27-2.白の再会
赤いマントが後姿が扉に遮られていく様を2人はただ黙って見送る。
そして、ラッチが音を立て扉が完全に閉まるとピアがポツリと呟くようにソウシロウへと尋ねた。
「…あの…<ナナリナ>さんというのは?」
問いに対し、ソウシロウは視線を窓の外に向け、見えぬ赤マントの男に一呼吸いれると、流れ行く景色に目を向けながら静かに口を開く。
「拙者では言葉の選びに語弊があるかもしれぬでござるが…、以前に旅を共にした、拙者にとっては<仲間達>が居たのでござる。」
しばらくの間の後、ソウシロウはピアへと顔を向け、少し困ったような表情を見せる。
「その1人が…、ナナリナさん…」
ピアの言葉にソウシロウは静かに頷く。
その目は正面の自分よりも、何処か遠くを見るようで哀しげであり、ピアはその表情を見て何故か胸の奥が痛むような錯覚に襲われる。
「…赤マントさんにとって、ソウシロウさんとその方々は<仲間>ではないのですか?」
思わずピアは感じた違和感を率直にソウシロウへ問う。
「おそらく。…ただまぁ、立場の違い等もあるでござろうが、赤法師殿が拙者らと一線を引いていたのは少し理解が出来てきたにござる。」
「それは、どういう…?」
指先でこめかみを掻きながら、ソウシロウは何かを思い出したように苦笑いを浮かべて見せる。
そして、ピアの問いには何処か言い難い様子を見せ、ソウシロウは少し考えた後に長い息を吐くと口を開く。
「…<死線>。で、ござろうな。」
出た言葉に、ピアは理解が追いついていない様子で首を傾げて、その姿を見たソウシロウは苦笑いのまま続ける。
「ピア殿は赤法師殿が大怪我をした所を見た事は?」
質問にピアは小さく首を縦に振って答え、それに対し腕を組み眉を歪めながらソウシロウはまた長く息を吐いた。
「…なれば、赤法師殿が薬や術、誰の手をも借りず勝手に傷が癒えてゆくのも承知でござろう。」
「は、はい…。私を庇って、それで赤マントさんのおててが爆発して…」
その状況を聞き、それを幼い子供が眼下にするには余りに酷な状況だとソウシロウは思いながら、やれやれと首を左右に振る。
「うむ、危険を容赦なく受け入れ、己が安全を<省みない>、常軌を逸する戦いの姿勢、それが赤法師殿にござる。」
ピアの姿勢は固くなり、ソウシロウの言葉に理解が追い付いてはいない様子ではあったが、少なくとも赤いマントの男は尋常ではないという認識は出来たようで真剣な面持ちで頷く。
「それは戦いのみならず、互い互いに身を合わせた行動も含めた事。…平たく言えば、赤法師殿にとって拙者らはただ<邪魔者>、なのでござるな。」
ソウシロウはそこまで言うと、これまでの旅を顧みて、両腕を裾の中にし、何かを考え込んでいる様子を覗かせる。
「でも、ナナリナさんは…違った…?」
「ナナリナ殿は普段から赤法師殿に大層、好意をもっていたようでござってな。共に居られる機会があれば、常に傍に居ったでござる。」
苦笑いを漏らしながら、ソウシロウは当時の状況を、何かを思い出すように目を細めて窓の外を見た。
「…でも、今、一緒に居るのはソウシロウさん…」
「……うむ。だが残念な事に途中、ナナリナ殿は傷を受け、これまで共にしていた記憶を失くしてしまってな。彼女は共に旅する事が出来なくなったでござる。」
木々の隙間から照らされている陽の光と空を眺め、ソウシロウは過去を思い出すように語り、ピアの方は黙って彼の言葉に耳を傾けている。
「そうだったんですか…」
「赤法師殿からすれば、拙者とこうして共にしているのは未だに成り行きなのでござろう。まぁ、拙者から誘ったのでござるが。」
そう言って席の隣に置いてある荷物から水筒を物色し、カップへと注ぐとピアへ差し出し、ピアはそれを受け取ると口に運んだ。
カップから漂う茶葉の香りが2人の沈黙を優しく包み込んでいった。
そして、少しの間の後、ピアは一息にカップの中身を飲み込むと、意を決したようにソウシロウの瞳を見つめ、口を開く。
「あ、あの、わ、私自身が赤マントさんを一緒に来させる<報酬>を出せればいいんですよね!?」
「まぁ、ギルドを通さなくとも、報酬として釣り合うものが用意できればにござるが…」
ピアは何かを思いついたようで、表情が明るく、決意あるものにさせると立ち上がりソウシロウに申し出る。
豹変とも取れるピアの様子に、ソウシロウは思わず驚くまま問いに答え、それを聞くとピアは客室を飛び出て行った。
「ピ、ピア殿!?」
―――
「はぁー~~~…。ったく、らしく無いな。どっちの道を辿るにしても。」
一方で車両の外、連結部に立つ赤マントの男は、手摺りによりかかりながら、列車が進む景色を眺めながら独り言を呟いている。
ピアに同行し彼女と助けになる道も、約束を交わしたナナリナの故郷を捜す道も、自分にとって何かが合致するとは思えなかった。
