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紅い喰拓 GRAN YUMMY  作者: 嶽蝦夷うなぎ
・近朱必赤、見定めるは鉄の道の先
135/232

29-3.孤掌鳴らし難し

 枯れ草の絨毯を踏みしめ、緩やかな風が赤い襟巻きをすくうと登り旗のようにはためかせる。

目の前に流れる川の幅はそれほどなく、深い場所でも膝程度の深さしかない。

一行はそれに掛かる小さな橋の上から、水面の様子を見た後、ピアの感覚で目的地へと歩み進み、泉と呼ぶには小さく池と呼ぶには浅すぎる水溜まりを見つける。

その周囲は枯れ木や草が生い茂る小さな林があり、その奥の場所には目的と相応しい洞窟を発見した。


「…さて、あそことなるか?」

赤い襟巻きを指で直し、グランはラミーネに背負われるピアへ目を向ける。

「…はい。」

ピアは顔の血色の悪さや生気の無い表情をしながらも、ラミーネに背負われながらも小さく頷いた。

そして、一行は洞窟へと向かい、踏み出したその時であった。


―――Wrrooffrr…


不気味な鳴き声が響き、まだあるはずの陽は何時の間にか薄暗く、空には黒雲が立ち込めていた。

それと同時に、周囲、特に足元から急激に肌寒くなっていく。

「…おいでなすった。」

「気を引き締められよ!」

グランは赤いマントをひるがえし、右腰から剣の柄を覗かせ、ソウシロウもまた左の腰に差した曲剣の柄に手を添える。

「…<ロスト・ビースト>!?」

ラミーネは目を見開き、川の浅瀬からまるで油染みが剥がれ落ちるかのような影が這い出てきていた。


<ロスト・ビースト>。

亡者となった四足獣が、自らの縄張りを荒らす不届き者へと襲い掛かる。

元は狼か、死してもなお、その血に染み込んだ獣の闘争本能は衰えず襲い掛かる屍獣。

そして、それは1体ではなく複数で現れ、形を作り終えた順序から次々と口を開き死の牙を向けた。


対し、ソウシロウは曲剣を僅かに引き抜くと、水を蹴るように走り出し、真っ先に迫る1体を縦一文字に斬り裂く。

「…Wooffraaa!!」

だが、続け様に迫る2体がソウシロウを挟み込むよう左右から迫り、口を開け牙を剥き出しに迫りくる瞬間。

内1体は赤く煌く一閃によって身体を上下に分断され、もう1体もソウシロウが刃向き直すと同時に、黒い灰となって消えた。


グランとソウシロウが目配せをし、手応えを確信した刹那。

「Wofffrafa!!」

更なる<ロスト・ビースト>達が現れ、隙無く襲い掛かり、その攻撃に2人は守るしか手はなく、構えた剣で噛み付きを凌ぐ。

しかし、3匹目が2人の間をすり抜け、後方のラミーネとピアを狙い迫った。


「アクル、フル、フシャル、イル!」

ラミーネは既にピアを退避させており、迫る<ロスト・ビースト>に迎撃の魔法を放つ。

「<インガルファー>ッ!」

<ロスト・ビースト>の周囲に水泡が取り囲むと、次々に取り付きだし、1つの巨大な水牢の球を作り出し、その中に飲み込む。


―――パァンッッ!


