26-1.赤の再会
約1ヶ月の大冬が過ぎ去り、新年を向えて多くの人々がその切り替えに忙しくなっていた。
気候はまだ肌寒く、植物達が芽吹くのも先の話だが、それでも人々の心には春の兆しが見えているかのよう。
大都の外延広場は朝から賑わいを見せており、季節上の悪路から解放されてか都の外へ中へと往来する馬車や荷車が多く行き交っている。
そこに1台の荷馬車が止まると、少女が1人降りてきて、少し遠くに見える内壁を見上げた。
そのピンと立つ頭上から伸びる兎のような縦に長い耳、<フォウッド族>の少女だ。
彼女は大きな肩掛けの鞄を両手で抱えながら城門の方へ数歩と進んで荷馬車との距離を置く。
「ねぇ~、私達もこのコに着いて行ってあげましょうよぉ。」
1人の魔術師風の女が荷台から少女を眺めながら、御者も勤める戦士風の男にねだる様、甘えた声で言う。
その言葉を受けてか、戦士風な男は手綱を引いて馬を落ち着かせると、馬上から呆れた様子を見せていた。
「あのなぁ、オレ達はまだ依頼の途中なんだぜ?…いや、できる事なら着いて行ってあげたい所だけどよ…」
男は少女に視線を向けてそう言うと、彼女の無垢な瞳に思わずたじろぎ視線を外す。
「わ、悪いな、お嬢ちゃん、オレ達が向う方角は、その、逆の西だからさ…」
歯切れ悪く言い分を立てる男に少女は首を振りながら口を開く。
「いえ、いいんです。それよりもここまで馬車に乗せて頂いて、ありがとうございました。」
そう言ってペコリとお辞儀をする少女を見て、戦士風の男は困ったように頭を掻いた。
「…はぁ~ん。やっぱり離れたくない~!!」
荷台から飛び降りて少女に抱きつく女。
彼女は少女より一回り以上も大きい為、少女はその胸の中にすっぽりと隠れてしまう。
「ねぇ、いっそ私達の子供にするってのはどう!?」
女は少女を抱き締めたまま頬擦りし、その柔らかさと温かさを感じながら男へ提案する。
しかし、男は呆れ顔のまま溜息を吐き、首を振って答える。
「彼女、その家族へ会いに行くんだろ。それに関しちゃオレ達が水を差すことじゃあないぜ。」
そう言われて女は不機嫌そうな表情を浮かべるも、もう一度強く抱きしめた後、渋々納得し少女から離れ距離を置く。
「…本当に、本当にありがとうございました。」
再度頭を下げる少女に男は寂しさを堪えた笑顔で応えると、少女は振り向き、目指す場所へ走り出していった。
途中こちらを覗いて手を振る少女に男も女も手を振り返すと、少女の姿はすぐに人波に消えていった。
「…さぁ、私達も仕事を済ませちゃいましょ。」
「アァア~~~ッ!チクショォー!オレが冒険者なんてやってなければ、今頃一緒に旅してたかもしれなかったのにヨォ!」
少女の姿が見えなくなると、大粒の涙をボロボロと流し、別れに悲嘆する男。
そんな彼の背中をバシバシと叩きながら女は目じりに涙を浮かべて笑っていた。
―――
少女が内壁を抜けると、広々とした円形の空間、都市の中心部にある大きな広場であり、周囲には様々な商店や露店が並んでいる。
まだ日が高い時間帯の為か、広場には様々な衣服の住人達が行き交っていた。
背広、ツナギ、エプロン、白衣にドレス、フリルの派手な給仕の服、更に種族の多様さも相まって、彼女にとってはまるで祭りでもしているかのような賑やかな光景が広がっている。
しかし、これだけ様々な服装の人々がいるにも関わらず、少女が着ているような旅衣装と自分と同じ<フォウッド>の姿は見られない。
少女は少しだけ気落ちするが、それでも目的の場所はすぐそこであると思い直し足を進める。
…
「はふぅ…」
しばらくして外灯に寄り掛かり、少女は軽く目を回していた。
広場の中心を抜けようとした結果、沢山の人々が溢れ返っており、とてもじゃないが少女の小さな身体では通る事ができない程だったのだ。
