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紅い喰拓 GRAN YUMMY  作者: 嶽蝦夷うなぎ
・近朱必赤、見定めるは鉄の道の先
133/232

29-1.孤掌鳴らし難し

 何も無い、薄暗い部屋の中で2人の人物が向かい合い、簡易な椅子に腰掛けている。

窓からの逆光もあってか片方の人物の表情は窺い知る事が出来ない。

だが、もう1人は窓から差し込む光で、明らかに困惑しているのが見て取れた。

「ホ、ホ、ホヒッ…」

その小太りの男は胸元からハンカチを取り出し、沈黙を続ける正面の人物を前に、汗ばんだ額を拭いながら詰まるような呼吸を漏らす。


―――チャキッ…


逆光の中の人物は眉間に指を添え、押し上げると僅かな擦れ合う音が鳴り、足を組みなおす。

「さて、まずは無事の生還おめでとうございます。と、でも言っておきましょうか。ですが…」

そして、沈黙を破り、男はそこで言葉を切ると、深い溜息を吐く。

だが、小太りの男のハンカチを口で抑え、体を震わせてばかりであった。


「荷は彼方自身が送ったわけでなく、他の、見も知らずの<冒険者>に託す事にするとは。」

男は腕を組みながら肘を自身の手で支え、対面の小太りの男は沈黙が途切れても尚、小刻みに震えている。

まるで小太り男には目の前の男に首を締め上げられているような圧迫を感じており、生唾を何度と飲み込んでいた。


「ホ、ホヒッ!す、すみません…。あ、あのそれで…」

意を決し、小太りの男は一気に唾を飲み込むと、逆行の中の男へ声を上げる。

「…<コレ>ですか?」

男は再び眉間に指を添え押し上げ、服から小瓶を2つ取りだすと小太りの男に軽く振りながら見せつけだす。

小太りの男はハンカチを落とし、男の手にある物を見ると小さく両手を出し、何度も頷いた。

そして、逆光の中の男は席を立ち、小太りの男の前に立つと、彼は奪うように瓶を手に取る。


「まぁ、いいでしょう。きっと最後に<一働き>してもらう事になるでしょうから。1つは差し上げます。」

「…ホヒッ!ホヒヒッ!」

逆光の中の男は小太りの男に背を向けると、小太りの男は歓喜とも恐怖とも取れる表情で瓶を開け、即座に中から錠剤を服用する。

「あぁ、そうでした。ところでその薬はちゃんと<用量と用法>を守って服用しておりますか?でしたら、今服用する必要は無いでしょうに。」

小太りの男は錠剤を喉奥に詰め込み、口元を手で拭く。

「ホヒッ!?」


―――ゴクンッ!!


「<用量と用法>。再三に渡り言っているはずです。服用は<異能>の<使用後>です。<使用前>は決してやってはいけないと。」

「…」

逆光の中の男は振り向きざまに小太りの男の懐まで迫まり詰めていく。

「彼方は訓練されても、場数を踏んだワケでもありません。だから薬は<余分>に処方しているはずです。しかし、それは緊急事態での想定。」

小太りの男は逆光の中の男の顔は良く見えていないが眼光が鋭く光るのが解かる。

「…でしたら何故、あるはずの余分な錠剤から服用しないのですか?」

だが、その顔から発せられる怒気と声の調子から理解してしまった。


「ホ、ホホ、ホヒッ!?わわわ、私はどうなると!?」

「…そうですか、<用量と用法>を守れませんでしたか。困りました、残念です…」

溜息で怒気が抜け落ちると、男のその視線は冷め切ったものとなる。

「ゆ、ゆ、許してください!ホヒッ!出来心、そう出来心です!賠償!賠償で解決できませんか!?ホヒッ!」

小太りの男は両手を地面につけ、懇願するように頭を何度も下げだす。

「いいえ。判決は私が下す必要はありません。」

しかし、男がそう告げると、小太りの男は痙攣を始め、その場に崩れ落ちた。


「ホビッ!?ホブォッ!?なに、ナニを…!?」

「言ったはずですよ。<用量と用法>を守っていただければ、その余分な薬は彼方のモノとして、十分な報酬となるはずだった。」

小太りの男は倒れたまま苦しみ悶え、床を転がりまわる。

その様子を見下ろしながら逆光の中の男は椅子に腰かけると、深く溜息をつく。

「そして、健常でもいられた。…余計な<異能>を使いすぎましたね。彼方には過ぎた力だったという事です。」

「ぼ、ぼびっ!ホビィィッッ!!ダズケヂ…!」

小太りの男からは身体の内から何かが蠢き、男の体内で暴れまわる。

そして、また眉間を指で押さえ、小太りの男がもがく様をしばし見ていた。



――コンコンッ…


部屋が静かになると部屋の扉がノックされ、逆光の中の男は爪先で床を叩き返事をすると、静かに扉は開かれていく。

一様に顔は伏せられた数名が部屋には入り、床に転がる<像>を囲みだす。

「回収します。」

「…おっと。<中身>を露出させなければいけませんでしたね。僭越ながらお手伝いしましょう。」

「い、いえ、我々に任せて頂ければ…」

逆光の中の男は立ち上がって像へと近付いていき、首元を緩めると小太りの男が座っていた椅子を手にした。


―――バゴンッ!


そして、その椅子を高く掲げると勢いよく振り下ろし、像は音を立てて砕ける。


―――バゴッ!バゴッ!バゴッ!バゴッ!バゴッ!バゴッ!


それから、男は何も言葉を上げず、椅子は何度と振り下ろされ、ただただ像は砕け、破片と飛び散らせていくだけだった。


―――ゴスッ!


