25‐3.高み見て、舞えるならば
3人と1体が歩く波止場には相も変わらず人の気配がまるでない。
冷たい風が吹き抜けても陽射しとその路面の照り返しが冬間際だというのに暖かく感じさせる。
「あ、あのー、ビルキースさん、いいんですか?ワタシがこうやってどうどうとパージルに乗って、それを動かしても…」
ミウルがパージルを操縦しつつ、その中から恐る恐る問いかけるとビルキースは二輪車両を脇に転がしながら答える。
「構わん。ここ一区画は私が貸し切っている。私達以外に人はいないから安心しろ。」
「ひ、一区画ですか…」
その一言で一行がこの街に辿り着いた時、セバスの手引きにより、何の問題や検査を受けず中へと案内された事、宿でなく倉庫で寝泊まりさせられた事にミウルは合点がいった。
「だから、お前もそこまで周囲に警戒を向けなくていいぞ。」
「あ、あのなぁ、この不自然な物静けさで警戒をするなっていう方が無理だろ!嫌でもしてしまうわ!」
その隣ではグランが腰の剣に手をかけ続けながら、辺りを見回して叫ぶ。
確かに彼の言う通り、ビルキース当人が安全性を説いても、この辺り一帯に漂う静か過ぎる異様な空気はミウルがパージルの中にいても肌を撫でてくる。
陽気でありながら季節に見合った寒々を別の側面から感じる、奇妙な感覚にミウルはぶるりと身を震わせた。
「…だが、確かに<ネズミ>くらいは居ても不思議ではないな。居たところでお前に猫役が勤まるかは知らんが。」
「あーハイハイそうですか。それなら少しでも違和感を見つけ次第、全部報告してやるよ!」
そして、ビルキースが笑いながら冗談めかすとグランは怒り、先陣を切って歩き出し、そんな様子を苦笑するミウルとビルキースは後ろから付いていく。
―――
「さて、ここだな。」
「なんだ、俺達が寝泊りしてた倉庫と大差ないじゃないか。」
ビルキースが足を止め、見上げた建造物はまるで出発前と同じ様な場所に佇んでいた。
違いといえば、各倉庫の入り口に別々の色の看板が掛けられてい程度であり、他はこれまでと変わらず無人のそこは、静寂と陽の光が辺りを支配している。
「ミウル、パージルは後どれくらい稼動させられる?」
「ま、まだ十分稼動させ続けられます!」
ミウルはパージルを操作し大きくポーズをとらせると、ビルキースはその動きに満足したのか頷き、とある一画を指差した。
「それでは、あの脇に置かれた積荷を整理してもらおうか。箱のラベルの赤と青、それと無しをその3棟の倉庫それぞれに積んでもらう。」
「あ、あのー、ワタシ、錬金術の試験をしにきたのだと思うのですが…?」
ミウルはビルキースの指示に首を傾げ、その真意を問うが彼女は言葉も動作も返してくる様子が無い。
「…どうした、日が暮れてしまうぞ?それと、お前自身の操縦だけこの作業を進めろ、パージルには手伝わせるなよ。」
「え、えぇっ!?」
そして、暫らくの沈黙の後、動き出さないミウルに返ってきたのは彼女の問いにかすりもしない無慈悲な言葉であった。
ともかく、ミウルは大きく溜息を吐くと顔にピシャリと両手を叩きつけ、パージルの操縦管を握る。
「おいおい、アンタ、アイツが操縦できるゴーレムだってのはセバっさんの報告を受けるまで知らなかっただろ?なんでこんな…、ミウルは錬金術でアンタの下にだな。」
「珍しいな、無頓着なお前でも自分の身が関わると他人の事に口を出す気になるのか。」
積荷を運びだすミウルの乗るパージルの姿を見ながら、グランは不服を唱えようとビルキースへ詰め寄るが、彼女からの言葉にぐっと口を閉ざす。
