31-3.光明視しても、足は沼
一行一同は店主が何を言っているのか理解しかねた。
特にラミーネは驚愕の表情を隠す事をせず、ただ呆然として店主のおどおどと怯えた顔を見つめる。
「…あの、それは一体どういう…」
「も、申し訳ありませんが…」
しかし、他に客は居ない、今は昼前、口ぶりやメニューが差し出された時点で食材の量等に問題があるとも思えない。
そして、<1品>ではなく<1種>という言い回しではあるが、結局の店側からすれば5人で1つの品を取り分け合ってくれという話だ。
「…え、えーっと、それでしたら…、このスペシャルベリーサンデーを5つお願い致しますわ。」
ウィレミナは困り顔ながら、穏便に事を運ぼうと店主にそう伝える。
「…サイズくらいは個別に選べるよな?」
「そ、それくらいでしたら…」
「じゃあ!私は!特大!」
グランが赤い襟巻きの奥から赤くくすんだ瞳だけを向けて確認をしようとすると、店主は震えながらも言葉を返す。
その2人の会話にラミーネが割って入り、店主は注文のサイズを改めて伝票に書き込み、調理場へと消えていった。
店内は途端に静かになり、一行は互いに顔を見合わせて息を大きく吐き出す。
その特にラミーネの表情が瞬時に険しくなると食って掛かるよう、グランへと口を開いた。
「ちょっと!ぬぁ~にが、俺がこれまでの旅で得た格言サ。よ!」
「…」
ラミーネが人差し指をグランに向けながら言い放つと、当の本人は両腕を組んで目を閉じて微動だにしない。
しかしその沈黙こそが、ラミーネの神経を逆撫でする結果となる。
「まぁまぁ、折角注文もしてしまったのでござる。味くらいは確かかも知れぬし、ここは赤法師殿の言う格言に従おうではござらぬか。」
ソウシロウがラミーネを宥めるも、ラミーネの腹の虫は治まらなかった。
―――カラン、カラン、カラン…
その時、店の入口が開くとドタドタと足音を立て、数人の男達が入ってくる。
ヒューネスが2人に細身のフェルパー、太ったコボルド、そしてその中でのリーダー格らしき片耳の先が切れ落ちたエルフが1人。
種族はバラバラではあるが風体は冒険者といよりは街に巣食うチンピラ、ゴロツキと表現した方がしっくりとくる。
その連中が入店した瞬間にウィレミナの表情が強張り、グラン達一行の空気は別の意味で張り詰めた。
「お~い、わざわざ来てやったぞ!いつもの持って来いよ!いつもの!」
リーダー格のエルフが店主に捲し立てるように口火を切ると、他の連中も思い思いに店主へと言葉を投げけては、我が物顔で店内へと踏み入ってくる。
当然、注文を待つ一行とはすれ違う形となるが、誰一人として彼等に視線を向ける者はいなかった。
――― ヒューッ♪
だが、リーダー格の男が1人が店内で一行を見つけると、面白いものでもみつけた素振りをみせ、口笛を吹いては下卑た笑みを見せ始める。
そして、ヘラヘラにやけた表情のままに一行の隣のテーブルへ乱暴に腰掛けていく。
「へへへッ、おい、見ろよ女だぜッ!オレと同じエルフだッ!」
そのエルフの男はウィレミナを上から下まで嘗め回すように見ると、唾で耳を整えながら、酒臭い息と共に言葉を吐き出した。
「なぁ、なぁ姉ちゃん。何処から来たんだい?オレの隣に来いよぉ~?エルフ同士、一緒に楽しもうぜ、一緒によ!」
エルフの男はテーブルに片腕を着くやウィレミナへ言葉を続けながら空いた手を差し向けては誘う。
「や、止めて下さい!他のお客さんにはちょっかいを出すのだけは!」
そこへガラスの器に盛り付けられたサンデーをトレイに乗せ、店主がやってきてはエルフの男と一行の間に割り込むと、店主は怯えた表情のままエルフの男に懇願した。
「ンだとぉ~、歯向かうってのかァ?それに何だァ~、<いつもの>を持って来いといっただろテメェ!」
だが、リーダー格のエルフの男にとってはそれが余計に癪に障ったのか、怒声を店内へと響かせる。
「こ、これらは先にこちらのお客様方の注文で…」
「うるせぇッ!アニキに口答えするんじゃねぇ!」
そして、別の男が大きな器のサンデーを手にすると、店主へと向かって中身を浴びせつけた。
「ぶひゃはは!あめぇ~、激甘な臭いがプンプンすンぞォ~!」
器から飛び出されたベリーサンデーは店主の全身にかかり、その姿はもはや悲惨という他にない。
だが、店主はそれを拭おうともせず、ただ頭を下げて謝罪し、男達はその姿をゲラゲラと笑い飛ばしては残りのものも店主へと浴びせていく。
「うひゃひゃひゃ!そらッ、わかったらさっさとオレ達のを先に作ってき…」
―――バチーーンッ!!
