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紅い喰拓 GRAN YUMMY  作者: 嶽蝦夷うなぎ
・近朱必赤、見定めるは鉄の道の先
131/232

28-5.進む先は前に1つ、されど迷いは遠い後ろ

 湯気が浴室内に広がる中、ラミーネとピアは浴槽に浸りながら、その縁に組んだ腕と顔を乗せ体を休めている。

湯の熱が2人の身体に染み込んでいき、自分達がまだ寒い季節の中を旅しているのだと実感させていた。

「あァ~、生き返る~、もう脚だけじゃなく、全身脱皮しちゃいそう~♥」

「は、はふぅ…」

特にラミーネの大蛇のような下半身は、伸ばしに伸ばし、湯の中で浴槽の縁からはみ出ており、それに比例した声をあげている。

また、ピアも慣れない旅路での疲れと緊張からか力が抜けており、その全身を湯の表面に浮かせていた。


その時、浴室の扉が開き、遅れて娘が入ってくる。

前面を手拭いで隠し、2人の視線を感じると恥ずかしそうに顔を赤らめては逸らすよう身体を捻った。

しかし、かえってそれが彼女の<豊満>な部分がより強調させる結果となり、2人はその豊満な曲線と自身とを比較し、思わず無言の嫉妬の念を送る。

「あ、余りじろじろ見ないで下さい…」

「見ないでといわれても、壁を見続けるワケにも行かないし…」

娘はそそくさと浴槽に近寄り、屈んで湯を汲んでは浴びはじめた。


「…背中、洗ってあげる。」

ラミーネは浴槽から這い上がるよう、下半身をうねらせて湯の中から身体を出す。

水面から上がったその大蛇のような下半身は表面が濡れ滴り、なんとも艶かしく浴室内の湯気が神秘さを帯びる。

娘がその姿に見惚れる中、ラミーネは娘の背中側にまわり込み、自分の手拭いを泡立てては娘の背中を洗い出した。


「あ、あんまり、その、触られると…」

「あぁ、ごめんなさい。でも、同性で他種族の身体なんて、そう触れる機会は無いから。ついね…」

ラミーネは娘の抗議に素直に謝る、しかして興味津々な様子で彼女の背中をなでるように触れていく。

<アシワレ>の種族の裸体は数年と冒険者をしてたとしても、ネレイドであるラミーネにとって珍しいものだった。

特に全ての種族に共通する上半身、女と示すその象徴はかえって同性として興味をそそらせる。


「やっぱりコレだけともなると、男共からはさぞモテるんでしょう?」

「うぅ、それがそんな事ないんです…」

ラミーネは石鹸にまみれた手で娘の脇を撫でては挑発めいて尋ねるが、意外な事にラミーネの質問への返答は謙虚な否定でもなく、むしろ悩みともとれるものだった。

「ちょっと昔に旅芸人のエルフの歌って踊れる吟遊詩人さんが来てからというもの、村の男性は揃ってこれからはカナドコペッタンコ、ナイチチの時代だって…」

