25‐2.高み見て、舞えるならば
その言葉に、グランは目を大きく開き、グランの口からは間抜けな声が出る。
「今更俺にも試しを持ちかけて来るのかよ?」
「えぇ、私達が欲しいのはあくまで<竜核>。グラン、貴方自身は私達が必要としている訳ではありませんからね。」
セバスの物言いは相変わらず辛辣で、グランの胸を容赦なく突き刺していく。
「事は一刻一刻と変化しているのですよグラン。今後の状況を考えると、私達は貴方を手元に置くだけ、放置するにも価値があるか否か決めなければいけません。」
「じゃあ、<コイツ>は意図的にそっちが俺を<竜化>させて<竜核>を抜き取るつもりで渡したって事か!?」
手にした薬と楔をセバスに掲げ、激昂するグランにセバスは淡々と答える。
「……概ね、そうなります。そもそも、それが本来の目的ですからね。それは貴方も承知の上でしょう?」
しかし、その答えにグランはますます頭に血が上ったようで、歯を噛み締める音が聞こえてきそうだった。
ミウルとハンスは2人の間に流れる空気と、その会話の内容に困惑し、ただ黙って成り行きを見守るしかない。
「ですが、そうと他に知られれば他が貴方の処遇に納得しないでしょう。ですので、貴方の現状はどちらかが合格をすれば<保留>としましょう。」
「…」
セバスはゆっくりと2人へ顔を向けると、ハンスとミウルは驚きに顔を染めた。
唐突に突き出された提案は自分達への信頼度を表しているとも取れる。
その事実にハンスは戸惑いを隠せず、ミウルもどう反応していいのかわからないでいた。
「おっと、いけません。長々と話し過ぎてしまいました。それでは失礼を。」
再び口角を上げると、セバスは軽く頭を下げ、そのまま屋外の向こう側へと姿を消していく。
残された4人はしばらく無言でいたが、やがてソウシロウがぽつりと言葉を漏らす。
「腹が減っては戦にならんでござるぞ。まずはしっかり食事を摂ろうでござらぬか?」
他3人は顔を見合わせ、何時の間にか席を立っていることに咳払いをしつつ座り直し食事を再開する。
―――
宿に使っていた倉庫の前に、4人はとりあえずこの街を発つ準備を済ませ、集合していた。
入り口に対面した幅広い運河の水は高く昇りだした陽の光を反射し、波を立てており、心地よい風がその上を吹き抜ける。
だが、それに反して人の賑わいが余りに少なく、特に運河ともなれば自分達が食事をし始めた頃から見えて当然ではあったが、この時間となっても行き交う船の姿すら見えない。
「…さて、それでは拙者は先に行かせて貰うでござるか。」
「…」
ソウシロウの言葉を合図に、それぞれが荷物を背負い直すと、ソウシロウは言葉に詰まる他3人を見渡す。
先程の話もあり、皆それぞれ思うところはあるのだろう。
その空気とこの妙な静けさが余計にハンスとミウルをどこか不安がらせていた。
「ははは、今生の別れでもござらん、皆そんな顔しなさるな。それに用に目処が付いたら一度ここに戻って様子を見にくるでござるよ。」
苦笑いを浮かべつつ、それでも明るく爽やかに振舞うと、3人も表情を緩める。
「もし、ビルキース殿の試しに合格できねばまた顔を合わせ、再び旅にでも矜持ましょうぞ。」
「…じゃあ、別れの挨拶は抜きだね。」
ハンスが笑顔を見せて返すとミウルも顔を明るくし、それに頷くソウシロウは拳を突き出す。
グランがそれに合わせるように、自分の拳をぶつけると、残るハンスとミウルもそれぞれのやり方で拳を合わせる。
そのやり取りに満足するとソウシロウは背を向け、街の方へと足を向けた。
そして、その背中が見えなくなるまで見送り、その姿が完全に消えると波止場は陽と波が静かに打ち付ける音だけが響く。
「いっちゃったね。…寂しくなるかい?」
「寂しくするなら、まずはお前さん方が合格してからだろ?アイツが戻って顔を合わせる羽目になったら自分自身に赤っ恥をかくだけだぜ。」
「…あはは。」
ハンスはグランの皮肉に苦笑すると、ミウルも眉を歪めて釣られて笑う。
そして、ミウルはふぅっと息を大きく吐き出すと、気合を入れなおすかのように頬を叩いた。
―――ドゥルルル、ドルルル…
その時、先ほどまで静寂に包まれていたはずの運河に異音が鳴り響き、ミウルとハンスはぎょっとして音の鳴る方を向く。
「なんだァ、ありゃ?」
何かに跨る人影が遠くに見える。
それは馬などではなく、騎乗する生物にしては息遣いや速度に対しての動きの気配が感じられない。
それを駆るのは1人の人影、全身は黒革のツナギに身を包み、頭部は材質が特殊な兜に覆われている為、その容貌を確認する事は出来なかった。
(…どこかで見たような形状だな。)
グランは目を細め、そのフォルムに見覚えがある気がしたが、ともかく、聞いた事のない騒音が減速する様子もなく近づいて来る。
3人は咄嵯に身構えるが、その速度は衰えず、むしろ加速していく一方だった。
―――ギャギャギャギャッッッ!
