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紅い喰拓 GRAN YUMMY  作者: 嶽蝦夷うなぎ
・近朱必赤、見定めるは鉄の道の先
143/231

30-7.禍つ黒き卵

 真っ先に今の状況を飲み込み、ピアを追いかけて飛び出したのはソウシロウであった。

だが、ただ駆けるだけでは追いつける様子もなく、ソウシロウは振り返ってグランへ視線だけを送ると、速度を上げピアを追っていく。



「…追うのには、ズボンとマントあればいいか?」

グランは自身の赤い襟巻きと腰の薄布だけの姿を見下ろしながら、脱衣所にある自身の上着へと急ぐ。

「…~ッ!…~ッッ!」

一方で状況に一番振り回され、叫ぶ言葉が言葉として形成されないラミーネはとりあえずウィレミナの側に寄り、グランをただ指差し続けている。

「悪いが彼女の手当てを頼むぜ、ラミーネ!」

「…~~あーもうッ!当たり前でしょッッ!ピアちゃんが第一よッ!」

そして、ズボンと靴だけを身につけ、脇に残る着替えを抱えたグランはラミーネに親指を立てた様だけを見せると、ソウシロウに続いて浴室から飛び出していった。



「…それで、そこの<アレ>といい、アナタからは色々聞かせて貰えないかしら?」

グランの背中を見送ると、ラミーネは首筋の傷を押さえるウィレミナへ視線を移し、台座の<黒い卵>を指しながら彼女との距離を詰める。

ウィレミナは何処か観念した様子で一息零すとラミーネへこれまでの経緯を語りだした。


―――


街中を物ともせず、ピアは空を裂いて進み続け、その速度はかなりのもので、ソウシロウも追うのがやっとであった。

場所は人通りの少ない中心街を外れ、入組んだ裏路地へと移す。

ソウシロウは振り切られまいとその距離を縮めようとするも、その前にピアは速度を落としていた。

そして、何かを待ち構えるよう道の中央で止まり、ソウシロウが追い付いたときにはピアの正面、向かう視線の先には1人の影が現れる。

それは大鎌を背負い、フードからはピアと同じ垂直に伸びる長い耳、ソウシロウもその姿に見覚えがある人物。

<大鉄道>の道半ばで貨車を切り離し、自分達よりも遥か後方へと姿を消したはずの女、ピアが<姉>と呼び叫んだ人物がそこには居た。


「…何故、<貴様>が私の目の前に居るッ…!!」

「…」

最初に口を開き投げかけられた言葉は、憎悪と憤怒に塗れた対峙する人物からであり、その人物との再開を切に願っていたはずのピアからの言葉はない。


―――キィン………ッ!!


次の瞬間、大鎌がピアへと振り下ろされ、ソウシロウが両者の間に割って入り、大鎌の刃を曲剣で受け止める。

だが、ピアはその場から動かずにただ正面に相対する相手を睨み続けるだけであった。


ソウシロウはこの状況から、確かに今のピアはこれまでの彼女とは別の<何か>であると感じ取り、それを踏まえた上で目の前の人物へと問いかける。

「…何故でござる!お主はピア殿の姉君ではござらぬのか!?」

「…邪魔をッ!!」

だが、質問は切り捨てられ、ピアの姉とされる人物は再び大鎌を振るい、ソウシロウと斬り合い始めた。


―――コォォォン…ッッ!


互いの刃がぶつかり合い、金属のたわむ音が周囲へ響く。

ソウシロウは剣を握る力を緩めず、目の前の相手を制止させるのが手一杯となった。


「…我が母からの質問もあるが、我からも1つ、貴様に疑問がある。」

そして、ピアの声でありながら、ピアの喋り方ではない質問が両者の間に入り、2人は互いの刃を振りほどく。

「…」

女は問い返さない、ただ再び大鎌を構え、恩讐宿る眼光がピアを捉え続けている。

「我の分け身、半身を殺したのは解る、貴様達とは異なすもの。その時は<ヒトの形>はとれていなかった。だが何故、残る我にまで殺意を向ける?」

だが、女は大鎌を握りしめ、顔を伏せると肩を震わせながら笑いだす。

それは狂喜なのか、憎悪からか、それとも他の感情かただ背筋が凍る程の禍々しさが彼女にはあった。


「…それは!貴様がッ!私の妹ではないからだッ!お前が、ピアが死ぬ理由となったからだッ!この…、このぉ、バケモノォッ!」

そして、女はその笑いを憤怒に変え、再びピアへと斬りかかり始める。


――ガキィ……ンッ!!


