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紅い喰拓 GRAN YUMMY  作者: 嶽蝦夷うなぎ
・近朱必赤、見定めるは鉄の道の先
122/232

26-4.赤の再会

 「自由客室席で3人。」

赤マントの男が窓口の女性に告げると受付の女性は表情を変えずただ事務的に処理を進めてゆく。

やがて、赤マントの男の手元には3枚の浅い朱色の切符が差し出され、男はピアとソウシロウにそれぞれを渡す。

「あ、あの私の切符の代金…」

「あー、いいでござる、いいでござる。赤法師殿はピア殿の分も紙幣の両替ついでに支払ってくれるにござるよ。」

「俺は路銀用の貨幣が欲しいだけだから、釣銭があるに越した事は無いんだけどもね!?」

そうは言うものの、赤マントの男はピアが財布を探ろうとする様を手で制し、次に向う先を親指で指し示した。


3人は改札口に立ち、順序良く通過してゆく乗客達の流れに並ぶ。

パチン、パチンと改札鋏が音を立て閉じられていき、乗客と3人の歩みがその都度にゆっくりとゲートを進んでいく。

そして、最後尾の者が通り過ぎ、3人も改札口を通過し奥へ進み、手摺りの先、その段差の下を覗き込む。

遥か先まで伸びる線路のレールが等間隔に並び、上には数両編成の列車が待機しており、3人は「おおっ。」と声を上げその光景に見入るも、列車の隣の乗車ホームに人が集っているのを見ると本来の目的を思い出しては急いでそちらに足を向けた。


階段を下りると先頭の機関車両から放たれる蒸気がホームを漂い、足元を煙らせている。

乗客は列を作り乗り込んでいく者達、少し離れた場所で別れを惜しんでいる者、これから旅に出るのか大きなトランクを横に一服する者が見えた。

彼らの種族はまちまちではあったが、大半の身形は清潔で整ったものがあり、街の広場と同じように元からの旅人、外来者の姿は少ない。


―――ポォーーーーーッッ!


先頭の機関車両から汽笛が鳴ると同時に湯気が足元をより煙らせ、車掌が鐘を鳴らしながら現れてはホームに残っていた乗客達は次々に列車に乗り込んでゆく。

赤マントの男とソウシロウも互いに頷き、その流れに沿って真横の客車へと乗車し、続いてピアも段差をソウシロウの手を借りて登る。

<自由客室車両>、車内入り口にはそう書かれた札があり、簡易な敷居で区切られた個室が幾つも連なっていた。

当然、最も近い個室のドアの覗き窓から中を確認すると、そこには長椅子が対面に、窓際に小さな台座が備わった空室が目に入る。

早速と赤マントの男は扉のノブに手をかけるとスライドさせ、そのまま入っていく。

ピアはドアの仕組みに驚きながらもその後に続き、ソウシロウも微笑みながら続いて入っていった。


男2人が入るとなると少々手狭な部屋ではあるが、3人で向かい合うには丁度良い広さである。

赤マントの男が窓際の席に座ると荷物を隣に下ろす。

「赤法師殿、それでは拙者は荷物を眺め続けるハメになってしまうでござる。」

「わがままだなァ、一応は切符の金を出したのは俺だぜ?」

そういって席を立つとソウシロウが荷物を重ね、入れ替わるように赤マントの男の座席に腰掛ける。

「ささ、ピア殿、荷物はこちらに置いて拙者の向いに座るでござるよ。」

ソウシロウに促されピアはおずおずと向かいの席に座り、赤マントの男はピアの隣、荷物を正面にして腰を下ろす。


―――ポォーー!ポォーーーーーッッ!


