31-6.光明視しても、足は沼
荒れ果てた店の瓦礫を摘み、ラミーネは溜息混じりに拾い上げる。
グランとソウシロウはウィレミナを探しに向かってしまい、ピアを残すわけにもいかず、仕方なくラミーネも瓦礫の片付けに取り掛かったのだ。
ラミーネは自分の<脚>を見て<アシワレ>種族達のように咄嗟の行動がとれなかった事へ反省しながら黙々と片付けていく。
そこへ瓦礫を摘み上げるラミーネの耳にすすり泣く声が聞こえ、ラミーネはふと視線を送る。
その方向は厨房の奥、つまりは休憩室。
ラミーネは残されたピアに気が付くとすぐさま、休憩室へと向かった。
「…ラミーネさん…」
目に涙を溜めるピアを見たラミーネは即座に少女を抱き締め、優しく頭を撫でる。
ピアはラミーネにしがみついて顔を押しつけると、声を上げて泣きじゃくった。
少女と長く旅を続けていたワケではない、だが、少女が常に旅の不安と緊張の中に居ながら、時折見せる太陽の様な笑顔が本来の彼女だとラミーネは感じている。
「ごめんね。1人にさせちゃって…。他の連中はいまちょーっとばかし悪党をこらしめに行ってるだけだからッ!…ね?」
ラミーネの言葉にピアは泣きながらも小さく頷くと再びラミーネの胸へと顔を埋めた。
「…何か、嫌な夢でも見てた?」
「…」
少女は胸の中で小さく頷くとラミーネの腰に手を回し、強く抱き締める。
「…お姉ちゃん。…夢の中でお姉ちゃんが私を<殺す>って…。すごく、悲しかった…」
ピアはラミーネの肩に顔をうずめながら今にも消え入りそうな声で呟く。
しかし、それは<夢>ではない。
あの場にはただの乱入であったラミーネだが、事のあらましはグランとソウシロウの口から大体把握している。
そして、その原因は彼女に宿るもう1つの存在。
ラミーネは知る事を口に馳せず、「大丈夫。」とだけ短く、何度と呟き、ピアの頭を優しく撫で続けた。
…
「ねぇ、ピアちゃん。私に<お姉ちゃん>って付けて呼んでみない?」
少女が落ち着きを取り戻した頃、ラミーネはピアの両肩を持って距離を取ると、突然そんなお願いを口にする。
「…ラ、ラミーネ…おねぇ…ちゃん…?」
ラミーネのいきなりのお願いにピアは戸惑いながらも、ぎこちなく口にすると、ラミーネは花が咲いたかの様な笑顔を少女に向けると再び抱き上げる。
そして、ピアの体を高く持ち上げると身体をその場で楽しそうにくるりと回りだすのだった。
「…アナタの本当のお姉さんにはなれないだろうけど、本当のお姉ちゃんと一緒に居られるまで、私がピアちゃんのお姉ちゃんになってあげる。」
「え、でも…。…ううん、ありがとう、ラミーネお姉ちゃん。」
ピアはラミーネに抱き上げられたまま、精一杯の笑顔を返した。
「…じゃあ、ウィレミナさんにもお姉ちゃんて呼ばないと。」
「それはダメよ!」
ウィレミナの話題が出た途端にラミーネの表情は一変し、ピアはビクリと体を震わすと思わずラミーネに抱きついてしまう。
「な、なぜです…か?」
「こういうのは、早い者勝ち!」
「…早い、者、勝ち?」
「そう!早い者勝ち!」
ラミーネは鼻息荒く、満面の笑みで、大きく何度も頷きながら胸を張る。
それはまるで子供が玩具を自慢するかの様に見え、ピアは思わず笑い出してしまう。
そして、ラミーネは再び少女を抱き抱えるとクルクルと回りだすのであった。
―――
「な、何者だッ!テメェッ!」
ジャーゲは突如現れた男に声を張り上げ威嚇するが、赤いマントの男はマントと襟巻きなびかせ、ただゆっくりと歩みを進める。
「…ア、アイツは…、だが、オレが両腕を砕いたはず…そんな身体で何を…」
ゴリアーデは赤いマントの男、グランがまるで何事も無かったかの様に歩く姿に目を見開き狼狽えだす。
「おい!さっさと応戦しろッ!」
「うぅ、イテテテ、くそッお楽しみだったってのに…」
ゴロツキ達はジャーゲの言葉に身を起こすと、面倒臭そうに頭を掻きつつ腰の剣を抜き構える。
赤マントの男は確実にその歩みを進め、ジャーゲからゴロツキ達のいる場所までの距離を確実に詰めていく。
「へっ!手負いの癖に女の前じゃあカッコ付けようってか!?」
ゴロツキ達の1人が吼えると他の者も一斉に襲いかかっていく。