刃が重なり3度目の金属音が響き渡っては、火花が舞う。

「…何故だ?貴様の妹、我が母はこの身体、母の形を保ったまま、こうして<此処>にあるではないか?」

「貴様は私の妹ではッ、ないッッ!間違いなくッ!」

「我が母の魂もここにある。貴様も以前見ただろう?耳にしただろう?我が母が貴様を求めた叫びを。」

「…あのコは、あのコはもう、もう、居ないッッ!確実にッ!」

激昂する女に対し、ピアは冷静かつ冷酷に言葉を突きつけ続ける。

「何故にござる!?」

「私がこの手で…」

そして、刃と刃が弾かれ合い、女は一歩後ろに下がりながら大鎌を地へ突き刺すと、そこから蔦の様なモノが伸び上がり始めた。


―――この手で妹を、ピアを殺したからだッッ!


「くっ!?これはこの<力>は…?…落ち着け、落ち着け、我が母ッ!我らはまだ、まだ同時には…」

ピアは地面に膝をつき、頭を抱え苦悶に顔を歪めだす。

「男ッ!我を抱えて避けろ!<アレ>は受けてはならんッ!!」

女の大鎌はその刃が一回り、二回りとどんどん肥大化して行く。

「あの刃、<異能>にござるかッ!」

ソウシロウはピアの言葉に応じんと、彼女を抱えて回避行動に移ろうとした。


―――<夢幻殺し(グリムリーパー)>ッッ!!!!


そして、女が大鎌を振り抜くと肥大した刃から光の斬撃が放たれ、直線上の地面を断ち斬りながらソウシロウ達に襲いかかる。

ピアを抱え、ソウシロウは横に跳躍し回避を試みるが、先までの追走とピアの姉から受け耐えた攻撃が重なり、ソウシロウの膝は跳躍前に限界を迎え、そのまま崩れ落ちた。

「しまっ…!」

もはや回避は間に合わず、光の斬撃が2人を貫こうと迫る、ソウシロウはピアを庇うように斬撃に背を向けた。


―――<アースシールド>ッ!!