軽快に弾ける音の後、あざ笑う男の言葉は最後まで続かなかった。
店主の目の前で笑い声が止み、その耳障りな笑いが遮られたかと思うと、先程までヘラヘラと下卑た笑いを見せていたエルフの男は鼻血を出して店の床に転がり倒れた姿があったからだ。
一同は何が起ったのか理解しかねるといった様子で呆然とし、音の出先を目で追うと、そこには折り畳んだ扇子を両手で振り抜いたラミーネの姿がそこにはあった。
「…それは私が注文した、特っ大ッのスペシャルサンデーよッッ!」
ラミーネは扇子を閉じる音を立ててはそう言い放つと、エルフの男は鼻血を手で押さえたまま目を見開き、ガタガタと震えだす。
「…ひ、ヘ、ヘメェ!やりやがったな、蛇女!」
「なーによッゴロツキ連中風情がっ!女だからって甘くみないでよね!や~~~ってやろーじゃないのよ!」
「このアマっ!皮ひん剥いて財布にしてやらぁッ!」
エルフの男は鼻血を拭うと立ち上がり、ラミーネを睨み付けては拳を構えて啖呵を切った。
「先生!先生ッ!ここはオレ達に歯向かってくる店ですぜ!し、仕置きを入れてやってくだせぇッ!」
―――カラン、カラン、カラン…
またも入り口の鈴が鳴り響き、ゴロツキ達に下卑た笑みが戻る。
入店した者は大きな人影でゆうに2身弱はあろうかという大男で、その全身は金細工があしらわれた白亜の鎧を身着け、背には金棒を携えながら店内を見渡した。
そして、エルフの男を見つけると、鎧が擦り合う音を鳴らしながらゆっくりと近づく。
その姿がゴロツキ連中と並ぶと何ともし難い違和感が際立ち、店内は静寂に包まれる。
片や見るからの三下悪党に対し、<先生>と呼ばれた大男はそれらと対を成す、正に王道を行く筋骨隆々とした姿であったのだ。
鎧の意匠も際あって、大男は<聖騎士>と見て取れても差支えが無い。
「ア、アンタは…」
店主がその姿を目にすると、彼は口ごもりながらも驚愕の表情を隠せなかった。
「へへへ、このお方はなぁ、かつて闘技場で30連覇を達成した泣く子も黙る元・チャンピオン様だぜェ?」
「先生ェィッ!アニキの仇ぃ、とってくだせぇ!」
「…」
調子付くゴロツキ達の言葉に大男は頷くと、店主の方へ頭を向ける。
「…<ゴリアーデ>!!アンタ…アンタ、本当にこんなヤツらの仲間になっちまったのか!?」
店主は<ゴリアーデ>と呼んだ大男に向けて、困惑した表情を浮かべたまま、口ごもるしかなかった。
グラン、ソウシロウも只者ではないとわかると即座に席を立って大男の前に立ちはだかる。
「…」
「…」
「そんなヤツら、いつもの感じでお願いしますよォ、先生!」
そして、2人の鋭い眼光を前に大男は静かに両手を大きく構え、対峙した。
…
「…オレとの<力比べ>で勝負したらこの場は退いてやる。」
店内の緊張が頂点に達し、力と力のぶつかり合いが始まる、そうゴロツキ達は期待した矢先、大男の兜の下から落ち着いた声が響く。
「な、何言ってるんですか!コテンパンにしてやってくだせぇよ!先生!」
興奮し、声が裏返り気味にゴロツキの1人は大男を煽るも、その兜がそちらに向くとゴロツキは瞬時に緊張しては黙って身を引っ込めた。
