27-1.白の再会
朝靄がまだ残る中、貨物線との合流駅のホームには人が疎らに集っている。
乗客達は出発から不足と気付いた品々と食事を物色し、ホーム内に出来た仮設商店街は賑わいを見せていた。
一方、そんな乗客達の姿とは一風変わった2人がホームの端、列車の最後尾に貨物列車が連結される様を眺めている。
「なんと申すか、不思議と何時までも眺めていられる感じがするにござるなぁ。」
手には湯気を立てる紙コップを持ち、時折り口をつけつつ、会話を交わす。
「わかるか。この鉄と鉄が噛み合い、擦れ合う音、ヒト個人の手には余る重量感。わかるか。」
作業員同士の相互点検、笛の音、レールやクレーンの鎖が鳴らす金属の響く音が重低音が奏でていく。
「…浪漫にござるか。」
「…浪漫にござるだな。」
片や赤い襟巻き、赤いマントに身を包む黒髪の男。
片や異国風貌の姿で長い髪を結えた額に2本角を生やす爽やかな顔付きの青年剣士。
彼等はお互いに気味の悪いにやけ顔を合わせ、親指を静かに、だが力強く立て合った。
「…して、赤法師殿。」
突如、笑みを消して真剣な眼差しを向けてくる青年剣士に、赤マントの男は手に持ったカップを揺らしながら視線を返す。
「…何だよ、ソウシロウ。改まり過ぎて気味が悪い。」
先程までの楽しげな雰囲気は何処へやら、彼等の間に流れる空気は張り詰め、緊張が場を支配する。
「ならば赤法師殿は意地が悪い。ピア殿の事だとはわかっておるにござろう。」
ソウシロウの言葉に赤マントの男は苦虫を噛んだような渋面を浮かべ、舌打ちをした。
「拙者らもピア殿の帰郷に同行し、手伝うにはいかぬでござるか?」
問うソウシロウの言葉に、赤マントの男は鼻を鳴らすと後頭部をくしゃりと掻き乱し、小さく溜息を吐く。
「…別に構いやしないが?ただな、<ヒノモト>へ向うって言い出したのはお前さんで、俺はその当初の手段と目的に乗ったんだ。」
そう言うと紙コップの中身を一気に飲み干し、ぐしゃりと握り潰し近くのクズカゴへと投げ入れると、そのまま乗客達が集る方へと足を進めだす。
「俺に回り道させるつもりってなら、相応に美味い話を準備しておいてくれよ。」
「…素直で無いにござるな、赤法師殿!」
赤マント男の背にソウシロウは声を掛けるが、振り返る事無く、ひらひらと手を振られ、男は歩みを止める事は無かった。
―――
自分達の居座る客室の車両にソウシロウは戻ると、廊下に1人、背広を着た小太りの男性が何やらこそこそと車両内の客室を覗き込んでいた。
ソウシロウはその姿に嫌な予感を感じつつも、男性に近づき声をかける。
「そこの御仁、如何なされた?」
「ホ、ホヒッ!?あ、いえ、イイエ、少し列車に、そう列車に酔ってしまって、1人静かに出来る場所を探していまして…」
男性は両手で何か荷物を抱えていたが、ソウシロウに問われてから、額の汗をハンカチで拭う度にその荷物を後ろに隠していた。
「…ここは自由客室、だそうにござる。先客が居なければ自由に1人で使える筈でござるよ。」
「ホ、ホヒ!そそそ、そうだった。でしたね、ホヒヒ。」
ソウシロウの指摘に男性は冷や汗を流しながら、何とかその場を取り繕おうと必死になっている様子。
その態度がかえって怪しく見えてしまっている事に本人は気がついていないようだ。
しかし、ソウシロウはそれ以上追求する事は無く、ただ黙って男性の挙動を視界から外し、自分の客室の扉を小突く。
すると、扉がスライドし上に向ってピンと伸びた長い耳を持つ少女が顔をだした。
「ホヒヒッ、<フォウッド>!?…ホヒ…でも、か、髪色が違う…」
「何か?」
顔を覗かせたピアを目にした途端、男性が慌てたように取り乱す。
ソウシロウはそんな男性の反応に、あえて一歩踏みだしピアを隠す様に男性の前に立ち塞がり問う。
「いえ、イイエ!、何も、何もが何んでもありません!失礼、失礼!ホヒッ!」
ソウシロウの問いに男性は首を横に振り、後退るようにソウシロウ達から離れると、逃げるように開いた客室に飛び込むように入っていった。
「…どうかされました?」
客室に入った男性がバタバタと騒がしい音を鳴らしていると、中から心配そうな表情を浮かべたピアがソウシロウを見上げ問いかける。
ソウシロウはその問いに答えず、ただ無言のまま肩をすくめると、ピアの手と肩を手に当てて客室の中へと促す。
…
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チーズクリームのペンネ弁当
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ピアが手渡された円筒型の弁当を開くと、湧き上がるクリームソースとチーズ、それとスパイスの香りが周囲に広がり、食欲を刺激する。
だが、ピアの表情はどこかしょげていて、悲しげに瞳を伏せていた。
「そうですか、赤マントさんは無理そうですか…」
「すまぬでござる。最悪拙者だけでも同行出来れば良いのですが、何分にも赤法師殿を説得するには材料が足りませぬ故…」
頭を掻きつつ、ソウシロウはピアに申し訳なさげに頭を下げる。
「そんな、ソウシロウさんだって旅の途中なのに、私の事で付き合って貰っているんです。謝らないでください。」
