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紅い喰拓 GRAN YUMMY  作者: 嶽蝦夷うなぎ
・近朱必赤、見定めるは鉄の道の先
127/232

28-1.進む先は前に1つ、されど迷いは遠い後ろ

 レールを擦る車輪の音は軽快に、そのを走る手漕ぎトロッコはハンドルの軋みと2人の男の息に合わせて進んでいく。

1人は赤いマント、赤い襟巻きに身を包んだ黒髪の男。その対面には異国風貌、額に2本の角を見せ、長髪を束ねた青年剣士。

「しかし、日がな一日、こうして漕ぎ続けているというのも、重労働に、ござるな。赤法師殿。」

「ハハハ、文明の利器ってすげーな、ソウシロウ。精々進められるのは、実の半日以下か、確かに一時的な速度が並べても、人力が動力機関には、適いようがねーわ。」

1人が息を吐き、ハンドルに力を入れると、もう1人がハンドルを緩め、息を吸う、その繰り返しで手漕ぎトロッコは2人を乗せてレールの上を車輪で掻いていく。

2人は半ば白目ながらに他愛もない会話で単調かつ負荷のかかる仕事を紛らわしつつ、ただただに道を急ぎ進む。


そして、連結されている屋根の無い小型の貨車の中からは頭から垂直に伸びた長い耳と髪を風に揺らし、少女は後方へ過ぎ去るレールと背景を呆然と眺めている。



そんな少女の姿を横目に、2人の男はどう声をかけたらよいのか、黙しハンドルを動かしているだけであった。


―――


季節はまだ陽の時間が短く、何時の間にか空は灰がかった赤みを帯びだす。

レールの先は暗闇に包まれだし、周囲の背景は遠くの崖や木々の影が伸び覆われていく。

丁度、無人の中継ホームに辿り着いた3人はトロッコを止め、ホームへと下りると一行は野営の準備を始める。


簡易コンロに火の晶石が取り付けられ、夜風の寒さが和らぎ、灯りが暖かく周囲を照らす。

「くぅ~、薬が染みるにござる。ピア殿、かたじけない。」

「いえ、私にはこれくらいしかできないですから…」

上半身を晒し、ピアはソウシロウの肩から背中にかけて軟膏を塗り広げていく。

「赤法師殿もどうでござるか?より風が心地よく感じるでござるぞ。」

「薬の類は俺に効かないから要らんよ。余程回復を要するなら適当に傷を付けて飯食って寝るだけさ。」

赤マントの男の列車の中での戦いで斬り飛ばされた腕はすっかりと繋がり、裂かれた服の縫い口だけが物語っていた。


空へ向かって物騒な嫌味を放つ赤マントの男は視線から逃げるよう、起き上がると貨車に向い荷物を漁りだす。

「さて、夜番は俺がやっておくから、2人はもう休んでいいぞ。」

「おや、良いのでござるか?」

赤マントの男は貨車から毛布を2人分取り出すと、聞き返すソウシロウに放り投げる。

「<動力>の俺ら1人が進めるペースをそろそろ見ておかないとな。その代わり、明日に陽が出たら俺をこっちで寝かせてくれよ。」

そう言って貨車を小突き、赤マントの男は貨車の縁に腰をかけ、夜番の姿勢を見せた。

「やれやれ何時の間にか貧乏くじを引かされた、押し付けられた気がするでござるな。」

受け取った毛布を手渡し、笑ってピアへ就寝を促すソウシロウに少女はコクリと頷いて返す。



夜は静寂、虫の鳴き声も無ければ風は時折に肌を撫でる程度。

双子月はどちらも僅かにまぶたを開くだけで、簡易コンロの晶石から散る微弱な火のジンと夜空を横切り揺れる青いオーロラだけが目に触る。

少女の寝顔に辛苦の陰りはなく、ただ穏やかな眠りにつき、赤マントの男はそれに一息吐いて眉を曲げた。

そして、陽が昇るまでの時間潰しに大鉄道の旅が列車から手漕ぎトロッコへ切り替わった経緯を振り返る。


~~~


話を聞いてしまった時点で選択は余儀なくされ、周囲の鉄道員達からは冒険者風情相手に協力と慈善を<求める>視線が注がれていた。

「ま、交通機関の救援を知らせに出向くのは冒険者として半ば<義務>ではあるけどな。」