だが、ソウシロウ達に斬撃が届く前に魔法盾が目の前に出現し受け止める。

ソウシロウの背中越しにピアが目を向ける先には赤い襟巻き、赤いマントをたなびかせたグランが割り込んでそこに立つ。

「<アレ>の為に邪魔者が…、増えるなァぁぁッッッ!!」

しかし、女は再び鎌を振り上げ、魔法盾で受け止められている斬撃の追い討ちを放った。


魔法盾は砕け、二重の光の斬撃は赤くたなびく人影を割き、赤い飛沫が空中を舞い、グランの身体は大きく切裂かれ、その場に崩れ落ちていく。

「フゥーッ…!フゥーッ…!ま、まだだ、まだっ、撃てるッ!殺せるッ!殺すッ!」

女は荒い呼吸のまま、震える手で鎌の柄を強く握りしめ、構えを取り直す。

「…」

「赤法師殿…!」

ソウシロウは沈黙するグランへ呼びかけるが、その顔からは何時もの赤くくすんだ瞳すら見せず、反応はない。

最悪の結果が起こりうる覚悟を決め、ソウシロウは曲剣を握り締めると、女へ向かって構えをとった。


―――


「…それで、グランに噛み付かれてこの部屋の仕掛けが解除された、と。」

ウィレミナの美しい肌に残る噛み痕に手当てを施しながら、ラミーネが口を開く。

「はい。しかし、私の浅はかな謀略などはグラン様のような歴戦を積んだ御方の足元にも及ばなかった様子ですわ。」

ウィレミナはラミーネの言葉に苦笑いしながら、自身の情けなさを語りだす。

「ふ~ん…」

そして、ラミーネは手当てを終え立ち上がると、何か思案するように口元へ指を当て、その仕草にウィレミナが首を傾げる。


「本当に…何も<無かった>のよね?」

「簡単に押し倒して頂ければ話はもっと早かったのですが…」

赤らめた頬に、手を当てながらウィレミナは残念そうな表情で目を閉じ想像に浸り始め、ラミーネはその言葉に呆れの表情で返した。

種族は違えど、同じ女性でありながらも、ウィレミナの身体のライン、肌艶、浮かぶ水滴にラミーネはうっかりと喉を鳴らしてしまう程。

グランがその色香に耐え切りった事にラミーネは何処か安心を得たが、それとは別に何か<勝つ>要素を自分から失ってしまった気もしていた。


自分の悶々とする何かをラミーネは首を左右に振って払いのけ、次の問題、<魔神の卵>に目を向ける。

瘴気の塊である存在は形状は健在しているものの、ピアが突如として現れたときと比べるとその<圧>と呼べるものが<軽い>。

今まで見てきた<魔神の卵>であるならば光を全て吸い込む漆黒でありながら虹の光沢を放つ不思議な、何か生命に似たものを思わせている。

だが、ピアがこの場に現れ、卵の力を吸い上げた以後はただの<瘴気の塊>と化していた。


「…ともかく、このままにはしてはおけないわね。」

ラミーネは試しに卵に触れようと手を伸ばすが、指先が触れた瞬間に瘴気が黒く発光し、周囲を包み込む様に広がり始める。

その勢いにラミーネは急ぎ、手を離すが触れた指先は瘴気によって焼かれた。

「…っ。」

「ラ、ラミーネ様…」

「だ、大丈夫。一応、私だって場数を踏んできているんだから!」

痩せ我慢にウィレミナへ自信に満ちた顔を見せ、同時に自身の不注意に活を入れる。


搾りかすとはいえ瘴気の密度はやはり<魔神の卵>、伊達ではない。

呼吸を整え、魔力を掌に、慎重に手を卵との距離を縮めていくラミーネ。

ここまでの密度となると対処用の札は役に立たない、むしろ下手な刺激が瘴気を周囲に暴発させてしまう恐れがある。

「大丈夫、やれるわ…」

ラミーネは卵に触れると呼吸を整えながら指先をその中へと沈めて行く。



―――この手で妹を、ピアを殺したからだッッ!


そして、指が第二間接ほど沈んだとき、ラミーネの脳裏に悲痛の叫び声が響き、反射的に指を抜いた。

咄嗟の反動に指は軽傷とはいえ瘴気に焼かれ、ラミーネはその場で苦痛の声を上げる。

「あっ、くぅッ!」

だが同時に、ラミーネの全身に一瞬、稲妻が駆け巡ったかのような感覚が襲った。

そして、指の軽傷から瘴気による火傷が消え、ラミーネはその光景に驚き、手首を押さえながら自身の肌を撫でる。

その箇所には何一つ異常は確認できず、同時に彼女の中で何かが弾けた。


心臓は強く、鼓動を早め、自覚の無い興奮状態がラミーネの内から湧き、その熱が、血が、全身へ巡り始める。

ラミーネは自分自身が変化したと感じ取り、そして自分の中の変化が卵にどのような変化を与えたのか、好奇心に似た感情が彼女を動かす。

「ねぇ、ウィレミナ…」

「は、はい、何でございましょう?」

「…ものすっっっごく!強いお酒…ある?」

ラミーネのその問いに対して、ウィレミナは首を傾げるが、彼女の瞳が何処か遥か彼方を見据えている様に思えともかく承諾した。



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