31-7.光明視しても、足は沼
大量の金貨が詰まった麻袋を赤いマントの男は両手で担ぎ、腰で勢い付けては全身鎧の大男へと投げ渡す。
その大男、ゴリアーデは反射的に麻袋を受け取ると、首を傾げた。
「アンタの取り分。」
「…?待て。オレは一応にジャーゲの一味だ。オレがこれを手にする資格は…」
「中にはアンタが闇試合だのでの稼ぎ分はあるんだろ?」
赤マントの男は肩を竦め、ウィレミナは少し困った顔で大男を見守る。
「…グラン様はゴリアーデ様にあの店、それ以外にもその金貨で罪を償えるのじゃないかと思っているのですわ。」
「<罪>とか背筋がムズ痒くなるね。ケジメだ、<ケジメ>。せめて金さえ渡せば少なくともアンタが頭を下げるくらいの時間は設けて貰えるだろ。」
ゴリアーデはしばしその麻袋を見つめた後、息を吐いて肩の力を抜く。
「…すまない。いや、ありがとう。」
「それに一銭残らず処分しないと向こうで寝てるヤツが<力>として取り戻すだろうからな。」
グランは親指で壁越しにジャーゲを指差し、麻袋を担ぎ直したゴリアーデは頷きを返した。
そうして一行は崩壊した倉庫を後にし、大通りの雑踏へと足を運び、道中こちらを見かけたソウシロウと合流すると再び店へと戻っていく。
―――
店主は唖然とした表情し、荒れ果てた店内に立ち尽くす。
それは店を破壊した張本人が、日も暮れない内に再び顔を見せてきた事もあったが、目の前に大量の金貨詰まった麻袋、何より表面が黒焦げた<チャンピオン>が自分に頭を下げている事に対してであった。
「ゴ、ゴリアーデ!?こ、これは一体どういう…」
店主は驚きのあまり言葉を失い、ゴリアーデを責めるよりも、この状況に至った経緯を知りたいと視線をグラン達に向けていた。
「ゴリアーデ様は先程ジャーゲとの従属を破り、今では自由の身と成った次第でございますわ。」
来店時とは違い、埃塗れとなった服装のウィレミナを見て、店主は自分の想像及ばない事が起こったのだろうと理解する。
「そ、それでジャーゲはどうなりましたか?」
「今頃は口の中砂塗れで風邪でもひいてるんじゃないか?」
グランは肩を竦めると、店主の目から視線を逸らし、店主はゴリアーデに目を向けるとゴリアーデはただ頷くのみ。
「じゃあ、私達はもうジャーゲの悪行に脅えなくてもいいのですか?」
「実際、どうだと思われます?」
ウィレミナがグランに問うと、ゴリアーデもグランへと視線を向けグランは眉を歪める。
「さて、まぁ、資金源はこうして無くなったわけだし。コレ目当てに後ろ盾にしてた連中はアイツを処分か見捨てるんじゃないか?」
グランは適当な調子で答え、店主は息を大きく吸い込みゆっくりと吐いた。
「う、後ろ盾…。では、今後はまだそのジャーゲの<後ろ盾>だった連中が私達に嫌がらせをする可能性が?」
店主は何か解決の糸口を求めるようにグランへと視線を向けるも、返答はただ横に首を振るだけ。
それはこの街の根付いてしまった問題である。
その場に居る殆どが数人と数時間で解決できるものでは無いと理解していた。
「だ、だったら、ゴリアーデ。今度は私達を守ってくれる側に…」
店主が言い終わる前に、ゴリアーデは店主の肩に手を置くと首を振って答える。
「…オレは。この街を出て行く。その金は隠し金だ、オレが消えればしばらくはジャーゲに最も身近だったオレが金を持ち逃げしたと誤魔化せるだろう。」
店主は肩を落とし、その場にしゃがみ込んだ。
「意外だな。てっきり自主的に投獄されるもんだと。」
「…獄中に入っても、また闇試合に駆り出され、ジャーゲのようなヤツがオレを利用しだす。オレはもうこの街に居られない。」
自分の皮肉へ全うな返答をしてきたゴリアーデにグランは「ほう。」と声を零し、店主は顔を上げる。
「だからその間、その金でジャーゲの被害者と分け合って、この区画の治安を少しでも良くしてやってくれ。」
店主の顔は暗く、重いままであったがそれを払拭するように再び口を開く。
「…わかった。ありがとう、ゴリアーデ。それと、すまなかった。」
「それはオレの台詞だ。…すまなかった。」
ゴリアーデは腰を降ろし店主の肩に再度手を乗せ、店主その手に優しく手を添えて答えた。
「…達者でな。」
そう言って、ゴリアーデは店主の手をゆっくりと握り、優しく手を払うと立ち上がり踵を返し出て行く。
―――カラン、カラン…
鐘の音が店に響き、その背中を見つめていたウィレミナは何故かその姿が自分と重なって見えていた。
少し間を置き、続いて一行もゴリアーデを追って店を出る。
…
「そうだ。1つお前達に頼みがある。」
一行が店の外に出ると、ゴリアーデは振り返り、こちらへ向かってそう口を開き、一行は顔を見合わせ頷き合った。
「オレを<列車>というものへ乗せて欲しい。オレには…、勝手がわからなすぎてな…」
何処か恥ずかしそうに首を傾けながら、ゴリアーデに一行は尋ねる。
それは兜で覆われていながらも、今ゴリアーデがどんな顔をしているか理解できていた。
「それならゴリアーデ様には丁度良い機会になりますわ。」
ウィレミナは満面の笑みで答え、ゴリアーデはその笑みに少し気圧されるも、頷く。
