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紅い喰拓 GRAN YUMMY  作者: 嶽蝦夷うなぎ
・近朱必赤、見定めるは鉄の道の先
120/232

26-2.赤の再会

 ここ<大都>と呼ばれる場所は早朝から喧騒慌しく、人の往来が絶えない。

手に商売道具を抱えた職人や買い付けを終えた商人達はもちろん、労働者達も早々に忙しなく街の中心である広場を往来しだす。

ヒューネス、エルフ、ドワーフ、コボルド、フェルパー、サテュロス、ドラグネス、賑わう人里には馴染み深い種族は視野を広場へのパノラマに収めただけで一望できる。

それだけこの都は仕事に溢れ、物資の流通も盛んで、活気があるという事だ。


そんな都の中心で多種多様な人の波渦巻く中において、不思議な事に冒険者という人種は稀であった。

その稀な1人の男、赤い襟巻きと赤いマントに身を包む男はカフェテラスの小さなテーブル席に1人で注文を待っている。

宿から貰った新聞紙を折り畳みながら眺め、待つ間のサービスで受け取った小さなベーグルを齧り、ねちねちと噛んでいく。

約1ヶ月、冬の悪路で片田舎に閉じ込められていたに等しい男にとって新聞からの情報は退屈しのぎに有難いものだった。


・新たな怪盗現る!?昨夜、大都郊外の貴族邸宅にて、宝石を盗み出した犯人が捕まるも逃亡!

