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紅い喰拓 GRAN YUMMY  作者: 嶽蝦夷うなぎ
・近朱必赤、見定めるは鉄の道の先
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27-4.白の再会

 つんざく震えは空間の床面を突き上げては破り、<何か>がその開けた穴から姿を現した。

それは白く輝く巨大な鉤爪。

見るからに触れるだけで身が裂かれてしまいそうな、その概念、存在は少女の方へ床面を割り、裂き、砕きながら進んでいく。


「グライ!<アースシールド>!」

1枚の札を腰から抜き、魔法の名を叫びながら赤マントの男はピアへと向って鉤爪を進路を遮るよう飛び掛った。

赤マントの男の構える左腕には魔法盾現れ、迫り来る白く輝く鉤爪へと盾を叩き付ける。


―――イイイィィィッッッ!


鉤爪は魔法盾と接触し、振動音と反発音が空気をより震えさせ、その衝突は空間内を激しく揺るがす。

「赤法師殿、避けられよッ!」

僅かに稼いだ瞬間、ソウシロウもピアの下へ走り、彼女を抱えると即座にその場から離脱。

同時に小太りな男も我を取り戻すと仰向けのままに、慌てて距離をとろうと床面を這うように駆けた。


鉤爪と魔法盾がその拮抗を表すかのような振動であるも、次第にその音量は歪かつ大きくなり、魔法盾の抵抗が限界に近くなる。

「…く、そッ、まずいッ!」

そして、響き渡る音が盾の抵抗貫かれ、その勢いによって盾も赤マントの男も吹き飛んでは宙を舞い、床面へと叩き付けられた。

更に同時、空間全体の空と床面にもひび割れ、窓のガラスが砕けるよう空間が崩壊し周囲の景色は光に包まれていく。


―――


そして、気が付くと一行は客室の床に伏していた。

床は板張りに戻っており、先の空間であるならば鉤爪が現れ、砕き割かれた形跡も見当たらない。

小太りの男の作り出した異能の空間が破れ、元の空間へと戻ってきたのだ。

だが、各々が体を起こし、周囲を見渡すと明らかに以前とは違うものが視界へと広がる。

それは客室、車両半分以上の天井が剥ぎ落とされたものだった。

露出した室内には風がなだれ込み、支えの一部を失った窓は列車の突き進む際の風に掴まれ、ガタガタと音を立てると列車後方へと投げ飛ばされていく。

一同が呆然とし、状況の把握をしていると、残った天井の上から1人の人影が姿を覗かせた。


全身を黒いフードとマントで隠し、黒い布で顔の下半分を覆った細身の人物でその右手には白く輝く巨大な鎌が握られていた。

「ホ、ホヒィッ!あ、あれが噂の!?」

小太りの男は見上げると悲鳴をあげては距離をとろうと慌てて身体を這って後ずさる。

フードの人物、その頭部から垂直に伸びる長い耳がピアと同じ種族、<フォウッド>を示しソウシロウは男が当初、ピアへ恐怖を抱いていた事を思い出す。

そして、小太りな男が後ずさる中、手を着ける床に違和感を覚えると、それを掴んで引き寄せてみる。

そこには金属の小手がはめられた切断された1本の左腕が掴まれていた。


「ホ、ホホホ、ホヒィィィッ!」

男は恐怖に顔を青ざめさせ、切断された腕を放り出しては更に慌てて後方へと逃げていくがそこは既に行き止まりとなっていた。

投げ出された金属の小手を着けた腕は床面を転がり、赤マントの男の足元で止まる。

「チッ、大事に扱えよ。後でくっつけば、また繋がるんだからよ…」

苦悶の表情を目元に浮かべ、自分の腕が粗雑に扱われる事に不服を溢す赤マントの男。

「赤法師殿!」

「…慌てなさんな、俺にとっては日常茶飯事だっつーの。…それより!」

