしたピアの姉、サティがその大鎌で車両の屋根を割り、車内に乱入してきたあの襲来である。

ピアは実姉が理由も解らない暴力に来たのではないかとカワノスケを強く抱き身を屈め、グランとソウシロウは即座にピアの側で身構えた。



だが、以後に続く侵攻は無く、列車内に静寂が戻る。

敵がサティならば、目的は実の妹であるピアの命。

一撃で車両の屋根を割り、削ぎ落とすあの破壊力であれば間髪入れずピアを狙い、少女の命を獲りに来る筈であろうが、その気配は全く感じられない。

「な、何!?どうしたの!?」

事態に慌てふためいてか、ラミーネがカーテンを勢い良く開けて戻って来るも、それに反応した攻撃も無い事にグランとソウシロウは互いに視線を交わしては頷く。


2人は車両後部の出入り口のドアを蹴破り、車両外へと躍り出た。

まだ機関車両が気付いていないのか、列車は問題なくレールの踏みながら走行し、その振動が足の裏から伝わってくる。

「他の連中はピアちゃんを守れッ!」

グランの発する命令、その口調が迷いや反論を挙げる瞬間が無い事に車両内の3人は気付くと即座に円陣を組み、各々の武器を構えて警戒態勢に移った。


その間に先頭車両も事態に気付いたのか、列車の速度が徐々に落ちていく。

既にソウシロウは手摺りから車両屋根に飛び移っており、グランもそれに続き屋根へとよじ登りだす。



グランが屋根から頭を出すと、目に映ったのは予想だにしていなかった光景であった。

しかし、大鎌使いの女、ピアの姉であるサティでなかった事にとりあえずの安堵の吐く。

「…赤法師殿、この<獣>は如何致したら良いでござる?」

「…如何と言われましてもね。」

だが、問題は問題のまま、招かれざる客には変わらない。

屋根に足を着け、グランは<予想だにしない光景>を改めて目に写した。

ソウシロウに<獣>と称されたのは獅子の身体に大鷲の頭と巨大な翼の姿。


「…マジモンの<グリフォン>かよ。」

<竜>と並ぶ<幻獣>の代表格がそこには居た。


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