赤マントの男は後ろ髪を搔き、浴びる視線をハネ退けてながら、渋々とした態度で周囲へと難色を露骨に見せつける。

「…何か必要なものでも?」

鉄道員の責任者はその態度に乗り、赤マントの男へ問う。

「まず、<アレ>は<貰う>同然として、荷の受け渡しに対する手順と疑いを持たれない為の<証>が欲しい。もちろん報酬もはっきりとな。」

手漕ぎトロッコを親指で差し、赤マントの男は淡々と要望を伝える。


「…いいでしょう。関するものに対して有用なパスを用意しておきます。」

「報酬は?」

「金銭でしたら荷の受け渡し時に運送レートの1.5倍、現時点での前払いは携行食料を10日、荷の受け渡しまでのパス利用で如何ですかな。」

鉄道員の責任者は赤マントの男に、手漕ぎトロッコの利用と報酬提示の提案をすると、男は頷く事にした。

「では、彼方のも冒険者手帳を拝見させて頂けますかな?」

そして、赤マントの男は懐から手帳を取り出し、革表紙に張り付いた金属板を見せ付けるように提示する。

「おぉ、彼方は専属の方でしたか。よろしければ専属主を確認しても?」

男はそのまま頷き、手帳は鉄道員の責任者へと手渡され、パラパラと捲られる。


「…ビルキース=パダハラム。なんと、パダハラム様のご令嬢関係者でしたか。」

手帳に記された名を見て、鉄道員の責任者は驚き、パダハラムの名を聞いた周囲の鉄道員達の若干名ももどよめきだした。

「…パダハラム様?」

「えぇ、この<大鉄道>は元々数家の貴族の合同出資にて興された事業。パダハラム家はその一角を担っておりました。私めは当時からここで勤めていた者なのです。」

鉄道員の責任者は昔を懐かしむように、目を細めながら手帳を閉じ、赤マントの男へと戻す。


「…<おりました>、に、ござるか。」

「パダハラム様、当時の当主様が亡くなってからは、残念ながら…。ですがご令嬢の関係者とわかれば、せめて私めだけは出来うる助力を加えさせて頂きましょう。」

何処か満足した表情を浮かべ敬礼を2人へ送ると、鉄道員の責任者は周囲へ指示を飛ばし、事態の収拾へと向う。

「思わぬ所で赤法師殿の主から助けが得られそうにござるな?」

「ケッ!アイツじゃこういうのも予期していたみたいに感じて気味が悪いぜ。」

赤マントの男が苦々しく吐き捨てると、ソウシロウは僅かに肩を揺らし堪えながら、2人はホームへ上がり、少女の下へと戻っていく。



だが、2人が顔を合わせたのは少女の以前に小太りの男であった。

頭に打ち身の処置跡を貼り付け、相変わらず止まらぬ汗を何度と拭いながら、男は2人を何度も目を泳がせながらも見据える。

「…」

無言で「何の用だ。」と言い放つ2人にたじろぎつつも、男は一歩踏み出し口を開く。

「あ、あの、私の荷は冒険者の方が運んでくださると鉄道員の方にお聞きしたものですから…。ホヒッ!」

「おいおい、マジかよ。ただでさえ半ば慈善事業なのに盗品の運び屋までやらされるつもりはないぞ。」

赤マントの男はそういうと目を配り、ソウシロウは頷くと鉄道員を呼びに一歩身を引く。


「ま、まままま、まって、ホヒッ!まってください!私達の行動はきっと、きっと正しいもの、正義なのです!ホヒッ!」

小太りの男は動きを見せたソウシロウへと即座、小刻みに手足をばたつかせ近付くと、ソウシロウの手を掴む。

男の指が触れた途端、ソウシロウはそれを振り払い、2人は男へと睨みをより強くした。

「然るのであれば、お主はその根拠に足るを証明できるのでござるか?」

「…こ、これを…その荷を送り届ける、先方との連絡先で、ホヒッ。つ、通話機が扱えれば直接会話もできると…ホヒッ!」

そういって小太りの男は懐から1枚の名刺を2人へ取り出し、両手で差し出した。


「…何々…?オー商会代表。」

「…<カルマン=オー>!?」

聞き覚えのある名前に、赤マントの男は名刺をひったくるように受け取り、目を走らせた後ソウシロウへ渡す。