だが、赤マントの男は変わらずに、ただただ赤い瞳を爛々と灯しながら歩を進めるのみ。
その異様な雰囲気にゴロツキ達は不気味さを覚えながらも先頭の者が剣を振り降ろした。
「…」
剣はグランの肩に打ち込まれ、赤い液体が散り、床へと落ちる。
しかし、グランは微塵と動じた様子も、痛がる素振りも見せず、振り下ろされた剣を拳で弾き、そのままゴロツキの下アゴへと拳を叩き込む。
鈍い音の後、ゴロツキはそのまま仰向けに倒れると微動だにしなくなった。
「…テメェ!やりやがってッ!」
次は剣の切っ先で突きを放つゴロツキであったが、掌で剣切っ先を受け止め、さらに力を加えると刃が音を立てて折れる。
そして、その出血する掌で唖然とするゴロツキを掴むと、体重をかけ床に叩き付け、さらに別のゴロツキは剣で突きを放ったが、普通に左腕の小手で受け流すと拳を顔面へと叩きつけた。
僅かの間に3人のゴロツキが倒されたその光景にジャーゲはただ立ち尽くし、残ったゴロツキは逃げ出していく。
「…な、何なんだテメェはッ!」
「食事を邪魔された通りすがりの冒険者ですかね。」
グランは赤いマントを脱ぐと倒れているウィレミナに放り投げ、ジャーゲを見据える。
男のマントが無くなると、右腰にはやや長い剣の柄が姿を見せ、その剣の柄へ右手を添えるとゆっくりと引き抜く。
抜いた瞬間から切っ先までの真っ赤な刀身は倉庫内へ差し込む陽に輝き、ジャーゲはわなわなと震える。
「ヤれ!ゴリアーデッ!アイツを殺せッ!」
ジャーゲは<鈴>を強く振り、命令すると、ゴリアーデはゆっくりと立ち上がったが、ジャーゲを向いたまま動かない。
「…できないッ。」
ゴリアーデは身体を振るわせ呟き、その間にも赤マントの男は剣を手にジャーゲへと近づいて行く。
「…~~~~ッッ!畜生ッ!チクショウめッ!」
後退りするジャーゲは懐に手を入れ、手に収まる巨大な牙の様な物を取り出すと、それを強く握り、何かを叫び始めた。
「ウバラ、ロム、ウド、ドラマクッ!目覚めろ、<竜牙兵>ッ!」
それをグランに向かって放り投げると、それは床に転がり光を放つ。
そして、それは光は徐々に大きくなり、人影を模し、巨大化していく。
2身はあり、ゴリアーデを優に上回る巨大な骨だけの体躯、長く太い尾、そして鋭い牙が並び剣を持つ。
「<スパルトイ>ってヤツか。ますますそこらの悪党風情が持ってていいモンじゃないな。」
赤い剣を下段に構え、グランは<竜牙兵>と対峙する。
「…しかしだ。」
<竜牙兵>の手にされた剣を何度と合わせていくがグランの表情に焦り、圧を受ける様子は見えない。
剣が地に着き隙が出来ると懐に入り、グランはそのまま剣を降り抜く。
「安物を掴まされたな。」
逆袈裟切りからの振り下ろし、二連の赤い剣閃が<竜牙兵>の足に刻まれ、その身が崩れると、グランは頭部を間髪入れずに破壊する。
「ま、まだ!まだだッ!」
ジャーゲは再び懐に手を入れ<竜牙兵>を喚ぶも、グランにはあっさりと斬り伏せられていく。
「ま、まだだ!まだ、まだッ!」
ジャーゲは叫び続け、懐からまたも<竜牙兵>を喚ぶも、一撃で斬り伏せられる。
「~~~~ッッッ!まだだぁッ!まだ、まだ、まだァッ!」
今度は2体の<竜牙兵>が現れるが、グランはその様子に溜息をつき、肩に剣を担ぎながらゆっくりと歩く。
「ジャーゲ…」
ゴリアーデは先程までの自信と悪に慢心していた姿がすでになく、変わり果てたジャーゲの姿に声をかける。
そして、2体の<竜牙兵>が倒される前に、ジャーゲへと飛び掛ると床に押さえ付けた。
「赤マントッ!魔法が使えるなら、オレと共に撃てッ!」
「は、離せッ!」
ゴリアーデはこれ以上<竜牙兵>が喚び出させまいと判断し、グランを見据える。
「…あぁ、そりゃ、両腕の借りを返すのに丁度いい。」
腰から1枚の札を抜き、グランは赤い剣の切っ先を向けた。
「や、やめろォッ!ゴリアーデェッッ!」
ジャーゲの声も虚しく、札は光り輝く。
「ジャーゲ。オレはお前と<友>で居たかった。それじゃあ、ダメ、だったのか…」
「ダメに!ダメに決まっているッ!お前は最後まで俺様の忠実な下僕じゃなきゃあッッ!」
―――イグニ、<エクスプロード>ッ!!
