30-1.禍つ黒き卵
紅茶の香りを漂わせた一室でな笑みを浮かべ紅茶をすする人物がソファーの上でくつろぐ。
片や、まるで仮面のような大きな丸眼鏡の<サテュロス族>の女が向かい合っていた。
「そ、れ、で、首尾の方はどうかしラ?☆」
紅茶をすする人物はカップから口を放すと前髪を手でかき上げ、向かい合うサテュロスの女に言葉を投げかけた。
「…結論から申し上げますと。」
両膝に両肘を当て、手を前屈みにして組んだ姿勢でサテュロスの女は丸眼鏡を光らせる。
その動作は自信に溢れ、ソファーの人物は何か期待するように顔を向けた。
「見失いました。」
…
一拍、両者に静寂が通り過ぎ、両者は優雅に紅茶を再び口に含んだ。
「…はい、じゃあ~、ク~ビ~☆」
「そ、そそそそんな殺生なァ!カルマンはん!これでもウチ、色々がんばったんでっせ!?」
<カルマン>と呼ばれた人物は笑顔で無慈悲な宣告を言い放ち、サテュロスの女は慌てて手を前に突き出して制止する。
「じゃあ~、結論は保留にするとして、そのワケくらいは聞いてあげるワ。<ペギー>ちゃん☆」
「うぅ~、この人ホンマ、苦手や。」
自分のペースに持っていけず、ペギーと呼ばれたサテュロスの女はいじけるように俯いた。
そして、脇の大きな背嚢から付箋とメモだらけの地図を間のテーブルに広げると、それをカルマンは紅茶を片手に覗く。
眼鏡を上げ、咳払いをし、姿勢を改めるとペギーは棒差しを伸ばして地図上の1点を指差す。
「まず、確実に足取りが分かっているのが、内海付近の運河街のここになります。」
「えぇ、その報告は聞いているワ。飛行艇で東へ飛び立ったって。アタシが知りたいのはその先ヨ。」
カルマンは紅茶を一口、口に含むと皿にカップを置きソファーの背に身を預ける。
「…ウチも方々、大冬の間も情報収集をしておりましたが、本当にそこまでなんですわ。」
「何よ、言分けにすらなっていないじゃないノ。」
カルマンは溜息を吐き出すと再び紅茶を口元へ持っていく。
「違うんですわ、カルマンはん。見失った、痕跡が途絶えたのが余りにこの運河街まで<過ぎる>んですわ。」
その言葉に、カルマンは手を止めた。
そして、カップから口を離し地図の運河街を見直すと改めてペギーの目を見る。
「考えてもみてください。飛行艇とはいえ、飛ぶのには、いえ、<飛び続ける>事に関しては色々と限度があります。」
「…確かに、従来のものであれば何処かで停泊し、補給でもしないと活動に注力してるという大陸中央部には行けないわネ。」
「そうです。ですが停泊には領土への許可、つまりは事前の袖の下が欠かせませんわ。更に船を泊める場所も動力源等で限られます。」
「…モチロン、そのアテの調べは付けたのでしょうね?」
ペギーは再び視線を逸らして押し黙り横に首を振る、カルマンは溜息を再び大きく吐き出した。
「で、す、が。調べている内に非常に面白いものが手に入ったんですわ。それが…」
ペギーは再び背嚢を探ると、瓶を1つ取り出してはカルマンへ手渡す。
「アタシが販売している化粧水じゃない。コレがどうしたのヨ。」
「えぇ、コレは昨年末にカルマンはんの元で販売された香水です。ですがコレ、ウチは翌年の大冬の末、大陸中央部の行商人から仕入れの相談をされたんですわ。」
その言葉にカルマンは片眉を上げ、再び紅茶を一口含み思案を巡らす。
そして、少しの沈黙の後、カルマンは自分の手帳を開くとハッとした表情を見せた。
「そうよ、大陸中央部にこの商品が出回るどころか、存在自体知られていない筈だわ。」
その言葉にペギーは満面の笑みを浮かべて答える。
「…お気付き頂いて何よりですわ。」
流通が制限される<大冬>において内海沿岸ならまだ航路が使えるが、陸路での流通は大陸西部にすら行き届かないのだ。
まして、それが更なる外、大陸中央部に届くとなると<転移門>の利用が必要不可欠。
そこまでのものを流通を管理できないとなるとそれはカルマン自身、更には<錬金術ギルド>の不徳といえよう。
「…<ビルキース>がアタシの商品を中央部へ持ち出したと見るのね。」
「えぇ、おそらく手土産として。<大旦那より貴婦人を口説け>、商人が地方権力者に取り入る常套手段でありまんな。」
ペギーはそう言うと眼鏡を上げ、カルマンはカップに再び口を付け一息吐いた。
つまりはカルマンの探る人物、<ビルキース>は<長距離航空>を可能とした手段を持ち合わせているという事になる。
「じゃあ、ペギーちゃんはこれまでビルキースへ取り入るのに何を<餌>にしていたのかしらラ?」
「ビルキースはんの場合は大旦那であると同時に貴婦人ですからね、そのまま欲しそうなものを赤の旦那経緯で渡してただけです。」
「…具体的には?」
「せ、設計図です。<覇王時代>の古い魔導器、特に部品の類に興味があると聞きましたんで…」
ビルキースの意図、その為の糸口が欲しいカルマンはペギーに顔を顔を近付けながら詰め寄って口を割らせんとし、ペギーは身を引きながら答えた。
「魔導器…これは早い内に接触を計った方がよさそうネ。…赤の旦那、ビルキース専属の赤マントちゃんと接触すれば何か得られるかしラ?」
カルマンはカップをテーブルに置くと背凭れに身を預け、思案する様に腕を組む。
―――ジリリリリッ!