何か琴線に触れてしまったのか、娘は言葉を吐くたびに背中が震え、その感情が背中越しからでも伝わる。

「そのうえ、お前が近くに居ると家で飼ってる牛が後を着いて来てるみたいで気が散るって言うんですよ!!」

そして、突如として娘はラミーネに振り向き、喰い掛かるように語気を荒げては、その両目からは悲しみの涙を溢れさせた。

予測しなかった反応に対処を困るラミーネ。

とりあえずは手桶の湯を娘に掛け、娘の頭を冷やし、落ち着くようにと浴槽へと促していく。


―――カポーン…


浴槽に身を沈め、3人は改めて一息を吐き、湯の熱が染み渡るのを実感する。

入るのが3人ともなると浴槽は狭く、今度のラミーネの<脚先>は身体を折り曲げても浴槽の縁まではみ出していた。

「…それで、アイツの事はドコまで知ってるの?その…身体の事とか。」

「…アイツ?身体…?あ、えーっと…そのきつかった?…です…」

娘はその問いにキョトンとした顔を浮かべた直後、一気にその顔を真っ赤にして両手で顔を覆い隠す。

「いや、アナタの胸でなく…。ホラ、アイツの左腕?」

勘違いを訂正しようと、ラミーネはやや呆れ気味に自分の左腕を指差しながらグランの左腕の事について尋ねる。

「え?、あ、あぁ、そっち!、そっちですよね…はい、黒い左腕も、鼓動が無いのも、すぐ傷が塞がる事も、存じています。それで、助けて頂いたのですから…」

照れくさそうに顔を再度手で覆いながら、娘は何やら思い出に浸りながら尻尾でちゃぷちゃぷと水面を波立たせ、はにかむ。

その証言からやはり4~5年前とはいえ、グラン当人との面識は間違いないと悟る。


「ふなぁ…」

ラミーネは娘の反応に何かもやもやを抱き始めたが、ピアがのぼせ気味で顔を上気しているのを見て、一旦この話題を切り上げることにした。



3人は脱衣所に戻ると各々が体を拭き、着替え始める。

ラミーネは長い髪を乾いた手拭いで丁寧に拭き、娘は自分の事を後回しにピアの髪を拭き、着替えを手伝う。

「…ねぇ?」

「はい?」

その最中、ラミーネは娘の後ろから先程から感じていた引っ掛かりを尋ねようと言葉を続けた。

「…要するに、アナタはアイツの事が今になっても好きって事?」

直接的な音はしなかったが、娘は顔を真っ赤にさせ破裂させると、耳と尻尾が驚くように跳ね上がり、固まる。

「すすスす、ススキにです!?鋤でなく!?、ススッ、わ、ワタわた、私、ゆ、夕飯!夕飯の具合を見て、来ます!の、ので!!」

娘は呂律が回らなくなっては、早口で言葉を並べ、手拭いだけを胸元に纏うと脱衣場から逃げるように出ていってしまう。


「…流石にストレートに聞きすぎたかしら?」

ラミーネは娘の反応にやや意地悪な質問だった事を反省し、ピアへと誤魔化すように尋ねるも、彼女はその状況に疑問符を浮かべるだけであった。


―――ひィゃあアああッ!?