・関税値上がり、食料品高騰、物価高騰は続く、しかし、新領主による税制改革は順調、今年の収穫量は昨年を上回る見通し。

・北部ラーテルー領、国王陛下が病に伏せられ、王位継承権を持つ王子殿下が次期王として名乗りを上げる。

・西部ガストラッド領の海域にて軍事衝突か!?、国境警備と反国王派との小競り合いが勃発。

・皆様もアシン様を崇めましょう、今も深く眠り続けるアシンの復活は世界の平和をもたらします。


<記事>というものを大衆が目にするまでの時間差があり、だいたいがその時点で事実よりも発信側の望む憶測と噂話の羅列と広告に成っている。

赤マントの男は話半分程度で紙面に目を流し、自身の本命、姿を消した己の雇い主の動向に関わりがある記事を探す。

だが、それらが無いとみるや、他の記事の見出しに鼻息を漏らし新聞紙を更に折り畳んだ。


「はぁーい、26番!26番でお待ちの方、どこだい!」

トレイに紙袋を乗せて運んできたふくよかな女性店員が、男の座っているテラス席まで来ると、番号を確認して声をかける。

男は番号札を摘んだ手を軽く上げて応えると、席を立ちながら差し出された注文の品を受け取り荷物を背負い直す。

「おや、もう出てしまうのかい?冒険者ってのも街の連中みたく忙しいのかね、しばらく店の席は空いてるよ。」

店内はレジスターと靴底の演奏が鳴り続けている状態ではあるが、まだ朝早いせいもあるのかテーブルは空席が目立つ。

「…<大鉄道>に向うところなので。」

男がそう袋の中身を確認しながら答えると、店員は<大鉄道>という単語で大方の事情を把握し、納得した表情を見せた。


「じゃあ、あっちの裏口から出て行きなよ。こっちは何せ…コレだろ?」

店の出入り口は行列を成し、店の外も中と同様に人がごった返している。

店員が親指で指さす裏口は裏路地への出入り口であり、男としても都合が良い。

男は軽くお辞儀をして礼を示すと、そのままそちらへ足を向け歩き出した。


裏口の扉が閉まった途端、店内に鳴り響いていたレジスターの音が消え去り、辺りは静寂に包まれる。

裏路地に流れる風はまだ春が先である事を思い出させ、男の身体を震わせた。

地図を開いて場所を確認すると男は<大鉄道>の駅を方角を確認し、そのまま裏路地で向えそうな近道を選び、足を進めていく。



裏路地は大通りへ向う住人と時折すれ違う程度で閑散し、余りに静かで、周囲は建物の壁だらけ。

足を進めるのも退屈に感じ始め、男は紙袋から発せられる熱に気を取られつつあった。

そして、何時しか足を止め、袋の中から紙に包装された細長い物を取り出し、その末端を摘み上げる。

「…一口、一口だけなら。」

誰に言い訳するわけでもない言葉を呟き、包装紙の端を爪で破きくと中から現れた物を目の前に掲げた。


包みから顔を覗かせたのは皮が厚く長いパン、いわゆるロングバケットと呼ばれる代物で様々な具材が挟まれたサンドイッチであった。

それを見た瞬間、男は思わず生唾を飲み込む。

「…フフフ、いやぁ、以前からこういうデカイ街で注文してみたかったんだよなァ、スモークチキンサワークリームサラダトリプルチーズオニオンピクルスブレンド。」

男は自分の口にする長々とした名を満足気に唱えながら、周囲を見渡しつつ、もう一めくり包装紙を剥ぐ。

すると、そこには大きな具が顔を出し、香りも漂わせてくる。

様々な角度から一頻り観賞を終え、我慢と空腹という最高のスパイスを加えると、襟巻きをめくり、よだれを拭うと早速に齧り付いた。


**********


---


**********


しかし、男の上下の前歯は空を噛み、全身には衝撃が走った。

サンドイッチは手か抜け出し離れてき、それはくるくると宙を舞い、向かいの建物の壁に叩きつけられると石畳の上に無残な着地した。

「…気をつけろッ!ボケェッ!」

男のよろめく背中から罵声を浴びせられ、振り向くと、何かを抱えた男4人が走り抜けていくのが見える。


「…」

男は本来口に収まる筈のサンドイッチに再び目を向けるが、包装紙で覆われた部分も道脇の排水に浸り、もはや食べられる姿ではない。

それに追い討ちをかけるのか、男の脇からは2匹の野良犬が駆け寄り、サンドイッチを奪い合って咥え、何処かへと持ち去っていってしまう。

「…フフ。」

その光景を眺めていた男の顔は怒りや悲しみではなく、ただ笑いだけがこみ上げていた。


「…フフ、フハハハ!ホヒヒヒッ!」

それは次第に大きくなり、男は堪らずに天を仰ぎ笑う、男はただ笑わずにはいられない。

「はぁァ~ー…」

そして、男はふらつく身体を立て直しては笑い終えると、大きく溜息をすると肩を落としては俯いたままとぼとぼと歩き出す。

しかし、それも束の間、足を踏み込みは勢いなくなると、男はよろめいて壁に寄りかかった。



―――コ ロ ス…!!


男、両方のくすんだ赤い瞳が突如爛々と灯る。

足を強く踏み締め、赤いマントを大きくひるがえすと、左腕の小手から2本の<楔>を抜き、男はそれぞれを両足へと屈んで突き刺す。

男は更にそのままの姿勢で両足を踏ん張り、一気に跳躍すると建物の壁へ飛び移り、それを繰り返して建物の壁伝いに飛び移っては自分を跳ね飛ばした男達一行を追いかけていく。


―――


一方で、長い髪を束ねた異国風貌、額に2本の角が目立つゴブリン族の青年剣士も1人、店からの裏口を用いて紙袋を抱えながら裏路地へと出ようとしていた。

「邪魔だ、邪魔だァッ!」

そして、青年が道の半ばに足を踏み入れようとした途端、大声を上げる大小4人の男達が走り去るのを目にし、身を引き避ける。

「…やれやれ、この街は何処も賑やかにござるな。」

呆れながら通り過ぎて行く集団を見送り、改めて地図を覗き裏路地へ足を進めようとすると、先の4人を追うような気配を察し、青年は腰に差した曲剣の柄に手をかけ目を向けた。

