31-5.光明視しても、足は沼
店主はゴリアーデの過去をかいつまんで一行へと語る。
まず、ゴリアーデは<剣闘奴>であり、さらに彼の種族<ヒト>としては認められていても何処か他種族から<格下>と見られた<ルゴーレム>だという事。
「あぁ、だから全身を常に鎧兜で身を包んでいたのね。」
「…<ルゴーレム>、聞き及んではいるにござるが、如何様な者達にござる?」
「そういえば、大陸西部じゃ余り見かけなかったな。所謂、<魔法人形>ってヤツだよ。ただ、<自我>を持って<対話>ができるからか<ヒト種族>として扱いを受けてるんだそうだ。」
グランは素っ気ない素振りで答えるが、ソウシロウとラミーネはグランの素性から己が他人事の様に言えた義理かと内心呆れていた。
素が魔法人形であるルゴーレムは素肌、生身だけの状態であれば全身が漆黒の人影だけに見える種族であり、その為か全身に衣服や鎧を常時装着している者が多いのだ。
彼らは<ヒト>ではあるが繁殖で増える事は無く、遺跡等で彼らの<核>が発見され、素体に埋め込まれる事で命が吹き込まれ、自我に目覚めて初めて動きだす。
故に、種族でのコミューンが形勢されず、必ずとして<核>の所有者が目覚めたルゴーレムを従わせる事となる。
店主は一行の雰囲気に気付く事無く、言葉を続けていく。
ゴリアーデはその境遇の悪さでありながらも、その強さは類まれなるものであり、下級剣闘士から瞬く間に頭角を現し、遂には闘技場のチャンピオンにまで上り詰めた。
そして、ゴロツキ三下が口上で語っていた通り、闘技場では圧倒的な強さを誇る彼を止められる者などおらず、連戦連勝を重ね、遂ぞ<英雄>となった。
「先代、私のばあさんがまだ元気だった頃から、ゴリアーデはウチを馴染みの店にしてくれていたんです。<英雄>なんて担ぎだされてからは全身をマントで隠してまで店に来てたんですよ。」
店主は覇気の無い笑顔で懐かしそうに語る。
「…その割りに酷い手切れの有様だもんで。」
グランは椅子に大きく寄り掛かり、休憩室の入り口から覗ける店の惨状へ目を向け、店主はその言葉に目を伏せる。
「そうなったよっぽどの理由が、あるって事ね。」
「…ゴリアーデは同時に起きた2つの<殺人事件>を境に、闘技場から姿を消す事になってしまいました。」
<殺人事件>という単語に3人は表情を変えて、店主の言葉を待つ。
「1つはゴリアーデは連覇の更新記録を塗り替える最中、試合に毒を使い対戦相手を殺害してしまった事。」
「…も、もう1つは?」
ラミーネは恐る恐るその先を急がせると、店主はゆっくりと息を吐いて答える。
「彼の主が同日に殺害されてしまったからです。」
その言葉を聞いた瞬間、ラミーネは口元に手を当てて青ざめるが、グランもソウシロウもその詳細は知らないのか怪訝な表情を浮かべた。
「この街はそんなヤツを野放しにしていると?」
店主はテーブルで頭を抱えたまま、左右に小さく首を振る。
「最初はどちらも同じ毒が使われていた事でゴリアーデが犯人だと確定しかけました。ですが、試合に使用する武器がすり替えられていた事、ゴリアーデが事件当日のアリバイで無実であると判決が下りました。」
「だったらなんで…」
ラミーネは腑に落ちない様子で店主に問い掛けるが、その答えはソウシロウから告げられる事となる。
「判決までの間、これまでの経歴全てに信用が無くなった。というワケでござるか。」
ソウシロウの言葉に店主は目を伏せたまま頷く。
そして、主を失った事で後ろ盾もなくなったゴリアーデは闘技場での英雄も無実が証明される間に信用と名声が地に落ち、誰もが彼を避けだすには十分だった。
「あの時、私達の誰かが手をさしのべて居れば、この裏通りはジャーゲの思い通りにはならなかったのかもしれません…」
「<ジャーゲ>?」
店主の口にした人物名にソウシロウは疑問を口にする。