ソウシロウの声を受け、赤マントの男はすぐに表情を引き締めると黒フードの人影を見上げ、迎撃を指示しソウシロウは頷き答える。


だが、赤マントの男が再び天井に顔を向けると件の人物は天井から消えており、踏み込んでいたソウシロウを既に足蹴にし床に這いつくばらせていた。

「…何ッ!?」

次の瞬間、黒いフードの人物は天井は開けど、この狭い客室にて大鎌を取り回し、手負いの赤マントの男へ斬りかかる。

鎌の刃という形状がら、その斬撃は対象に外から内へと流れるものでなく、内から外へと流れ出るもの。

赤マントの男は咄嗟に身体を捻り、残る右腕を後ろへと構え、回り込んだ鎌の刃に備えた。


まだ残る魔法盾と鎌の刃がぶつかり、赤マントの男の背後からは火花が舞う。

しかし、斬撃を見事受け止められたがフードの人物からは驚く様子が見られない。

それもそのはず、対面する赤マントの男に左腕はなく、両足と残す右腕は己の鎌を防ぐのに塞がれている。

反撃の余地は無し、フードの人物は焦らず両手で柄に力を込め、ただ鎌の刃を引き寄せるのみ。


その時、赤マントの男は左腕の切断面を目先へと向けていた。

フードの人物は意図を理解できぬまま、その傷口から流れる血に視線を奪われるが問題は浮かばない、このまま魔法盾と共に赤マントの男はその身を裂かれるのだからと。

だが、次の瞬間であった、鎌を受け止めている赤マントの男の右手、その掌の内から1枚の札が2本の指によって取り出されていた。

「…イグニ!<ファイヤーボール!>」

赤マントの男の一声に、札が輝き散ると、向ける左腕の断面から魔法の火炎弾が放たれる。


「…ッ!!」

フードの人物は赤マントの男が残る腕を犠牲にしてまでも自分の鎌を掴んだ狙いに気付き、驚きで息を飲みつつ後ろへと飛ぶ。

だが、狭い客室、己の長柄は咄嗟の回避を邪魔し、フードの人物が取れる行動はせいぜい顔面への直撃を逸らすだけ。

しかし、フードの人物の視野は既に赤い炎によって奪われ、その熱気を顔面で受ける事となる、かに見えた。


腹側面から衝撃が走り、フードの人物は客室の壁へと叩き付けられ、魔法の火炎弾は他の壁を焦がし、吹き飛ばす。

「…何をしている!そいつから離れろ!」

赤マントの男からの怒号、それは自分に向っていながら、自分へのものではない。

フードの人物の脇には少女が抱きつき、彼女が赤マントの男の魔法から逸らさせてくれたのだと悟る。

そして、少女は赤マントの男の怒号かそれとも敵とするフードの人物に怯えながらも離れようとする気配がない。

「…だ、だめだよ…同じフォウッドなのに…人を傷付け合うだなんて。」

更に、その声にフードの人物は明らかな反応を示し、動きが止まる。


客室の風通しは増し、外からの風がフードの人物と少女を撫で、その頭部を隠していた布は焦げて緩み、外れて風に連れ去れた。

現れたのは白い髪。

輝く銀髪でもなければ、老いて乾いた白髪でもなく、綿毛のような柔らかい白い髪が風によって掻き出されていく。

そして、その顔は肌の色、瞳の色は違えど、少女と似た面影をみせる。



「…お姉…ちゃん…?」

恐る恐る、抱きついた人物を見上げ、ピアは一言だけ洩らす。

白い髪の女の鮮やかな翡翠色の瞳は縮み、震えながら手を伸ばしては少女の髪を撫でようとする。

しかして突如、再び列車全体が揺れるような振動が車内に走り、床面が揺れ動くと全員が姿勢を乱す。

白い髪の女はそれに乗じてピアを引き剥がし、再び鎌を手にすると赤マントの男達と対する事無く、客室、車両に対し鎌で切り裂いた。


車両の天井、切り裂かれた壁はまるで紙のように後方へと飛ばされ、白い髪の女も大きく跳躍すると後部車両に連結された貨物トロッコへと着地。