その視線の先には赤くなびく影が壁を飛び跳ねながら伝い、男達を追走し疾走している。

「あ、アレは…赤法師殿!?」

青年には疾走する赤い影の正体に心当たりがあり、驚きと共に声を上げると紙袋と他の荷を手に慌てて後を追い始めた。


―――


裏路地を走る男達は路地の突き当り、やや開けて幾らか広い場所に辿り着くと走るのを止め、立ち止まる。

先頭の男が後ろを振り向き、追っ手が来ていない事を確認すると少女を適当な所に放り投げさせ、安堵の表情を浮かべた。

「よぉーし、後は例の連中が来るのを待つだけだな。」

「しかし、いいのかァ?やっぱりよぉ、注文通りのヤツを探して…」

リーダー格らしき男は少し腰の引ける仲間の不安げな態度に眉間にシワを寄せると睨みつけ仲間は思わず口を紡いだ。

「知るかよ、別件で月のノルマは満たしてる、注文だけが取引商品じゃねーんだ。それにこのガキは結構イイ値が付く、きっと相手も満足するぜ。」

そう言って、ニヤリと口元を歪ませると再び下卑た笑いを漏らし始める。

その様子を見て、男は仕方がないと諦めたのか、溜息を吐きつつ周囲を見渡した。


―――…その袋、やたらもがいてると思ったら、そうか、人攫いかよ。


何処からか声が聞こえたかと思うと、赤い影が男達の真上、その上空から降ってくる。

「つまり、アレだ。今の俺の怒りと拳には正義そのものが宿っていると言って過言ではない!」

赤い影は同色のマント、屈んだ姿勢を正し、埃を払うと突如表れた赤マントの男は右腕を突き出しながら高らかに宣言した。

男達は突然の事に状況が飲み込めず、呆然としていたが、ハッとして我に返ると各々武器を抜いて構え直し、臨戦態勢を取る。

「…アァッ!?ヤッノカァ、アァーッ、テーメェッ!?」

「ザッケテンノカ、クルァ、ナニソンナ、赤ェンダヨッ、テメッ!」


男達は一斉に罵声を浴びせると、リーダー格の男は顎髭を指先でなぞりながら首を傾げた。

「イキテカエット、オモウナヨ、テェ~ーメェ~ッ!」

そして、引き抜いたナイフを躊躇無く赤マントの男へと向け、一突きを繰り出す。

「…エ?何で微動だにしないの…?」

ナイフは赤マントの男の腹に見事に刺さった。

だが、男の身体は刺された部分を中心にピクリともせず、まるで石像のようにその場から動かない。

腹の衣服、皮、肉が貫かれる感触、必殺の一撃手応えにリーダー格の男はついうっかり、その手を放してしまった。


「…いやぁ、正当防衛も加味してくれると容赦しなくて済むから助かるわ。」

赤マントの男は何時の間にか鞘に納まったままの剣を手にし、その末端を僅かに呆けていたリーダー格の男の額に付ける。

「あ。」

次に柄頭に掌を乗せるとそのまま押し込むように力を加えた。


「…コレはベースのロングバケットとスモークチキンの分ッッッ!」

「アギッ!?」

脳天を貫く衝撃は男を吹き飛ばさず、その場に崩れ落とさせる。

他の男達3人はその光景を目の当たりにし、思わず一歩後ずさると、赤マントの男は剣を軽く振るう。

その間に1人の男は適当に掴み上げた廃材を構えて襲いかかった。


「…コレはサワークリームサラダトリプルチーズの分ッッ!」

「ギャボッ!?」

だが途端、男は爛々と灯る赤い瞳を見合わせた刹那、廃材は宙を舞い、壁に叩きつけられズルりと滑り落ちると床に倒れ伏した。

廃材を振るった際に赤マントの男からは逆袈裟の一撃が男の体勢を崩し、追撃の左薙ぎが胴を捉え叩きつけたのだ。


残る内、1人の男は壁に背をしたがそれが間違いであった。

「…そしてコレはァ、オニオンピクルスブレンドソルトスクランブルエッグの分だァァァ~~~~ッ!!」

「ムガッ!?」

赤マントの男は独楽の様に回転し、今度は多段撃が炸裂する。

男はそのまま吹き飛ばされ壁に張り付くと、鞘の殴打で意識を刈り取られ、回転の勢い共に意識を失った。


「…ふぅ、ソルトスクランブルエッグは注文したっけ?」

「…そもそも拙者はその経文めいたものを始めて耳にするでござるよ。」

赤マントの男が一息を入れ振り返ると、そこには先程、赤マントの男を追っていた青年剣士が立っている。

彼の横には4人の男達の残る最後、大柄の男が腹を抑え、うずくまり、身を震わせていた。


そして、赤マントの男と青年剣士は互いに苦笑を漏らすが、大柄の男は奮起し立ち上がり、青年剣士を後ろから襲おうと腕を振り上げだす。

「…大人しく消えるでござる。」

だが、鞘口から覗く曲剣の僅かな刃の光、それと青年剣士の鋭い眼光が大柄の男を射抜き、その動きを止める。

「ホ、ホヒィィ~~…!!」

図体とは比べ情けない声をあげ、大柄の男はより強い身震いの後、その場から逃げるように足音と気配が遠ざかっていった。

その消える背中を眺めると、赤マントの男は肩をすくめ、青年剣士は再び苦笑を浮かべる。


「…た、助けてぇッ!助けてくださいッッ!!」

そんな2人に突如、途切れ途切れの甲高い叫び声が転がって放置されている縛られた足の生えた袋から上がった。

「…ホラ、赤法師殿。助けにゆくでござるよ。」

青年剣士は赤マントの男を促すと、黒髪をくしゃくしゃと掻きながら溜息をつくと、渋々といった様子で赤マントの男は袋へと近寄り、端を掴む。

「…もののついでとはいえなぁ、まったく、何で俺が人助けを無銭でせにゃならんのだか。」

そう文句を垂れながらも赤マントの男は袋を引き剥がし、中を覗き込んだ。


袋の中から現れたのは、ピンと立つ頭上から伸びる兎のような縦に長い耳、<フォウッド族>の少女であった。



「…あ、赤マント…さん?」

少女は息を切らせながら、目の前に現れた赤マントの男に驚き、目を見開く。

「……ン~?、あぁ、キミは…確か、えーっと。ピア、ちゃん。」

おぼろげな記憶を呼び起こそうと首を傾げる赤マントの男だったが、やがて思い出したのかポンと手を叩く。

そして、青年剣士が少女、ピアの拘束を解いてやると、彼女は涙目に赤マントの男へと飛びついた。


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