「<ジャーゲ>はゴリアーデと同じ主の従者、彼のマネージャーを勤めてきた男で、彼らの主が亡くなった後に行き場を無くすゴリアーデを引き取った。と、当時の闘技場の関係者から聞かされました。」
「従者ってのは三下とはいえ悪党を侍らせる大層な金銭を掴めるもんなのか?」
グランが疑問を口にすると、店主は首を横に振る。
「えぇ、ですからゴリアーデが闇試合に出てる噂が流れてきたときは<手を組んで>いるものだと。しかし、実際はジャーゲは彼を配下、いえ、奴隷の如く扱っているのです。」
店主からでる言葉はいつしか自身の店や裏通りの治安を憂い嘆くものでなく、ゴリアーデの身を気遣うような口調に変わっていた。
一行は茶をもう一度啜り、互いの顔を見合わせる。
「あ、あのところで…」
店主がおずおずとラミーネへ話しかけると、ラミーネはハッと我に返り店主へと向き直す。
「この休憩室に入る時から、あの<エルフのお嬢さん>をお見かけしていないのですが…」
…
一行は一瞬店主が何を言ってるのか理解できなかったが、空いた席に一切手が付かれていない茶の入ったカップが置かれている事に気付き、3人は顔を見合わせる。
「「「あ。」」」
次の瞬間、グランとソウシロウは席を立つと店を飛び出していく。
「俺はあっち側、お前はそっち側を頼んだ!」
「承知!」
ゴロツキ達がどちらへ消えたのかは解らない。
グランとソウシロウは二手に分かれて姿見えぬウィレミナを追い駆けた。
―――
「まぁ!その小さな<鈴>だけで、あの大男を意のままに操れるのです!?」
わざとらしく大袈裟に驚き語るウィレミナに、ジャーゲは機嫌良く、下品にニタニタと笑い返す。
「オメェさんも元奴隷っていうなら、<従属呪具>を知ってるだろ?」
「私の以前の旦那様はとてもお優しい方でしたので、その様なものがあったのは存じ上げませんでしたわ。」
「ほほぉぉ~?奴隷ってのは売買前には何がしか<仕込み>が入れられてるはずなんだがなァ。」
ジャーゲはウィレミナの足首、首、手首、指を確認していき、そのどれかに<仕込み>が確認できないと今度は胸、更には下半身に目線を下ろしていった。
そのあからさまな視線はウィレミナも気付かない筈もなく、やや笑顔をひきつらせる。
「で、ですが、貴方様がどうしてあの大男の<従属呪具>を手にできていますの?」
話を逸らす様にウィレミナは疑問を投げ掛け、ジャーゲは再び豪快に笑い飛ばしながら語り出す。
「へっ、言ってくれるな。俺様じゃ奴隷を従わせる程の<財>が無いように見えるか。」
<奴隷>は安い買い物ではない。
一時、ただの人手や手下が欲しいのであれば、それこそゴロツキ達のように、二束三文でスラムの住人を必要な時だけ集めればいいのである。
商品として並ぶ奴隷はその時点において、奴隷商人による相応の素質の保障と一生の主従関係を値付けされているのだ。
ウィレミナはジャーゲの言葉に遂、冷やかな目をむけてしまう。
「まぁ、昔の俺様じゃあ、確にそうだな。」
「…ですが、あの大男とは随分昔からの<馴染>のようにお見受けしますわ?」
グラスに酒を注いで煽るジャーゲに、ウィレミナは核心に迫る質問を投げ掛ける。
「クククッ、そうよ、元の主様から奪ったのサ。」
「如何にして…ですの?」
ジャーゲは席を立ち、ウィレミナの背後に回る。
そして、ジャーゲはウィレミナの肩に、次にスカートに手が伸びていく。
「そりゃぁ、もちろん。…<殺して>だよ。」
―――ゴカンッ!
ジャーゲがウィレミナのスカートに手を入れ、肌に触れた瞬間であった。
突如として現れた大きな<タライ>がジャーゲの頭上に出現し、彼の頭蓋を叩き割らんとばかりに落下する。
その隙にウィレミナはジャーゲから<鈴>を奪い取ると、距離をとるため後退り、叫ぶ。
「…ゴリアーデ様!もう、貴方様は<自由>ですわっ!!」
―――ジャァーーーーゲェェェッッ!!