「それじゃなくてもだな!こんな下働きみたいな事をなんでさせるかって…」
「理由か?何、少し興味の湧いた事が増えたに過ぎん。それに下働きの過程は踏んでおいて損は無いだろう。」
しかし、臆せず詰め寄り直し圧をかけるもビルキースの表情には変化がなく、それどころか此方の良識を疑うような顔をしていた。
「あぁ、そうかい!勝手にしろッ!」
グランはこれ以上の問答は無駄だと理解し、渋々ながら引き下がると、地面胡坐をかくようにその場に座ると悪態を見せる。
「フッ、随分と他人の事に怒るようになったもんだ。」
そんな姿を視界の端に入れつつ、ビルキースは小さく笑いを漏らす。
…
それから時間が過ぎ、ミウルはパージルを操りながら積荷を黙々、淡々と倉庫内に納めて行く。
「…ただ座っての操縦、ってだけなのに意外に疲れるものね。」
「ジジッ、ミウル、積荷のズレが重なりつつあります。このままでは倒壊の恐れあり。修正を行います。」
「えっ、ちょっとパージル!勝手にそんな事したら!」
「ビルキースの視野能力、聴音能力ではここまで当機の動向を把握できないものと判断。呼吸を整え、水分を補給してください。」
「大丈夫かなぁ…」
ミウルは心配しながらも、パージルの操縦を任せることにし、積荷の修正をしている間に水筒を手に取る。
「でも、意外。アナタって<ズル>とかは嫌いなタイプだとばっかり思ってたけど?」
「賞賛と判断しても?」
「えぇ、褒めてるわ。もう、普段は狡賢いのに変なところは生真面目で石頭なアイツに見習って欲しいくらい!」
小休止を取りながら身体を伸ばし、倉庫の入り口、ミウルは外の先に見える赤いマントの男を見つめながら笑う。
…
「よし、いいだろう。それでは次の試験に移る、パージルから降りてこっちへ来い。」
並べてあった積荷が大方片付いた頃、ようやくビルキースはミウルを呼び寄せる。
ビルキースは先程とは打って変わり、まるで何かを試すかの様な目つきをしていた。
そして、ミウルがパージルから降りると彼女はより掛かっていた二輪車両の前方から何やら円筒の結晶体を抜き出す。
「<コレ>は?ま、まさか<賢者の石>化した晶石!?」
「今度の試験はここで<賢者の石>の変性転換をやってもらう。」
ミウルは目の前に現れた賢者の石を目にして驚きの声を上げるが、ビルキースは淡々と説明を行う。
「驚く事ではあるまい。お前は自分で晶石の<賢者の石>の変換を修めている。今それを試させてもらうだけだ。」
「で、できますけど。それは錬金術用の釜や触媒を揃えて初めてできるもので、今みたいに何もない状態では…」
ビルキースの説明に戸惑いながらもミウルは反論するが、両手には強引に円筒の結晶体を抱えさせられる。
「その手に持った<賢者の石>を変パージルの動力源に近い状態に変性転換して入れ替え、動かして見せろ。稼働時間は四半刻、僅かで構わん。」
「…あ、あのですね!?ですから必要なものが…」
託すものを託し、ビルキースはただミウルの目を見て言葉を続ける。
その眼差しにミウルはそれ以上、言葉を続けられず、ただ俯くしかなかった。
「わかりました!やります、やってみます!」
そもそも、反論等するならばこの試験に挑まずに別の道を探すべきなのだ。
ミウルは覚悟を決め、パージルの後ろに回ると作業を始め出す。
…
「…私だ、聞こえるかセバス、応答しろ。」
ミウルがぶつくさと文句を言いながら作業に集中しだしたのを確認すると、ビルキースは今度は二輪車両の後部から何かを紐で繋がったものを手にし口元に当てる。
『……何のご用でしょうか、ビルキース様。』
