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紅い喰拓 GRAN YUMMY  作者: 嶽蝦夷うなぎ
・赤手空拳、西方武侠
114/232

25‐1.高み見て、舞えるならば

 手にした手摺りを滑らすと錆の匂いが鼻をくすぐる。

階段をカンカンと鳴らし、男が1人、身体を揺らして下りてゆく。

「あー、全然目が覚めない…」

ボサボサの短い黒髪を掻きむしりながら、都度ズレ落ちる赤い襟巻きを直し、男はあくびをしながら足を下ろす。

そして、階段を下り切ると鼻の周囲を漂う匂いが変っている事に気がつく。

<油>ではなく、<脂>の匂い、鼻の奥まで吸い上げるとすぐさま食欲が刺激され、腹が鳴った。


―――ぐぎゅるるる…


それと同時に金具が摺り合わさる甲高い音が鳴り響き、男が音のした方へ目を向けると、そこには裏口から1人の女が入ってくる。

両肩に手拭いを巻き、女はまだ眠気が取れていない眼を擦っている男を見つけて声をかけた。

一見少女と見間違う低い背に、それでも腰まであろうかと思われる淡紅色の長い髪、そこから覗かせるやや尖った耳は今の気分を表してるのか垂れている。

「…おはよう、グラン。ハンスが朝食を用意してくれてるそうだからテーブルで待っていましょう。」

「んー…」

グランと呼ばれた赤い襟巻きの男は生返事を返し、腹を掻き毟りながら女の後をついて行く。


テーブルにはカップが既に4人分置かれ、中には湯が入れられていない簡易珈琲が入っているようであった。

席に着くと、グランの正面に座る異国風貌、額に2本の短い角に長い髪を結えた爽やかな<ゴブリン族>の青年が既に身だしなみを整えた笑顔を見せる。

「赤法師殿、ミウル殿、おはようにござる。」

2人は定まらぬ視線でカクカクと首を縦に振るだけの挨拶をすると、この青年ソウシロウは苦笑しながら2人のカップに湯を注いでいく。


今度は周囲が珈琲の焙煎された香りに包まれると、2人は同時にカップを持ち上げ同時にすすり同時に安堵の息を吐く。

「ははは、まるで兄妹みたいな振る舞いにござるな。」

「「兄妹!?」」

ソウシロウの言葉に2人は声を合わせて驚くと、互いに顔を見合わせる。

「定期的に顔を合わせて、付き合い長いのは確かにコイツだが…。兄妹、…兄妹ィ?」

「か、家族って事なら、兄妹じゃなく…なんか、もうちょっと別の言い方があると思うんだけど…」

グランは顔をしかめ、対して淡紅色の髪の女、ミウルは若干頬を染めながらもじもじと言葉を返す。

それを見て微笑ましくするソウシロウにグランは眉をしかめた。


「…おねーちゃん。」

「何でアタシが一番歳上にされるのよ!?」

グランがミウルを横目にぼそりと呟くと、当人から即座に突っ込みが入れられる。

「…じゃあ、姉さん。」

「いや、言い方の問題じゃなくて!」

「…がってん!姐御!」

「家族のニュアンスが変わってるわよね、それって!」

ギャイギャイと言い合う2人に、ソウシロウは笑いながら仲裁に入りだす。

「おはよう、グラン、ミウル、丁度朝食の準備ができた所だよ。冷めないうちに食べよう。」

すると、別の青年の声が大きく開いたこの仮宿の入り口から響く。


犬頭の物腰柔らかそうな<コボルド族>の青年ハンス。

普段なら魔術師風のローブの姿であるはずのハンスはエプロン姿で、料理の皿をトレーに乗せて現れた。

「…」

「ど、どうかしたのかい?」

グランが黙って視線を向け続ける事にハンスは戸惑いながら聞き返す。

「あー、いや、何だか<板に付いた>格好だなって。」

「そ、そうかな?昔は妹達の世話をしてたから…かな?ははは、で、でも、よかった変な格好ではなくて。」