そして、水牢球の中では無数の泡が吹き溢れ、<ロスト・ビースト>は身体を泡に侵食され崩れていき、水牢球と共に弾けて消えた。


2人が残りを片付け、ラミーネとピアの無事を確認する為に振り返ると、そこには凛とした表情で大扇を広げているラミーネの姿。

戦闘が終わったと見てわかると、ラミーネは大扇を閉じながら、ふぅと一息ついた。

「何時の間にそんなもの手に入れてたんだ?」

「第一声がそれ!?怪我はないか~?とか、よくやった~!とか、あるでしょ!?」

赤い剣を腰に収めながら、問いかけてきたグランにラミーネは不満げに返した。


「…行けるか?」

「は、はい。もう、自分で歩け、ます…。大丈夫です…」

だが、グランはラミーネを無視し、後ろに居るピアに問いかけ、ピアは小さく頷き洞窟の方へと足を向ける。

「……ソウシロウ~。」

そして、女子2人にグランの態度が厳しいと感じたラミーネはソウシロウに助けを求めるも、彼は苦笑を返すのみ。

「…して、その大扇は何処で手に入れたのでござる?」

「…前の牧場村で釣銭がだせないから…って使い切る為と杖代わりに買って来たの。」

渋々と尋ねるソウシロウに、ラミーネは露骨な不満を表情に出した。



一行は洞窟の入り口まで辿り着き、3人はピアの顔を覗くと、不安な表情ではあるが覚悟は決めているようであり、少女は強く頷いた。

中は侵食洞というよりも、小さな渓谷が奥へと続く、という方が正しい。

木々や崩落した岩壁が天井を形成しており、それらの隙間から細い光が射し込むが視野を十分に確保できるほどではない。

「私に任せなさい!」

フフンと鼻を鳴らし、ラミーネが前に出るや、大扇の一部を開くと目を閉じて集中を始める。

すると、ぼんやりと淡く光る魔力の球が浮かび上がり、ラミーネ達の周囲を漂うと、扇は音を立てて閉じられた。


「これはまた…」

球の輝きは強烈な光源ではないにせよ、視界を確保し、足元と前を照らすには十分で、ソウシロウが感心したように呟くと、ラミーネは胸を張る。

ピアも初めての光景に目を丸くして驚きを隠せない様子をみせ、それもまたラミーネを上機嫌にさせた。

「何だ、こういう<マトモ>そうなのをやっと使えるようになったのか。」

「んな!?あのねぇ!割と上等な<魔術>よ、コレ!」

以前出会った際には使えなかった灯りの魔術に対し、皮肉を交えるグランの言葉にラミーネは振り返って反論する。

だが、アゴで後衛に戻れと示され、ラミーネは釈然としない表情でそれに従う。

「……ソ、ウ、シ、ロ、ウ~~。」

「まぁまぁ、ともかく、ピア殿の後ろを頼んだでござるよ。」

最後尾に並ぶラミーネをなだめつつ、ソウシロウは自身の立ち位置を変える、一行は洞窟の奥へと進みだした。



「ところで、先の言った<魔術>。それは<魔法>とは何か差異はあるのでござるか?」

道中、ソウシロウはグランへ何となく尋ねる。

「ん~?体内の魔力を練って放つって点では同じだろ。ただ、<魔法>は既に<契約と工程と結果>が<定義>されてるが、<魔術>はそれらを明確にされていない。だったか。」