ブロック床を磨耗させ、異音を立て鳴らしながら、謎の騎兵は3人の直前で横に捻りながら停止する。
まさかの衝突と判断したのか、グランは咄嗟に2人の前に出て1枚の札を抜いている状態でいた。
遠目で見たとおり、黒革のツナギと兜で覆うそれはまるで影が立体を成したかのような姿。
その奇怪さに眉をひそめると、謎の人物は首元から1枚の折り畳まれたメモ用紙をグランへと突き出してくる。
表面にハンスの名、そしてビルキースのサインがある事にグランは気が付くと、メモを乱暴に受け取りハンスへと手渡す。
「こ、此処がボクの試験を受ける場所か…」
そして、謎の人物はハンスが中身を確認するのを見ると言葉を発さず、アゴで向うように促した。
「…今度はボクが行く番だね。」
覚悟を決め、メモを握り締めると、ハンスは謎の人物が指示す方向へ一歩前へ踏み出す。
「あぁ、ソウシロウと同じでお別れは無しだ。」
ソウシロウの時と同じ様、グランとハンスは拳を突き合わせると、ハンスは振り返らずに歩き出し、その背中を見送りながら残った2人は無言のままでいる。
…
そして、ハンスがその場から姿を消しても、謎の人物は去ろうとしない。
兜の奥から感じる視線には敵意はなく、ただ観察しているだけといった印象だ。
「…も、もしかしてアナタがワタシの試験を?」
「そうだ。」
ミウルが沈黙に耐えかね、恐る恐る尋ねると、短く一言返事が返ってくると謎の人物は再び首元に手をやり何かを摘むとそれを下ろす。
すると黒革のツナギが割け、白いシャツが見えるとそれは豊満な球形をあらわにした。
次に兜を手にし、脱ぎ出すとその下からは陽の光に照らされた金髪が煌き、なびく。
首を振り、手櫛で髪を整え胸元から眼鏡を取り出すと、それはグランの見知った顔、ビルキースの姿であった。
「ビ、ビルキース!」
「か、かぁっこいい…」
グランは驚きながらビルキースの顔を覗き、ビルキースはそれに応えるよう鼻を鳴らす。
横のミウルはその容姿と跨る謎の乗り物に目を輝かせ、釘付けになっていた。
「あぁ、そうだろう。とある個人の小型飛行艇を模範して私が組上げた地上用の高速車両だ。」
グランの視線を無視し、前後に車輪が備わった乗り物を撫でながらビルキースは誇らしげに胸を張る。
「なんだ、まさか、アイツ、<アーキー>も来てるのか?」
「誰それ、知り合い?」
グランの呟く名にミウルは首を傾げる。
「以前に喋っただろ?グランロードの大穴にコイツの依頼で出向いて、その際に一時組んでたんだよ。」
「まったく、聞いた事ないんですけど。」
「あ、あらぁ?」
何処かで語ったはずなのだが、聞き覚えのない様子のミウルに対し、グランは後頭部をくしゃりと掻く。
「そ、それよりだ、ビルキース!」
だが、グランはそれよりも優先する事、今最も気になっていることを思い出しビルキースへと詰め寄る。
「お前の相手は後でしてやる。まずは例のゴーレムを見せて貰おうか。」
しかし、ビルキースは手に持った兜、フルフェイスのヘルメットを投げつけ、グランの両腕と口を塞ぐと視線をミウルへ向けた。
「え?あ、ハイ!こここ、こちらになり、マスッ!」
突然の事が続きミウルは半ば混乱しつつも、ビルキースを倉庫の奥へと案内する。
…
「確か<パージル>とか言ったか。セバスの話だと複雑な受け答えもできる、との話だったな。」
ミウルが先導した倉庫の奥の一角にそのずんぐりと、むっくりとした人型の彫像が立っている。
「パージル、起きろ、私に貴様の状態を報告しろ。」
「…ジジッ。所属、階級を当機へ提示してください。」