珈琲をすするグランからは褒めている気がしない言葉であったが、それでもハンスにとっては嬉しい言葉であるらしくに照れくさそうな仕草を見せながら尾が大きく揺れた。


「あ、ご、ごめんよ。すぐ朝食を配るから。」

そして、照れている自分を3人から見続けられている事に気がついたハンスは慌てて食事を始める為に配膳を始める。


***********************


釣り置き河魚のムニエル


***********************


この仮宿のすぐ表、その目の前に流れる運河で昨晩の内に釣り上げた河魚が香ばしい匂いと共にテーブルの上に並べられ、ミウルとソウシロウは目を輝かせた。

乳脂と焼けた衣、香草とスパイスの匂いが珈琲の匂いをかき消し、2人の鼻は支配される。

そして、4人は席に座り直すと、改めて手を合わせると声を合わせ唱和し、朝食を取り始めていく。



「…どうだい、ソウシロウ?キミの故郷の味とは違うだろうけれど。」

「何、こちらの料理にも大分慣れたでござるよ。魚のひしおは流石に醤油の代理とはいかぬにござるが。」

ソウシロウは笑顔で答えると、彼だけが違う食器、<箸>で器用に切り分け口に運ぶ。

「<ヒノモト>では豆でそういうのを作っているんだっけ?」

「うむ。だんだんと寒くなってくると味噌と醤油の鍋が恋しくなってくるにござるな。」

ミウルが外文化に興味津々といった様子で質問をし、ソウシロウはそれに笑顔であるが何処か寂しげに答えていく。


「…」

しかし、そんな会話を聞きつつもグランだけは無言でムニエルを口に運んでおり、ハンスが心配の表情でグランを見つめる。

「…美味い、美味いって。以前魔法都に居た時の店の飯と遜色ない。」

顔を向け続けられる事に気付き、グランは誤魔化すように声を上げ、そしてすぐにまた口を動かす。

ハンスはそれを聞いて安心するが、やはりグランの食事はどこか作業的であった。


「そういえば、以前の魔法都に入る前もこの様な倉庫で一晩を明かしたにござるな。」

「…ったく、こっちはアレ以来まともな場所で寝泊りしたのが指で数えられる程だっつーの。たまにはまともなベッドで横になりたいもんだ。」

ソウシロウが懐そうにする言葉にグランはパンを齧りながら溜息混じりに愚痴をこぼす。

「<魔法都・レテシア>かぁ、おじさん、ちゃんと向って行けてるかなぁ…」

魔法都市の名を聞くミウルはつい数日前に故郷を出て、叔父と別れた事を懐かしさに浸るように思い出し、カップの中のスプーンを回して渦を作っていく。


「それで、3人はそこでしばらく滞在してたんでしょ?どんな場所でどんな事してたの?だってグランが<竜>に変身できるようになる程でしょ?」

3人の経緯をまだ聞いてない事にミウルは気付き、ものの序でとばかりに3人は話を振る。

「あー、それはにござるな…」

「うん、ちょっと色々な事があったからね。」

「…」

しかし、グランは苦虫を噛み潰したような顔して食事を続けだし、ミウルはその態度に首を傾げ2人は適した言葉を見つけられないでる様子だった。


「えぇ、とても大変でした。お嬢様がそれはもう苦労をなさりました。」

「アレ、え?セバスさん、何時の間に!?」

4人以外の気配がまるで無かったこの部屋に、いつの間にやら背広に身を包んだ執事姿の老紳士が音も無く椅子を用意し寛いでいる。

「私にも珈琲を1つ頂いても?」

ハンスが驚きの声を上げるが、セバスは気にする素振りも見せず、淡々と自分の要求だけを告げた。

その言葉にハンスは慌てて立ち上がり、珈琲の準備を始めだす。


「な、なんだよ、セバっさん。いきなり現れ…る、のはもう何時もの事か…」

「あ、あの、それで<大変>な、とは!?」

グランがいつもの調子で文句を言おうとするが、ミウルが慌ててセバスの口から出た話の続きを促す。