その時、室内に<通話機>のベル音が響き渡った。
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酒精が鼻腔を抜けて焼く感覚に、意識が鮮明になり始め、男は目を覚ます。
小さな部屋の小さな窓に目をやると、カーテンの隙間からは光が差し、外ではまだ葉の無い木々の枝上で小鳥がさえずる。
枕元の赤い襟巻きを手にし首に巻き、黒い髪をくしゃりと搔きながら男はカーテンを開けにベッドから起きると窓に手を伸ばした。
そして、取り入れた光の先、自分が寝ていたはずであろうベッドを見て、男は怪訝な表情を見せる。
「…むにゃ。」
そこには白い鱗で覆われ、大蛇のような下半身を持つ<ネレイド族>の女。
薄緑色の長い髪と酒気を共にシーツ全面へと広げ、身体をそのベッドに投げ出しては、どうどう寝息を立てている。
女のまぶたに光が挿し込むと、女はしばし眩しそうにした後、目を大きく見開いて起き上がっては男を見て口を両手で押さえた。
「…」
もはや男の口から言葉は何も出ず、ただただ長い<露骨>な溜息だけが口から吐き出される。
―――コンコンッコンッ…
その沈黙の中、部屋のドアが叩かれると男は手短に返事をし、ワザとらしく音を立てては施錠外して開けた。
そこには異国風貌、長い髪を結えた額に2本の角を生やす青年剣士。
相も変わらずの爽快な笑顔を向け、青年の後ろでは縦に伸びた長い耳の少女が困ったように隙間から覗く。
「おはようでござる、赤法師殿。もしかして、ラミーネ殿もこちらにおるでござるか?」
赤法師と呼ばれた赤い襟巻きの男は頷き、ドアを開け、ベッドの女、ラミーネをアゴで指し、彼女はベッドにある枕を慌てて抱いて胸元を隠す。
「…何か<あった>にござるか?」
「…何か<する>と思うか?4度目ともなるともう驚きもしないぜ。」
男は肩をすくめ嫌味ながらの返事をし、部屋隅にある椅子にかけられた赤いマントを手に取るとラミーネに向って放り投げた。
「わっぷ!何をするのよ、グラン!」
「それで、用件はあるのか?ソウシロウ。」
グランと呼ばれた男はラミーネを無視し、青年剣士に声を掛ける。
「皆で朝餉と致そう。」
苦笑と布を被せてあるバスケットを見せ、ソウシロウは部屋へ入れてくれるよう頼み、グランは黙ってドアを開け2人を招いた。
…
4人を囲むテーブルは無いので、椅子をテーブルの代わりにバスケット置き、4人はベッドへと腰を下ろした。
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豆のディップと編棒パン
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「東へ移動してきただけあってか、料理もどこか風変わりしてきたでござるな。」
ソウシロウはディップをちぎったパンに乗せながら口へ運ぶ。
ディップからは混ぜ込んである香辛料と挽肉の香り、パンからは胡麻の風味が口に広がる。
「そもそも飯なら近くに食堂がなかったか?なんでわざわざ狭いの宿の部屋なんかで…」
グランは不満を垂らしながら、ディップへ直にパンをつけては齧り付き、一方の女子2人はナイフでパンを小さく切り分けると、そこから1つ摘んではディップを塗り口に運んだ。
「それが、食堂は朝から大賑わいでござってな。こうしてなら4人揃って食事をできるかと思ったのでござる。」
ソウシロウの態々気遣いを働かせたお人好しぶり対し、グランはやや呆れ気味な視線を送ると再びパンを齧る。
「それで、ピアちゃんの方は…」
次にグランは少女の方に視線を移すと、ピアと呼ばれた少女は少し恥ずかしそうな態度をとった。
彼女の胸元には布の簡易な背嚢が前持ちされ、その口から何かが覗かせており、グランとラミーネは自然と視線が集中する。
「Gm!!」
ピアが<それ>にパンを近づけると勢い良く鳴いて飛び出した。
平たい嘴、一見は水鳥のような頭がピアの指先からパンを掠め取ると飲み込んだ。
「この子と朝のお散歩に出てた途中ソウシロウさんと会ったので…」
「拙者が朝食に誘ったという訳でござるよ。」
ピアは無言で小さく頷き、ソウシロウは相変わらずの爽やかさで笑った。
「…そういえばソイツ、<河グリフォン>だったか?…の卵を見つけた経緯を聞いてなかったな。俺達は交戦中だったし。」
グランはバスケット内の瓶を1本取り、栓を抜きながらラミーネに問う。
ラミーネはその言葉に当時を思い返し、ピアの顔色を伺いつつ口を開いた。
…