かといって、自分の雇い主であるビルキースの動向を探り、それに合わせた旅をするのは余りに気が乗らない。
男は車両脇から顔を覗かせ、過ぎ去っていく景色を目に、これまでの旅路を高速で過ぎていく背景とレールに重ねて大きく溜息を吐いた。
様々な出会いと別れ、予期せぬ事にも見舞われてきたが、それらは所詮ビルキースから与えられた巡行の旅、ただの使い走りの内とすれば、何ら特別ではない出来事と思える。
そして、ふと、男は自分の左手を覗く。
身に着けている小手の下には、自分でも異質と感じる漆黒に染まる左腕が隠れており、未だその本性は皆目を得ていない。
それは、自身の胸の奥にあるはずの無い事を<理解>している心臓もそうであった。
自身に<謎>というものはある。
だが、男にとっては<悩み>の種となる部分はあっても、探究心を沸き立たせ解明へと走らせるものではなかった。
目覚め、己が自覚をもって約5年、時間がそうさせてしまったのか、初めから性分がそうであったのか。
こういった事にただ漠然と悩むのも、心臓が鼓動を持たずして血を巡らせているせいなのかと、男は自身の性格を自問し鼻で笑う。
「そういえば、最近は<あの夢>も見る事が少なくなったな…」
左手を握り締め、その感触を確かめながら、男は自身の胸中に沸いた疑問、目指すべき探求、その対象について思いにふける。
その時、車両内へと続く扉がガラリと音を立てると、その中から息を切らせたピアが飛び出してきた。
男はその姿を見て驚く様子も見せず、後頭部をくしゃりと掻き続け、ただただ面倒くさそうな表情を浮かべる。
しかし、ピアのその表情は決意に満ちており、男の顔を真剣な面持ちで見据えており、大きく息を吸い込むと口を開く。
「あ、赤マントさんは足元に雲が広がる土地を探しているんでしたよね?それで、それでその、知っている事があるんです…」
男はしどろもどろになりながらも、言葉を発するピアの目に視線を合わせつつ、無言でその先を促した。
「お、大ババ様から、<秘境>って言うのですか?そういうのを聞いた事があって、その、その中にも…えっと…<空中庭園>っていうのが…赤マントさんのいうヤツにで…」
だが、ピアが次第に喋る内容に詰まる様子を見て男は短い息を吐く。
態度を軟化させることは無く、ただ黙って、くすんだ赤い瞳をピアへ向け続けながら全ての発言を待ち続けていた。
それは少女にとって、一言一言を口に出すだけでも勇気の必要な事であり、男から覗かせる瞳は決意を鈍らせる。
「…要するに、ピア殿の向う先に赤法師殿の探す<価値のある情報>が有る。という事にござるよ。」
ピアの後方、その両肩に手が置かれ、それに反応してピアは振り返ると、そこにはソウシロウが佇んでいた。
助け舟を出すソウシロウへ男は露骨に顔を渋くし視線を向ける。
「確証になるものはないだろ?」
「で、あれば、魔法都を出るまでに<確証>となりえる情報は粗方探し終えているのではござらぬか?」
そんなソウシロウの返しに男は押し黙り、少女冷たく覗いていたくすんだ赤い瞳は流れる背景へと逸れた。
「ピア殿がこうして精一杯、冒険者の流儀に則って願い出たでござる。それにピア殿も嘘を申してはおりますまい、赤法師殿。」
「あのな、だからってこういうのは女、子供、顔見知りだからって安請け合いするもんじゃなくだな…」
「良いではござらぬか、欠片でも情報を得て、後は<ヒノモト>への渡来と戻るだけにござる。それに流れに身を任せ、ただ旅をしている方が赤法師殿の旅らしいと思うが?」
男は一瞬、その言葉に反論詰まらせる。
それは言葉のままに旅をしていたと思い出させられた事に対してか、それとも、ソウシロウに何処か自分の心根を読まれてしまったからなのか、視線が僅かながらに泳ぎ出した。
「うむ、後一押し!ピア殿、ここは拙者と共に赤法師殿に土下座をしてみてはござらぬか?」
「子供に何をさせるんだ、お前は。」
赤マントの男が少しの狼狽を見せたのを機に、ソウシロウはピアへと後押しをしようと提案をする。
しかし、その内容に男は呆れ気味に返し、赤マントの男は溜息を吐くと、観念したように両手を挙げて見せた。
「…わかった、わかった、折れた、折れました!お前さん方に着いて行く事にするよ。ったく、つくづくお人好しだね俺は。」
「ははは、先にも申した通り、赤法師殿は意地が悪いだけでござる。」
ソウシロウはピアの肩を軽く叩きながら朗らかに笑って見せる。
「へいへい、意地が悪くてすみませんでござるー。」
「ついでを申せば頭が石な所も折れて欲しいでござるな。」
「こいつ…っ」
そう男は舌打ちをすると、2人を掻き分け、元の客室へと向かっていく。
しかし、その背中からは何処か軽くなったように見え、ピアもソウシロウは顔を見合わせて微笑み合うと男の背中を追う。
…
そして、赤マントの男は一切2人へ振り返らずに自分達の客室に戻ってはその扉を開いた。
「ホ、ホヒッ!?」