そして、束の間も無いまま、娘の悲鳴が響き渡り、次の瞬間何かが崩れ落ちる物音が響き渡る。

2人は顔を見合わせると、すぐさま脱衣場から飛び出て悲鳴の方へと駆けていく。

「大丈夫!?」

辿り着くと、そこは暖炉のあるダイニングキッチンで娘の背中、言ってしまえば全裸。

纏った手拭いすらはだけ、その証拠に<豊満>な曲線が脇から見え隠れしている。

だが、問題は悲鳴の現況、娘の向くその先で、そこには赤いマント、赤い襟巻きに身を包む黒髪の男。

つまりは薪割りを終えたグランがおり、その証拠に足元には手から滑り落としたのか薪が散乱していた。


グランと娘、互いにショックを隠せぬまま硬直しているのだろう。

しかし、グランの空いた両手が視線の先にある<豊満>な曲線を再現をしだし、その瞳は何時もに増して爛々と赤く灯っている。

「あ。」

そして、顔を覗かせたラミーネを視認するグランの呟きと同時に、彼女の手には脇にある棚から置物の1つが握られていた。


「KOKESHI!?」

次の瞬間、グランの眉間には円筒状の木彫り人形が減り込み、彼の視界は真っ暗となる。

意識しての事か否か、ラミーネの大蛇のような下半身が8の字にうねる事で遠心力が生まれ、その投擲と威力は勢いを増していた。

ネレイド族の古文書からは彼らの戦士が投げ槍を構える様が幾つも画かれており、投擲の命中力は種族の特徴としても非常に高いことが伺える。

それはまた別の話として、グランの眉間深くにめり込んだ人形は、彼が後ろに倒れることで落下し、ラミーネは息を荒げながら手拭いを拾いうと娘に手渡す。

その傍らでピアが心配そうにグランへと駆け寄り、介抱しようとするも男の目に赤い瞳がすぐさま灯る様子はみせなかった。


―――


視界が狭い、僅かな隙間を縫うように遠くの景色が映し出される。

見覚えのない光景、狭い視界でも色彩溢れ広がる花畑が映し出された。

足元から花畑を眺めていくと、尾をなびかせ腰を下ろす1人、ネレイド族の女性が居る。



だが、それはラミーネではない、長い髪でも癖の付き方も下半身の鱗の模様も違う。

そして、彼女は手を伸ばし、こちらの手を取っては微笑み、花畑の中へ引き込んで来る。

重い全身がその手に引き寄せられ倒れると、その体は重く、花畑の中へと沈み、視界は再び暗く染まった。


―――


「…はッ!?」

グランが次に目を覚ますと暖炉前のソファに寝かされており、その体には毛布が掛けられていた。

意識は次第に鮮明になり始めた所で、娘とラミーネの声が聞こえ、グランはそちらへと視線を動かす。


「…それでさぁ、ダッカが毎度毎度うるさくてね、シャオリーがそれに怒ってくれてね。…ヒック!」

「そのお話は3度目になりますよ。」

視線の先には酒瓶の並ぶテーブルに2人はおり、ラミーネは酒が入った杯を傾け、やや赤らめた顔で娘相手に愚痴をこぼしている。

「ちがうわよぉ。さっきのは私がぁ依頼に失敗した話でェ、今のはァ私が術に失敗してた時の話で…。違うの、ぜんっぜんッ違うの。」

ラミーネは話しながら段々と酒が回り、上半身をぐるぐると揺らし、そのままだらりと仰向けに倒れてしまった。


「ぬぁにィよ、アナタ何時目覚めたのよ。だったらお酌をしやがりなさいなのよぉ。」

「うーわァ、めっちゃできあがってる。…仕方が無いヤツだな。」

グランは溜息を吐きながらテーブルの側まで行くとラミーネを担ぎ立ち上がる。

「…あの、そういえば俺達の寝床って何処になります?」

「…階段を上がって左隅の部屋です。女の子の方はもう休まれてますよ。」

娘の案内にグランは「どうも。」と一言礼を言うとラミーネをそのままに階段を上がり部屋へ向う。


部屋の中は質素で入るとベッドに敷物と小さな机がある程度。

そのベッドの上では既にピアが寝息を立てており、長い耳は垂れ下っている。

「流石に酒精を撒き散らすヤツを同じベッドには寝かせられないか…」

そうして、また溜息を一つ、ラミーネを敷物の上にとぐろを巻くように寝かし、毛布の変わりに自分のマントを上から掛けると部屋を出た。


「…夕食はまだ残っていますが、いかがですか?」

階段を下ると、階段を見上げる娘と目が合う、よく見れば彼女はオーバーオールから着替え、ラフな服装は先程までと印象が変わって見える。

「いえ、これ以上、世話になるのも…」

喉がごくりと鳴りそうになるが、グランは流石にはと何とか堪えて断る。


―――ぎゅるるるる…


しかし、身体は正直なもので、娘に返事をしようとした矢先に腹の虫が返事代わりに鳴らす。

グランは腹を押さえ後頭部を搔き、娘はその様子にクスリと微笑みを見せる。

「では、温めてきますね。」

娘はそう言い残し、台所へと向っていった。


―――ズキリ…


振り返る前の娘の笑顔にグランはつい鼻の下が伸びるが、次の瞬間には眉間、頭に激痛が走る。

そして、その瞬間、その笑顔と重なったものが目の奥をじりじりと焼いていた。


―――


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