再度響く汽笛にピアはびくりと体を震わせ、辺りを見回すと車両はガタリと揺れ、ゆっくりと動き出し、窓から見える景色が緩やかに流れ出した。

窓際の2人は流れる街並みと列車から見る風景の違いに感嘆の声をあげ、その様子にピアは笑みを浮かべる。


「じゃ、腹減ったし、魔力を結構使っちまったし、俺、一旦寝るわ!」

窓の外に夢中な2人を確認すると赤マントの男は腕を組みながら背もたれに寄りかかった。

「赤マントさん、先程もう1つ頂いたシトラス、よかったら…」

ピアがソウシロウから貰った果実を差し出そうとすると赤マントの男は「ん。」と一言だけ述べて受け取り、即座に皮を剥くと果肉を丸ごと口に放り込んだ。

「んじゃ、おやすみぃ…」

そして、そのまま飲み込むと腕を組み敷居の壁によりかかり眠り始める。

些細な交流の時間すら持とうとしない、その様子にピアは呆気に取られてしまい、ソウシロウは苦笑いを浮かべた。


「すまぬでござるな、ピア殿。顔見知りの方にお主の相手をさせられなくて。」

「い、いえ。赤マントさんも会ったのは以前の1度だけですから…。」

しかし、ピアは申し訳なさそうな表情を見せ俯いた事にソウシロウは眉を歪めて赤マントの男に呆れる。

「して、ピア殿はこれからどちらへ? 子供1人で長旅をするには些か危険が過ぎるのではござらぬか?」

ピアはソウシロウの言葉に一瞬息を詰まらせ、変な誤解や心配をさせてしまわないよう言葉を選びだす。



「ほう、帰郷の為でござったか。」

「はい、私達<フォウッド>は様々な場所移動して続けて暮らしているんです。それで、集落里が長期に滞在する場所が<便り>で届いたので…帰ってみよかと…」

ソウシロウはピアの語る彼女の出自と故郷について「フム…」と呟き少しばかり考え込む。

移動しながら暮らす人々が存在するというのは想像が容易い、ヒノモトの見識で考えれば旅芸人一座や行脚の僧衆などはその例だろう。

だが、ピアの話を聞く限り、それは定住地を持たずに常に放浪しているという印象が強い、更にそこから<家族>とも言えるはずの里民を離別させる原因は何か。


<口減らし>、そう考えるのが自然である。

しかし、口減らしであれば便りを用い、態々呼び戻す必要があるのだろうか?