金属質の外殻に覆われた卵状の身体、その頭頂部のランプが灯るとビルキースの声に反応し音声が発せられた。
「私はパダハラム商会現当主、ビルキース=パダハラム。今の貴様の所有者だ。」
「…検索。データベース、指令系統に該当する単語無し。警告。連邦法に則り、これ以上当機への命令、詮索は重罪と判断し。継続する場合、当機からの攻撃が認められます。」
物騒な事を口走りながら警告を行うパージル。
ビルキースは一切の表情を変えず、2人の方へ振り向き、問いかける様にアゴをしゃくる。
「…どういう事だ?」
そして、その反応に眉を歪めるビルキースを見て、ミウルとグランは苦笑していた。
「お、お願いパージル!この人はワタシ達の…あーと、えーっとぉ?」
「…お前とミウルの新しいボスに成るかも知れないヤツだ。」
ミウルは咄嵯にパージルへビルキースの弁解しようとしたが言葉に詰まり、グランは溜息を吐きながら補足を入れる。
「だから、少しの間だけ、この人の質問に答えてくれない?」
「ジジ、搭乗者からの提案を受諾。仮想階級を設定し対話を継続します。」
そして、ミウルが更に頼み込むと、その声を聞き入れたのか、パージルはしばし沈黙する。
「…現在からアーカイヴ7000まで遡り、学習因子からランダムパターンを組み込み、ロジックを生成。議論に入ります。しばらくお待ちください。」
無機質な音声を残し、パージルが動きを止めると辺りは静寂に包まれた。
「ほう。こいつは面白い、事前に組み込まれた行動処理だけに縛られず、状況に合わせ判断を自分で加えていけるのか。」
「へ、変な考えをださないでよ、パージル!」
腕を組み、興味深そうに観察を続けるビルキースにミウルは不安げに訴える。
そんな2人を余所にグランは柱に寄りかかり、欠伸をしながら時間を潰す事に決めた。
「結論。呼称、ビルキース=パダハラムを現搭乗者の同盟、その高官と仮認識。指示に従います。」
「ふむ。指示は出せても干渉はできない妥当な立場か。わかった、こちら承諾しよう。」
「そんなのいちいち決めなきゃ話も碌に進められませんかね?」
しばしの時間の後、パージルの出した結論にビルキースは納得し、グランは呆れながら肩をすくめて嫌味をこぼす。
「腹を探らず互いに譲歩し合うなら立場というものは便利なものだぞ?もっとお前も見習うべきではないのか?」
「…ケッ。俺はアンタに散々腹の中掻っ捌かれて覗かれてきただろーってーの。」
嫌味と皮肉の応酬し始め、そんな2人にミウルの態度はオロオロとし始める。
「しかし、いいのかよ?セバっさんから聞いてると思うがコイツを掘り起こしてから今まで見た事も無い魔物だか怪物が襲ってくるんだぜ?」
ミウルの慌て方に気付き、グランは後頭部の髪をくしゃりと掻きむしると話題を変え、それにビルキースはフンと鼻を鳴らして合わせる態度に移りだす。
「それも含め、私としては非常に興味がある。パージルの言う自身の背景の調査も含め、今すぐにでも工房に持って行きたいくらいだ。」
「じゃ、じゃあ合格!?」
「それとこれとは話は別だ。元からパージルは回収…いや、迎え入れるつもりだ。キミの能力が私の望む人材かどうか、それは確かめる必要がある。」
「で、ですよねー…」
パージルが初めから受け入れられた事に対しミウルは喜ぶが、ビルキースの眼鏡を正しながら放たれる言葉をうけ、そう都合良い事は起きないと肩を落とした。
「…さて場所を移すぞ。試験を開始する。」
そして、ビルキースは不敵な笑みを浮かべると外へと向かいだす。
―――