―――
一行は特別車両内に戻ると、各々適当な座席に腰掛け、大きく息を吐いた。
ゴリアーデとピアだけが現状を理解できておらず、ゴリアーデは段差に何気なく座り、ピアはラミーネに抱えられていた。
「…はぁ、結局は何のために街に降りたんだったか。頂くものは頂いたが、正直<骨折り損>に近いぜ。」
グランはソファーに身を投げ出し、ゴリアーデに視線を送りながら嫌味をぼやく。
「まぁまぁ、良いではござらぬか。赤法師殿の活躍であの街は一歩先に進んだ。そんな気がするでござるよ。」
「おだてても何もでないぞー。」
ソウシロウのフォローにグランは両手を上げて適当に返し、ソウシロウは苦笑を零した。
「帰り際にウィレミナが上機嫌で思わせぶりな事を言ってた事に期待しましょ。」
ラミーネはピアをニコニコと撫でながらそう言うと、彼女が埃塗れの服を着替えているであろう、簡易カーテンの掛かった奥へ視線を向けた。
その先からはウィレミナが鼻歌の時折楽しげな鼻歌が聞こえて来る。
しばらくして何か掏り合わさる、弾き合うがその鼻歌と重なるように聞こえだす。
そして、その音が静かになるとカーテンがゆっくりと開いた。
「お待たせいたしましたわ。」
質素な服にエプロンを着用した姿となり、ウィレミナは手にはクリームがたっぷり盛られたグラスの乗ったトレイを携え、鼻歌混じりに各々へと配って回る。
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ホイップベリーサンデー
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色とりどりのベリードライフルーツのシロップ漬けが溶け込んだ白いクリームの山がグラスの口から溢れんばかりに盛られている。
「ど、どどど、どうしたのコレ!?」
「ウフフ、店主様と別れ際、運よく無事に残った材料とレシピを譲り受けまして。」
ラミーネはグラスを食い入るように眺め、ウィレミナは得意げな笑みを浮かべる。
「…」
ゴリアーデは目の前に現れたベリーサンデーに視線が釘付けとなる。
それはもう今後二度と口にすることが叶わないだろうと思っていたからであった。
「さぁ、皆様召し上がってくださいまし!」
パンパンと手を叩き、ウィレミナは皆のグラスにホイップベリーサンデーを配り終えると、最後に自分の分を手に持ち席に着く。
そうして各々は匙を手にすると、グラスに盛られたクリームを口に運ぶ。
…
言葉は無かった。
しかし、匙を口にしたままに、瞳を丸く固まらせて輝かせる皆の表情を見てウィレミナは頬を緩ませる。
だが、皆が次々とベリーサンデーを口に運ぶ中、1人だけが未だグラスを手にしていない。
匙をソファー脇の台座に落とし、グランは険しい顔でグラスを見つめる。
その様子にウィレミナとラミーネは互いに視線を合わせ、グランの側へと歩み寄った。
「アナタ、甘い物好きなんじゃなかったの?」
「…お口に合いませんでしたか?」
「いや、そうでなく…」
震える両手を前にだし、グランは首を横に振る。
「今更、砕けた両腕再生の反動で、痺れて持てない…」
…
―――ハァ~~~~~…
グランの一言に一行は沈黙し、ラミーネとウィレミナは同時に大きな溜息を吐き出した。
「…しょうがないわね~。こういうときは世話が焼けるんだから。」
「…グラン様には助けて頂いたのですし、私がお世話を致しますわ。」
そして、同時に自分のベリーサンデーからクリームを掬うとグランの口元へと差し向ける。
「…」
「…」
「…あの?」
ラミーネとウィレミナは再び互いに視線を交わして、再び匙でクリームをグランの口元へと運ぶ。
「…い、いいよ。痺れが取れ次第食べるから。」
「こういうのは今此処で皆で一緒に味わうからいいんでしょ!?」
「冷蔵もできますが、折角ですし出来立てを召し上がってくださいまし。」
ずいと2つの匙がグランへと迫り、グランは身を引いて抵抗する。
「じゃあ、口開けたままにするから同時に入れてくれれば…」
「「どっちから!?」」
「二択限定!?」
ラミーネとウィレミナは顔を近付け、グランを問い詰めていく。
「あの、だったら私が赤マントさんに…」
困るグランにピアが名乗り出るが、ラミーネとウィレミナはピアに向き直る。
2人の表情はピアに向いた瞬間、微笑みに変わり、ピアはその事に驚き耳を立てた。
「ダメですわ、ピア様。グラン様が犯罪者になってしまいます。」
「ピアにそんな事させたらアイツは単なる変態野郎になっちゃうから、ここは私達に任せて。」
「何故に犯罪者に変態野郎!?」
ピアが口を目を点にして首を縦に振ると、ウィレミナとラミーネは互いに顔を見合わせ頷くとグランへと向き直る。
「如何でござる。ゴリアーデ殿。」
4人の様子を離れた位置で眺めていたソウシロウがゴリアーデに声を掛けた。
「…あぁ、旨い。闘技場で命を掛けて連覇を重ねた後に食ったときよりも旨い。」
口の中で溶け消えるクリームを<噛み締め>ながらゴリアーデは感慨深く頷く。
「……コレは癖になりそうだ。」