洞窟の奥へと進む中でグランは肩を竦めながら答え、ソウシロウはまた首を傾げる。

「例えば、<火を起こす>魔術があるとする。これらを何重にも行って、俺が使っている<ファイヤーボール>の魔法を再現する事は出来る。」

そう言って、グランは指先に火花を僅かに散らし<魔術>の実演を見せる。

「だが、再現するには形成する際のだの、制御だので余計な魔力操作の手間が増える。更にはその手間1つ1つが個々個人の練度だので様々だ。」

そして、指を擦り、火花を消した。


「それらを織り込み済みにしたのが<魔法>、という事でござるか?」

「ま、俺が言うのは受け売りだがな。俺は魔術なんてそうは使わんし、魔法への再現も試した事がない。」

ソウシロウが「ふむ。」と一言、合点がいったと納得すると、もう一度漂う光の球を見る。

「それに魔法も魔法で<契約>ってのが必要になる。どっちも見様見真似でチチンがプイプイとはいかないワケよ。」

「さすれば、ラミーネ殿のこの<魔術>、赤法師殿が容易に真似出来るかと言えば…」

「…」

ソウシロウの問いかけに、グランは少し動きを止めるが答えはしない。

だが、目線を逸らすその挙動だけで、答えは明白であった。


「褒めてあげてもいいのではござらぬか?」

「えー。でも灯りは他の手段もあるだろ。」

ソウシロウがからかうと、グランは眉間を歪めて露骨に嫌な顔を見せる。

「…そういうところにござるぞ。」

「…何がよ。」

「…本当にそういうところにござる。」

「…」

それ以上はただ口をつぐむだけのグランにソウシロウは溜息をつくと、少しラミーネへと振り返った。


―――


「エルド、ラオ、マナン、カル。…<ライズトランス>!」

ラミーネはソウシロウに身体への強化の魔法を施す。

光を帯びる魔力を纏い、漲る力を感じた事にソウシロウは頷き返し、腰の曲剣に右手を当て、力強く引き抜く。

「…<閃羽空>ッ!」

曲剣から放たれる連続の伸びる斬撃が、行く手を遮り宙を舞う翼屍獣、<ロスト・アウル>を斬る。

「Clolcow!?」

1体、2体、空中に弧を画く斬撃に裂かれ、それは地面へと墜落すると塵を舞いながら身体は崩れ去った。


「イグニ、<エクスプロード>!」

一方、1枚の札を掲げ、グランは赤い剣の切先を対峙する<ロスト・ビースト>達へと向ける。

すると、剣がより赤く輝き、それを横一線に払うと、灼熱と衝撃が<ロスト・ビースト>達が身構える中心を吹き飛ばし、焼き払っていく。

「Wogrff…」

そして、先の<ロスト・アウル>と同様の最後を向え、辺りは静かになった。


「…ふぅ、これで何戦目だ?」

「4戦といった所でござるか。」

一呼吸つき、グランはソウシロウへ問いかけると、彼は涼しげな顔で答える。

それを受け、グランは溜息をつきつつも、何かを考えるように腕を組んだ。

「…多いな。」

一行は洞窟の奥へと進みながら、定期的に襲ってくる屍獣の群れを撃退して進んでいる。

だが、その数はあまりにも多いものであった。


それは直接的な戦闘よりも、探索における警戒の疲労が積み重なる方が問題であろう。

「この数、拙者が冒険者の登録をする際の事を思い出すにござるな。」

「…となると、親玉に該当する何かが居るか。」

亡者達を呼び寄せる、もしくは生み出す<瘴気>がこの場所に濃く漂っているのかグランは思案を走らせた。

「ねぇ!少し休憩しない?」

そこで、ラミーネが前方の2人に呼び掛ける。

その言葉には疲労の色が濃く、戦闘に直接参加していないピアの足元が見て取れていた。



***********************


チョコレートブロック


***********************


グランは腰掛けて休むピアに懐から取り出した1つの棒状の菓子を渡す。

「腹に入れておくといい、味は保障しないが。」

「ありがとうございます…」

受け取ったそれの包み紙を開けると、ふんわりとほろ苦い香りが舞う。

「ねぇ、私の分は?」

ピアの手にした物を見て、ラミーネが物欲しそうに尋ねる。

グランはしばしの沈黙の後にもう1つを取り出し、半分に割るとラミーネとソウシロウへと投げて渡す。

そして、3人は同時に菓子を口に含むと、3人共強烈な苦味で顔を歪みしかめ、それを見てグランは1人ほくそ笑んだ。



小休憩を挟み、グランは何か期待した様子でピアへ顔を向けている。

それにラミーネが気が付くとピアを引き寄せ庇うように抱き締めながら、グランへ警戒の目を向けた。

「…何かあるなら言いなさいよ。」

「ピアちゃん、一息ついたらもう一度あのガラス板を覗いてくれないか。」

ラミーネには一切の反応を見せず、グランはピアに願い出る。

ピアは言われたとおりに<板水晶>を胸元から取り出すが、駅舎内で覗いた感覚を思い出し、少し戸惑う。

すると、その迷いを察したグランはラミーネに顔を向けた。


「きっちりカタを着けるか、途中で引き返すか、ここが踏ん切り時でその一番の判断ができるのが言いだしっぺのキミだぜ。」

ラミーネはグランのその言葉を受けて、ピアへと目を向ける。

厳しいもの言いだがそれはピアに覚悟を問うもので、ピアは深呼吸を1つすると、決意を固めた目で頷いた。


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