「<船>を出せ。場所は6番倉庫前だ。到着次第に移る。」
そして、暫くすると雑音交じりのセバスの返事が返ってきた。
『かしこまりました、しばしお待ちを。』
ビルキースの指示の後、セバスから再び返事が返って来た事にグランは立ち上がり、周囲を見渡すも周囲には特に変わった様子はない。
「…どうした、キョロキョロと。」
「いや、今、声だけのセバっさんと会話してたから何処に居るのだと…」
ビルキースはグランの態度にやや呆れ気味の様子をみせ、車両後部を跨っていた部分を大きく開き中から機械らしきものを引き出した。
「ソイツは<コレ>だ。」
口元に当てていたものに付いたスイッチをカチカチと鳴らす度、砂を擦り合わせる様な雑音が機械から放たれる。
「コレは単体で遠方との音声を発信と受信が出来るものでな。今別所に居るセバス達とはコレ、<無線通話機>で連携を取っている。」
「<通話機>…あぁ、形は大分違うけどギルドの受付で何度とアンタの怒鳴り声を聞いた<アレ>みたいなもんか。」
グランは冒険者ギルドで紙幣の換金を行うたび、手にしていた<通話機>を思い出し、ビルキースの言葉に頷く。
「…まさか、今まで冒険者ギルドでタイミングよくアンタの怒鳴り声を聞かされてたのは!?」
しかし、彼女の言葉で一つの疑問が浮かび上がり、グランはついぞ思わず声を上げてしまう。
「ほう、今更に気付いたか。お前が巡行中、正規の冒険者ギルドで冒険者手帳を提示した場合、この前身となっていた通話機が私の所へ繋ぐよう細工をしていた。」
「俺は結局終始行動を監視されてたのかよ!それでいてあの屋敷が爆破されてから俺の一切無視してたのか!?」
ビルキースは悪びれる事もなく、むしろ誇らしげにグランへ答える。
その言葉を聞きグランはさらに怒りを募らせるが、ビルキースはこれまでと変わらず淡々と話を続けた。
「当たり前だ。それでも常にお前を追跡していた訳ではない、何せ私は忙しいからな。それに少しはお前に対しその行動の信用を持っていた事に感謝して欲しいものだ。」
「それは感謝関係あるか!?」
グランはそう叫ぶがビルキースは無線機をしまいミウルの作業へ視線を戻しなが無視をする。
そのとき、ミウルがパージルへ再搭乗を始めていた。
「…ミウル、調子はどうだ?」
<賢者の石>の変性変換の目処が立ったと見て、ビルキースは声をかける。
「出力4割以下…、感知機能も落ちて、一部機能復旧待ち…。い、一応動かせるだけ、動かせます!」
「ほう、いいだろう、しばらくすれば船が来る。そのまま稼動させて乗船できるようなら合格とする。」
簡単な動作を操縦を行い、パージルの状態を確認しつつミウルはビルキースへと返答をし、それにビルキースは満足げな微笑みを見せ合格を認めた。
「…やったぁ!やったよ、パージル!グラン!」
パージルの中で喜びの声を上げるミウルにグランはとりあえずの安堵を見せ、珍しくハメを外しはしゃぐ声を耳にするとビルキースへの怒りを棚上げする事にする。
「…警告。周囲から未確認駆動音。水平座標距離100、水中から接近しています。」
だが、パージルから返ってきた言葉はそんな穏やかな気持ちを吹き飛ばすものであった。
パージルの警告に3人は周囲を見回すが、そこには動く影はなく、変わらず静かで、水中を指す運河も陽の光と冷たい風が波止場内を吹き抜けている。
ビルキースとグランが不思議そうに顔を合わせ視線を戻した、その瞬間、真後ろの運河水面が大きく盛り上がり巨大な水柱が立ち昇った。
そして、運河より飛び出してきた巨大な影が波止場に音を立てて着地すると水飛沫がスコールの様に降り注いだ。