そして、邪魔立てが入らないと見越し、大男は改めてグランに向き合い、ゆっくりとした動きでそれぞれを品定めするように鋭い視線を送る。
「…赤法師殿!」
「勝っても負けても、俺が適任だろ?」
大男とグランとの力比べが自然と決まると2人は互いに手を差し出し組み合った。
…
戦いは静かなもので、互いの掌から全身に伝わる筋肉のきしみがその力を物語る。
だが、一見、大男とグランの力は互角とも見えたが、その均衡は一気に崩れ始めていく。
「…お、おおおォォォ!?」
グランの膝は曲がり、大男の体格比というアドバンテージは優勢を揺るがなくさせていった。
「…こんなものか。」
大男は呟くと、そのまま全体重をグランに預けていき、片膝をついていたグランは完全に床に背を着く。
そして、大男はそのまま立ち上がらず、またも静かな声で言葉を漏らした。
「悪く思うなよ。」
―――ゴキャッ!バキッ!グキャッッ!!
グランの両腕からは鈍い音が響き渡る。
「…~~~ガッッッ!」
そして、大男はグランの両腕を払い除けるように一気に立ち上がると、そのまま片腕で力任せに投げ飛ばした。
グランの体は宙を舞い、テーブルや椅子を巻き込んで床へと叩きつけられていく。
「…グランッ!!」
「ヒャッホーッ!ざまぁ見やがれ!ボロ雑巾野郎!」
激しい音の中、ラミーネが叫び、ゴロツキ達は形勢が逆転した事に大笑いをした。
だが、大男からは勝利に満足とした仕草は見受けられない。
「…お前達は先に戻れ。ケジメはオレが取らせる。」
「な、何言ってるんですか先生ッ!オレ達が勝ったんですぜ、これから店をメチャメチャに…」
しかし、大男はゴロツキへ返答はせず、黙って兜を向けるのみであった。
「…チッ、またかよ。…い、いえ、わかった、わかりましたよ!オイ、いくぞ!」
エルフの男は鼻血を何度と拭いながら、他の男達をアゴで促すと不満気に店を後にしていく。
―――カラン、カラン、カラン…
ゴロツキ達が店から出て行った入り口の鐘が静かに鳴る。
「ゴリアーデ、もしかして、見逃して…」
静寂の中に佇む全身鎧の大男へ店主はまさかの目をして歩み寄るが、大男は店主の方を振り向きもせず、静かにこう切り出す。
「…いや。オレは仕事を果たす。」
そして、背負った金棒を手にすると、カウンターのショーケースへと一歩二歩と近づいて行く。
「ま、まさか。や、やめてくれ、ゴリアーデ!それはお前も好物だって言ってくれたばあさんの味だって…」
「…」
大男は沈黙のまま、金棒の先端をショーケースに突き立てると少しずつ押し込む。
―――メキャメキャ、バキ、バキバキバキ…
「…う、うわあああああァあああッッッ!」
ショーケースとその中身は静かにガラスが砕け、割れる音を立て、次々と破壊、磨り潰され、代わりに店主の悲痛な叫びが轟く。
その叫びにすら一切の同様もなく、大男はショーケースの端から端まで破壊をし終えると、そのまま静かに店の入り口に手をかけた。
「…邪魔したな。」
―――カラン、カラン、カラン…
大男はそのまま店を去り、入り口の鐘が再び鳴り終える。
店には濃厚な甘い香りを漂わせる粉砕されたショーケースと泣きじゃくる店主が取り残され、一行もしばらくその場に立ち尽くしていた。
―――