閃光が辺りを包み込み、轟音と爆風は倉庫の壁と屋根を破り、空に散っていく。
爆煙が晴れていくと、そこには壁と天井の一部にぽっかりと穴が開き、外からの陽に照らされ明るくなった。
<竜牙兵>は粉砕され、ゴリアーデの全身は黒く焦げ、ジャーゲは白目を剥いて気絶している。
「…」
ジャーゲを床に寝かせ、その顔をしばらく眺めていたゴリアーデは、やがて立ち上がる。
「最悪の結果だけは身を挺してまで防ぐとくるか。」
ゴリアーデは穴の外を見据え、背後から近寄り呆れ声で語り掛けてくる足音へと振り向いた。
「…久々に受けた強烈な<痛み>だった。以前はこれに並ぶ<痛み>を日常的としてたのだがな。」
ジャーゲの持っていた鈴を奪うと、ゴリアーデは掌の中でゆっくりと転がし、ゆっくりと圧を掛け砕いた。
「それに比べれば<鈴>の<痛み>など…。オレは、何に怯えていたのだ…」
「ケッ、アンタの感傷に付き合わされる道理はねーよ。」
グランは剣を鞘へと収めながら、ジャーゲの白目を剥く顔へ足で砂をかける。
「さて、悪党の溜め込んだものでも物色させてもらいますかね。」
後頭部の黒髪をくしゃりと掻いた後、グランは壁の穴を潜り抜けると辺りを見回す。
「何故、溜め込んだものがあると?」
「勘が鈍いなアンタ。<竜牙兵>なんて喚んでおいて、当人は逃げずにいたとなりゃ、此処がソイツの<帰る場所>って事だぜ?」
だが、目に映るものは破壊された壁板の瓦礫が散乱しているばかりであった。
「…そういえば、エルフのあの彼女が見当たらないが。」
ゴリアーデがウィレミナの事を言うと、 グランは気にもせず、倉庫のさらに奥へと顔を向けた。
―――もうっ、酷いですわ!グラン様もゴリアーデ様もッ!
そこには埃塗れとなった青味がかった銀髪のエルフの女、ウィレミナが頬を膨らませ怒りながら姿を現す。
「事が済みましたら、まずは真っ先に囚われの女性を気に掛けるのが、紳士としての嗜みでは?」
埃塗れではありながらも、ウィレミナは剥ぎ取られた衣服も着付け直し、丁寧に折り畳まれた赤いマントを手にして埃を払いながらそう言うと、グランは後頭部をくしゃりと掻く。
「元はと言えばお前さんの独断専行が原因だろうに。それに、下手に肌蹴た姿なんて見て頭に<タライ>なんて落とされたくないの。」
「……。そ、それでも、暴漢に襲われたのです!身を安じて名前くらい叫んでくださいましッ!」
図星を突かれたのか、ウィレミナはグランを真っ直ぐ見つめながら叫ぶが、当のグランは顔を反らし無視し、ウィレミナは頰を膨らませたまま顔を背けた。
「…あのジャーゲという男の金庫らしきものでしたらこの先で見つけましたわ。もう既に開錠も済ませております。」
「ほう、それはまた仕事がお早い事で。」
しかし、グランの態度が軟化しない事に不満を感じつつも、ウィレミナは指を向け、その先にある一つの金庫を指し示す。
そして、一行が金庫の前に立ち、ウィレミナが蓋をあけると、そこには書類の束と金貨の袋がぎっしりと詰まっていた。
早速と腰のポーチを1つ外し、グランはその中に金貨を入れていく。
「こちらの書類はどうなさいます?」
「<紙屑>に用はないだろ。」
「…それも、そうですわね。」
マッチを1本、何処からと取り出し軽く擦ると、ウィレミナの手にある<紙屑>の束はすぐに燃え上がり、黒い灰が舞う。
「…」
灰が外に吐き出され、遠い街の喧騒の中へ消えて行くと、ゴリアーデは天を仰ぎ、その先の闘技場をただ眺めていた。