ソウシロウは自分の考えが文化の差異、<フォウッド>、彼らの視点に近づけてないと悟ると不用意な言葉を控える。

「そ、それで、赤マントさん達は何処へ向われる予定なんですか?」

起きている自分ではなく、少女の隣で寝息を立てて居る赤マントの男へ話を振るピアにソウシロウは思わず苦笑いを浮かべてしまう。

「ピア殿と似たようなものでござるな。拙者と赤法師殿は拙者の故郷、ヒノモトへ向かう途中なのでござるよ。」

ソウシロウの返答にピアは目を丸くし、ソウシロウの顔をまじまじと見つめた。


「ヒ、ヒノモトですか、<ヒノモト>ってたしか大陸東部よりも東なんですよね。じゃ、じゃあ!」

ピアがやや身を乗り出しながら尋ねるとソウシロウは困ったように頬を掻く。

「左様でござるが、拙者らが<大鉄道>を利用するのは途中まで、ヒノモトへ向う船のある場所にござる。この<大鉄道>を用いる距離は然程にでござるな。」

「…そう…でしたか…」

答えにピアが落胆し肩を落とす様を見て、ソウシロウは彼女が向うのは自分達より先だと理解する。

その時、彼女はふらり、左右に身体が揺れるとそのまま前かがみで崩れ落ちそうになり、慌ててソウシロウはピアの体を支えた。

「あんな事の後にござる。少し眠ると良いにござるよ。」

ソウシロウは受け止めたピアの頭を優しく撫でると、ピアは小さくコクりと頷き、その動きに合わせるように瞼も閉じられる。

ゆっくりと寝息を立てだす小さな身体にソウシロウはほっと一息つくが、隣の赤マントの男は腕を組んだまま未だに眠り続け、狸寝入りですらないその姿にまた一息をいれた。


―――


少女は暗闇の中、まどろみの中で浮き沈みを繰り返し、ぼんやりとした思考で夢と現実の間を漂う。

その中で少女は<姉>の事を想い浮べていた。

姉といっても彼女の故郷の里に父か母、どちらかが違う姉達は大勢居る。

だが、唯一に同じ血を、父と母を同じとする<姉>が居た。


銀髪でも白髪でない、綿毛のような柔らかい白い髪と健康的で艶やかな小麦色の肌。

背が高くて、勇敢で、いつも優しかった姉の事が大好きだった。

同じ血縁でありながら自分とは真逆の、明るく眩しい存在、物心がついた時からずっと一緒に育ってきた大切な家族であり、自慢の姉で、思い返すのは彼女の背中か横顔。


その姉が何故、自分から離れていってしまったのか、少女は未だに理由を知らず、故に毎晩のように枕を濡らす。

最後に自分を守ってくれた晩の日、あの日が無ければ今も一緒だったのだろうか、と。

少女は最後に見た姉の勇敢な後姿を思い出し、後悔に暮れる。

姉が武器を手にし、白い髪が月明かりの下でありながら、赤く血で染まる光景は今でも脳裏に焼き付き離れない。


赤い、赤い。

何時しか少女は繰り返し思い浮かぶ赤い色に包まれ、形を成す赤い影に抱きかかえられていた。

更には白い姉の影が少女の目の前に浮かびあがり、悲しげな眼差しを向けている。

少女は名を叫び手を伸ばそうとするが、声は出ず、それは叶わずに消え去り、気が付くと自分は暗闇の中に取り残された。

そして、ただ虚無に浮かぶ少女は意識を手放し、まどろみの底へと沈んでいく。


―――


―――ガタンッ!


突然の音と揺れにピアは目を覚ました。

ぼやけた視界の窓枠に映るのは暗闇だけで、客室に備わった僅かな明かりだけが周囲を照らしており、続く振動で未だ列車は走行中なのだとピアは判断する。

寝起きで上手く働かない頭のまま、自分がいつの間にか眠ってしまっていた事に気がつき、ピアは慌てて身を起こすと他の座席へ視線を向けた。

しかし、そこに座っていたはずの2人の人影は見当たらず、荷物も無くなっていた。



この客室に自分1人である事を認識してしまった少女の背筋に冷たいものが走る。

それは恐怖と孤独感。

ピアは立ち上がり客室内を再び見渡すが、やはりそこには誰もおらず、赤マントの男とソウシロウの呼ぶが、それは虚しく響き、余計に寂しさを助長させた。

そして、今にも泣きだしそうな表情を浮かべながらピアは客室の出入り口である扉を見上げる。

まだ2人は列車の中にいて、何か用があって席を外しているだけかもしれないと、そう自分に言い聞かせるが、不安が拭えずに涙が溢れ出そうになっていた。

扉を開けて2人が居ない確証を得てしまったら、そう思うと、ピアはドアノブに手をかけることが出来ず、その場で俯いてしまう。


それでも手を伸ばし、勇気を出して掴んだ瞬間、ドアノブは何の力も入れずに回され、扉が横に滑り開かれた。



見上げるとそこには背嚢を担ぐ赤マントの男が立っており、その傍らにはソウシロウの姿もある。

赤マントの男はピアに気づくと、頭から疑問符を浮かべたような顔をし、少女と視線が合ったとたん大粒の涙をボロボロと零し出したピアを見て、ギョッと驚く。

「…ど、どうした、ピアちゃん。腹でも冷やしたのか…?」

屈んで視線を合わせる男の間抜けな言葉にピアは首を横に振ると飛び掛かるように男に抱きついた。

何を尋ねるも、ただ嗚咽を漏らすだけのピアに男は戸惑いながらも彼女を抱きあげ、助けを乞うようにソウシロウに目を向ける。

だが、ソウシロウはそんな赤マントの男に困った素振りを視線に乗せて返すだけだった。


そして、打つ手の無くなった赤マントの男は少女が泣き止むまで慣れぬ手付きで赤子をあやすよう、少女の背中を摩り続けていた。


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