仕方なく外周をグルリと歩いて来たのだが、そこも渦を画くような人々の流れに歩く事もままならない状況になっている。
少女はどうしたものかと考えつつ、鞄を抱きかかえてしゃがみ込む。
「あら、長い耳のお嬢ちゃん。どうかしたのかしら?」
すると背後から突然声を掛けられ、少女は驚きながら振り向くと、そこにはエプロン姿の女性が立っており、心配そうな面持ちで少女を見つめていた。
女性は広場縁沿いの手押し車の屋台を営んでいる様で、手にしていたワゴンには様々な花が積まれている。
女性が手招きするので少女は膝を伸ばして立ち上がり近寄ると彼女はワゴンの中からグラスのティーカップのお茶を差し出してきた。
「どうぞ、水出しのハーブティーだけどね。」
そう言って差し出されたお茶を、少女は少し戸惑いながらも受け取ると、一口飲んでみる。
スッキリとした飲み心地と爽やかな香りに少女の顔は自然とほころんだ。
「ところで、ドコへ寄っていくつもりだったんだい?」
女性の言葉に少女はハッと我に返り、本来の目的を思い出すとカップを女性に返し、慌てて地図を取り出して広げ指で示した。
「あぁ、<大鉄道>の駅かい。この道を行った先だよ。」
女性の言う通り、少女が目指していたのは広場から伸びる一本の坂道。
しかし、そこは詰め合い流れる人だかりだけでなく坂を上り下りる路面列車も行き来しており、とてもじゃないが今は少女の足では行けるような状態ではない。
少女その光景に目を回してしまい、女性はその姿にカラカラと笑う。
「昼下がり過ぎれば静かになるのだけどね。でも、<大鉄道>が目的地なら…時間厳守か、よし!じゃあ取って置きの道を教えてあげるよ。」
そう言って彼女は付箋をとりだしては地図にペタペタと貼り付けていく。
「裏路地の細道を使っていけば、大通りを避けて駅まで辿り着けるよ。道は入り組んでいるけどね。」
「あ、ありがとうございます。」
少女が明るい笑顔でお礼をすると女性はニコリと笑い、再び茶を差し出し、更に花を1輪、少女の胸元へ挿す。
少女はカップの中身を飲み干すと、ペコリとお辞儀をしてから踵を返し、小走りにその場を去って行った。
…
―――!?
地図に記された道を前にした途端、少女の脳裏に別の光景が過ぎる。
それは1人の赤い影が手を広げて伸ばし、少女を掴み取ろうとする瞬間であった。
思わず立ち止まる少女だったが、再び目に映る景色は先程の道で、後ろを振り向けば。変わらず多くの人々が道を往き来している。
少女は胸に手を当てながら、今まで感じた事の無い不思議な感覚を覚えていた。
しかし、頭を振り余計な考えを追い出し、何時の間にか零れた涙を吹くと、目の前に広がる細い路地へと足を踏み入れだす。
高い建物に陽を遮られ路地は薄暗い、少女はごくりと喉を鳴らし、鞄の帯を握り締めながら奥へ進む。
表通りが嘘のように人の姿は無く、少女は不安になりつつも、言われた通りに路地を抜けていく。
道は清掃が細かく行き届いてない程度で特に変わった様子は無い。
少女は垣間見た光景に不安を抱いていたが、しばらく歩く内にその不安も過ぎたものだと安心し、教えられた道に従い進んで行く。
3つ、4つと付箋を辿り、少女が曲がり角の坂を上った時、物影に隠れるようにして佇む2人組の男達と鉢合わせた。
2人は少女の姿を確認してニヤリと笑みを浮かべると、少女の進路を塞ぐように現れる。
「へ、へへっ。連絡通り、<匂い>と<印>もあるぜ。」
「オイ、でも聞いていたのと違くねぇか?確かに<フォウッド>だけどよ。チビで髪色も違う。」
男達は少女の全貌を見た後、顔を見合わせてはボソボソと話し合いだす。