やがて、椅子の脚が割れれると、逆光の中の男は椅子を横に放り投げ、破片を踏み潰す。



像は僅かに床に面した部分だけが残り、逆光の中の男は元の椅子を下ろした。

「…フーーーッ。いけませんね、やはり私では手際が悪い!出過ぎた真似をしました、後は専門家の皆様にお任せいたすとしましょう。」

「り、了解いたしました。作業、始め!」

逆光の中の男の指示に、後ろに控えていた一行は息を飲み込み気を取り直すと、散らばった破片の採取、回収をしては容器へと入れる。

そして、破片を粗方回収し終えると最後には足元程の大きさの黒い水滴のような塊が残り、これは別の容器にと収められた。



「痕跡、反応なし。それでは、我々は撤収します。」

「えぇ、ぬかりなく。」

入ってきた一行は<像>の回収作業を終えると計器で周囲を調べた後、敬礼をして足早に部屋を後にする。

「さようなら、少年心を大事にしすぎた方。お陰様で、彼方の代わりは今後<幾らでも>居るようになりました。」

残った逆光の中の男は首元を締め直しながら、部屋の窓から外を確認すると椅子に腰かけ、眉間を押し上げると手を2度叩く。


すると、再び扉が開き、今度は1人のメイドが深々と礼をして部屋の中へと入る。

「…あのウサギ女はどうしています?」

「彼女でしたら与えた部屋で謹慎しております。必要以上の薬の服用も診られません。」

逆光の中の男の問いにメイドは恭しく答えると、男は静かに頷き、また眉間を押し上げた。


「…同じ落人でも、彼女はまだ<使い道>が残っていそうですね。…彼女に<転移石>を与えなさい。挽回に励んでもらいましょう。」

「かしこまりました。」

「それから、彼女は誰に<阻まれた>と申していました?」

「赤いマントに赤い襟巻きの姿、片腕を失っても狼狽せず、赤い剣と火の魔法を使う人物だと。」

メイドは淡々とした口調で答えると、逆光の中の男は足を組み直すと、しばし考える。


「……そうですか。下がってよろしい。」

「失礼致します。」

メイドは静かに部屋を後にし、扉が閉まると逆光の中の男も立ち上がる。

そして、静かに部屋の窓へと向かい、外の景色を見下ろす。


赤いマントに赤い襟巻き。

そして、雇ったゴロツキと小太りの男からの証言である深い傷を受けても平然としていた人物像。

「<不死身の赤マント>。確か、ビルキース=パダハラムの飼う冒険者。…少し偶然が重なりすぎな気もしますね。」

逆光の中の男は、静かに呟き頭の片隅にある情報をぼやく。

ならば必然か、どちらにせよ計画への狂いが生じ、それが明確になったのならば修正せねばならない。


「…消しますか、どうせこちらは捨て駒です。当てれば出方を見るくらいにはなるでしょう。」

逆光の中、男の口元が歪に吊り上がった。


―――


路線レール脇には人家や畑が点々とある郊外が見え始め、貨車を連結させた手漕ぎトロッコは市街に向って進んでいく。

「も、もうすぐ、人里に、入るの、よねェ?は、はやく、やすみ、たいぃ!」

手漕ぎトロッコのハンドル握る、2人の人物。

その内の1人、大蛇の尾のような下半身を持ち、薄緑色で長い髪の<ネレイド>の女、ラミーネが息苦しそうに声を漏らす。

「タイミング合わせろよ。ムキになってハンドルを動かすなっての。」

対面のもう1人、身を包んだ赤いマントに赤い襟巻きをなびかせる、黒い短髪の男、グランが慣れた手付きでハンドルを漕ぎつつ欠伸混じりに答えた。


そして、貨車の中では2人。

1人は異国風貌、長い髪を結えた額に2本の角を生やす<ゴブリン>の青年剣士の男、ソウシロウ。

残るは頭部から兎のような縦垂直に長い耳を伸ばした<フォウッド>である旅衣装姿の少女、ピア。

2人はトロッコ側の2人の姿を覗き見て、少女は装飾縁に飾られたガラス板を胸元から取り出すと2人をその内に収める。

すると、ガラス板が僅かに光り、ガラス板にはトロッコ側の2人の姿が切り抜かれたように映り、青年剣士と少女はそれを見て笑い合う。



しばらくして、レールがホームへ差し掛かり、駅舎が明確に見えると人影が音立てながら、こちらへ向かってきてるのが一行は目にした。


―――ピッ!ピッ!ピッ!ピッ!


人影の正体はこの駅の鉄道員だろうか。

<大鉄道>の始発駅で見た鉄道員と同じ制服の人物は笛を鳴らし、両手に旗を持って何やら指示をしている。

笛の音よりも、旗の動きよりも、もはや手の仕草の方が意図する所が分かり易い。


―――ピィーーーーーーッ!ピッ!ピッ!


「ご苦労様であります!既に伝書鳩により皆さんの事は伺っております!」

一行がトロッコの速度を落とし、ホーム半ば寄り前に止まると、かかとを景気よく鳴らして揃え、敬礼をする鉄道員が1人。

「…」

突如現れた出迎えに一行は呆気に取られていると、鉄道員は敬礼を戻す。


「どうかなされましたか!?」

「あ、いえ、今までは出迎えみたいなのはなかったので…」

温度差に戸惑うグランだが、鉄道員は敬礼を崩すと笑顔、いや、威圧に等しい表情を向ける。

「それは、それは、これまで我々が大した支援も出来ずに申し訳なく思います!で、す、が!今日ばかりでもこの駅舎を利用し、休息を挟んで頂きたい!ささ、どうぞどうぞ!」

そうして、一行は押しの強いこの空気に吞み込まれ、言われるがまま鉄道員の手を取ってはトロッコを降り始めていった。


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