カルマン=オー、その名は2人の知る限りでは1人しか思い当たらない。

「そ、それで納得できる、できないのでしたら、ホヒッ!荷を、荷の発送をと、止めてくだされば!ホ、ホヒッ!」

小太りの男は両手を合わせ、2人に拝んで懇願する。

「いや、そこまで俺達が責任を持つ義理は…」

「わ、私は自力であ、あの暗殺者から逃げれて、逃げてみせますので!ホヒッ!どうか、よ、よろしくお願いします!」

赤マントの男が言葉を返すも、小太りの男は言葉を遮り深々と頭を下げる。

次の瞬間、小太りの男の周囲がたわむと、男は何かに吸い込まれるようにしゅるりと姿を消した。


「あ、オイッ!待て、逃げるな!」

赤マントの男が声を上げた時には既に遅く、男が居た場所はホームの床台だけしか見えない。

「…拙者達もあの様に<異能>の空間に呑み込まれたのでござるな…」

「結局意図して<異能>を使えるんじゃねーか、あんにゃろぉ~~…!」

頭を掻き毟り、赤い襟巻きの上からでもわかる苦虫を嚙み潰したような表情で赤マントの男は叫んだ。

「…して、どう思うにござる?」

「…何かひっかかるな、あんなヤツだったが<盗み>…更には人死に出すくらいなら他人に任せず自らが行動するタイプだろ。」

ソウシロウの疑問に赤マントの男は答え、そして改めて名刺を確認する。


「盗みを<しない>とは言い切らないのでござるな。」

「一応はヤツの言う手で確認を取るしかないか。出来れば<貸し>の押し付けだけ済ませたいものだね。」

赤マントの男が肩を竦めて言うと、ソウシロウも頷く。

そうして2人は気持ちを切り替え、ともかくはピアの下、自分達が利用していた客室車両へと戻る。

少女は屋根が剥かれ、後部が崩壊した車両を背に膝を抱えて座り込んでいた。


2人はピアに先へ進む目処が立った事を伝えると彼女は「はい。」とだけ返事をし、差し出された赤マントの男の手を取って起き上がる。

不安に泣き付くワケでもなく、姉が消えた進路の逆、戻る道をせがむワケでもなく、少女はただ、そう、<進む>事に返事を返した。

その表情と態度に2人は顔を見合わせる。

だが、彼女に決断の是非を問うとしても少女は無力、気持ちに要らぬ迷いと不安と我慢を強いるだけではないのか。

結局、2人はそれ以上の言葉が見つからず。少女もこれ以上の言葉を求める事は無く、一行は手漕ぎトロッコへと乗車した。


―――


薄れゆく朝靄を切り裂き、一行はレールの上を進んでいく。

朝の食事は茶を1杯ときりつめた僅かな携行食の一部ですませ、朝早に道程を再開させた。

「どうでござる、ピア殿。こちら側での流れる景色は爽快にござろう。」

夜番を務め終えた赤マントの男は貨車の中で眠り、起床したピアとソウシロウが進行方向側でトロッコのハンドルを握る。

実際はソウシロウのみが<動力>としては稼動しているのだが、ピアの気晴らしとでも張り切りを見せては速度を上げていく。

覗く少女の表情は疾走する背景を見てか幸い明るく、ソウシロウも満足そうに微笑んではトロッコを漕ぐ。



林、岩地、小川、廃村、景色は陽が昇るに比例して移り変わり、天辺に差し掛かる前ほどとなった。

そして、新たな中継ホームがピアとソウシロウの視界に映ったときの事。


―――…?


突如走る違和感。

ソウシロウはハンドルの重さに、ピアは赤い影にまとわりつく白い帯のようなものを見る。

速度を落とし、2人の視線は自然と貨車の方へ向けられ、あの中に違和感の正体が在ると直感が告げた。

だが、中に居るはずの赤マントの男には2人の違和感を得ないのか貨車からは姿をださない。



「…ん~~!あ~…、よく寝たぁ!」

しばらくして、貨車の中から声が上がり、頭と両手を出したのは赤いマントと赤い襟巻きに身を包んだ黒髪の男。

ではなく、薄緑色の真直ぐな長い髪、浅白の肌をした1人の女の姿であった。


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