ソウシロウの謝罪に、ピアは慌てて顔の前で手をパタつかせると、笑顔を作って見せた。
だが、それは空元気である事が一目瞭然で、ピアの顔は未だに曇ったままだ。
ピアの心中を察してか、ソウシロウはとりあえず食事を促すと、ピアはそれに答えるよう、フォークにペンネを乗せと口へ運ぶ。
口に入れた途端、ピアの表情は若干とはいえ明るくなり、そのまま黙々と食べ始めた。
その様子を見て、ソウシロウは胸を撫で下ろす。
「気に召されるな、旅は道連れと申す。それに、こんな可憐な娘を旅先で放置しただのを上様に報告した途端、その場で腹を切るよう申し付けられてしまうにござるよ。」
「…うえさま?おなかをきる??」
聞き慣れない言葉なのか、疑問符を浮かべてキョトンとするピアの姿に、今度はソウシロウは慌てて手を振って否定する。
「あー、いや、コレは此方の話にござる。失敬、忘れられよ、忘れられよ。」
食事に適さぬ単語をつい出してしまった事を反省しながら、自身も手に持つ弁当に向き直ると「うむ、美味い!」と放ち、箸を使って器用に口に運んでいく。
「…どうかなされたか?」
ふと、視線を感じソウシロウは箸を止め、目線を上げると、ピアが自分の方をじっと見つめている事に気がつく。
「い、いえ…本当にその<箸>という食器で食事出来るんだなって思って…」
その言葉に自分の手にもつ愛用の箸に目を向け、苦笑いを浮かべる。
「ははは、これはヒノモトに住まうなら、誰もが使えるモノにござるよ。そういえば、赤法師殿も使えたにござるな。」
その言葉にピアは驚きの表情を見せていた。
「じゃあ、赤マントさんも<ヒノモト>の方なんですね。だから、赤マントさんも故郷を…」
「いや、それは違うそうでござる。赤法師殿の主からヒノモトへ赴く命を幾度か受けていたそうでござるが…」
そこまで言って、ソウシロウは口を閉ざし、何かを考えるようにアゴに手を当てて俯いた。
「なら、私とソウシロウさんと別れてしまったら、赤マントさんはどするのかな…」
「うーむ、嫌味と皮肉ばかり吐く男ではござるが、根は生真面目。ただ、筋の通らぬ事は好まぬし、孤立するからと他人を追う気性でもござらぬからなぁ。」
「でしたら、私が赤マントさんにその<筋>を通してあげれば、一緒に来てくれるんでしょうか!?」
その言葉に何かを思いついたのか、勢い良く立ち上がるピアの姿勢に、ソウシロウは思わず箸を落としそうになる。
「落ち着かれよ。それにその役目は拙者が担うべきもの、ピア殿はもう少し辛抱なされよ。」
ソウシロウはピアに落ち着くように促すと、彼女の頭に軽く手を置き、ゆっくりと席に着かせるが、再びしょんぼりと肩を落とした。
そんなピアの様子を見て、ソウシロウも困ったような笑みを浮かべる。
「…ただーいま。こりゃ、何処か町に停車するまではお預けかな。」
すると、客室の扉が開き、片手に紙袋を抱えた赤マントの男が客室に戻って来た。
「んじゃ、俺はもう一眠りするわ。」
だが、戻ってそうそう男は椅子に寄り掛かり、あっと言う間に寝息を立て始め、そんな様子にソウシロウは溜息を吐く。
―――
列車は再び動きだし、陽が傾き始める頃、列車の窓から木々が鬱蒼と茂る森林地帯が窓の外を流れていく。
そんな景色を眺めながら、ソウシロウは腕を組んでは思考を巡らせていた。
「赤法師殿。一つ尋ねたいのでござるが。」
そして、席を立ち、赤マントの男の目の前に立つと座っている彼の顔を見下ろし問いかける。
その圧か、もしくは既に目覚めていたのか、男はくすむ赤い瞳を覗かせると黙ったままソウシロウを見上げ、視線だけで話の続きを促した。
「拙者らと別れた場合、それ以後は何か行く宛があるにござるか?」
ソウシロウは男に答えを急かすことなく、無言のまま返答を待つ。
しかし、男はソウシロウの問いに対し、何も言わず黙って目を瞑る。
「…本来向う先はヒノモトとはいえ、船で渡航できたとしても拙者が居なければ入れぬ地。で、あれば赤法師殿も意味がないでござる。」
それでも尚、沈黙を続ける男にソウシロウは更に言葉を紡ぐ。
「そうだなー…」
だが、そこでようやく男が口を開いた。
「その後は<とある場所>でも探し回ってみるかな。」
男の視線は窓の外に向い、木々の隙間から僅かに覗かせる空を見ているようだった。
「…とある場所…ですか。」
男が目覚めたと気が付くとピアも質問に加わるが、彼女への返答は視線が向かれるだけであり、ピアはそれ以上追求する事はなかった。
「コレまでの旅の間、何か依頼でも受けていたのでござるか?」
「まぁ、依頼って程でもないが、約束だよ。ちょっと魔法都を出る前にな。」
男の視線は未だ空に向けられたままで、その表情はどこか懐かしげに見える。
「…もしやナナリナ殿と?」
その言葉に男は一瞬だけ驚いた表情を見せるが、すぐにいつもの不敵で不機嫌そうな表情へと戻った。
そして、頭を掻きつつ、やや観念したかのように息を吐く。
「あぁ、常に雲海が足元に張っているとかいう場所。ナナリナの故郷なんだそうだ。時間が出来るなら目星くらいは付けておきたいと思ってな。」
そういうと、男は席を立ち、軽く身体を伸ばすと客室を出て行った。