「それは後に、ミウルさんがお嬢様の試験に合格すれば私達が見た範囲でお教えしましょう。その前に…」

そう言うと、セバスへ珈琲が差し出され、セバスはカップを回して香りを堪能するとゆっくりと一口すすっていく。


「まずはお疲れ様です。私達がこの街に居るとよくわかりましたね、グラン。」

「あー、それは…ミウルがおやっさんの仕事の納品発送をしてたらしくて。その発送先に居るか一か八かだったんだが…」

グランは頭を掻きながら言葉を濁すと、それを聞いたセバスはカップを口に付けたまま鋭い眼光をミウルへ、また他の2人、次に周囲と向けグランに戻す。

「まぁ、過程はあえて聞かないとして合格点と言えるでしょう。」

「何か棘がある言い方だなぁ…」

グランがぼそりと呟くが、セバスは聞こえていないのか無視しているのか、珈琲を飲むと今度はハンスへと顔を向けた。


「さて、それではハンスさん、貴方は<龍天楼>に属する身です。その立場はお解りですね?」

「は、はい。何か試しを受けるにしても、それは覚悟の上です。<龍天楼>を辞めろというのでしたら、諦めます。」

「…いいでしょう。では、しばらくしたら場所を指示する者が現れます、それまでに身支度を済ませ、指示された場所へお越しください。」

ハンスは緊張しながらも、しっかりとした口調で答えると、セバスは笑顔を浮かべる。

「あ、あの、それでワタシは…」

「ミウルさんへの試験はここで行いますので、そちらも身支度をしてお待ち頂けますよう。」

続いてミウルが恐る恐る尋ねると、セバスは笑顔のまま答えるが先の質問と同じで何処かはぐらかされてしまっている気がした。

「は、はぁ…」

しかし、ミウルはそれ以上追及する事無く、とりあえずの返事を漏らす。


「ふぅ、それではご馳走様でした。皆さんのご健闘をお祈りしておりますよ。」

カップを珈琲を綺麗に飲み干すと、セバスが席を立ち、ハンスに会釈をするとそのまま外へと向かっていく。

「…え、その言付だけ!?」

「えぇ、だけです。」

突如として現れた割りにあっさりと立ち去るセバスにグランは声を上げ、セバスはそれすらも肯定し4人は顔を見合わせた。


「…いや、セバっさんなら何か、激を入れるとか何か、あるんじゃ、ないんじゃ…?」

「ありません。」

戸惑う一行、グランの言葉にセバスはコツコツと足を鳴らし入り口へと向いながらきっぱりと否定する。

「言ってしまえば、今回の話は互いに最初で最後のチャンスと言えます。ですので、この場で成果が出せるか否か、これがとても重要になります。」

「最初で最後の…」

「…チャンス、ですか。」

ミウルとハンスは思わず言葉を繰り返し、ハンスはごくりと喉を鳴らす。


「今の私達は様々な要因に追い立てられている状況にあり、こうして姿を見せ、個人の要望を汲み、その上で接触できるのは今後もとても難しくなります。」

「こうして試験の場を用意した事が最大の譲歩という事にござるか?」

セバスの背中にソウシロウが問いかけると、セバスは振り返る事なく、返事も返ってこない。

しかし、その沈黙が肯定を示すも、だが言葉には出してはいけない理由を感じる。

ミウルとハンスは今、類稀なるチャンスを手にしていると自覚し、その表情は自然と引き締まりだしていた。

そして、2人の表情、そしてセバスの背中を交互に目にし、グランはこれがセバスなりの激励だと理解すると、大きく息を吸い吐き出す。


「…さて、少々上からの過ぎた言い回しになってしまいましたね。」

入り口から漏れる逆光の中、セバスは笑みを浮かべていた。

「ですが、グラン。これは<貴方>も含んだ上で言っている事です。」

「…」


「…は?」


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