ウィレミナの叫びに呼応し、積まれた木箱を打ち払い、吹き飛ばし、物陰からゴリアーデが姿を現す。
「タライッ!?チャンピオンッ!?ホワイ、ナンデニ!?」
「くそッ!一体何が…!?」
ゴロツキ達は当然、激痛走り頭を押さえるジャーゲも突然現れたゴリアーデに驚きを隠せない。
「ジャーゲッ!お前が!お前が主をッ!それにバルトラをッ!こロ、ころシ、殺したのかァッッ!」
ゴリアーデはジャーゲの胸倉を掴み、憤怒の表情で問い詰める。
「へへへッ、殺し合いの闘技場でお友達ごっこなんてしてるからだよッ…お前はそんな事しなくていいんだッ!…テメエらァッ!女を捕まえろッ!」
ジャーゲは口角を上げて余裕をかまし、ゴロツキ達へと支持を出す。
「…え!?」
そして、袖の内から鈴を出すとそれを振りかざし、音色を響かせた。
「…お、おぐっ、おうっ、おごッ!?」
ジャーゲが鈴の音を聞いた瞬間、ゴリアーデは両腕を離すとダラリと下げて俯き、悶え苦しむ。
ウィレミナも自身が奪った鈴が偽物だとは気付き、自身の失敗とその動揺が僅かな隙を生み、ゴロツキ達に腕を掴まれてしまう。
「…遂にバレちまったか。だが、まぁ、いい。ゴリアーデ、お前は、このまま俺様に従うンだよォ。」
ジャーゲは伏せるゴリアーデの兜に足を乗せると、徐々に力を込めて踏みつけていく。
「…何故、何故だッ!お前は主の従者、オレとは違う、不自由など、無かったはずだッ!」
ゴリアーデは歯を食い縛りながらジャーゲを睨み付け、己の不甲斐なさに怒りすら沸き起こっていた。
だが、ジャーゲはその言葉に表情を歪めていく、それは怒りからでは無く、ジャーゲにとっての琴線に触れてしまったが為だった。
そして、ジャーゲは笑みを無くし、乱暴に足蹴にする力を強めた。
「アイツはッ!お前をただの<玩具>にしか見てなかったッ!<英雄>を<鈴>でなぶって快楽に浸っていただけなんだよッ!だから、俺様が…!俺様なら…!」
兜を何度となく蹴られ、ゴリアーデは遂に顔を上げる事ができなくなる。
「お前は奴隷、それも飛び切りの<才>を持つものだ。デカい屋敷を立てた程度で満足する以上の<財>をお前の一生分ッ、生み出せるッ!俺様ならできる!現にこうして!」
「ジャーゲ…ッ!」
ゴリアーデは再び顔を上げ、兜の奥からは敵意を露にした眼光で睨みつけ、ジャーゲは怯むどころか逆に興奮して笑いだした。
「こうして、この街の一画は俺様のものになった!ゴリアーデ、俺様に従え!お前の<鈴>を鳴らせるのは、俺様!この俺様だけだッッ!」
足を強く踏みつけジャーゲは高らかに鈴を鳴らし、ゴリアーデは再び苦しみ悶えだす。
―――きゃああああッ!どなたかぁぁぁッ!助けてくださいましーーーッ!!
その時、ウィレミナの悲鳴が響渡り、ゴロツキ達が慌てて動きだす。
「このアマッ!」
ゴロツキの1人がウィレミナの腹を殴り、ウィレミナは苦悶の声を漏らし、膝を付いて倒れ込む。
そして、ゴロツキはウィレミナの胸倉を掴むと無理矢理彼女を立ち上がらせた。
「へへっ、ジャーゲさん。この女、オレ達が先に<楽しませて>貰ってもいいですよね?」
「…いいだろう。俺様はこっちの方が性に合うみたいだしな。」
片耳の切れたエルフの男が嫌らしい笑みをウィレミナに向け、他2人のゴロツキはニヤニヤと視線を送りつつ彼女の体をまさぐりだす。
「ただし、そこでやれ、それ以外は傷を付けるなよ。服も丁寧に脱がせろ、その女は色々と金にできる。」
「へ、へいッ!…お、おい監視されてヤれるか?」
「…へへへ、オレはかえって興奮してきたゼ。」
ゴロツキ達はウィレミナの服をその場でもたつきながらも脱がせていく。
「覚えているか?大観衆の中、毒に悶えたバルトラの最後を。あの女は死にはしないだろうが、お前と下手に関わり、悶え苦しむ姿をまた一緒に拝められそうだ。」
ジャーゲはゴリアーデを踏みつけ頭を床に擦りつけさせると、ゴロツキ達にアゴで指示を出す。
「やめろ…ッ!やめろぉッ!!」
ゴリアーデは悲痛に叫び、ゴロツキ達が服をあらかた脱がし、ウィレミナの胸元に手を差し入れようとした時だった。
ゴロツキ達の頭上にはタライが落ちてくると、鈍い音を立てて彼らに直撃する。
そして、倒れるゴロツキ達とジャーゲの間に赤く揺らぐものが通り過ぎ、壁にぶつかると激しい音を立て爆発し、周囲を焦がす。
ジャーゲは思わず赤く揺らぐものが放たれたであろう方へ振り向くと、そこは倉庫の入り口、そして1人の人影が映った。
赤いマント、赤い襟巻きに身を包み、雑草のような黒髪の男。
男はその奥の赤い瞳を爛々と灯し、のしのしと、ずかずかと、肩で風を切り、ジャーゲへと近付いていく。
―――