加えて連結部分を切断するや、貨物トロッコは徐々に速度を落としいき距離が開いていく。

「お姉ちゃん!!」

風に揺られる白い髪は線路後方へと遠ざかる。

少女が慌てて貨物トロッコ、連結部分に駆け寄るも少女の小さな身体では既に届かない。

「サティお姉ちゃんーーーーッ!!」

線路の彼方に消えゆく白い髪の女へ、少女は何度も姉の名を叫んでいた。


だが、赤マントの男は女の姿が消えてもなお、翡翠色の瞳が睨む視線を感じ、貨物トロッコが消えていった線路の先を見据える。


―――


改札の無い、ホームと屋根だけの中継駅は物々しい雰囲気に包まれていた。

ホームは何人もの人が横たわり、救護員が行き交う。

残る乗客はうなだれるか鉄道員に喰いかかり、行き場の無い怒りをぶつけてはいたずらに心身を磨耗させていた。


「…これは惨たらしい姿でござるな。」

「鉄の塊が随分と生々しい傷をうけるものなんだな…」

機関車両はその動力部本体に亀裂が入り、その傷口から何本もの金属パイプがひしゃげては飛び出し、まともに走行する事など不可能である事が一目にして分かる。

目的はわからずだが、襲い掛かったピアの姉という人物がこの状況と無関係ではないだろう。

赤マントの男とソウシロウの2人は無残な鉄塊の姿を見上げ、同時にまだ先に続くレールを見ては溜息を吐いた。


「…さて、如何致す?」

「イカもタコもあるか。目的地に近い馬車停がある人里までは徒歩で行くのみ、俺達が向うのはこのご大層な道の先に変わりないんだぜ?」

ソウシロウの問いに赤マントの男は皮肉と嫌味をたっぷと含んで返答を吐き捨て、何度と後ろ髪をくしゃくしゃ掻き毟る。

まだ赤マントの男にはピア共に行くという意思はあったが、少女自身がその旅路に耐えられるのかという不安が脳裏を過っていた。


「もしもし、貴方がた2人は冒険者と見受けられますが、よろしいでしょうか?」

そこへ鉄道員の制服に身を包んだ初老、右胸には他の鉄道員とは違う腕章を着けた男が、2人に話しかけてくる。

「如何にも。何か御用でござるかな?」

「…」

冒険者手帳を開示し爽やかな笑顔で答えるソウシロウ。

対し赤マントの男はただくすんだ赤い瞳をその男に向けるだけであった。


声をかけてきたのはこの列車の現場責任者と名乗り、彼は今後、乗客の批難誘導や救援の要請に手が足りないのだという。

だが、どんな理由があっても成し遂げなければ成らない仕事が存在し、その為に先へ向うであろう2人への助力を求めてきた。

「…確実に<荷を届ける>って言ったって。この鉄道を徒歩で辿っていけっていうのかよ。」

とりあえずは聞く姿勢を取る赤マントの男ではあるも、当然の疑問に対し頑なな態度をとる。

「それには1つ提案がございます。まずは、こちらへ。」

責任者の男は2人を連れ、ホームを下りると機関車に連結された2車両目の貨物車らしき車両の裏手に案内していく。



貨物車らしきその車両は開かれており、他の鉄道員達がその中から機材を取り出し、手際よく<何か>を組み立てていた。

2人がしばらく黙ってみていると、それは徐々に形を成して行き、1台の手漕ぎトロッコ車両が出来上がる。

作業を終えた鉄道員は横一列に並ぶと敬礼をし、責任者の男もそれに敬礼で返す。

「さぁ、是非こちらを使って頂きたい。人力稼動ではありますが、維持できれば速度は当列車の平均速度は出る筈です。」

男の言葉に赤マントの男とソウシロウは一度互いの顔を見合わせ、手漕ぎトロッコ車両をしばらく見ると、もう一度互いの顔を見合わせた。


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