少女はその隙に逃げようと後退りをした途端、今度は背後から別の男達が現れ、大柄の男に両肩を抑えられてしまう。
「ヒッ!?」
「へへっ、これならアイツを連れ出す必要もなかったな。」
「まぁ、狙いと違うとしても<フォウッド>のガキだ、街の住人じゃなし、好色家が高く買ってくれるかもしれねェ、連れてくぞ。」
そして、強引に口に布を押し込まれ、手を縛られて身動きが取れなくなってしまった。
少女は涙を浮かべて抵抗するが、体格の良い男の腕力には敵わずさらに袋を被せられ、視界まで奪われてしまう。
そうこうしている間に、少女は抱え上げられてしまい、そのまま何処かへと連れ去られてしまった。
男達が自分を抱え上げ、走っている事は分かるが、揺れが激しく上手く身体を動かせない。
少女の小柄な身体では出来得る限り暴れても全く効果が無く、されるがままに運ばれてしまう。
そして、余程急いでいるのか男達は道中ぶつかるものにも構うことなく突き進み、衝撃が走るたび「気をつけろッ!ボケェッ!」等と罵声が響く。
「ンーッ!ンーッ!」
少女はその都度に必死に助けを呼ぼうとするが、口から押し込まれた布が邪魔をして言葉にならない。
やがて走る振動が収まると、少女は乱暴に投げ出され、身体を強く打ってしまった少女は痛みに悶える。
(お姉ちゃん…ッ!)
少女は心の中で姉に助けを請い願う。
辛い時があれば必ず駆けつけてくれた優しい姉。
だが、突如姿を消してしまった姉。
これからもし、無事に家族と会えたとしても再会できるとは限らない。
でも、もしかしたら、姉にも自分と同じ家族からの手紙が届けられ、向っているかもしれない。
少女はそう思い、僅かな希望に涙を流しながらも必死に耐えている。
「…アァッ!?ヤッノカァ、アァーッ、テーメェッ!?」
「ザッケテンノカ、クルァ、ナニソンナ、赤ェンダヨッ、テメッ!」
すると突然に怒号が響き、少女は驚きに涙を止める。
少女が耳で辺りの様子を伺おうとすると、男達の怒鳴る声が入り、どうやら誰かと言い争いが始めだしたようだ。
「イキテカエット、オモウナヨ、テェ~ーメェ~ッ!」
そして、その一言を境に激しい殴打音が鳴り響き、少女は思わず身を縮こませ震える。
「…」
「アギッ!?」
「…」
「ギャボッ!?」
「…ァァァ~~~~ッ!!」
「ムガッ!?」
すると、そう時間もかからぬ内に男達の声が段々と小さくなり、何かがハデに倒れるような音を立てると静かになった。
「ホ、ホヒィィ~~…!!」
そして、最後に情けない声とその場から逃げるような足音と気配が遠ざかっていく。
「…た、助けてぇッ!助けてくださいッッ!!」
丁度口の中の布が取れ、少女は状況が好転したとみて慌てて助けを求めるが、先程の男達とはまた別の足音が2人、少女へと近付いてくる。
しかし、自分の叫びに対しての返答は返って来ず、その足音は自分の側で止まった。
「…まったく、何で俺が人助けを無銭でせにゃならんのだか。」
その声に何処か聞き覚えがあり、少女の耳がピクリと動く。
少女は既知ある声に向って恐る恐ると身体をできうる限り起こすと、袋の端が鷲掴みにされ勢いよく剥ぎ取られる。
眩しさに目を細めながら少女が見上げると、そこには人影がしゃがみ込んでいた。
冷たい風が路地を吹き抜けていき、赤い襟巻きに赤いマント、その上には雑草のような短い黒髪がなびく。
そして、襟巻きと前髪に隠れる奥の顔からはくすんだ赤い瞳が覗かせていた。
それは間違いなく、以前住み込みをしていた宿場町で見た1人の冒険者。
「…あ、赤マント…さん?」
「……ン~?、あぁ、キミは…確か、えーっと。ピア、ちゃん。」
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